理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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第1章 暗い闇と蒼い薔薇

王子様ご降臨 3

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 知らなかった。
 まるで知らなかった。
 結奈は日本人であり、黒い髪と黒い目など見慣れている。
 むしろ、金髪や緑の目のほうが珍しいくらいだ。
 そのせいで、自分の髪や目が特別なものだなんて思ってもいなかった。
 
「お前が、血のことをよくわかっていないというのは、これも含めてということだったか。お前の使用人から聞いた話は、あまり具体的でなかったのでな」
 
 結奈の周囲に、ざわっという空気が広がる。
 そのざわめきが、結奈を正気に戻した。
 
(そういえば、ウチのみんなも茶色とか赤とかだもんね。気づかなかったわー。ビックリだわー。なんか、私とお祖父さま、絶滅危惧種みたいじゃん)
 
 2人しかいない発言には驚いたが、だからなんだ、という感じ。
 王子様の理屈は、結奈には通じない。
 結奈は結奈であり、現代日本人だからだ。
 少なくとも自国での戦争を知らない世代でもある。
 戦争は嫌だと思うけれど実感はない。
 この世界も今は平和。
 起こるかどうかもわからないことのために身を捧げろと言われても、納得できなかった。
 
(てゆーか、まず話し合いで解決する方法を考えろっての。なんで、いきなり戦争前提になってるわけ?)
 
 周囲の国と平和的関係を作るのは難しいのかもしれない。
 けれど、努力もせずに放棄するのは間違っている。
 ユージーンは、安易な手段を選んでいるに過ぎないのだ。
 祖父の孫であり、その力を受け継いでいるかもしれないというのは、確かに脅威になり得るのだろうけれど。
 結奈が釈然としない気持ちにとらわれている間にも、ユージーンが言葉を続けていた。
 
「パト……パトリックと言ったか。その者が詳細に話しておれば、俺とて順をおって話せたものを」
 
 周囲の視線が、一斉にパットに集まる。
 最初に動いたのは、厨房から出てきていたマルクだ。
 
「てめえ! レティシア様に、これだけ恩を受けときながら……っ!」
 
 今にも殴り掛からんばかりの勢いのマルクを、グレイが止めていた。
 が、周りからは同様の声が上がっている。
 そのことに結奈は焦った。
 
「ちょ……ちょっと……みんな……落ち着いて……っ……」
 
 王子様のことなど忘れ、今度はパットとマルクの間に割って入る。
 しかし、マルクおさまらない。
 
「いいや、許しちゃおけねえ! ぶん殴ってやるッ! この野郎ッ」
 
 パットは、真っ青になって立ち尽くしていた。
 口を緩く、ぱくぱくさせ、小さく呟いている。
 
「ちが……俺は……俺は話してなんか……」
 
 否定しかけ、なにかを思い出したかのようにパットがうめいた。
 膝をがくんと床に落とす。
 
「……そんな……そんな……ゆ、友人だと……」
 
 小さな声だったが、結奈の耳にはとどいた。
 少し前、休みの日にパットが友人と飲みに行くと言っていたのを思い出す。
 
(そういうこと……っ?!)
 
 ゴゴゴゴゴ。
 まさに、そんな音が体の奥から聞こえてくるほどの怒りを感じた。
 
「みんな、パットは悪くない」
「けど、レティシア様……っ」
「マルク、心配してくれてるのはわかってるけど、パットを責めるのはナシ。だってパットは悪くないもん。口止めしてたわけじゃないしね。話されて困るようなことでもないよ」
 
 結奈はあえて落ち着いた口調で言った。
 自分まで冷静さを欠いた話し方をすれば、みんなを煽ることになる。
 
「パットは友達と世間話をしただけ。なんにも悪くない」
 
 床に膝をついたまま、見上げてくるパットに笑顔をみせた。
 パットは涙をポロポロとこぼしている。
 そのほうが胸に痛かった。
 
「大丈夫だよ、パット。私、怒ってないし、裏切られたとも思ってないからね。大丈夫、心配ないよ」
 
 言ってから、王子様に視線を向ける。
 結奈の怒りは、ただ1人、この傍若無人な男に向けられていた。
 夜会の時の手口といい、パットを騙したやり口といい、卑怯極まりない。
 自分に粘着するのはともかく、周りに迷惑をかけることばかりするのが許せなかった。
 結奈は王子様の前に仁王立ちする。
 腰に両手をあて、キッと睨み上げた。
 
「私は、あなたの正妃になんて絶対ならない」
 
 外見よりも中身に問題有りだ。
 結奈にとって祖父が「理想の男性」なのは、外見だけではなく、祖父の持つ雰囲気や内面も含めてのこと。
 どれが欠けても「理想」にはならない。
 そして王子様には、最も大事な部分が欠けている。
 外見だけでも、かなりハードルを下回っているというのに。
 だから、けして結奈の「理想」にはなり得ないのだ。
 
「俺の話を、きちんと聞いていたか?」
 
 初めて会った日のように、王子様が目をすうっと細める。
 殺されそうだよね、と感じた時の、あの目だった。
 さりとて、結奈もあの時とは違う。
 怖いとは思わなかったし、ビビりもしなかった。
 
「聞いてたけど?」
「ならば、自分の立場を自覚し、責任をまっとうしろ」
 
 王子様は、たいそう不機嫌そうだ。
 同じくらい結奈も不愉快でしかたがない。
 この「無礼者」に、なんとか強烈な1撃を食らわせてやりたいと思う。
 
「国のために抑止力になるってことが、責任をまっとうするってこと?」
「そうだ」
 
 結奈は、頭をフル回転させていた。
 言い逃れるのではなく、正しい理屈で、グウの音も出ないようにしてやりたかったからだ。
 その結奈の頭に、フッとある考えが浮かんでくる。
 
「それは一理いちりあるね。平和がなによりだし、そのために果たせる責任があるんなら、果たすべきだと思う」
 
 王子様の目から剣呑けんのんさが消えた。
 満足そうな顔をしていて、とても。
 
 ムカつく。
 
 勝ち誇ったような態度も気に食わなかった。
 結奈は、わざと王子様に笑ってみせる。
 そして、きっぱりハッキリと言い切った。
 
「でも、あなたの正妃にはならない」
 
 続けて、おどけたように肩をすくめてみせる。
 無礼な態度には無礼な態度で返すべし。
 人は人を映す鏡なのだ。
 
「だって、あなたじゃなくたって、いいんだもん」
 
 王子様は「ローエルハイドの血が抑止力になる」と言ったのだ。
 それなら、なにも王宮に入る必要はない。
 この国に「黒髪、黒眼」の自分がいれば、それで事足りる。
 
「私を王宮に入れたいっていうのは、あなたの都合なんじゃない? 私がいれば、それだけでいい? だったら、この国に私がいて“誰か”と婚姻すればすむ話だよね?」
 
 結奈は、まっすぐに王子様と視線を合わせた。
 その口元に、もう笑みはない。
 
「だから、あなたじゃなくていい」
 
 現代日本という、かなり自由な世界で結奈は生きてきた。
 理不尽なことだって、たくさんあったけれど、同じくらい自分で決められることも多かった。
 自分の選択は自分でする。
 
「俺ではない者を選ぶというのか?」
「責任を果たせって言ったのは、あなたでしょ」
「だが……それは……それでは……」
「あなたの都合なんて知らないよ、王子様」
 
 自分を「正妃」にしたがっているのは、王子様自身が祖父の血を欲しがっているからなのだろう。
 どんな利益があるのかはわからないが、それは結奈には関係ない話だ。
 そろそろ帰ってくれないだろうかと思う結奈の前に、誰かが進み出てくる。
 あやうくギャッと叫ぶところだった。
 それはあの、いつも結奈を殺す殺人鬼だったからだ。
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