理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

文字の大きさ
232 / 304
最終章 黒い羽と青のそら

咎に鎮め 4

しおりを挟む
 
「レティ、レティ、どうしたのかね?」
 
 彼は、転移後すぐに、レティシアに声をかける。
 彼女は、彼に言った通り「隅で」待っていたようだ。
 壁際に立っていて、天を仰ぎ、大泣きしていた。
 
「ああ、レティ、どこか痛むのかい?」
 
 大粒の涙がこぼれ落ちている頬を、両手でつつむ。
 見た感じ、怪我はしていないようだったが、痛むのは体ばかりではないのだ。
 彼に気づいたのか、レティシアが閉じていた目を開く。
 
「おじ……っ……おじ……っ……」
「泣かないでおくれ、私の愛しい孫娘」
 
 いったい何があったのか。
 まったく想像がつかなかった。
 
 こちらは、安全であったはずだ。
 少なくとも、彼の「読み」では、ここにいれば無事でいられるはずだった。
 騎士たちは、ユージーンとザカリーの2人で、十分に手が負える。
 力量差は明白で、心配などせずにいられた。
 
 彼の冷酷さを目の当たりにするよりは、ずっといい。
 そう思って、レティシアを残したのだ。
 にもかかわらず、彼女は泣いている。
 
「ごめんよ、私が悪かった。ここを離れるべきではなかったね」
 
 彼は、危険を排することを優先させたのを悔やんでいた。
 女魔術師など、いつでも始末できたのだ。
 あの場で取り逃がしたとしても、あとから、どうとでもできただろう。
 実際、サイラスなどは何度も見過ごしにしている。
 
 違いは、街に出ていたことだった。
 レティシアは、今日、初めて街に来ている。
 これまでも屋敷の外に出たことはあったが、特定の隔絶された場所ばかりだ。
 開かれた見知らぬ街で、となると、レティシアも不安だろう。
 そう思い、早くケリをつけようとしてしまった。
 
 自分は、犬の時となんら変わっていない、と感じる。
 危険を排除することが、守ることと同一にはならない場合だってあるのに。
 
「許しておくれ、レティ」
 
 拭っても拭ってもあふれてくる涙に、彼は、本当に、どうすればいいのかわからなくなる。
 またレティシアの心を犠牲にしたのではないかとの、恐れもいだいていた。
 
 ジョシュア・ローエルハイドは、完全無欠などではない。
 愛しい孫娘の、涙の止めかたすら知らない。
 
「お前のそばを、離れるのではなかった……」
 
 レティシアは、いつも「ずっと傍にいてほしい」と、彼に頼んでいたのだ。
 泣き顔に、胸が苦しくなる。
 
「ぢが……っ……るぐ……っ……おじ……っ……」
 
 ひっきりなしにしゃくりあげているため、言葉が言葉になっていない。
 たいていのことは、なんでも読み通してきたが、レティシアの涙の理由は、わからなかった。
 
「折れたのだ」
 
 後ろからの声に、振り向いた。
 ユージーンが、渋い顔をして腕を組んでいる。
 
「ウサギの耳が、折れたのだ」
「ウサギの……」
 
 ハッとして、レティシアの両手に視線を向けた。
 片手にウサギ、もう片手に折れた耳をつかんでいる。
 
「ああ……レティ……」
 
 彼は、レティシアの体を、ぎゅっと抱きしめた。
 ようやく彼は気づく。
 レティシアが泣いている理由だ。
 
(これは、私から“お前”への、初めての贈り物だったね)
 
 小さなレティシアには、いくつもの贈り物をしたことがある。
 紙で作った飛ぶ蝶々、粘土で作った跳ねる蛙。
 いくつもいくつも、彼は、レティシアに、そうしたものを作った。
 レティシアの、きゃっきゃと喜ぶ姿が見たかったからだ。
 
 けれど、大人になり、しかも、別人の魂が宿る彼女に作ったのは、木のテーブルくらいだった。
 とても「贈り物」と呼べる代物ではない。
 
 大人になったからなのか、別人の魂だったからなのか。
 彼自身にもわからない。
 ただ、さっきの贈り物が、単なる「思いつき」に過ぎなかったのは確かだ。
 それが彼女にとって「初めての贈り物」になるなんて思いもせず。
 
(大事にしようと……思ってくれていたのだろう、レティ?)
 
 そうでなければ、これほど泣いたりはしない。
 大事だと思うからこそ、壊れた時には痛みが伴う。
 それがウサギの置物だろうが、人の心だろうが。
 
「貸してごらん」
 
 レティシアの体を、そっと離した。
 その両手から、ウサギと耳を引き取る。
 彼にとって、新しい物を作るのは容易い。
 いくらでも作れた。
 それでも、彼女にとって大切なのは「この」ウサギの置物だと、わかっている。
 
「これで、どうかな?」
 
 彼は、ウサギにシルクハットをかぶせた。
 帽子のつばから、耳が、にょきっと生えている。
 帽子によって、折れた耳もくっついていた。
 それを、レティシアに渡す。
 
「あ…………」
 
 ぱちっと、レティシアがまばたきをした。
 それから、少しずつ瞳から涙が引いていく。
 
「うわぁ……素敵……かわいい……」
 
 レティシアは、ウサギを見て、にっこりした。
 彼も、そんなレティシアを見て、微笑む。
 
「すまなかったね。私がいれば、ウサギも守ってやれたように思うよ」
「大公、甘やかすのも、たいがいにしておかねば、大変なことになるぞ」
 
 ユージーンが、不機嫌な声で、そう言ってきた。
 振り向くと、声と同じく不機嫌な顔をしている。
 隣で、ザカリーが曖昧な笑みを浮かべていた。
 
「何度も言ったのだ、俺は。屋敷に帰れば、そのようなものは、どうにでもなる、とな。それでも泣きやまぬのだから、赤子よりタチが悪い」
「私が、この場から離れなければ良かっただけの話だろう? レティを責めるようなことを言うのは、やめてほしいね」
「そうやって、甘やかしてばかりいると、際限なく我儘をするようになりかねん。大公にできぬことなど、ほとんどないのだからな」
 
 肩越しにレティシアを見ると、少し、しょんぼりしている。
 ユージーンの言うことにも、一理あると思っているに違いない。
 彼女は、人に迷惑をかけるのを気に病む性格なのだ。
 彼女自身、我儘になると、よく言っている。
 さりとて、彼はレティシアを甘やかしているとは思っていない。
 仮に、どんなに傍目はためから、そう見えたとしても。
 
「ならば、私も言わせてもらうがね。レティは、きみたちから、ずいぶんと離れていた。それなのに、なぜ、ウサギの耳が折れるようなことになったのか、聞きたいものだよ。きみたちの戦いかたに、問題があったのじゃないか?」
 
 ユージーンが、ぐっと言葉を詰まらせた。
 なにか思い当たる節でもあるのかもしれない。
 ザカリーは、申し訳なさそうに、おどおどしている。
 
「い、いいんだよ、お祖父さま。2人は悪くない。あの……いろいろ、大変だったから」
 
 彼の「読み」通り、ユージーンは騎士たちを殺さないように戦っていて、レティシアも、それをわかっているようだ。
 大変という言葉で、彼も理解はした。
 
 戦いにおいては、一撃で相手を死に至らしめるのが、最も効率がいい。
 起き上がってまた向かって来る、ということがないのだから。
 敵の数が多いのなら、なおさらだ。
 数に入れずにすむ者が増えれば、戦いが楽になる。
 
「そうだね。お前とウサギの両方を守るのは、彼らには、荷が重すぎたかもしれない。やはり、私が残っていれば、良かったのだよ」
 
 少々、嫌味が過ぎるかとも思ったが、レティシアをしょんぼりさせた罰だと考え直した。
 
「大事にするね」
 
 レティシアの頭を撫でながら、にっこりする。
 ウサギをレティシアは、しっかりと両手に抱きしめていた。
 
「レティは、本当に大事にしてくれるだろうからねえ。そのウサギが、とても羨ましいよ」
「え……ぇえ~……」
 
 レティシアは顔を赤くして、それから、彼の胸に頬を寄せてくる。
 
「お祖父さま、大好き!」
「私もさ、レティ。お前のことが、大好きだよ」
 
 愛しくて、可愛くてならない孫娘。
 レティシアには、やはり笑顔が似合うと、彼は思った。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る

水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。 婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。 だが―― 「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」 そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。 しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。 『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』 さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。 かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。 そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。 そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。 そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。 アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。 ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。

0歳児に戻った私。今度は少し口を出したいと思います。

アズやっこ
恋愛
 ❈ 追記 長編に変更します。 16歳の時、私は第一王子と婚姻した。 いとこの第一王子の事は好き。でもこの好きはお兄様を思う好きと同じ。だから第二王子の事も好き。 私の好きは家族愛として。 第一王子と婚約し婚姻し家族愛とはいえ愛はある。だから何とかなる、そう思った。 でも人の心は何とかならなかった。 この国はもう終わる… 兄弟の対立、公爵の裏切り、まるでボタンの掛け違い。 だから歪み取り返しのつかない事になった。 そして私は暗殺され… 次に目が覚めた時0歳児に戻っていた。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 作者独自の設定です。こういう設定だとご了承頂けると幸いです。

初恋の還る路

みん
恋愛
女神によって異世界から2人の男女が召喚された。それによって、魔導師ミューの置き忘れた時間が動き出した。 初めて投稿します。メンタルが木綿豆腐以下なので、暖かい気持ちで読んでもらえるとうれしいです。 毎日更新できるように頑張ります。

【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

恋愛
「神に祈るだけで曖昧にしか治らない。そんなものは治療とは言わない」  男尊女卑が強い国で、女であることを隠し、独自の魔法を使いトップクラスの治療師となり治療をしていたクリス。  ある日、新人のルドがやってきて教育係を押し付けられる。ルドは魔法騎士団のエースだが治療魔法が一切使えない。しかも、女性恐怖症。  それでも治療魔法が使えるようになりたいと懇願するルドに根負けしたクリスは特別な治療魔法を教える。  クリスを男だと思い込み、純粋に師匠として慕ってくるルド。  そんなルドに振り回されるクリス。  こんな二人が無自覚両片思いになり、両思いになるまでの話。 ※最初の頃はガチ医療系、徐々に恋愛成分多めになっていきます ※主人公は現代に近い医学知識を使いますが、転生者ではありません ※一部変更&数話追加してます(11/24現在) ※※小説家になろうで完結まで掲載 改稿して投稿していきます

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

推しの幸せをお願いしたら異世界に飛ばされた件について

あかね
恋愛
いつも推しは不遇で、現在の推しの死亡フラグを年末の雑誌で立てられたので、新年に神社で推しの幸せをお願いしたら、翌日異世界に飛ばされた話。無事、推しとは会えましたが、同居とか無理じゃないですか。

獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。

真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。 狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。 私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。 なんとか生きてる。 でも、この世界で、私は最低辺の弱者。

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

処理中です...