246 / 304
最終章 黒い羽と青のそら
夜会は苦手 2
しおりを挟む「ずいぶんと、落ち着かない様子じゃないか」
「そうなのだ。なぜかわからんが、どうにも落ち着かん」
ユージーンは、とても「そわそわ」している。
前の夜会の時も、そわそわしていたのだが、その際は自覚がなかった。
今夜は、自覚があるので、よけいに落ち着かない気分になっている。
階下で待ち始めてから、ずっとだ。
「あれは……行きたくないと、部屋に閉じこもっているのではないか?」
「女性は、着替えに時間がかかるものだろう? 行きたくないなら、当日まで黙っているなど、ありえない」
「そうか……そうであったな……」
グレイに諭されるが、なんとも自信がない。
先日、ふられたばかりだし、大公に駄目出しを食らってもいたし。
(最初で最後……これをしくじると……俺には後がないのだ……)
考えると、さらに落ち着かなくなる。
ユージーンにあるまじきことではあるものの、逃げ出したくなっていた。
そのユージーンの耳に、カチャと扉の開く音が聞こえる。
心臓が、ばくんっと跳ねた。
「いらっしゃるぞ」
「わ、わかっている」
白い手袋を握った手が、震えている気がする。
「お、お待たせ……」
ずいぶんと待った、と言おうとして、やめた。
思ったことを、そのまま口にしていい時と悪い時がある。
それ以上に、レティシアに見惚れていたのだ。
「ユージーン? 待たされ過ぎて、怒ってる?」
「い、いや……怒ってなど、おらん……」
「なら、いいけど」
いつもの気取りのない服装は、とてもレティシアらしくはある。
が、夜会服のレティシアは、見惚れずにはいられないくらい美しい。
思ったところで、ハッとなる。
良いことは、口に出したほうがいいのだ。
「レティシア」
「なに?」
「お前は……とても、美しいな」
「は……?」
きょとんとされ、焦った。
実のところ、ユージーンは、女性を褒めたことがない。
美しいだの、愛らしいだの、可愛らしいだのと、思うようになったのも、レティシアが、初めてだったからだ。
うまい言葉が浮かんで来なくて、頭にあることを、そのまま口にする。
「動き易い服を、お前は好んでいて、それはそれで愛らしいが、こういう夜会服になると、これはこれで、美しいと……」
「お、お世辞なんか言わなくていいって」
「せ、世辞ではない。いつも思っていた」
レティシアが疑わしそうに、目を細めた。
さりとて、本当に世辞ではない。
そもそもユージーンに「お追従」を言う癖はないのだ。
言われることはあっても、言う必要はなかったので。
「そーんなこと、今まで言ったことなかったじゃん」
「口にするのを、忘れていただけだ」
「忘れてた……?」
「俺は、常日頃から、そう思っていたのでな。あたり前になっていた」
なぜかレティシアの顔が、ぶわっと赤くなる。
そして、なぜか視線を逸らされた。
なにかまずいことを、言ったのかもしれない。
不安になるユージーンに、グレイがレティシアの外套を渡してきた。
「悪い反応じゃない。照れておられるんだよ」
こそっと耳打ちされ、不安が消える。
レティシアをよく知っているグレイが言うのだから、そうなのだろう、と思えたからだ。
そのグレイから、レティシア用の外套を受け取る。
こういうところは、手慣れていた。
「外は寒いのでな。あちらに着くまでは、外套を着たほうがよい」
「あ、うん……ありがと……」
レティシアに外套を羽織らせる。
もちろんユージーンが、だ。
露わになっている首筋に口づけたくなるのを、我慢した。
女性と食事に行くのは日常的なことで、特別でもなんでもない。
外套を着せたりするのも嗜みとして、してきたことだ。
さりとて、その際に口づけたくなったことなんて、1度もなかった。
「じゃあ……行こっか」
「そうだな」
どきどきしながら、腕を差し出す。
レティシアが「嫌」とか「無理」とか言うのではないかと、緊張していた。
が、意外とすんなり、レティシアはユージーンの腕に手をかける。
ものすごく安堵した。
「行ってらっしゃいませ」
「お気をつけて」
グレイとサリーに見送られ、2人で馬車に乗り込む。
当然に、礼儀正しく、レティシアに手をかした。
本来、馬車では向き合って座る。
ユージーンだって、今までそうしてきた。
なのに、緊張のあまり、レティシアの隣に腰かけてしまう。
間違えた、しくじった、と混乱するも、レティシアは、何も言わない。
(不快ではない、ということか……ならば、あえて座り直すこともあるまい)
肩がふれそうな距離に、心臓が鼓動を速めていた。
そもそも、これは最後の機会。
なにかにつけ緊張する。
「あのさ……この間のことなんだけど……」
「この間のこととは、なんだ?」
緊張で、レティシアに「ふられた」ことが、頭から、すっ飛んでいた。
ついさっきまでは、気にしていたというのに。
「あ、愛称の慣習……私、ホントに知らなくてさ……」
「あ……ああ、そのことか……」
そうだった、と思い出す。
自分は、レティシアに「ふられた」のだ。
思い出すと、緊張より落胆が大きくなった。
「……愛称で呼ばれるのは、別に嫌だと思わなかったんだよね」
ぴくっと、耳が反応する。
レティシアは慣習を知らなかった。
告白だとは思わなかったし、断った自覚もなかったのだろう。
ただ、愛称で呼ばれるのが「嫌ではなかった」だけなのだ。
なにやら、ユージーンの心に、光が射してくる。
「ユージーンが怒るのも当然だと思う……ホント、ごめんね……」
隣を見れば、レティシアは、しょんぼりしていた。
逆に、ユージーンには、希望が満ちてくる。
「そのようなことは、気にしておらん。お前も、気にするな」
レティシアが、ユージーンを見上げてきた。
その上目遣いに他意はないとわかっていても、呻きそうになる。
今すぐ抱きしめて口づけたい。
衝動を抑えるのには慣れているはずなのに、苦労した。
好きな女性を前にすると、こんなふうになるのかと、実感する。
「お前が知っているものと思い込んでいた、俺の責だ。お前のせいではない」
言うと、レティシアが、小さく笑った。
ものすごく愛らしくて、隣に座ったのを後悔する。
感情を抑えるのが、ひどく難しかったからだ。
「ユージーンって、そーいうトコあるよね」
「そういうところとは、どういうところだ?」
「謝ったりはしないくせにさ。自分が悪いみたいに言うトコ」
ユージーンは、どうしても、己を中心に物事を考えてしまう。
相手がどうだということではなく、自分がどうであったかが重要だった。
「自分に非があれば、それは認めるべきではないか?」
「そうなんだけどさ。普通は、先に、ごめんねって言うんだよ」
「詫びだけ口にしても、意味はない。何が悪かったかを理解しているかどうかが、大事だと思うがな」
「たしかにね」
またレティシアが笑う。
ユージーンは、少し困ってしまって、視線を逸らせた。
今の自分は、夜会のエスコート役でしかない。
手を握ったり、口づけをしたりできる相手ではないのだ。
レティシアがどの程度の意味合いで「好き」と言ったのかもわからない。
むしろ、首の皮1枚で繋がっている、というところ。
うっかりすると「レティシアと生涯どうこうなる」ことのない身になる。
『なにからなにまで、だよ。レティの許しを得てから動き、レティのしたいことを優先させ、レティの言葉に耳を傾ける。ああ、それから、腕をかしている時以外、けして、レティより半歩以上前には出ないことだ』
それができれば、レティシアの心を失わずにすむかもしれない。
ユージーンは、今一度、大公からの「助言」を、頭に入れておいた。
2
あなたにおすすめの小説
転生したら地味ダサ令嬢でしたが王子様に助けられて何故か執着されました
古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
皆様の応援のおかげでHOT女性向けランキング第7位獲得しました。
前世病弱だったニーナは転生したら周りから地味でダサいとバカにされる令嬢(もっとも平民)になっていた。「王女様とか公爵令嬢に転生したかった」と祖母に愚痴ったら叱られた。そんなニーナが祖母が死んで冒険者崩れに襲われた時に助けてくれたのが、ウィルと呼ばれる貴公子だった。
恋に落ちたニーナだが、平民の自分が二度と会うことはないだろうと思ったのも、束の間。魔法が使えることがバレて、晴れて貴族がいっぱいいる王立学園に入ることに!
しかし、そこにはウィルはいなかったけれど、何故か生徒会長ら高位貴族に絡まれて学園生活を送ることに……
見た目は地味ダサ、でも、行動力はピカ一の地味ダサ令嬢の巻き起こす波乱万丈学園恋愛物語の始まりです!?
小説家になろうでも公開しています。
第9回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作品
【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?
はくら(仮名)
恋愛
ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。
※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。
公爵家の秘密の愛娘
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。
過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。
そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。
「パパ……私はあなたの娘です」
名乗り出るアンジェラ。
◇
アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。
この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。
初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。
母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞
🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞
🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇♀️
治療係ですが、公爵令息様がものすごく懐いて困る~私、男装しているだけで、女性です!~
百門一新
恋愛
男装姿で旅をしていたエリザは、長期滞在してしまった異国の王都で【赤い魔法使い(男)】と呼ばれることに。職業は完全に誤解なのだが、そのせいで女性恐怖症の公爵令息の治療係に……!?「待って。私、女なんですけども」しかも公爵令息の騎士様、なぜかものすごい懐いてきて…!?
男装の魔法使い(職業誤解)×女性が大の苦手のはずなのに、ロックオンして攻めに転じたらぐいぐいいく騎士様!?
※小説家になろう様、ベリーズカフェ様、カクヨム様にも掲載しています。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
人質姫と忘れんぼ王子
雪野 結莉
恋愛
何故か、同じ親から生まれた姉妹のはずなのに、第二王女の私は冷遇され、第一王女のお姉様ばかりが可愛がられる。
やりたいことすらやらせてもらえず、諦めた人生を送っていたが、戦争に負けてお金の為に私は売られることとなった。
お姉様は悠々と今まで通りの生活を送るのに…。
初めて投稿します。
書きたいシーンがあり、そのために書き始めました。
初めての投稿のため、何度も改稿するかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。
小説家になろう様にも掲載しております。
読んでくださった方が、表紙を作ってくださいました。
新○文庫風に作ったそうです。
気に入っています(╹◡╹)
公爵様のバッドエンドを回避したいだけだったのに、なぜか溺愛されています
六花心碧
恋愛
お気に入り小説の世界で名前すら出てこないモブキャラに転生してしまった!
『推しのバッドエンドを阻止したい』
そう思っただけなのに、悪女からは脅されるし、小説の展開はどんどん変わっていっちゃうし……。
推しキャラである公爵様の反逆を防いで、見事バッドエンドを回避できるのか……?!
ゆるくて、甘くて、ふわっとした溺愛ストーリーです➴⡱
◇2025.3 日間・週間1位いただきました!HOTランキングは最高3位いただきました!
皆様のおかげです、本当にありがとうございました(ˊᗜˋ*)
(外部URLで登録していたものを改めて登録しました! ◇他サイト様でも公開中です)
美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ
さくら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。
絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。
荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。
優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。
華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる