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アデライト編
ああ、ローフェル
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もう冬が差し迫った雨上がりの日、ずっと体調が思わしくなく、久しぶりにローフェルと朝食を摂っていた。
「ミュゼ、今日は具合が良さそうだね。顔色もいいようだ。安心したよ」
この頃には、私とローフェルは本当の夫婦になって初めてお互いのミドルネームを呼び合う仲になった。
夫婦以外はファーストネームか家門の名前で呼ぶが、夫婦になった時、ミドルネームで呼ぶのがこの国の貴族の伝統的な仕来りのようなもので、私のミドルネームは『ミュゼ』、ローフェルのミドルネームは『ライザス』と言った。
私の頬にキスを落とす夫に
「あの、ライザス。話があるんですが……」
「ミュゼ、聞いてやりたいのはやまやまなのだが、実はこれから伯爵領に冬支度の荷物を届けなくてはならなくなってね。帰ってきてから聞くよ」
「でも、それでは…、何故、伯爵領に行かなければならないのです。他の者を行かせてはいけないのでしょうか?」
「そうしたかったのだが、トラブルがあってね。母がどうしても私に行って処理して欲しいと頼んできたのだ。兄は隣国に行っているし、父は体を壊して寝込んでいる」
「お義母様が……それでは仕方がないですね。お帰りをお待ちしています」
「ありがとう。ミュゼ。ティアと二人で待っててくれ。そうだ、父がティアに会いたがっているから君の体調のいい日に見舞ってやってほしい」
「分かりましたわ。でも雨で道も泥濘んでいます。気を付けて行って無事のお帰りをお待ちしています」
「おとうしゃま、いってらっしゃいましぇ」
アリスティアの額にキスを落として、手を振りながら笑顔で出て行った彼の姿が頭から離れない。
何故この時、行かないでと傍にいて欲しいと泣いて縋らなかったのか。今考えても恨めしい。
そして、飲み込んだ言葉を口に出していたなら、彼は留まってくれただろう。
『二人目の子供が授かった』
と、不安だから傍にいて欲しいと。どこにも行かないで欲しいと言えば良かった。そうすれば私はローフェルを失う事は無かったのだ。永遠に。
ローフェルの乗った馬車が帰り道、土砂崩れに巻き込まれて行方不明だと知らせが入ったのは3日後の事だった。
ローフェルに言われ、伯爵を見舞った次の日の夕刻、なんだか薄気味悪い程、赤い夕陽を見ながらアリスティアと散歩から帰って邸内に入ろうとした時に、慌てて急を告げるセバスに出くわした。
「若旦那様が帰途の途中、土砂に巻き込まれて行方が分からなくなっていると連絡が入っています。今、捜索隊を派遣していますが、現場の状態が酷い状態ですので、難航しているそうです」
その知らせを聞いて、眩暈と吐き気が込み上げてくるのを覚えた。
アリスティアと一緒に眠れぬ夜を過ごした。
そんな状態が2日経った頃、ローフェルの遺体が見つかったと連絡があった。
土砂の量が多くて、巻き込まれた人を見つける事が困難だったのだが、ローフェルは馬車の下敷きになっており、着ている上着に公爵家の紋章が刺繍されていたことから、ローフェルだと判断された。
遺体は損傷が酷く、現地から王都の第五騎士団が遺体を運んだが、直視できる状態ではなかった。
体の半分は土砂の重みと馬車に押しつぶされており、顔は殆ど原型を留めていない状態だった。
顔を背けたくなうような状態。
あの碧の瞳を見ることは叶わず、それでも遺体だけでも私の元に帰ってきたことを神に感謝した。
私は遺体を引き取りに行った伯爵家の下男たちを労う為、使用人らの休憩室に飲み物を持って行くと
「なあ、ローフェル様は運が悪かったよな。オーウェン様の身代わりになって亡くなったんだから、本当ならオーウェン様が土砂の下に埋まっていたはずだからな」
「ああ、オーウェン様が数日前に取引先と揉め事を起こした為に、急遽ローフェル様が領地に行くことになったんだから、お気の毒だよ」
その言葉を聞いて、私は体の震えが止まらなかった。侍女に支えられながらアリスティアの部屋に行き、眠っているアリスティアの髪を撫でた。
アリスティアの顔を見るとローフェルを思い出して、一人静かに涙を流した。
葬儀に来たオーウェンはローフェルにどんな詫びの言葉を言ったのだろう。
私は、ローフェルを失ったショックと連日の心労から葬儀の後、倒れてしまい、そのまま二人目の子供も失った。
永遠に……。
「ミュゼ、今日は具合が良さそうだね。顔色もいいようだ。安心したよ」
この頃には、私とローフェルは本当の夫婦になって初めてお互いのミドルネームを呼び合う仲になった。
夫婦以外はファーストネームか家門の名前で呼ぶが、夫婦になった時、ミドルネームで呼ぶのがこの国の貴族の伝統的な仕来りのようなもので、私のミドルネームは『ミュゼ』、ローフェルのミドルネームは『ライザス』と言った。
私の頬にキスを落とす夫に
「あの、ライザス。話があるんですが……」
「ミュゼ、聞いてやりたいのはやまやまなのだが、実はこれから伯爵領に冬支度の荷物を届けなくてはならなくなってね。帰ってきてから聞くよ」
「でも、それでは…、何故、伯爵領に行かなければならないのです。他の者を行かせてはいけないのでしょうか?」
「そうしたかったのだが、トラブルがあってね。母がどうしても私に行って処理して欲しいと頼んできたのだ。兄は隣国に行っているし、父は体を壊して寝込んでいる」
「お義母様が……それでは仕方がないですね。お帰りをお待ちしています」
「ありがとう。ミュゼ。ティアと二人で待っててくれ。そうだ、父がティアに会いたがっているから君の体調のいい日に見舞ってやってほしい」
「分かりましたわ。でも雨で道も泥濘んでいます。気を付けて行って無事のお帰りをお待ちしています」
「おとうしゃま、いってらっしゃいましぇ」
アリスティアの額にキスを落として、手を振りながら笑顔で出て行った彼の姿が頭から離れない。
何故この時、行かないでと傍にいて欲しいと泣いて縋らなかったのか。今考えても恨めしい。
そして、飲み込んだ言葉を口に出していたなら、彼は留まってくれただろう。
『二人目の子供が授かった』
と、不安だから傍にいて欲しいと。どこにも行かないで欲しいと言えば良かった。そうすれば私はローフェルを失う事は無かったのだ。永遠に。
ローフェルの乗った馬車が帰り道、土砂崩れに巻き込まれて行方不明だと知らせが入ったのは3日後の事だった。
ローフェルに言われ、伯爵を見舞った次の日の夕刻、なんだか薄気味悪い程、赤い夕陽を見ながらアリスティアと散歩から帰って邸内に入ろうとした時に、慌てて急を告げるセバスに出くわした。
「若旦那様が帰途の途中、土砂に巻き込まれて行方が分からなくなっていると連絡が入っています。今、捜索隊を派遣していますが、現場の状態が酷い状態ですので、難航しているそうです」
その知らせを聞いて、眩暈と吐き気が込み上げてくるのを覚えた。
アリスティアと一緒に眠れぬ夜を過ごした。
そんな状態が2日経った頃、ローフェルの遺体が見つかったと連絡があった。
土砂の量が多くて、巻き込まれた人を見つける事が困難だったのだが、ローフェルは馬車の下敷きになっており、着ている上着に公爵家の紋章が刺繍されていたことから、ローフェルだと判断された。
遺体は損傷が酷く、現地から王都の第五騎士団が遺体を運んだが、直視できる状態ではなかった。
体の半分は土砂の重みと馬車に押しつぶされており、顔は殆ど原型を留めていない状態だった。
顔を背けたくなうような状態。
あの碧の瞳を見ることは叶わず、それでも遺体だけでも私の元に帰ってきたことを神に感謝した。
私は遺体を引き取りに行った伯爵家の下男たちを労う為、使用人らの休憩室に飲み物を持って行くと
「なあ、ローフェル様は運が悪かったよな。オーウェン様の身代わりになって亡くなったんだから、本当ならオーウェン様が土砂の下に埋まっていたはずだからな」
「ああ、オーウェン様が数日前に取引先と揉め事を起こした為に、急遽ローフェル様が領地に行くことになったんだから、お気の毒だよ」
その言葉を聞いて、私は体の震えが止まらなかった。侍女に支えられながらアリスティアの部屋に行き、眠っているアリスティアの髪を撫でた。
アリスティアの顔を見るとローフェルを思い出して、一人静かに涙を流した。
葬儀に来たオーウェンはローフェルにどんな詫びの言葉を言ったのだろう。
私は、ローフェルを失ったショックと連日の心労から葬儀の後、倒れてしまい、そのまま二人目の子供も失った。
永遠に……。
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