理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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最終章 黒い羽と青のそら

夜会は苦手 2

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「ずいぶんと、落ち着かない様子じゃないか」
「そうなのだ。なぜかわからんが、どうにも落ち着かん」
 
 ユージーンは、とても「そわそわ」している。
 前の夜会の時も、そわそわしていたのだが、その際は自覚がなかった。
 今夜は、自覚があるので、よけいに落ち着かない気分になっている。
 階下で待ち始めてから、ずっとだ。
 
あれレティシアは……行きたくないと、部屋に閉じこもっているのではないか?」
「女性は、着替えに時間がかかるものだろう? 行きたくないなら、当日まで黙っているなど、ありえない」
「そうか……そうであったな……」
 
 グレイにさとされるが、なんとも自信がない。
 先日、ふられたばかりだし、大公に駄目出しを食らってもいたし。
 
(最初で最後……これをしくじると……俺には後がないのだ……)
 
 考えると、さらに落ち着かなくなる。
 ユージーンにあるまじきことではあるものの、逃げ出したくなっていた。
 そのユージーンの耳に、カチャと扉の開く音が聞こえる。
 心臓が、ばくんっと跳ねた。
 
「いらっしゃるぞ」
「わ、わかっている」
 
 白い手袋を握った手が、震えている気がする。
 
「お、お待たせ……」
 
 ずいぶんと待った、と言おうとして、やめた。
 思ったことを、そのまま口にしていい時と悪い時がある。
 それ以上に、レティシアに見惚みとれていたのだ。
 
「ユージーン? 待たされ過ぎて、怒ってる?」
「い、いや……怒ってなど、おらん……」
「なら、いいけど」
 
 いつもの気取りのない服装は、とてもレティシアらしくはある。
 が、夜会服のレティシアは、見惚れずにはいられないくらい美しい。
 思ったところで、ハッとなる。
 良いことは、口に出したほうがいいのだ。
 
「レティシア」
「なに?」
「お前は……とても、美しいな」
「は……?」
 
 きょとんとされ、焦った。
 実のところ、ユージーンは、女性を褒めたことがない。
 美しいだの、愛らしいだの、可愛らしいだのと、思うようになったのも、レティシアが、初めてだったからだ。
 うまい言葉が浮かんで来なくて、頭にあることを、そのまま口にする。
 
「動き易い服を、お前は好んでいて、それはそれで愛らしいが、こういう夜会服になると、これはこれで、美しいと……」
「お、お世辞なんか言わなくていいって」
「せ、世辞ではない。いつも思っていた」
 
 レティシアが疑わしそうに、目を細めた。
 さりとて、本当に世辞ではない。
 そもそもユージーンに「お追従ついしょう」を言う癖はないのだ。
 言われることはあっても、言う必要はなかったので。
 
「そーんなこと、今まで言ったことなかったじゃん」
「口にするのを、忘れていただけだ」
「忘れてた……?」
「俺は、常日頃から、そう思っていたのでな。あたり前になっていた」
 
 なぜかレティシアの顔が、ぶわっと赤くなる。
 そして、なぜか視線を逸らされた。
 なにかまずいことを、言ったのかもしれない。
 不安になるユージーンに、グレイがレティシアの外套を渡してきた。
 
「悪い反応じゃない。照れておられるんだよ」
 
 こそっと耳打ちされ、不安が消える。
 レティシアをよく知っているグレイが言うのだから、そうなのだろう、と思えたからだ。
 そのグレイから、レティシア用の外套を受け取る。
 こういうところは、手慣れていた。
 
「外は寒いのでな。あちらに着くまでは、外套を着たほうがよい」
「あ、うん……ありがと……」
 
 レティシアに外套を羽織らせる。
 もちろんユージーンが、だ。
 露わになっている首筋に口づけたくなるのを、我慢した。
 
 女性と食事に行くのは日常的なことで、特別でもなんでもない。
 外套を着せたりするのもたしなみとして、してきたことだ。
 さりとて、その際に口づけたくなったことなんて、1度もなかった。
 
「じゃあ……行こっか」
「そうだな」
 
 どきどきしながら、腕を差し出す。
 レティシアが「嫌」とか「無理」とか言うのではないかと、緊張していた。
 が、意外とすんなり、レティシアはユージーンの腕に手をかける。
 ものすごく安堵した。
 
「行ってらっしゃいませ」
「お気をつけて」
 
 グレイとサリーに見送られ、2人で馬車に乗り込む。
 当然に、礼儀正しく、レティシアに手をかした。
 
 本来、馬車では向き合って座る。
 ユージーンだって、今までそうしてきた。
 なのに、緊張のあまり、レティシアの隣に腰かけてしまう。
 間違えた、しくじった、と混乱するも、レティシアは、何も言わない。
 
(不快ではない、ということか……ならば、あえて座り直すこともあるまい)
 
 肩がふれそうな距離に、心臓が鼓動を速めていた。
 そもそも、これは最後の機会。
 なにかにつけ緊張する。
 
「あのさ……この間のことなんだけど……」
「この間のこととは、なんだ?」
 
 緊張で、レティシアに「ふられた」ことが、頭から、すっ飛んでいた。
 ついさっきまでは、気にしていたというのに。
 
「あ、愛称の慣習……私、ホントに知らなくてさ……」
「あ……ああ、そのことか……」
 
 そうだった、と思い出す。
 自分は、レティシアに「ふられた」のだ。
 思い出すと、緊張より落胆が大きくなった。
 
「……愛称で呼ばれるのは、別に嫌だと思わなかったんだよね」
 
 ぴくっと、耳が反応する。
 
 レティシアは慣習を知らなかった。
 告白だとは思わなかったし、断った自覚もなかったのだろう。
 ただ、愛称で呼ばれるのが「嫌ではなかった」だけなのだ。
 なにやら、ユージーンの心に、光が射してくる。
 
「ユージーンが怒るのも当然だと思う……ホント、ごめんね……」
 
 隣を見れば、レティシアは、しょんぼりしていた。
 逆に、ユージーンには、希望が満ちてくる。
 
「そのようなことは、気にしておらん。お前も、気にするな」
 
 レティシアが、ユージーンを見上げてきた。
 その上目遣いに他意はないとわかっていても、呻きそうになる。
 
 今すぐ抱きしめて口づけたい。
 
 衝動を抑えるのには慣れているはずなのに、苦労した。
 好きな女性を前にすると、こんなふうになるのかと、実感する。
 
「お前が知っているものと思い込んでいた、俺の責だ。お前のせいではない」
 
 言うと、レティシアが、小さく笑った。
 ものすごく愛らしくて、隣に座ったのを後悔する。
 感情を抑えるのが、ひどく難しかったからだ。
 
「ユージーンって、そーいうトコあるよね」
「そういうところとは、どういうところだ?」
「謝ったりはしないくせにさ。自分が悪いみたいに言うトコ」
 
 ユージーンは、どうしても、己を中心に物事を考えてしまう。
 相手がどうだということではなく、自分がどうであったかが重要だった。
 
「自分に非があれば、それは認めるべきではないか?」
「そうなんだけどさ。普通は、先に、ごめんねって言うんだよ」
「詫びだけ口にしても、意味はない。何が悪かったかを理解しているかどうかが、大事だと思うがな」
「たしかにね」
 
 またレティシアが笑う。
 ユージーンは、少し困ってしまって、視線を逸らせた。
 今の自分は、夜会のエスコート役でしかない。
 手を握ったり、口づけをしたりできる相手ではないのだ。
 
 レティシアがどの程度の意味合いで「好き」と言ったのかもわからない。
 むしろ、首の皮1枚で繋がっている、というところ。
 うっかりすると「レティシアと生涯どうこうなる」ことのない身になる。
 
 『なにからなにまで、だよ。レティの許しを得てから動き、レティのしたいことを優先させ、レティの言葉に耳を傾ける。ああ、それから、腕をかしている時以外、けして、レティより半歩以上前には出ないことだ』
 
 それができれば、レティシアの心を失わずにすむかもしれない。
 ユージーンは、今一度、大公からの「助言」を、頭に入れておいた。
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