89 / 304
第1章 暗い闇と蒼い薔薇
いくらでも残酷に 1
しおりを挟む「……下……下……殿……殿下……」
声が遠くから聞こえてくる。
体を軽く揺すられ、ハッとして飛び起きた。
ベッド脇にサイラスが立っている。
隣を見たが、レティシアの姿はない。
「サイラス! 彼女は……っ……?」
「お話はあとで。一刻の猶予もありません。今すぐ、この城から出ねばならないのです」
サイラスの緊迫した様子に、ユージーンも悟った。
大公が、来る。
大公の怒りの直撃は免れないだろう。
そうは思っていたが、座して死を待つこともできない。
すぐに起き上がり、ベッドを降りた。
「こちらへ」
部屋の端に行くサイラスの後を追う。
角のところで、壁に両手をついた。
体を固定するためだ。
サイラスが両手を、ぱんっと打ち鳴らす。
とたん、部屋がグラリと揺れた。
さっきまで昏倒していたせいもあるのか、眩暈がする。
「さあ、まいりましょう」
閉まっている赤い扉には、大きなバツ印の傷があった。
そこから部屋の外に出る。
ユージーンが、あの部屋を訪れた際の景色とは異なっていた。
サイラスの「換敷」は、2つの場所を瞬時に入れ替えることができるのだ。
自分たちが転移するのではなく、場所のほうを移動させる魔術だった。
複数回の転移や長距離の転移に、魔力耐性のないユージーンは耐えられない。
だから、あえて「換敷」を使ったのだろう。
いかにもサイラスらしい心遣いだと思った。
(大事な人、か。そうかもしれん。サイラスは、いつも俺のことだけを考えてくれている。俺も大事にせねばな)
レティシアは、ユージーンがサイラスの話をした際、嬉しそうな顔をしている。
きっと「大事な人がいる」というのは、いいことに違いない。
暗い廊下を少し歩いた先に簡素な木製の扉があった。
この城の構造を考えると、非常に特異な扉と言える。
サイラスが鍵を使って扉を開けた。
ギザギサの小さな突起が、いくつもついている銀色の鍵だ。
魔術がかかっている鍵だったのかもしれない。
ユージーンは、サイラスがそれをどこで手に入れたのかにまでは、気を回せずにいる。
いつもサイラスは必要なものを、必要な時に準備をしているので。
ユージーンの前に立つサイラスの右手が円を描く。
描いたのは円なのに、現れたのは、そっけない柱が2本。
柱と柱の空間から、こことは別の景色が見えた。
王宮内の自分の私室だとわかる。
サイラスが使ったのは「点門」という、特定の場所を繋ぐ魔術だった。
2人が柱の間をくぐり抜けると同時に、柱が消える。
(換敷に点門か……どちらも魔力消費が大きいのだったな)
サイラスに教わった知識が、ユージーンに罪悪感をいだかせた。
どちらも発動後1回限りの大技だ。
その2つを同時に使ったのだから、きっとサイラスには多大な負担がかかっている。
自分に魔力耐性があれば、と思わずにはいられない。
が、ユージーンは王族なのだ。
王族には器がない。
そのため魔力を蓄積することもできないし、耐性も持てない。
ユージーンが魔力を多少なりとも有しているのは、国王との血の繋がりによる。
国王は魔術師長にのみ魔力を与えているが、血の経路を辿り、下級魔術師程度の魔力が自然とユージーンに流れ込むのだ。
王宮内や、せいぜい王都くらいまでの転移であればユージーンにもできる。
さりとて長距離となると、身体的にかなりの負担がかかってしまう。
意識を失う程度ではすまなくなる可能性もあった。
つまり、ユージーンの魔術は、ほとんど使いものにならない、ということ。
今までは、最低限、自分の身を守れれば、それでいいと思ってきたが、少し考えを改めなければならない、と思った。
即位をすると「与える者」となり、魔術は使えなくなる。
だとしても、それまでの間、せめて足を引っ張らないように。
「申し訳ございません、殿下。私の失態にございます」
部屋に着くなり、サイラスが頭を下げた。
めずらしく苦々しそうに顔をしかめてもいる。
「どういう意味だ?」
ユージーンにしてみれば、サイラスは、なにも悪くない。
油断していた自分が悪いのだ。
もっと言えば、レティシアが逃げるのを手伝ったとも言える。
もちん、花瓶で殴られるなんて予見できるはずもなかったのだけれど。
「あの娘自身に、なんらかの魔術がかけられていると予測しておくべきでした。あの娘は魔術が使えませんが、防御の魔術がかけられていたのでしょう。そのせいで、殿下の命を危険に晒してしまいました」
「多少、頭は痛むが……それほど大袈裟に考えることはないだろ?」
「いいえ、殿下。魔術で花瓶が飛んできたのでしょうが、かなりの威力であったはずです」
サイラスは「魔術」と言っているが、ユージーンはそれが魔術でなかったことを知っている。
さりとて、当然のことながら、サイラスには言えなかった。
隠し事をするのは気が進まないものの、しかたがない。
彼女がなぜそんなことをしたのかも、わかっているからだ。
「幸い、大怪我はされておりませんが、打ちどころが悪ければ、命にかかわっていたかもしれないのですよ」
気づかわしげに言いながら、サイラスが歩み寄ってくる。
おそらく治癒をしようとしているのだろう。
「サイラス、治癒はよい」
「殿下?」
「今日は、お前に負担をかけ過ぎている。王宮医師に任せることにしよう」
治癒の魔術を使えば、傷はすぐに癒えるし、痛みもなくなる。
が、怪我の度合いによって異なるものの、治癒は魔力の消費量が、それなりに大きいのだ。
サイラスは副魔術師長の任を与えられている。
魔術師として優秀だからなのだが、それは、第一に魔力の器が大きいことを意味していた。
だからといって、無尽蔵にあるわけでもない。
大きな魔術を使うのは魔力量が減るだけではなく、体に負担もかかるのだ。
「殿下のお気遣いは嬉しく思います。ですが、殿下をお守りできず、このような怪我を負わせてしまいました。その上、治癒も任せて頂けないのなら、私はなんのために殿下のお側に仕えているのか、ということになりましょう?」
そう言われると、非常に心苦しくなる。
罪悪感が、いよいよ強くなった。
なにしろ怪我を負ったのはユージーン自身の「恋心」が原因なのだ。
「……お前が、そういうのなら、任せる」
「ありがとうございます、殿下」
サイラスの治癒で、すぐに痛みが取れる。
さわってみた感じ「瘤」もなくなっていた。
「あの娘は”扉”についても、知っていたのかもしれませんね。大公様の孫娘なのですから。それも、私の落ち度です」
またしてもサイラスに頭を下げられ、ユージーンは呻きたくなる。
サイラスのせいではないと、うっかり口にしてしまいそうだった。
罪悪感に圧し潰されそうになるのを、必死で耐える。
レティシアは、ユージーンにサイラスを裏切らせないために「知恵」を絞ってくれたのだ。
(……レティシアの好意を無にはできん)
花瓶で王太子の頭を殴るというのが「好意」なのかはともかく。
良かれと思っての行動には違いない。
が、扉の件に彼女はいっさい関わっていなかった。
隔離を目的とする部屋の扉は封印されており、外からのみの魔術開閉式となっている。
ゆえに、本来、中からは開かない。
あの城の扉のほとんどには「錠鎖」が、刻印の術によって、かけられていた。
そのため、真っ赤に塗り潰されている。
ユージーンは部屋に入った際、ワイン瓶の底で扉にわずかな傷をつけた。
刻印の術は塗料を使う。
それに傷がつけば、術が緩むのだ。
レティシアを逃がす前提だったのではないが、彼女を閉じ込めているという感覚が嫌だったのだ。
あの時にはもう、ユージーンは希望に手を伸ばしていたから。
「いや……お前のせいではない。気に病むな、サイラス。うまく事を運べなかった、俺が悪いのだ」
彼女を手に入れたいとの自分の願いのため、サイラスは手を尽くしてくれた。
にもかかわらず、どうしても彼女に無理を強いることはできなかった。
レティシアに嫌われていない、という小さな小さな希望にすがりついて、成すべきことのできなかった自分は、きっと愚かなのだろう、と思う。
(お前に隠し事をするのは心苦しいが……俺は、あれの心を諦めきれんのだ)
10
あなたにおすすめの小説
【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る
水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。
婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。
だが――
「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」
そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。
しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。
『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』
さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。
かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。
そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。
そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。
そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。
アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。
ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。
0歳児に戻った私。今度は少し口を出したいと思います。
アズやっこ
恋愛
❈ 追記 長編に変更します。
16歳の時、私は第一王子と婚姻した。
いとこの第一王子の事は好き。でもこの好きはお兄様を思う好きと同じ。だから第二王子の事も好き。
私の好きは家族愛として。
第一王子と婚約し婚姻し家族愛とはいえ愛はある。だから何とかなる、そう思った。
でも人の心は何とかならなかった。
この国はもう終わる…
兄弟の対立、公爵の裏切り、まるでボタンの掛け違い。
だから歪み取り返しのつかない事になった。
そして私は暗殺され…
次に目が覚めた時0歳児に戻っていた。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 作者独自の設定です。こういう設定だとご了承頂けると幸いです。
初恋の還る路
みん
恋愛
女神によって異世界から2人の男女が召喚された。それによって、魔導師ミューの置き忘れた時間が動き出した。
初めて投稿します。メンタルが木綿豆腐以下なので、暖かい気持ちで読んでもらえるとうれしいです。
毎日更新できるように頑張ります。
【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで
禅
恋愛
「神に祈るだけで曖昧にしか治らない。そんなものは治療とは言わない」
男尊女卑が強い国で、女であることを隠し、独自の魔法を使いトップクラスの治療師となり治療をしていたクリス。
ある日、新人のルドがやってきて教育係を押し付けられる。ルドは魔法騎士団のエースだが治療魔法が一切使えない。しかも、女性恐怖症。
それでも治療魔法が使えるようになりたいと懇願するルドに根負けしたクリスは特別な治療魔法を教える。
クリスを男だと思い込み、純粋に師匠として慕ってくるルド。
そんなルドに振り回されるクリス。
こんな二人が無自覚両片思いになり、両思いになるまでの話。
※最初の頃はガチ医療系、徐々に恋愛成分多めになっていきます
※主人公は現代に近い医学知識を使いますが、転生者ではありません
※一部変更&数話追加してます(11/24現在)
※※小説家になろうで完結まで掲載
改稿して投稿していきます
有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!!
お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。
皆様、お気に入り登録ありがとうございました。
現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
推しの幸せをお願いしたら異世界に飛ばされた件について
あかね
恋愛
いつも推しは不遇で、現在の推しの死亡フラグを年末の雑誌で立てられたので、新年に神社で推しの幸せをお願いしたら、翌日異世界に飛ばされた話。無事、推しとは会えましたが、同居とか無理じゃないですか。
獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。
真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。
狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。
私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。
なんとか生きてる。
でも、この世界で、私は最低辺の弱者。
『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』
透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。
「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」
そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが!
突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!?
気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態!
けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で――
「なんて可憐な子なんだ……!」
……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!?
これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!?
ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる