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第2章 黒い風と金のいと
暗闇に飛ぶ 1
しおりを挟む「ごきげんよう、皆様」
大公が、陽気な声とともに室内に入ってくる。
すでに席についていた者たちは、一斉に緊張した様子を見せていたが、大公は気にしていないようだった。
黒のモーニングコートという出で立ちは、いかにもふざけている。
もちろんモーニングは礼装のひとつだ。
公の場に着るに相応しい服装ではある。
が、今日は式典のために足を運んだわけでもあるまいし。
腰から後ろ裾までが曲線となっている上着に、ウィングカラーの白いシャツ。
灰色のベストは襟付きで、なかなかに洒落ている。
その色と揃いのコールパンツは少し濃い目の細縞が入っているが、縞の幅が狭いため、遠目で見れば無地に見えるだろう。
濃紺と白の斜め模様のモーニングネクタイを、少し緩めに締めていた。
おまけに胸には白のポケットチーフ、左手には白手袋まで持っているのだから、ふざけているとしか言いようがない。
大公は、示された席に近づくと、コートの前を留めている胡桃材の1つ釦を、右手で軽く弾いて外す。
その腕にも同じ材の釦が3つ、シャツの袖には白銀のカフスが見えた。
それから、裾を気にするでもなく、イスへとのんびり腰かける。
「あなたらしいですね、大公様」
サイラスは、大公に視線を合わせ、皮肉交じりに言った。
やはり大公は、気を悪くした様子は見せない。
口元には、穏やかな笑みを浮かべている。
「こんな大仰な場所、気後れするじゃあないか。だから、格好だけでも見栄を張ってみたのさ」
どの辺りが、気後れしているのか聞いてみたいところだが、今は皮肉の応酬をしている時間はない。
サイラスは、わざとらしく腰をかがめ、会釈をしてみせた。
「では、早速、審議を始めさせて頂きますが、よろしいですか?」
王宮内の審議室だ。
大理石敷きの丸い広間になっていて、上段に王族の男性陣が揃って座っている。
中央に国王、右に第1王子、隣には第2王子、左には魔術師長が並んでいた。
サイラスは国王を見上げる形で、正面に立っている。
そのサイラスを挟み、右手に大公、左手に大臣らが座っている。
大臣らの前には、横に長いひと続きの机があるが、大公の前にはない。
大公は、長い脚を組み、その上に組んだ両手を無造作に置いていた。
「きみは、せっかちだねえ、サイラス」
そちらに目線を向けると、大公の陽気な笑顔とぶつかる。
何か意図があるのだろうが、黒い瞳の中に、それは読めない。
大公は、独特の雰囲気を持っていた。
ただそこにいるだけで、簡単に場を支配する。
その上、魔力も感情も隠すのがうまい。
が、サイラスも自分で立てた「予定」に自信があった。
多少の座興にはつきあってもいいと、大公に向き直る。
「なにか必要なことがあれば、なんなりと」
「時間に、めっぽう厳しいきみに、そう言ってもらえるとは、感激のいたりだよ。実際、私は審議に呼ばれたというだけで、怖気づいているのでね」
重臣たちは、大公の軽口に渋い顔をしていた。
こんなことは早く終わらせたいと思っているからだろう。
それをわかっていて、あえて大公は無視している。
王宮に属していた頃から、彼はこんなふうだったようだ。
いつでも、誰かを苛つかせている。
それが理由に、追い出されることを望んでいたのかもしれない。
「ジョシュア、久しぶりだな」
「お久しぶりにございます、陛下」
国王に対しても、大公の態度は、さして変わらなかった。
少し言葉が丁寧になったくらいで、感情がこもっていないのだ。
貴族特有のお追従など言う気もないのがわかる。
重臣たちの顔が、ますます渋くなった。
大公は、英雄として呼ばれたのでも、褒章授与のために呼ばれたのでもない。
罪の疑いをもって呼び出されている。
「余は、お前を疑ってはおらぬ」
「そのようなことは仰らずに、どうか。寛容さは陛下の尊きところにございますが、国の安寧のため、この審議を興味深くご観覧なさるべきにございます」
これには、さすがに室内がざわつく。
国王に対し、皮肉を言うなど軽口とはいえ許されることではなかった。
が、大公は、重臣たちの様子を面白そうに見ているだけだ。
「静かにいたせ。余興はもうよい。サイラス、先に進めよ」
口を開いたのは、王太子だった。
サイラスは彼の人形に、恭しく頭を下げる。
「かしこまりました、殿下」
王太子は無表情で大公を見ていた。
大公の無礼さも、鼻にはつくが、見過ごしにするつもりなのだ。
もとより父である国王に対し、王太子は良い感情を持っていない。
そのせいで、激昂するには至らなかったのだろう。
「昨日の夜、ラペル公爵と、その三男が自死をいたしました。ご存知ですか?」
「ご存知もなにも」
サイラスの言葉に、大公は肩をすくめる。
それから、にっこりと笑みを浮かべた。
「そりゃあ、知っているさ」
「なぜご存知なのでしょう? このことは、まだラペル公爵家の者しか知らないはずなのですが?」
「これは驚いた。それじゃあ、なにかい? きみは、私が、なにか知っているかもしれないと適当にあたりをつけて、呼び出したのかね? きみが占い枝を投げる趣味があったとは、ついぞ知らなかったねえ」
遠回しな言いかたではあるが、内容としては、とても直接にサイラスや重臣らを、大公は揶揄している。
わかっていて呼んだのだろうと、そう言っているのだ。
そして、まっすぐに言わないところも、貴族に対する皮肉だった。
なにかにつけ貴族というものは、言葉を飾りたがるので。
「大公様が、昨夜、ラペル公爵家においでになられたのは存じております」
「そうだろうとも。私が、いつどこで何をしているかを、きみが、ちゃんと見守ってくれていると思っていたよ」
サイラスは軽くうなずいて、大公の軽口を受け流した。
大公の動向を把握できる者など、この世に存在しない。
わかるのは、せいぜい大きな魔術が展開された時くらいだ。
(今は、あなたの独壇場でかまいませんよ、大公様)
そのうち、主役は交代する。
舞台に立っているのは、大公だけではないのだ。
大公の顔色が変わる瞬間を、できれば重臣たちにも見せつけたかった。
あのジョシュア・ローエルハイドの顔色を変えさせたのは自分なのだと、わからせることができれば、どれほど気持ちがいいかしれない。
大公を圧倒せしめたとなれば一目置かれるし、なによりサイラス自身の自己顕示欲は満たされるのだけれど。
「なにをしに行かれたのか、お教えください」
「挨拶がてら、というところかな。きみだって、もののついでに、どこかに寄ることくらいあるだろう?」
王墓の小火騒ぎの視察後、「もののついで」に公爵家に寄ったことを指しているのに違いない。
あの後、彼の孫娘は死に瀕している。
それを覚えている、と言われているのだ。
許してはいない、ということも含めて。
少しずつではあるが、核心に近づいている。
サイラスらしくもなく、わずかに心が高揚していた。
大公は、自分の手の上にいる。
あとは、どう握りこんで、その心を押し潰すか。
ここには王族の、しかも直系男子が揃っていた。
大公が己を解放すれば、まず間違いなく巻き込まれる。
この国は、破滅する最初のひとつになれるかもしれないのだ。
(そうなれば光栄なことですし、そうならなくても、まぁ、かまいませんがね)
たいていのしくじりは、目的をひとつに絞ることによる。
はなからチェックメイトの掛け方を決めてチェスを始めるようなもので、実に愚かだと、サイラスは思っていた。
「ですが、その後、彼らは死んだのですよ?」
「だから、どうだというのかな? あの憐れな親子が死んだのを、気の毒には思うがね。残念ながら嘆き悲しむほどのことではない。なんなら、私のハンカチを絞ってみるかい? 涙の1滴も落ちやしないよ」
サイラスは、重臣のほうを振り返る。
望んではいなかったがしかたがない、といった表情を浮かべてみせた。
彼らも、顔をしかめつつ、うなずく。
再び、大公に向き直ってから、手のとどくところまで近づいた。
手の中に、用意したものを持っている。
このためにこそ、サイラスは、ラペル公爵に「看随」をかけていたのだ。
「こちらをどうぞ」
看髄と連動させておいたのは「模画」という魔術だった。
看髄のかかっている者の周囲を見渡し、模画がそれを写し取る。
大公が、それを受け取った。
差し出したのは、大公とラペル公爵家の2人が映っている写真。
途中までは、なんの問題もない。
が、最後の数枚には、2人の自死する姿が映っている。
同時に、大公の姿もあった。
自死する2人の向かいに座っている。
「大公様、これをどうご説明なさいますか?」
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