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第1章 暗い闇と蒼い薔薇
副魔術師長の黒い声 3
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この世界で、黒髪に黒眼を持つ者は、たった2人。
祖父と、自分。
そのこと自体は、それほどショックではなかった。
黒髪に黒眼だから、周りが勝手に祖父と同様の力を持っていると勘違いしてくれる、というだけの話だ。
たとえ、実際には持っていなくても、持っているかもしれない、いずれ顕現するかもしれない、と疑心暗鬼にもなるだろう。
それが王太子の言っていた「抑止力」の意味だと理解している。
ただ、それで結奈のなにが変わるわけでもない。
それこそ「ただそこにいればいい」のだから。
結奈をどう見るかは周りの問題だ。
だから、平気でいられた。
驚きが過ぎたあとは、むしろ「そんなこと?」ぐらいに思っていたのだ。
けれど、サイラスから聞いた話は結奈に大きな衝撃を与えている。
否定したいのに、否定しきれない。
この世界で「そういうこと」があるのは事実なのだろう。
現代日本ではありえなくても、だ。
歴史書や古典文学で、親戚筋との婚姻についての記述を読んだこともある。
たしかヨーロッパでは王族や貴族の系譜や領地にからみ、近親婚が多かった時代もあったと記憶していた。
ここは「貴族的」世界として存在している。
そこから考えれば、本当に「ありえる」に違いない。
サイラスの言葉をすべて鵜呑みにはしていなかったが、すべてを否定できないところが結奈に痛手を与えていた。
(お祖父さまが私を後添えに……? そんなこと、ありえないのに……)
たとえ近親婚がありえるとしても、祖父の言動は恋愛的なそれとは違う。
祖父が今でも祖母を愛しているのは間違いない。
結奈だって祖父に対して持っている愛情は、家族に対してのものだ。
理想ではあっても、恋愛対象として見ているわけではなかった。
いわゆるファザコンやブラコンをこじらせたようなものに過ぎない。
もとより結奈は、家族や身内への愛情のほうが恋愛的なものを上回っている。
真剣な恋ができなかったのも、そのせいだ。
漠然とではあるが、そっちに行ってしまったら家族への愛情を手放すことになるのではないか、との思いがあった。
恋人がいた時期もあったものの、結局、家族を選んでいる。
恋人より家族を優先させる結奈は、いつも相手に愛想をつかされてきたのだ。
そして、それでもいいと思ってきた。
それほど結奈にとって家族や身内は大事な存在と言える。
(私のせいだ……調子に乗って夜会であんな……)
そもそも勢いで夜会になんて行ったのが間違いだった。
こんなことになるのなら、逃げてしまえば良かったのだ。
(そうだよ……なんで闘おうとするかな、って……いっつも思ってたじゃん)
殺人鬼に殺される夢と同じことを、やはり繰り返している。
闘い方は違えど、迎え撃とうとするから、こんなことになる。
その結果が、これだ。
周り中に迷惑をかけている。
パットの涙に濡れた顔が見えた。
両親が王宮で噂を否定して回っている姿も見える。
(私のことがなかったら、パットが友達に裏切られることだってなかった。お父さまやお母さまが苦労することもなかった)
そして。
結奈は、ぎゅっと目をつむった。
心臓が痛いくらい締めつけられている。
誰よりも自分をわかってくれて、無償の愛を与えてくれている祖父の名誉を穢してしまったのだ。
もう誰も彼を英雄だとは呼ばない。
サイラスの言葉が、何度も聞こえてくる。
あの戦争で、祖父は大きな苦痛を味わったはずだ。
それが結奈にはわかる。
自分も同じだからだ。
両親を事故死させた運転手を憎む自分が恐ろしかった。
暗い感情の泉に手を浸したことが怖かった。
自分の中に「こんなもの」があるのかと。
が、それは愛情と同じ源泉を持つ感情でもある。
どちらも捨てることはできない。
祖父は、きっとそれが嫌で王宮を辞したのだ。
守る力だけでは、大事な者を守れないと知ってしまったから。
戦争を終結させた祖父が支払った代償の大きさは、いかばかりであったか。
(お祖父さまは、英雄なんて呼ばれなくていいって言うよね。呼ばれないほうがいいって言うかもしれない。だけどさ……だけど……)
あまりにも不名誉過ぎる。
噂の内容が内容なだけに、単純に「英雄視されなくなった」ではすまない。
頭がひどく痛い。
体もだるくて、鼓動は速かった。
自分の血をより濃くするため、見境なく孫娘を後添えにしようとしている男。
またサイラスの言葉が聞こえる。
結奈は、自分と祖父を「絶滅危惧種」のようだと思った。
ならば、サイラスの言うようにとらえる者もいるかもしれない。
仮に、これが「動物」の話だとしたら。
(嫌だ、嫌だ……お祖父さまを、そんなふうに見ないでよ……違う……お祖父さまは、そんな人じゃない……立派な人で……すごくすごく……)
正しく祖父を表現する言葉が見つからなかった。
ただ、獣扱いされていいような人ではないと思う。
そんな汚らわしさとは対極にいる人なのだ。
なのに。
自分の後先を考えない言動が、祖父の名誉を穢し、祖父自身をも穢してしまった。
結奈の目から、涙がパタパタっとこぼれ落ちる。
(私が、とっとと目を覚ましてたら、こんなことにはならなかったんだ。前のレティシアは良い子じゃなかったんだろうけど、私のほうが最悪だよ。自分が居心地いいからって、この世界を滅茶苦茶にして……)
目覚めたくない。
この夢の中で、みんなと一緒にいたい。
そう思ってきたけれど、それは正しかったのだろうか。
元のレティシアに戻っていたほうが、結果的には良かったのではないか。
そうすれば誰も傷つけずにすんだのだ、おそらく。
自分は月代結奈であり、レティシア・ローエルハイドではない。
きっと正しい選択とは「正妃になる」ことではなく。
(目を覚ます、こと。この体から私が出てくこと、なんだよね)
結奈が消えれば、この世界は元通りになる。
レティシアは我儘で高慢ちきな「姫さま」に戻って、予定通り王太子の正妃になるのだろう。
(それが、正解)
頭痛が激しい。
鼓動もさっきより速くなっていた。
体がだるく、イスに座っているのも苦しいほどだ。
目覚めの予兆なのかもしれない、と感じる。
この世界での自分が消えようとしているのだろう。
以前から、考えないようにしていた、ひとつの仮説。
次元はどこだか知る由もないが、ここはやはり「異世界」に違いない。
この世界はこの世界で「リアル」に存在している。
けれど、自分は転生も転移もしていないのだ。
理屈はわからない。
それでも、仮説として成り立つ唯一の結論。
魂の憑依。
レティシア・ローエルハイドの体を自分が乗っ取ったのだ。
彼女の体に、自分の魂が入りこんでいる。
激しい頭痛の中、不意に、あの日の夜の記憶がよみがえった。
新しい涙がまた、ぱたぱたっと結奈の頬を流れ落ちる。
(そっか……あの日、私……消えたいって思ったんだ……私も連れてってよって……そう思ってた……)
あの日は両親の結婚記念日。
そして両親の亡くなった日。
1人ぼっちの部屋で、結奈は両親と過ごした日のことを思い出していた。
結婚記念日は2人での旅行が恒例行事。
大学に進学してから、結奈は置いていかれるようになったのだ。
就職で地元に戻っても、いつも2人で出かけて行った。
結奈だって2人が仲良くしていることに不満はなく、冗談で「連れてけ」と言ったりはしていたものの、本気ではなかった。
けれど、あの日以来、2人は戻って来なくて。
結奈は、本当の本当に、1人ぼっちになってしまった。
だから、思わずにはいられなかったのだ。
2人はどこに行ってしまったのだろう。
2人だけで行かずに自分も連れていってほしい、と。
(ひどいじゃん……連れてくとこ間違ってるよ……)
ここは自分のいるべき場所ではない。
新しい家族も、自分の家族ではないのだ。
そして、また自分は家族を失う。
(これじゃ……ホントに……私……もう……消えるしか、ないじゃん……)
祖父と、自分。
そのこと自体は、それほどショックではなかった。
黒髪に黒眼だから、周りが勝手に祖父と同様の力を持っていると勘違いしてくれる、というだけの話だ。
たとえ、実際には持っていなくても、持っているかもしれない、いずれ顕現するかもしれない、と疑心暗鬼にもなるだろう。
それが王太子の言っていた「抑止力」の意味だと理解している。
ただ、それで結奈のなにが変わるわけでもない。
それこそ「ただそこにいればいい」のだから。
結奈をどう見るかは周りの問題だ。
だから、平気でいられた。
驚きが過ぎたあとは、むしろ「そんなこと?」ぐらいに思っていたのだ。
けれど、サイラスから聞いた話は結奈に大きな衝撃を与えている。
否定したいのに、否定しきれない。
この世界で「そういうこと」があるのは事実なのだろう。
現代日本ではありえなくても、だ。
歴史書や古典文学で、親戚筋との婚姻についての記述を読んだこともある。
たしかヨーロッパでは王族や貴族の系譜や領地にからみ、近親婚が多かった時代もあったと記憶していた。
ここは「貴族的」世界として存在している。
そこから考えれば、本当に「ありえる」に違いない。
サイラスの言葉をすべて鵜呑みにはしていなかったが、すべてを否定できないところが結奈に痛手を与えていた。
(お祖父さまが私を後添えに……? そんなこと、ありえないのに……)
たとえ近親婚がありえるとしても、祖父の言動は恋愛的なそれとは違う。
祖父が今でも祖母を愛しているのは間違いない。
結奈だって祖父に対して持っている愛情は、家族に対してのものだ。
理想ではあっても、恋愛対象として見ているわけではなかった。
いわゆるファザコンやブラコンをこじらせたようなものに過ぎない。
もとより結奈は、家族や身内への愛情のほうが恋愛的なものを上回っている。
真剣な恋ができなかったのも、そのせいだ。
漠然とではあるが、そっちに行ってしまったら家族への愛情を手放すことになるのではないか、との思いがあった。
恋人がいた時期もあったものの、結局、家族を選んでいる。
恋人より家族を優先させる結奈は、いつも相手に愛想をつかされてきたのだ。
そして、それでもいいと思ってきた。
それほど結奈にとって家族や身内は大事な存在と言える。
(私のせいだ……調子に乗って夜会であんな……)
そもそも勢いで夜会になんて行ったのが間違いだった。
こんなことになるのなら、逃げてしまえば良かったのだ。
(そうだよ……なんで闘おうとするかな、って……いっつも思ってたじゃん)
殺人鬼に殺される夢と同じことを、やはり繰り返している。
闘い方は違えど、迎え撃とうとするから、こんなことになる。
その結果が、これだ。
周り中に迷惑をかけている。
パットの涙に濡れた顔が見えた。
両親が王宮で噂を否定して回っている姿も見える。
(私のことがなかったら、パットが友達に裏切られることだってなかった。お父さまやお母さまが苦労することもなかった)
そして。
結奈は、ぎゅっと目をつむった。
心臓が痛いくらい締めつけられている。
誰よりも自分をわかってくれて、無償の愛を与えてくれている祖父の名誉を穢してしまったのだ。
もう誰も彼を英雄だとは呼ばない。
サイラスの言葉が、何度も聞こえてくる。
あの戦争で、祖父は大きな苦痛を味わったはずだ。
それが結奈にはわかる。
自分も同じだからだ。
両親を事故死させた運転手を憎む自分が恐ろしかった。
暗い感情の泉に手を浸したことが怖かった。
自分の中に「こんなもの」があるのかと。
が、それは愛情と同じ源泉を持つ感情でもある。
どちらも捨てることはできない。
祖父は、きっとそれが嫌で王宮を辞したのだ。
守る力だけでは、大事な者を守れないと知ってしまったから。
戦争を終結させた祖父が支払った代償の大きさは、いかばかりであったか。
(お祖父さまは、英雄なんて呼ばれなくていいって言うよね。呼ばれないほうがいいって言うかもしれない。だけどさ……だけど……)
あまりにも不名誉過ぎる。
噂の内容が内容なだけに、単純に「英雄視されなくなった」ではすまない。
頭がひどく痛い。
体もだるくて、鼓動は速かった。
自分の血をより濃くするため、見境なく孫娘を後添えにしようとしている男。
またサイラスの言葉が聞こえる。
結奈は、自分と祖父を「絶滅危惧種」のようだと思った。
ならば、サイラスの言うようにとらえる者もいるかもしれない。
仮に、これが「動物」の話だとしたら。
(嫌だ、嫌だ……お祖父さまを、そんなふうに見ないでよ……違う……お祖父さまは、そんな人じゃない……立派な人で……すごくすごく……)
正しく祖父を表現する言葉が見つからなかった。
ただ、獣扱いされていいような人ではないと思う。
そんな汚らわしさとは対極にいる人なのだ。
なのに。
自分の後先を考えない言動が、祖父の名誉を穢し、祖父自身をも穢してしまった。
結奈の目から、涙がパタパタっとこぼれ落ちる。
(私が、とっとと目を覚ましてたら、こんなことにはならなかったんだ。前のレティシアは良い子じゃなかったんだろうけど、私のほうが最悪だよ。自分が居心地いいからって、この世界を滅茶苦茶にして……)
目覚めたくない。
この夢の中で、みんなと一緒にいたい。
そう思ってきたけれど、それは正しかったのだろうか。
元のレティシアに戻っていたほうが、結果的には良かったのではないか。
そうすれば誰も傷つけずにすんだのだ、おそらく。
自分は月代結奈であり、レティシア・ローエルハイドではない。
きっと正しい選択とは「正妃になる」ことではなく。
(目を覚ます、こと。この体から私が出てくこと、なんだよね)
結奈が消えれば、この世界は元通りになる。
レティシアは我儘で高慢ちきな「姫さま」に戻って、予定通り王太子の正妃になるのだろう。
(それが、正解)
頭痛が激しい。
鼓動もさっきより速くなっていた。
体がだるく、イスに座っているのも苦しいほどだ。
目覚めの予兆なのかもしれない、と感じる。
この世界での自分が消えようとしているのだろう。
以前から、考えないようにしていた、ひとつの仮説。
次元はどこだか知る由もないが、ここはやはり「異世界」に違いない。
この世界はこの世界で「リアル」に存在している。
けれど、自分は転生も転移もしていないのだ。
理屈はわからない。
それでも、仮説として成り立つ唯一の結論。
魂の憑依。
レティシア・ローエルハイドの体を自分が乗っ取ったのだ。
彼女の体に、自分の魂が入りこんでいる。
激しい頭痛の中、不意に、あの日の夜の記憶がよみがえった。
新しい涙がまた、ぱたぱたっと結奈の頬を流れ落ちる。
(そっか……あの日、私……消えたいって思ったんだ……私も連れてってよって……そう思ってた……)
あの日は両親の結婚記念日。
そして両親の亡くなった日。
1人ぼっちの部屋で、結奈は両親と過ごした日のことを思い出していた。
結婚記念日は2人での旅行が恒例行事。
大学に進学してから、結奈は置いていかれるようになったのだ。
就職で地元に戻っても、いつも2人で出かけて行った。
結奈だって2人が仲良くしていることに不満はなく、冗談で「連れてけ」と言ったりはしていたものの、本気ではなかった。
けれど、あの日以来、2人は戻って来なくて。
結奈は、本当の本当に、1人ぼっちになってしまった。
だから、思わずにはいられなかったのだ。
2人はどこに行ってしまったのだろう。
2人だけで行かずに自分も連れていってほしい、と。
(ひどいじゃん……連れてくとこ間違ってるよ……)
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