【完結】わたしの婚約者には愛する人がいる

春野オカリナ

文字の大きさ
43 / 52
ローフェル編

帰国

しおりを挟む
 隣国の公爵が直々に私に会いたいと神殿にきた。

 公爵ともなれば部下を寄越して話をすればいいのに、態々隣国まで足を運ぶなんて…

 自分にそれ程の価値があるのだろうか?

 訝しみながら、私は神殿にある応接室の扉を開けた。

 一番最初に目に入ったのは公爵の見事な髪。薔薇を連想しそうな赤。若干白髪が混ざっているが見事な深紅。

 公爵の顔を見て、何だか知っているこの人を……。

 この人を超えたくて背中を追っていたようなそんな気がする。

 「私を覚えているかね?記憶を失っていると聞いたが、何か思い出した事はないだろうか」

 「分かりません。ただ、赤い髪の女性と子供の姿が頭に浮かぶのです」

 「ああ、君は結婚していて、その女と子供は君の妻と娘だよ。本当はここへ連れてきてやりたかったのだが、生憎こちらにも事情があってね」

 「そうですか。私も会ってみたいです。会えば何か思い出すかも知れません」

 「そうだな。相談なんだが、君を公爵家の客人として招き入れたいんだが、いくら私達が君が私の娘婿だと言っても、実は君は既に死んだものとされている。それに……」

 「何か不都合な事があるのでしょうか?」

 「実は娘は再婚しているんだよ。相手は君の弟だ。オーウェンという名の……」

 「お…オーウェン。だって……だ…ダメだ。あいつだけはダメなんだ。ああ…か…のじょは…しあ…わせにな…れな……い」

 「な…何か思い出したのか?」

 『オーウェン』という名前を聞いた途端、頭が痛みだす。

 痛みで頭を抱え込みながら蹲っている私に、公爵は駆け寄り、抱きしめてくれた。

 昔、こんな風に誰かに抱きしめられたことがある様なそんな気がする。

 しかし、身元を証明する書類が無い以上、神殿側は引き渡しを拒否した。一度、公爵は出直すと言って国に帰って行った。

 その間、私の郷愁の想いは深まっていく。

 早く帰って大切な人を守らなければという思いで。

 そんなもどかしい思いを抱えながら過ごしていた私の所に、再び侯爵は2か月後にやって来た。

 今度は身分証明書を王家経由で、だが、その特徴もあの事故に遭った時に傷を負ったせいで、肩の痣もあやふやな状態になっていた。

 傷まみれになっていて、痕跡が無くなっている。

 もう、私を証明する物は、何もないのだろうかと絶望にも似た感覚で打ちひしがれる私に

 「君に訊ねたい事があるんだが、君はもしかして今も持っているんじゃないか?これを」

 公爵が見せたのはお守りで、隣国では『髪結び』と呼ばれるものだった。

 夫婦や恋人、家族が昔、戦場に行く彼らの無事の帰還を願って、お互いの髪を結び合わせて作るお守り。

 「持っています。それを同じものを」

 私は慌てて自室に戻ってその『髪結び』をとって公爵に見せると、

 「これには特殊な仕掛けがあってね」
 
 そう言いながら、神殿の祭祀や神官・救護施設の院長らの前でばらばらに分解した。

 自分の髪と相手の髪を解くと、中から公爵家の紋章が刺繍された布が現れた。

 布の裏には

 『ローフェルの無事をお祈りしています。アデライト・クロムウェル』

 そう刺繍されていた。

 全員が確認した後、神殿側も私がローフェル・クロムウェルだと認め、自国に帰ることを許された。

 公爵と一緒に帰りたかったが、手続き等で2カ月程伸びてしまう。

 結局、レイラン殿下が帰郷する時に同行させてもらう事になったのだ。

 私が世話になった神殿や救護施設の人々と別れて、公爵家に戻ったのは、もう夏も終わりかけの頃。

 公爵家の使用人らに出迎えられたが、記憶があやふやな私は何処か居心地が悪かった。

 「若旦那様、奥様とお嬢様が中庭でお待ちです」

 妻がいるとは聞かされていたが、出迎えないのは何故か不思議に思っていた私の心を見透かす様に、執事のセバスがそう教えてくれた。

 中庭には色とりどりの花と料理がテーブルに並べられ、天気もいい事から私と外で昼食を摂るつもりだったらしい。

 予定より早く着いてしまった私を出迎えに行くより、準備を優先したようだ。

 「お母様、あちらに誰か知らない人がいます」

 少女の声が聞こえてきた。髪は頭に浮かんだあの赤い髪。だがより鮮明な赤。

 「知らない人ではないわ。彼は貴方のお父様『ローフェル』よ」

 「え、『オーウェン』お父様?いつもここにはお出でにならないでしょう」

 少女と母親の会話が噛みあわないのを疑問に思いながら、その笑顔につられて私も微笑んでいる。

 「挨拶しましょう。アリスティア」

 母親らしい女性の声でハッとする。

 その赤い髪の美しい女性は、中庭の花々よりも美しく大輪の薔薇のように咲き誇っていた。

 傍らの少女が

 「初めましてお父様。アリスティアです」

 そう告げた。彼女の顔を見て、自然と頬にキスをする。

 ギュッと首に腕を回された時、頭の中の靄の一部が晴れた気がした。

 ああ、この子を知っている。ずっと会いたかった私の娘。アリスティア。

 「初めてではないよアリスティア。私の可愛いお姫様。愛しい娘」

 「思い出したのですか?」

 弾んだ声で、嬉しそうに私に手を刺しのばそうとする赤い髪の女性に

 「思い出したのは娘だけだ。君の事はまだ分からない」

 そう言うと、手は空を彷徨って、次第に下に垂れ下がった。自分の両腕で自らを守る様に抱きしめながら俯く。

 双方の瞳は潤んでいた。唇を噛んでいるのが解るのは、私が彼女を拒絶したからだろう。

 アリスティアを抱き上げながら、その美しい女性の悲しげな表情にゾクゾクと体中、甘い痺れが走るのを感じた。

 この女が欲しい。

 そう思っている私に気付いた時にはもう遅い。

 二度目の恋に落ちていたのだ。


 ーーーアデライト・クロムウェルに。

 

 



 

 

 
 



 
しおりを挟む
感想 89

あなたにおすすめの小説

殿下、幼馴染の令嬢を大事にしたい貴方の恋愛ごっこにはもう愛想が尽きました。

和泉鷹央
恋愛
 雪国の祖国を冬の猛威から守るために、聖女カトリーナは病床にふせっていた。  女神様の結界を張り、国を温暖な気候にするためには何か犠牲がいる。  聖女の健康が、その犠牲となっていた。    そんな生活をして十年近く。  カトリーナの許嫁にして幼馴染の王太子ルディは婚約破棄をしたいと言い出した。  その理由はカトリーナを救うためだという。  だが本当はもう一人の幼馴染、フレンヌを王妃に迎えるために、彼らが仕組んだ計略だった――。  他の投稿サイトでも投稿しています。

嘘つきな貴方を捨てさせていただきます

梨丸
恋愛
断頭台に上がった公爵令嬢フレイアが最期に聞いた言葉は最愛の婚約者の残忍な言葉だった。 「さっさと死んでくれ」 フレイアを断頭台へと導いたのは最愛の婚約者だった。 愛していると言ってくれたのは嘘だったのね。 嘘つきな貴方なんて、要らない。 ※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。) 11/27HOTランキング5位ありがとうございます。 ※短編と長編の狭間のような長さになりそうなので、短編にするかもしれません。 1/2累計ポイント100万突破、ありがとうございます。 完結小説ランキング恋愛部門8位ありがとうございます。

【完結】祈りの果て、君を想う

とっくり
恋愛
華やかな美貌を持つ妹・ミレイア。 静かに咲く野花のような癒しを湛える姉・リリエル。 騎士の青年・ラズは、二人の姉妹の間で揺れる心に気づかぬまま、運命の選択を迫られていく。 そして、修道院に身を置いたリリエルの前に現れたのは、 ひょうひょうとした元軍人の旅人──実は王族の血を引く男・ユリアン。 愛するとは、選ばれることか。選ぶことか。 沈黙と祈りの果てに、誰の想いが届くのか。 運命ではなく、想いで人を愛するとき。 その愛は、誰のもとに届くのか── ※短編から長編に変更いたしました。

最後に一つだけ。あなたの未来を壊す方法を教えてあげる

椿谷あずる
恋愛
婚約者カインの口から、一方的に別れを告げられたルーミア。 その隣では、彼が庇う女、アメリが怯える素振りを見せながら、こっそりと勝者の微笑みを浮かべていた。 ──ああ、なるほど。私は、最初から負ける役だったのね。 全てを悟ったルーミアは、静かに微笑み、淡々と婚約破棄を受け入れる。 だが、その背中を向ける間際、彼女はふと立ち止まり、振り返った。 「……ねえ、最後に一つだけ。教えてあげるわ」 その一言が、すべての運命を覆すとも知らずに。 裏切られた彼女は、微笑みながらすべてを奪い返す──これは、華麗なる逆転劇の始まり。

皇后マルティナの復讐が幕を開ける時[完]

風龍佳乃
恋愛
マルティナには初恋の人がいたが 王命により皇太子の元に嫁ぎ 無能と言われた夫を支えていた ある日突然 皇帝になった夫が自分の元婚約者令嬢を 第2夫人迎えたのだった マルティナは初恋の人である 第2皇子であった彼を新皇帝にするべく 動き出したのだった マルティナは時間をかけながら じっくりと王家を牛耳り 自分を蔑ろにした夫に三行半を突き付け 理想の人生を作り上げていく

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

処理中です...