【完結】君の世界に僕はいない…

春野オカリナ

文字の大きさ
1 / 13
アウトゥーラ編

しおりを挟む
 ざわざわと夜会の会場が騒がしくなっている。

 この日は、国境近くのゼネラル侯爵夫妻が久々に夜会に出席するので、彼らを見ようと貴族達は色めき立っていた。

 ゼネラル侯爵は元第三王子セスタクト殿下。

 今は臣下となり側妃だった母の実家を継いで侯爵になった。

 その彼は初恋の幼馴染であり、ジュラール公爵令嬢アウトゥーラと結婚して二人の子宝にも恵まれた。彼女のお腹には三人目の子供もいる。まさに理想的な貴族夫婦の姿だった。

 会場に彼らが入場すると、他の貴族達も我先にと侯爵夫妻の元に集まっている。

 その姿を横目に見ながら、ひとりの青年は呟いた。


 「本当なら彼女の隣で幸せそうに笑っていたのは僕だったのに……」


 酷く後悔したような小さな呟きは、隣でふてくされて睨みつけているバーバナには聞こえていない。

 バーバナはアウトゥーラの異母妹で、今はエディウスの妻。

 17才まで彼の婚約者はアウトゥーラだった。

 アウトゥーラは燃える様な真紅の髪に、王族独特の透き通るような青い瞳を持っている。その髪の色と同じように燃える様な恋の情熱でエディウスを慕っていた。

 あの17才の夏までは……。

 17才の夏休み、学園が長期の休みに入るとアウトゥーラの家族…いや元家族たちは暑い王都から涼しい領地に戻って避暑を楽しむのが恒例となっていた。

 だが、その年だけは長雨の影響で道が塞がれ領地に戻ることが出来なくなってしまった。

 その為、王都で毎年開かれている夏祭りにアウトゥーラはエディウスを誘ったが、バーバナが行きたくないと言った事でアウトゥーラは諦めた。

 だが、実際はバーバナとエディウスはこっそり夏祭りに参加していた。その姿を目撃した親切なアウトゥーラの友人たちは彼女にそのことを告げ口したのだ。

 最初はアウトゥーラも彼らの言葉を鵜呑みにはしなかったが、休みの間中、何度アウトゥーラが誘ってもエディウスは断っていた。不審に思ったアウトゥーラは、夏休み最後の日にエディウスをこっそりとつけた。

 そして、エディウスとバーバナの密会を目撃してしまった。

 二人は見つめ合いながら、熱い口付けを交わしていた。


 「お姉様には内緒よ。結婚しても私達の関係は変わらないわ。可哀想なお姉様。エディが本当に愛しているのは私なのにね。ふふふ」


 楽しそうに嗤いながら、エディウスと縺れ合っている異母妹の姿と婚約者の姿がアウトゥーラの頭から離れなくなってしまった。

 その後アウトゥーラは、寝不足と食欲不振に襲われながら、徐々にやつれていく。

 アウトゥーラとエディウスは幼い頃から婚約をしていた。例えエディウスにどれくらい非があろうとも婚約をなかった事にはできないだろうと分かっていた。

 貴族の婚約には、契約があるからだ。アウトゥーラ達の婚約もお互いの家の利益が関わっている。そう簡単には解消できない。

 日々、目に見えて憔悴していくアウトゥーラにセスタクトは囁いた。

 「永遠の楽園」と呼ばれる修道院に行けば心の安寧を取り戻せるそうだと…。

 その言葉にアウトゥーラは、縋るしかなかった。そこに行けばこんな苦しみから解放されるのだと…。

 王都外れの修道院に辿り着くと、女神像のある礼拝堂に通されたアウトゥーラに、


 「この秘薬を飲めば、確かに貴女様の心の安寧は約束されるでしょう。しかし、薬には代償が必要になるのです。薬を飲めば……」

 
 修道女がアウトゥーラに忠告するが、アウトゥーラの心は決まっていた。どんな代償を払おうとも薬を飲むことを選ぶのだと。

 アウトゥーラが渡された薬を一気に飲み干すと次第に瞼が重くなって、その場に倒れ込んでいた。

 
 「結局、アウトゥーラは、飲んだんだね」
 「殿下…よろしいのですか?」
 「何がだい?アウトゥーラは、浮気者の婚約者を今、この場で捨てた。きっとそれだけじゃないよ。家族も捨てるだろうね。あのウィスラー侯爵家には、アウトゥーラの味方は前侯爵夫人…アウトゥーラの母親付きの使用人らしかいないのだから、その後は私が彼女の家族になるよ」
 「昔からアウトゥーラ様だけを愛しておられていましたものね」
 「そう、元々私のものだった。返してもらうだけだ」

 セスタクトは、アウトゥーラを壊れ物の様に優しく抱き上げると、修道院から連れ去った。

 

 アウトゥーラが目を覚ますと、修道院での出来事から一週間経っていた。

 でも、目が覚めたアウトゥーラの様子はおかしかった。目の前で涙汲んでいる乳母にアウトゥーラはおかしな言葉を投げかけた。

 
 「ねえ、マーサ?ここはどこなの?どうしてこんなに人がいないの?」
 「お嬢様!?」


 アウトゥーラの目には、医師と数人の使用人しか見えなくなっていた。

 その場には父親であるウィスラー侯爵も継母のバーバラ、異母妹のバーバナそして婚約者であるエディウスの姿もあるのに、その瞳には彼らの姿も見えず、声も聞こえてはいなかった。

 これが薬の代償だった。

 彼女を苦しめている全ての者が見えなくなるという───。

 しかし、アウトゥーラの専属侍女の姿も分からなくなっていた。侍女のデュラは、バーバナの手先となって、アウトゥーラの日程をバーバナに教えていた。

 先回りしてバーバナはエディウスとの密会を楽しんでいたのだ。

 平民出身のバーバナは正攻法では、母方の伯父ジュラール公爵と大叔父のいるゼネラル侯爵という後ろ盾を持つアウトゥーラに敵わない事は分かっている。

 バーバナは、アウトゥーラ付きの何人かの侍女たちを懐柔して、アウトゥーラの物を奪ってきたのだ。その仕上げがウィスラー侯爵家を継ぎエディウスを手に入れることだった。

 アウトゥーラの様子は、直ぐにジュラール公爵の知れることとなり、公爵は直ぐに姪を引き取った。その際、ウィスラー侯爵に絶縁状を叩きつけたのだ。

 侯爵はこれまでの事を何度も謝罪し、アウトゥーラを引き渡すのを拒否していたが、


 「アウトゥーラの事だけではない。貴様が妹にした仕打ちを私は一日たりとも忘れた事はないぞ!!」


 そう言われ、侯爵は渋々、アウトゥーラをジュラール公爵に引き渡した。


 アウトゥーラの母は、ある事情によりウィスラー侯爵に嫁ぐことになったのだ。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

願いの代償

らがまふぃん
恋愛
誰も彼もが軽視する。婚約者に家族までも。 公爵家に生まれ、王太子の婚約者となっても、誰からも認められることのないメルナーゼ・カーマイン。 唐突に思う。 どうして頑張っているのか。 どうして生きていたいのか。 もう、いいのではないだろうか。 メルナーゼが生を諦めたとき、世界の運命が決まった。 *ご都合主義です。わかりづらいなどありましたらすみません。笑って読んでくださいませ。本編15話で完結です。番外編を数話、気まぐれに投稿します。よろしくお願いいたします。 ※ありがたいことにHOTランキング入りいたしました。たくさんの方の目に触れる機会に感謝です。本編は終了しましたが、番外編も投稿予定ですので、気長にお付き合いくださると嬉しいです。たくさんのお気に入り登録、しおり、エール、いいねをありがとうございます。R7.1/31 *らがまふぃん活動三周年周年記念として、R7.11/4に一話お届けいたします。楽しく活動させていただき、ありがとうございます。

ある国の王の後悔

黒木メイ
恋愛
ある国の王は後悔していた。 私は彼女を最後まで信じきれなかった。私は彼女を守れなかった。 小説家になろうに過去(2018)投稿した短編。 カクヨムにも掲載中。

『親友』との時間を優先する婚約者に別れを告げたら

黒木メイ
恋愛
筆頭聖女の私にはルカという婚約者がいる。教会に入る際、ルカとは聖女の契りを交わした。会えない間、互いの不貞を疑う必要がないようにと。 最初は順調だった。燃えるような恋ではなかったけれど、少しずつ心の距離を縮めていけたように思う。 けれど、ルカは高等部に上がり、変わってしまった。その背景には二人の男女がいた。マルコとジュリア。ルカにとって初めてできた『親友』だ。身分も性別も超えた仲。『親友』が教えてくれる全てのものがルカには新鮮に映った。広がる世界。まるで生まれ変わった気分だった。けれど、同時に終わりがあることも理解していた。だからこそ、ルカは学生の間だけでも『親友』との時間を優先したいとステファニアに願い出た。馬鹿正直に。 そんなルカの願いに対して私はダメだとは言えなかった。ルカの気持ちもわかるような気がしたし、自分が心の狭い人間だとは思いたくなかったから。一ヶ月に一度あった逢瀬は数ヶ月に一度に減り、半年に一度になり、とうとう一年に一度まで減った。ようやく会えたとしてもルカの話題は『親友』のことばかり。さすがに堪えた。ルカにとって自分がどういう存在なのか痛いくらいにわかったから。 極めつけはルカと親友カップルの歪な三角関係についての噂。信じたくはないが、間違っているとも思えなかった。もう、半ば受け入れていた。ルカの心はもう自分にはないと。 それでも婚約解消に至らなかったのは、聖女の契りが継続していたから。 辛うじて繋がっていた絆。その絆は聖女の任期終了まで後数ヶ月というところで切れた。婚約はルカの有責で破棄。もう関わることはないだろう。そう思っていたのに、何故かルカは今更になって執着してくる。いったいどういうつもりなの? 戸惑いつつも情を捨てきれないステファニア。プライドは捨てて追い縋ろうとするルカ。さて、二人の未来はどうなる? ※曖昧設定。 ※別サイトにも掲載。

不実なあなたに感謝を

黒木メイ
恋愛
王太子妃であるベアトリーチェと踊るのは最初のダンスのみ。落ち人のアンナとは望まれるまま何度も踊るのに。王太子であるマルコが誰に好意を寄せているかははたから見れば一目瞭然だ。けれど、マルコが心から愛しているのはベアトリーチェだけだった。そのことに気づいていながらも受け入れられないベアトリーチェ。そんな時、マルコとアンナがとうとう一線を越えたことを知る。――――不実なあなたを恨んだ回数は数知れず。けれど、今では感謝すらしている。愚かなあなたのおかげで『幸せ』を取り戻すことができたのだから。 ※異世界転移をしている登場人物がいますが主人公ではないためタグを外しています。 ※曖昧設定。 ※一旦完結。 ※性描写は匂わせ程度。 ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載予定。

婚約破棄ありがとう!と笑ったら、元婚約者が泣きながら復縁を迫ってきました

ほーみ
恋愛
「――婚約を破棄する!」  大広間に響いたその宣告は、きっと誰もが予想していたことだったのだろう。  けれど、当事者である私――エリス・ローレンツの胸の内には、不思議なほどの安堵しかなかった。  王太子殿下であるレオンハルト様に、婚約を破棄される。  婚約者として彼に尽くした八年間の努力は、彼のたった一言で終わった。  だが、私の唇からこぼれたのは悲鳴でも涙でもなく――。

【完結】「別れようって言っただけなのに。」そう言われましてももう遅いですよ。

まりぃべる
恋愛
「俺たちもう終わりだ。別れよう。」 そう言われたので、その通りにしたまでですが何か? 自分の言葉には、責任を持たなければいけませんわよ。 ☆★ 感想を下さった方ありがとうございますm(__)m とても、嬉しいです。

「お前とは結婚できない」って言ったのはそっちでしょ?なのに今さら嫉妬しないで

ほーみ
恋愛
王都ベルセリオ、冬の終わり。 辺境領主の娘であるリリアーナ・クロフォードは、煌びやかな社交界の片隅で、ひとり静かにグラスを傾けていた。 この社交界に参加するのは久しぶり。3年前に婚約破棄された時、彼女は王都から姿を消したのだ。今日こうして戻ってきたのは、王女の誕生祝賀パーティに招かれたからに過ぎない。 「リリアーナ……本当に、君なのか」 ――来た。 その声を聞いた瞬間、胸の奥が冷たく凍るようだった。 振り向けば、金髪碧眼の男――エリオット・レインハルト。かつての婚約者であり、王家の血を引く名家レインハルト公爵家の嫡男。 「……お久しぶりですね、エリオット様」

包帯妻の素顔は。

サイコちゃん
恋愛
顔を包帯でぐるぐる巻きにした妻アデラインは夫ベイジルから離縁を突きつける手紙を受け取る。手柄を立てた夫は戦地で出会った聖女見習いのミアと結婚したいらしく、妻の悪評をでっち上げて離縁を突きつけたのだ。一方、アデラインは離縁を受け入れて、包帯を取って見せた。

処理中です...