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第1章 暗い闇と蒼い薔薇
いくらでも残酷に 4
しおりを挟む「思った通りだったぜ」
「そうかい」
不意に、ジークが隣に姿を現す。
なんでもなさそうな口調に、なんでもなさそうに答えた。
予測していたことなので、とくに驚きもしなかったからだ。
この地下室に着いた時には気づいていた。
(王宮を認めていないくせに、自分の身が危うくなると、王宮を逃げ場にする。ご都合主義も甚だしい男だね、サイラス)
サイラスと王太子は、今ごろ、王宮に逃げ戻っているのだろう。
この城は魔力疎外の構造となっているため、直接の転移はできなかったはずだが、なんらか手立てを用意していたに違いない。
サイラスは用心深く、用意周到な男だ。
失敗した時のことを常に考え、代案を用意している。
「どーする?」
「かまわないよ」
今は目の前の病原体に、始末をつけなければならない。
だから、サイラスを追うのは後回しだ。
どうせ王宮にいるのはわかっているのだし、どうにでもなる。
ここにいたのなら容赦はしなかったのだけれど。
(レティがどう思っているか、聞いてから対処するとしよう)
以前のレティシアと今の彼女とは違う魂だとわかっていた。
それでも、同じ轍を踏むのは避けるべきだと思っている。
レティシアの意思を無視すれば、彼女のことも「壊して」しまうかもしれないのだ。
もう2度とレティシアを失いたくない。
彼女から愛情を向けられる喜びを知ってしまっている。
「んじゃ、こいつだけだな」
「そうなるね」
彼がここに来ている間、ジークは城内の「露払い」をしていたのだろう。
そして、レティシアが城から出る際、通るであろう順路に、仕掛けが施されていないのも確認しているはずだ。
なにせジークは鼻が利く。
サイラスのことなので、何も仕掛けていないとは考えられない。
が、ジークから連絡はなかった。
1人で片づけたとの察しはつく。
ジークは、よけいなことは言わないし、聞かない。
簡単な言葉ですませるのが、ジークの常だった。
彼も同じだ。
わかりきっていることは、省くことにしている。
たとえば、伏兵がいたかとか、どんな仕掛けがあったかとか。
すべて排除したという結果があるのに、聞く必要はなかった。
彼はジークを信頼している。
裏切るかどうかといった低レベルの話ではなく。
「ま、ま……待て……待ってくれ……」
小さな声が聞こえた。
彼は、ジークと話しながらもずっと、この老いた男から視線を外さずにいた。
威勢が良かったのは最初だけだ。
レティシアがいなくなったとたん、震えだした。
彼女がいる間は抑制していたのだが、扉を閉めたのち、彼は怒りを解放している。
それが伝わっているのだ。
33年前、彼は怒りを感じてはいなかった。
ただ面倒なだけだった。
が、今日は違う。
体中が怒りに満ちていた。
「わ、儂は……お、お前の孫娘を、き、傷つけてはおらん……」
魔術騎士となってから、彼は様々な「仕事」をこなしてきた。
特殊な任務とされることは、それこそ「なんでも」だ。
こういう輩は珍しくもない。
己の行動を振り返りもせず、言い訳だけを並べ立ててくる。
命乞いをするのに必死で、とても見苦しい。
が、彼は事の善悪を問うつもりはなかった。
そもそも善悪なんて、見る方向でいくらでも変化する。
対して、彼の基準はいつでも明確だった。
そこには、同情も憐憫も存在しない。
魔術騎士をしていたのだって、妻の住むこの国を平和で「きれい」なものにしておきたかっただけのことだ。
(傷つけていない? 傷つけていないなどと、よく言える)
正妃選びの儀から戻って以来、レティシアは笑っていた。
つらく苦しいこともあったはずなのに、それも跳ねのけている。
今も悩みはあるだろう。
別の世界を思い出すたびに、寂しくなったりしているに違いない。
それでも、彼女は彼に笑顔を向けてくれるのだ。
魂が消えかけた日でさえ、レティシアは彼の前では泣かなかった。
なのに。
彼の顔を見て、大泣きをしている。
安心したのだろうが、それほど怖かったのだろう。
平和な世界で生きてきた彼女にとって、初めての死の恐怖。
そんなものを押しつけておきながら「傷つけていない」とは言わせない。
黒い大きな瞳から溢れる涙を思い出す。
その瞳に宿っていた恐怖も。
「面倒くせーなあ」
ジークが彼の怒りに連動したように、そう言った。
本当に、面倒だと感じている口調だ。
ジークは、彼に「言い訳」が通じるなんて思ってはいない。
「た、頼む……っ……こ、殺さないでくれ……っ……」
この台詞を、何度、聞いてきたことか。
定石通りの言葉に耳を傾ける気はなかった。
ジークの言うように、面倒だ。
そのジークが、ちらっと彼に視線を向けて肩をすくめる。
「そうだね。レスター、きみは、どうもわかっていないようだ」
「な、なに、なにが……」
彼は、目をすうっと細めた。
教えてやるのも面倒に感じる。
代わりに、ジークが答えた。
「殺してもらえると思ってんの?」
彼にとっても、ジークにとっても、ごく自然で、あたり前の「工程」だ。
老人は驚きでか、固まっている。
いっそう歳をとったように見えた。
「じーさん、あの子に嫌われちゃったからサ」
ジークの言葉は、とても正しく彼の心を表している。
レティシアに嫌われている者を「殺してやる」理由がない。
切れ込みを入れたような老人の口が、ぱくぱくと動いていた。
まともに言葉も出せないようだ。
「いいとも、レスター。きみの望みを叶えてやろう」
彼が言い終わると同時に、ジークが両手を上げ、空気を掻くようにして床に向かって下ろす。
瞬間、ガシャンと音を立て、老人が檻に閉じ込められた。
檻といっても柵のあるようなものではない。
老人がギリギリ入る正方形の、壁が透明な部屋だ。
「ジークにもできるじゃないか」
「オレはアンタみたいに、動作なしで魔術の発動はできねーんだよ」
「あれは、そういう意味だったのかい?」
「ほかに意味なんかねーだろ」
呆れたように言われ、彼は肩をすくめてみせる。
檻の中で老人が壁を叩き、何か叫んでいた。
が、外には物音ひとつ聞こえない。
ジークの「刹檻」は、うるさくないという点で、非常に便利なのだ。
こちらの声は、檻の中の者に伝わるのだけれど。
「仕上げはアンタがしろよ。そのほうが早い」
「レティを待たせているからね」
「そういうコト」
彼が指をパチンと鳴らす。
音もなく檻がひと回り小さくなった。
特段、指を鳴らさなくてもできるのだが、檻の中にいる人物にとっては恐怖の音に成り得る。
パチン、パチン……。
わずかな間を置きながら、指を何度も鳴らした。
そのたびに檻が小さくなっていく。
「じーさん、窮屈そうだな」
「懲らしめるには、ちょうどいいだろう?」
「骨バラバラになってるけど、死なねーの?」
「死なないねえ。彼は遺滓が好きらしいから、勝手に取り込めるようにしておいてやったよ。この城には、いくらでも遺滓が残っているのでね」
「アンタ、そんなこともできるのかよ。本当にムチャクチャだな」
この会話に、おそらく老人は悲鳴をあげているのだろうが、2人には聞こえない。
だいたい檻が小さくなり過ぎていて、顔がどこかすらわからなかった。
彼はひどく冷淡な視線で、その姿を一瞥し、それから体を返す。
「急ぐとしよう。私の愛しい孫娘が待っている」
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