理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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第1章 暗い闇と蒼い薔薇

王子様ご降臨 4

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 ユージーン、人生4度目になる、頭真っ白状態。
 彼女を前に、何度、言葉を失ったことだろう。
 なにかを考えようとしても「考える」ということすら考えられない。
 
 ここに来るまでの道のりで、彼はあれこれと夢想していた。
 レティシアを正妃として迎えた場合のことだ。
 
 自分の隣に立つ彼女は、どんなにか美しいか。
 
 これからは、くるくると変わる彼女の表情をいつも見ていられる。
 退屈だった毎日が、楽しくなるに違いない。
 そして、ベッドの中でも彼女を可愛がるのだ。
 レティシアにとっては初めてのことだろうし、優しくしてやらなければならないな、などとも思っていた。
 
 それに、どうしても彼女が嫌がるのなら、側室や愛妾は、当面、迎えいれなくていいか、とすら考えた。
 彼女に子が成せず、成すこともできない年齢になるまで猶予はあるのだからと、今までずっと自らに課してきた責任さえ後回しにしようとしていたのだ。
 
 出産は命がけであり、子供の生存率もあまり高くない。
 出産時に母親が命を落とすこともあれば、長く生きられない子供もいる。
 子供に関していえば、少なくとも5歳を過ぎるまでは安心できなかった。
 だから若い母親が望まれるのだ。
 
 特に王族や貴族階級では、16歳から18歳での輿入こしいれが常識。
 20歳を越えると良い顔をされなくなり、25歳にもなれば反対の声が大きくなってくる。
 母子ともに命を落とす危険性が高くなるからだった。
 
 レティシアは16歳なので25歳を越えるまでには、まだ十年の猶予がある。
 正妃となり、それでも子が成せないまま十年も経てば、きっと彼女も側室を娶ることを承諾するだろう。
 と、ユージーンは、ずいぶんと先の将来まで夢想していた。
 
 そう、夢想だ。
 
 隣で無邪気に笑う彼女の姿も、黒髪に黒眼の子を抱いて自分に寄り添う彼女の姿も、今まさにパリーンと音を立て、砕け散る。
 代わりに、顔の見えない「誰か」と2人で去っていく後ろ姿が見えた。
 
「殿下、殿下」
 
 声が、ぼんやりと聞こえる。
 まだ思考する力が戻ってこない。
 それでも、声に体だけは反応して、そちらに顔を向けた。
 
「殿下、彼女は、だいぶ混乱しているようですね」
「混乱……」
 
 声は出たが、自分が何を言っているのかは定かでない。
 相手の言葉を反復しているに過ぎなかった。
 
「ここは私にお任せください。殿下が仰りたかったことを、お伝えします」
 
 自分の言いたかったこととは、なんだろう。
 漠然と思う。
 わずかずつではあれ、思考が戻ってきていた。
 
(俺は……この娘を正妃にするのだと……ただ……そう思って……)
 
 父から愛情は与えられなかった。
 あまり会うことのない母が愛情を持ってくれているのかはわからずにいる。
 愛情なんて「言葉のまやかし」だと感じてきたし、信じてもいなかった。
 自分には必要のないものだと割り切ってきてもいる。
 
 ユージーンの周りには、彼を肯定する者が山ほどいた。
 愛情などなくても、迎合げいごうという形で人は簡単に人を受け入れる。
 だから、ユージーンは知らなかったのだ。
 
 口実も言い訳も通用しない、厳然たる拒絶。
 
 そんなものがあると、彼は知らなかった。
 本当に欲しいものを手に入れられないという苦痛も、また。
 
「殿下もわかっておいでなのでしょう? 少し行き過ぎた言いようをなされたことは。ですから、私が彼女にちゃんと殿下のお気持ちをお伝えしますよ」
 
 肩に、なにかがふれた。
 それはサイラスの手だ。
 
 ユージーン自身は気づいていなかったけれど、彼は生まれて初めて、本気で傷ついている。
 挫折を知った、と言ってもいい。
 そのせいで、もう何をする気にもなれずにいた。
 
「ああ……わかった。あとは任せる」
 
 言い置いて、踵を返す。
 レティシアに、なにか言いたい気もした。
 後ろ髪は引かれるが、肝心な「なにか」が思い浮かばないのだ。
 言うべきことが思いつけないのなら、口を閉ざすよりほかない。
 
 ユージーンは屋敷を出て、止めてあった馬車に乗る。
 1人になると、なおさら気分が滅入ってきた。
 
 なぜこんなことになったのかが、わからない。
 彼女に会えば、すべて丸くおさまると簡単に考えていた。
 体を前に倒し、両手で顔を覆う。
 
 なにが悪かったのか。
 自分は何を間違えたのか。
 
 わからないが、彼女の「拒絶」には意味があるに違いない。
 なぜなら、彼女はユージーンと対等に接し、対等に話すからだ。
 ただただ彼を肯定してくる者たちとは違う。
 
 ある意味、ユージーンは真面目だった。
 
 混乱の最中さなか、ハッとなって顔を上げる。
 彼女が正妃選びの儀を辞退した最も大きな理由を思い出していた。
 
(俺を好みではない、と言った……それは、つまり……他に好みの者……恋しい者がいる、ということではないのか?)
 
 ぐうっとうめく。
 なぜか胸が潰れそうなくらいに痛い。
 
 しかし、それがなんなのかには思い至らなかった。
 ユージーンは恋などしたことがなかったので。
 息が苦しく、眩暈がする。
 
 そんな中でも、彼は真面目だった。
 
 辿り着いた自分の予想を、さらに押し進めていく。
 自分で自分の首を絞める、もしくは、傷口に塩を塗る、といった行為にほかならないのだけれど。
 
(誰だ……? どこかの貴族の者……いや、あれレティシアのことだ、もしかすると平民ということも……まさか、あの執事か……っ……?!)
 
 彼女は、あの執事に手を上げたユージーンに怒っていた。
 それが恋しい男であったなら、ありえることだ。
 むしろ、そうであったからこそ、あれほどに怒ったのではないか。
 そう思える。
 ますます眩暈が酷くなった。
 
(しかし、あの男とは歳が違い過ぎるだろう! いや……あの程度の年齢差なら問題には……そもそも、あの男が何歳かも知らんが)
 
 見た目からすると30代半ば。
 レティシアとの年齢差は20か、そこいら。
 父と母の年齢差を考えれば、とがめられるような話でもないのだ。
 自分で自分を追い込んでいることにも、ユージーンは気づいていない。
 
 ある意味では、彼はとことん真面目だった。
 その上、ある意味では、世間知らずでもあった。
 
 貴族社会の裏事情や人間の醜い部分は、十分過ぎるほど知っている。
 にもかかわらず、王宮で知り得る以外のことは知らないのだ。
 誰かを守りたいという意識も仲間意識も家族への無償の愛も。
 発想自体が存在しない。
 
(もしや……すでに……い、いや……待て、それはなかろう……彼女は自分の意思で婚姻できる歳だ……2人がそういう仲ならば公爵から話があるはず……だが、隠しているということもありえる……あの執事は貴族か、平民か……)
 
 やはり答えは出ない。
 彼女に、直接、聞いてみるのが手っ取り早いのはわかっている。
 が、そんな気持ちになれなかった。
 
 もし肯定されたらとの思いが、頭をよぎったからだ。
 レティシアを抱きしめる腕も、口づけを落とす唇も、自分のものではない。
 あの執事か、もしくは別の男か。
 誰にしろ、自分以外の者が彼女にふれることを許されている。
 
「…………ありえん……」
 
 ユージーンは、大きく息を吸い込んだ。
 少し息苦しさがおさまっていた。
 頭を何度か横に振って、眩暈を弾き飛ばす。
 
「そのようなことは、絶対に許さん。あれは俺のものだ」
 
 少なくとも彼女は、まだ誰のものでもない。
 どこにも嫁いでいないのだから、まだ間に合うはずだ。
 具体的な案はともかく、ひとつだけ明確になった。
 
 レティシアを誰にも渡したくない。
 
 ともあれ、それだけでもはっきりしたことで、かなり落ち着く。
 彼女を手にいれるためには、やるべきことがたくさんあるのだ。
 混乱している時間が惜しい。
 
(まずは、レティシアと、あの執事の関係を魔術師どもに調べさせねばならん)
 
 もし「特別な関係」になっていたとしても、それはそれ。
 別れさせる方法を考えればいいだけだ。
 
「そういえば……サイラスは、まだ戻っておらんのか」
 
 自分のそばにいるはずの重臣がいないことに、ようやく気づく。
 彼が戻ったら、彼女の周囲についても詳しく調べさせることにした。
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