理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

文字の大きさ
129 / 304
第2章 黒い風と金のいと

暗闇に飛ぶ 1

しおりを挟む
 
「ごきげんよう、皆様」
 
 大公が、陽気な声とともに室内に入ってくる。
 すでに席についていた者たちは、一斉に緊張した様子を見せていたが、大公は気にしていないようだった。
 黒のモーニングコートという出で立ちは、いかにもふざけている。
 もちろんモーニングは礼装のひとつだ。
 公の場に着るに相応しい服装ではある。
 が、今日は式典のために足を運んだわけでもあるまいし。
 
 腰から後ろ裾までが曲線となっている上着に、ウィングカラーの白いシャツ。
 灰色のベストは襟付きで、なかなかに洒落ている。
 その色と揃いのコールパンツは少し濃い目の細縞が入っているが、縞の幅が狭いため、遠目で見れば無地に見えるだろう。
 濃紺と白の斜め模様のモーニングネクタイを、少し緩めに締めていた。
 おまけに胸には白のポケットチーフ、左手には白手袋まで持っているのだから、ふざけているとしか言いようがない。
 
 大公は、示された席に近づくと、コートの前を留めている胡桃くるみ材の1つボタンを、右手で軽く弾いて外す。
 その腕にも同じ材の釦が3つ、シャツの袖には白銀のカフスが見えた。
 それから、裾を気にするでもなく、イスへとのんびり腰かける。
 
「あなたらしいですね、大公様」
 
 サイラスは、大公に視線を合わせ、皮肉交じりに言った。
 やはり大公は、気を悪くした様子は見せない。
 口元には、穏やかな笑みを浮かべている。
 
「こんな大仰な場所、気後れするじゃあないか。だから、格好だけでも見栄を張ってみたのさ」
 
 どの辺りが、気後れしているのか聞いてみたいところだが、今は皮肉の応酬をしている時間はない。
 サイラスは、わざとらしく腰をかがめ、会釈をしてみせた。
 
「では、早速、審議を始めさせて頂きますが、よろしいですか?」
 
 王宮内の審議室だ。
 大理石敷きの丸い広間になっていて、上段に王族の男性陣が揃って座っている。
 中央に国王、右に第1王子、隣には第2王子、左には魔術師長が並んでいた。
 サイラスは国王を見上げる形で、正面に立っている。
 そのサイラスを挟み、右手に大公、左手に大臣らが座っている。
 大臣らの前には、横に長いひと続きの机があるが、大公の前にはない。
 大公は、長い脚を組み、その上に組んだ両手を無造作に置いていた。
 
「きみは、せっかちだねえ、サイラス」
 
 そちらに目線を向けると、大公の陽気な笑顔とぶつかる。
 何か意図があるのだろうが、黒い瞳の中に、それは読めない。
 大公は、独特の雰囲気を持っていた。
 ただそこにいるだけで、簡単に場を支配する。
 その上、魔力も感情も隠すのがうまい。
 が、サイラスも自分で立てた「予定」に自信があった。
 多少の座興にはつきあってもいいと、大公に向き直る。
 
「なにか必要なことがあれば、なんなりと」
「時間に、めっぽう厳しいきみに、そう言ってもらえるとは、感激のいたりだよ。実際、私は審議に呼ばれたというだけで、怖気おじけづいているのでね」
 
 重臣たちは、大公の軽口に渋い顔をしていた。
 こんなことは早く終わらせたいと思っているからだろう。
 それをわかっていて、あえて大公は無視している。
 王宮に属していた頃から、彼はこんなふうだったようだ。
 いつでも、誰かを苛つかせている。
 それが理由に、追い出されることを望んでいたのかもしれない。
 
「ジョシュア、久しぶりだな」
「お久しぶりにございます、陛下」
 
 国王に対しても、大公の態度は、さして変わらなかった。
 少し言葉が丁寧になったくらいで、感情がこもっていないのだ。
 貴族特有のお追従ついしょうなど言う気もないのがわかる。
 重臣たちの顔が、ますます渋くなった。
 大公は、英雄として呼ばれたのでも、褒章授与のために呼ばれたのでもない。
 罪の疑いをもって呼び出されている。
 
「余は、お前を疑ってはおらぬ」
「そのようなことは仰らずに、どうか。寛容さは陛下の尊きところにございますが、国の安寧のため、この審議を興味深くご観覧なさるべきにございます」
 
 これには、さすがに室内がざわつく。
 国王に対し、皮肉を言うなど軽口とはいえ許されることではなかった。
 が、大公は、重臣たちの様子を面白そうに見ているだけだ。
 
「静かにいたせ。余興はもうよい。サイラス、先に進めよ」
 
 口を開いたのは、王太子だった。
 サイラスは彼の人形に、恭しく頭を下げる。
 
「かしこまりました、殿下」
 
 王太子は無表情で大公を見ていた。
 大公の無礼さも、鼻にはつくが、見過ごしにするつもりなのだ。
 もとより父である国王に対し、王太子は良い感情を持っていない。
 そのせいで、激昂するには至らなかったのだろう。
 
「昨日の夜、ラペル公爵と、その三男が自死をいたしました。ご存知ですか?」
「ご存知もなにも」
 
 サイラスの言葉に、大公は肩をすくめる。
 それから、にっこりと笑みを浮かべた。
 
「そりゃあ、知っているさ」
「なぜご存知なのでしょう? このことは、まだラペル公爵家の者しか知らないはずなのですが?」
「これは驚いた。それじゃあ、なにかい? きみは、私が、なにか知っているかもしれないと適当にあたりをつけて、呼び出したのかね? きみが占い枝を投げる趣味があったとは、ついぞ知らなかったねえ」
 
 遠回しな言いかたではあるが、内容としては、とても直接にサイラスや重臣らを、大公は揶揄している。
 わかっていて呼んだのだろうと、そう言っているのだ。
 そして、まっすぐに言わないところも、貴族に対する皮肉だった。
 なにかにつけ貴族というものは、言葉を飾りたがるので。
 
「大公様が、昨夜、ラペル公爵家においでになられたのは存じております」
「そうだろうとも。私が、いつどこで何をしているかを、きみが、ちゃんと見守ってくれていると思っていたよ」
 
 サイラスは軽くうなずいて、大公の軽口を受け流した。
 大公の動向を把握できる者など、この世に存在しない。
 わかるのは、せいぜい大きな魔術が展開された時くらいだ。
 
(今は、あなたの独壇場でかまいませんよ、大公様)
 
 そのうち、主役は交代する。
 舞台に立っているのは、大公だけではないのだ。
 大公の顔色が変わる瞬間を、できれば重臣たちにも見せつけたかった。
 あのジョシュア・ローエルハイドの顔色を変えさせたのは自分なのだと、わからせることができれば、どれほど気持ちがいいかしれない。
 大公を圧倒せしめたとなれば一目置かれるし、なによりサイラス自身の自己顕示欲は満たされるのだけれど。
 
「なにをしに行かれたのか、お教えください」
「挨拶がてら、というところかな。きみだって、もののついでに、どこかに寄ることくらいあるだろう?」
 
 王墓の小火ぼや騒ぎの視察後、「もののついで」に公爵家に寄ったことを指しているのに違いない。
 あの後、彼の孫娘は死に瀕している。
 それを覚えている、と言われているのだ。
 許してはいない、ということも含めて。
 
 少しずつではあるが、核心に近づいている。
 サイラスらしくもなく、わずかに心が高揚していた。
 大公は、自分の手の上にいる。
 あとは、どう握りこんで、その心を押し潰すか。
 ここには王族の、しかも直系男子が揃っていた。
 大公が己を解放すれば、まず間違いなく巻き込まれる。
 この国は、破滅する最初のひとつになれるかもしれないのだ。
 
(そうなれば光栄なことですし、そうならなくても、まぁ、かまいませんがね)
 
 たいていのしくじりは、目的をひとつに絞ることによる。
 はなからチェックメイトの掛け方を決めてチェスを始めるようなもので、実に愚かだと、サイラスは思っていた。
 
「ですが、その後、彼らは死んだのですよ?」
「だから、どうだというのかな? あの憐れな親子が死んだのを、気の毒には思うがね。残念ながら嘆き悲しむほどのことではない。なんなら、私のハンカチを絞ってみるかい? 涙の1滴も落ちやしないよ」
 
 サイラスは、重臣のほうを振り返る。
 望んではいなかったがしかたがない、といった表情を浮かべてみせた。
 彼らも、顔をしかめつつ、うなずく。
 再び、大公に向き直ってから、手のとどくところまで近づいた。
 手の中に、用意したものを持っている。
 このためにこそ、サイラスは、ラペル公爵に「看随かんずい」をかけていたのだ。
 
「こちらをどうぞ」
 
 看髄と連動させておいたのは「模画かたが」という魔術だった。
 看髄のかかっている者の周囲を見渡し、模画がそれを写し取る。
 
 大公が、それを受け取った。
 差し出したのは、大公とラペル公爵家の2人が映っている写真。
 途中までは、なんの問題もない。
 が、最後の数枚には、2人の自死する姿が映っている。
 同時に、大公の姿もあった。
 自死する2人の向かいに座っている。
 
「大公様、これをどうご説明なさいますか?」
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る

水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。 婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。 だが―― 「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」 そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。 しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。 『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』 さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。 かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。 そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。 そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。 そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。 アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。 ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。

0歳児に戻った私。今度は少し口を出したいと思います。

アズやっこ
恋愛
 ❈ 追記 長編に変更します。 16歳の時、私は第一王子と婚姻した。 いとこの第一王子の事は好き。でもこの好きはお兄様を思う好きと同じ。だから第二王子の事も好き。 私の好きは家族愛として。 第一王子と婚約し婚姻し家族愛とはいえ愛はある。だから何とかなる、そう思った。 でも人の心は何とかならなかった。 この国はもう終わる… 兄弟の対立、公爵の裏切り、まるでボタンの掛け違い。 だから歪み取り返しのつかない事になった。 そして私は暗殺され… 次に目が覚めた時0歳児に戻っていた。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 作者独自の設定です。こういう設定だとご了承頂けると幸いです。

初恋の還る路

みん
恋愛
女神によって異世界から2人の男女が召喚された。それによって、魔導師ミューの置き忘れた時間が動き出した。 初めて投稿します。メンタルが木綿豆腐以下なので、暖かい気持ちで読んでもらえるとうれしいです。 毎日更新できるように頑張ります。

【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

恋愛
「神に祈るだけで曖昧にしか治らない。そんなものは治療とは言わない」  男尊女卑が強い国で、女であることを隠し、独自の魔法を使いトップクラスの治療師となり治療をしていたクリス。  ある日、新人のルドがやってきて教育係を押し付けられる。ルドは魔法騎士団のエースだが治療魔法が一切使えない。しかも、女性恐怖症。  それでも治療魔法が使えるようになりたいと懇願するルドに根負けしたクリスは特別な治療魔法を教える。  クリスを男だと思い込み、純粋に師匠として慕ってくるルド。  そんなルドに振り回されるクリス。  こんな二人が無自覚両片思いになり、両思いになるまでの話。 ※最初の頃はガチ医療系、徐々に恋愛成分多めになっていきます ※主人公は現代に近い医学知識を使いますが、転生者ではありません ※一部変更&数話追加してます(11/24現在) ※※小説家になろうで完結まで掲載 改稿して投稿していきます

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

推しの幸せをお願いしたら異世界に飛ばされた件について

あかね
恋愛
いつも推しは不遇で、現在の推しの死亡フラグを年末の雑誌で立てられたので、新年に神社で推しの幸せをお願いしたら、翌日異世界に飛ばされた話。無事、推しとは会えましたが、同居とか無理じゃないですか。

獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。

真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。 狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。 私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。 なんとか生きてる。 でも、この世界で、私は最低辺の弱者。

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

処理中です...