理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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第1章 暗い闇と蒼い薔薇

やっぱり理想はお祖父さま 1

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 レティシアは、内心で焦っている。
 自分の家と同じ爵位のご令嬢が来ているのだ。
 なにか挨拶やら持てなしやらをしなければならないのは確かだろうが、そういうことは何も知らない。
 
(べ、勉強中なんです、じゃ通らないよなー! ちゃんと勉強しとけばよかったよー! まさか、お客が来るとは思わなかった……)
 
 社交は、母がするものだとの認識があった。
 レティシアに、自分が「ご令嬢」だとの認識がない、とも言える。
 夜会に行ったのも、王子様と初めて会った夜の、あの1回きりだ。
 両親からも、社交に関して何も言われたことがない。
 だから、自分には関わりのないものだと思いこんでいた。
 
(日本だと、客間に通したり、お茶を出したりするけど……そういうの、ここだと私の仕事じゃないし……てことは、いきなり私が話すってこと?! 挨拶、どーすんの?! 名刺交換とかないよなー! 取引先じゃないんだから……)
 
 仕事でなら、いくらでもなんとでもできる。
 が、プライベートで、知らない人がいきなり家を訪ねてくるなんてことは、訪問販売業者か宗教勧誘くらいしか思いつかない。
 そういう場合は、玄関で即お断りか、居留守。
 そのどちらかに決めていて、お客として家にあげたことなどなかった。
 
 が、今回は勝手が違う。
 相手は、れっきとした「お客様」なのだ。
 現代日本ではともかく、この世界では「自宅への電撃訪問」が、普通にあり得るのだろう。
 
(話すって言っても……うーん……出たとこ勝負になっちゃうよ……言ってることが、まったくわかんなかったら、どーしよ……うう……怖いなぁ……)
 
 王子様みたいに上から目線でわけのわからないことを言われたのなら、まだしも反論できなくもない。
 遠慮なく、その時に思った自分の気持ちを、そのままぶつければいい。
 会話が成立していると言えるのかはともかく「こう思っている」ということぐらいは伝えられる。
 
 とはいえ、これもまた今回は状況が違う。
 相手は女性だし、ご令嬢だし、まったく知らない人だし。
 思えば、初めてグレイやサリーに会った日も、かなり腰が引けていた。
 名前も知らないと焦ったものだ。
 
「イブリン姫さまって……その……いくつくらいの人?」
「先月18歳になられました」
「そ……そっか……私より年し……年上! 2つ年上なんだね!」
 
 焦っているあまり、つい実年齢と比較して年下と言いかけてしまった。
 ひと回り近く年下なのかと。
 しかし、この世界でのレティシアは16歳になりたて、ほやほや。
 逆に、相手のほうが2つ年上なのだ。
 
(あんまり待たせるのも失礼か……観念しよう……出たとこ勝負で、やるしかない! わかんないことあったら、聞けばいいじゃんね!)
 
 年上とはいえ2つなら歳は近い。
 それに、同じ公爵家という立場なのだから「お友達感覚」になれるのではなかろうか。
 という希望的観測に基づき、レティシアは小さくうなずく。
 
 そもそも現代日本で働いてきたレティシアなので、年上だろうが年下だろうが「わからないことは聞く」精神が身についていた。
 実際、屋敷のみんなにも色々と聞いている。
 聞きまくっている。
 最初は驚かれたり、引かれたりしていたが、今はみんな「フツー」に答えてくれるようになった。
 
 要するに慣れだ。
 
 ご令嬢にも最初は驚かれるかもしれないけれど、慣れれば「フツー」になるに違いない。
 と、希望的観測にすがる。
 
「それでは……お通ししても、よろしいですか?」
「あ、うん」
 
 なにやらグレイが渋々といった様子で部屋を出て行った。
 その様子に、レティシアは首をかしげる。
 
(なんか、グレイ……嫌そうだった……? てゆーか、そんな嫌な感じっ?! いや、もしかすると、前の私が、なんかやらかしてたのかも……っ……?!)
 
 その可能性を、すっぱり忘れていた。
 簡単に「出たとこ勝負」なんて考えたのは、間違いだったかもしれない。
 勉強した中で、爵位というのは会社の大小の建て付けに似ていると思ったことがある。
 
 たとえば、零細企業、中小企業、大企業といった具合だ。
 国王を総理大臣と見立てるならば、宰相である父は閣僚。
 その国を支える企業が、すなわち貴族ということになる。
 
 だが、企業に大小があるように、貴族にもそういうものがあり、それが爵位と呼ばれるものなのだ。
 大企業に、中小零細企業が、下請け孫請けという形でくっついているが、貴族も似た関係だった。
 爵位の高い貴族の下に、爵位の低い貴族がくっついている。
 
 それで言うと、公爵家は「大企業」にあたるのだ。
 当然に、企業間には「横繋がり」もあった。
 だから、夜会の際、すべての公爵家が出席しているのに、ローエルハイド家の娘だけが欠席なんて「外聞が悪い」という話に繋がったのだ。
 
 レティシアが王太子を卑怯だと罵ったのは、それが理由でもある。
 正妃選びの儀の時には、知らなかったから「辞退」できたのだけれど。
 知っていたなら、そもそも正妃選びの儀になど絶対に行かなかった。
 
(いきなり罵られても、言い返さないようにしよ……なんかやらかしてたんなら謝らないとだし……どうせ私が悪いに決まってるし……)
 
 あの暗闇の中、以前の彼女を見てしまっている。
 横繋がりなど無視して、どこぞのご令嬢をガミガミ怒鳴りあげていてもおかしくはなさそうに思えた。
 
 それでも、レティシアの体の中に彼女はいて、今は彼女がレティシア・ローエルハイドなのだ。
 体をもらった以上、責任は負わなくてはならない。
 気負うレティシアの隣で、くすくすという笑い声が聞こえた。
 見れば、祖父が笑っている。
 
「レティは面白いね。そんなに気負わなくてもいいのだよ?」
「でも……公爵家のご令嬢だし……私がおかしなことしたら、お父さまやお母さまに迷惑かけちゃうよ」
「あの2人は、レティの迷惑ならかけられてもいいと思うだろうね」
「それがわかってるから、かけたくないんだよー……」
 
 本当に困っているのだけれど、祖父は笑顔のままだ。
 にっこりされると「それでいいのかも」なんて思ってしまうので、困る。
 
 どうしようと迷っている内に、部屋の扉が開いた。
 そこから、金色の髪をした女性が入ってくる。
 かなり呆然とした。
 
(いや待って……待って……18歳じゃなかった? 18? この人、18っ? 全っ然、18に見えない! めちゃくちゃ大人っぽいじゃんかーッ!)
 
 心の中で大慌てする。
 現代日本でもあまり大人っぽくなかったせいか、実年齢は27歳だが、周りから「幼稚」だと言われることも少なくなかった。
 同じ現象が、ここでも起きている。
 本人からすれば「あれえ?!」という感じなのだけれども。
 
 彼女の淡い色の金髪はゆるく巻いていて、いかにも貴族のご令嬢といったふうに、上へと結いあげられていた。
 夜会に着ていったレティシアの服を、サリーが「普通」と言ったのにも、今さらながら納得だ。
 
 現代日本風に言うなら、彼女の着ている服はオフショルダーのワンピース。
 それも、かなり「下げ感」がある。
 胸の谷間はくっきりだし、襟に押されるように胸全体がきゅっと持ち上がっている。
 腰のところは締まっており、その下はものすごくタイトだ。
 
 くるんと振り返れば、尻もとい臀部のラインが、くっきりと見えるのではなかろうか。
 ただし、それが彼女には、とても似合っている。
 妖艶な感じはなく、むしろ生き生きとした健康的な美人に見えた。
 
(お祖父さまやお父さま、グレイだって十歳以上は若く見えるのに……男性と女性じゃ違う? サリーは年相応……お母さまは若く見える……マリエッタは年上に見えなくもない……って、どーいうコト?! 一貫性なさ過ぎだろー!)
 
 そこにこだわる必要があるのかはともかく、大混乱中。
 立ち上がるのも忘れ、挨拶すらも忘れていた。
 
「大公様、お久しぶりにございます。大公様が、こちらにいらしているとお聞きして、伺いました」
 
 レティシアは完全に無視されている。
 が、それよりも自分の客でなかったことにホッとして、挨拶されていないことになんか気づきもしなかった。
 
(なんだぁ。心配して損したよー。お祖父さまのお客さんだったんじゃん)
 
 ならば、自分は蚊帳の外でいいのだろうと、両手を膝に口チャック。
 もとより言葉遣いには自信がない。
 貴族言葉なるものの存在を、つい最近になって知ったくらいなのだから。
 
「私を大公様の後添のちぞえにして頂きたく、お願い申し上げます」
 
 イヴリンは、静かに、けれど明確に己の意思を言葉にしていた。
 あまりに唐突な内容だったので、思わず、ふひゃっと声をあげそうになったが、口チャックでなんとかこらえる。
 
「いきなりな話だね」
 
 祖父が、もっともな言葉を返した。
 なんだか、非常に居心地が悪い。
 こんなデリケートな話の只中にいる自分を場違いに感じる。
 
 出て行ったほうがいいのではないかとも思うが、動くのも躊躇ためらわれた。
 が、イヴリンのほうは、レティシアの存在をなんとも思っていないらしい。
 きれいな声で平然と言い募る。
 
「王宮での噂をご存知でございましょう? あのような不名誉な噂は、大公様に似つかわしくありません。私は幼い頃より大公様をお慕いしておりましたから、とても不快に感じております」
 
 王宮での噂、との言葉に、ぐっと息が詰まった。
 あれこれあったせいで記憶から飛んでいたが、祖父と自分の噂は、まだ払拭されてはいなかったのだ。
 
 ジョシュア・ローエルハイドが孫娘を後添えにしようとしている。
 
 きゅきゅーと胃が痛くなる。
 ものすごく、いたたまれない。
 きっと両親も王宮で肩身の狭い思いをしているに違いないのだ。
 
 イヴリンが、こちらを見ようともしない理由がわかる。
 もし逆の立場だったなら、自分とてその浅はかな「孫娘とやら」に腹を立てていた。
 
 理想の男性の名誉に泥を塗るようなやからを、どうして許しておけるだろう。
 
 おそらく、その噂を払拭するためにイヴリンはここに来たのだ。
 赤の他人にまで気を遣わせていることが情けなくて、レティシアは、しょんぼりする。
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