理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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最終章 黒い羽と青のそら

夜会は苦手 3

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 なんだか、今日のユージーンは、いつものゴージャス感が、あまりない。
 どちらかと言えば、落ち着いた雰囲気の服装だった。
 
 ウィングカラーのブリーツが入った白のワイシャツは、ボタンまで白。
 太腿あたりまでの丈の、黒い上着と、同じ黒のベスト。
 ベストには、光沢のない銀色のボタンが6つ、ついている。
 ズボンは、わりとタイトな感じで、タックは入っていないようだ。
 そして、首にはボウタイ。
 いわゆる蝶ネクタイなのだが、前の夜会の時とは形が違う気がした。
 
「それって蝶ネクタイだよね?」
 
 聞くと、ユージーンが、自分の首元に視線を落とす。
 それから、少し眉をひそめた。
 
「おかしいか?」
「おかしくはないよ? 前に見たのと、ちょっと形が違うなって思ってさ」
「そういうことか。これは、ストレートエンドなのでな」
「ストレートエンド?」
「蝶というより、蝙蝠コウモリの羽に似ておろう?」
 
 言われると、そんな気がしなくもない。
 さりとて、コウモリの羽というと、もっとギザギザしている印象があった。
 が、ユージーンがつけているものは、横にシュッとしている。
 
「チョウチョって感じはしないね」
「気軽な夜会での、略式礼装ではめずらしくないのだが……正式なもののほうが、良かったか?」
 
 それで「大人しめ」に見えるのか、と思った。
 王太子のユージーンは、正式な礼装をすることが多かったのだろう。
 
「こっちのほうが、いいかな。ベストも似合ってると思う」
「そうか。ブラックタイの時は、カマーバンドを使うのでな。ベストは身につけたことがない。今夜が初めてだ」
 
 レティシアが、以前の夜会の際に思い出せなかった「なんとかバンド」が、それだった。
 
(そっか。あれ、カマーバンドって言うんだったっけ。礼装って難しい……)
 
 女性には女性の、男性には男性の「礼装」ルールがある。
 ドレスコードというやつだ。
 きちんと勉強したことのないレティシアには、男性ルールは、さっぱりだった。
 
「む。着いたらしい」
 
 馬車が動きを止めている。
 御者をしていたヒューが、扉を開けてくれた。
 ユージーンが先に降り、手を差し出す。
 その手に、自分の手を乗せ、かがみつつ、馬車を降りた。
 
(うわっ! 前かがみヤバ……っ……む、胸が……)
 
 体にフィットはしているものの、思わず押さえたくなる。
 それを、必死で我慢して、ササッと体を伸ばした。
 そそくさと、ユージーンの腕に手をかける。
 なるべく、直立で歩きたかったからだ。
 
「行ってらっしゃいませ、レティシア様」
「あんまり遅くならないと思うけど、待ってる間は、休んでてね」
 
 ヒューに声をかけてから、歩き出す。
 正面を見て、うわーと思った。
 ローエルハイド公爵家に、初めて着いた時以上だ。
 
(お城って言っても過言ではないよね、これ……いやぁ、すごいわー)
 
 石造りで、全体は大き過ぎて、よく見えない。
 が、いくつもの丸い塔があるのは、わかる。
 遠くにも、小さく塔の出っ張りが見えるので、奥行きも相当あるのだろう。
 
「どうした?」
「いや、大きいなーと思って、びっくりしてたんだよ」
「そうか? このくらいは普通であろう?」
「そりゃあ、王宮に比べたら、普通かもしれないけどさ。ウチは、ここまで大きくないでしょ?」
 
 言うと、ユージーンが、顔をしかめた。
 面白くもなさそうに、鼻を、ふんっと鳴らす。
 
「用途が違うのだ」
「用途?」
「ウチは屋敷として整えられているが、ここは……城塞に近い造りをしている」
「城塞……なるほど……」
「古き遺物を、そのまま使っているわけだ」
 
 口調が、なにやら皮肉っぽい。
 ユージーンは、この「城」が気に入らないようだった。
 たしかに、物々しい雰囲気を醸し出しているが、人様の家にケチをつけることもない、と思う。
 
「ウチのほうが、よほど洗練されていて、住み心地が良い」
「ん? ユージーン、ウチを気に入ってるの?」
「そうだ。大きいばかりのガラクタより、品があろう」
 
 どうやら「ウチ」と比較して「大きい」のが、気に食わないらしい。
 思いのほか、ユージーンは「ウチ」を気に入っているのだ。
 なんとなく微笑ましい気分になる。
 
「ま、いいじゃん。今日は、お祝いに来たんだしさ」
 
 ユージーンが、なにか言いかけた時だ。
 突然、声をかけられる。
 
「殿下、お久しぶりにございます」
 
 2人して、振り向いた。
 おお!と、レティシアは、目を見張る。
 ラウズワース公爵令嬢とは、また違うゴージャス感漂う女性が、立っていた。
 大人の魅力というのだろうか、色気が半端ない。
 
「アンジェラ・ラシュビーか」
「ご存知でいらしたのですね」
 
 何をご存知なのかは知らないが、ユージーンの表情が冷たく感じられる。
 正妃選びの儀の時のようだ。
 
「あれから7年間、1度も、お声をかけてくださらないのですもの」
 
 ユージーンは、今、22歳。
 とすると、ユージーンが15歳の頃につきあいが切れた、ということになる。
 
 ユージーンの緑の目に、鋭さが増していた。
 あまり会いたくない相手だったのかもしれない。
 さりとて、彼女のほうは、ユージーンに、まだ未練がありそうだ。
 声音に、なんとも言えない色香が漂っている。
 恋愛にうといレティシアにも、それくらいは察することができた。
 
「今夜の俺は、ただのエスコート役なのでな。挨拶をする必要はない」
「まあ、そのような……殿下が、ただのエスコート役などと……」
 
 ちらっと視線を投げられて、どきりとする。
 知らず、ユージーンにかけた手に力が入った。
 その手の上に、ユージーンが手を重ねてくる。
 
「本当だ。このレティシア・ローエルハイド公爵令嬢の、供に過ぎん」
 
 三角関係でもないし、修羅場も嫌だ。
 困って、ユージーンを見上げた。
 
「ローエルハイドのお姫様であれば、ダンスを申し込む男性も、さぞや多いことでしょう? 殿下が、ほかの女性と、ひと時を過ごされても、問題はないのではありません?」
 
 あからさまな誘い文句に、どぎまぎしてしまう。
 この世界では、性的な話は日常会話レベルのようだった。
 とはいえ、レティシアは、慣れていないのだ。
 
「その通りだ」
 
 え?と思う。
 まさか、ここに自分を残して行くつもりなのでは、と焦った。
 
「だからこそ、俺はレティシアのそばを、離れるつもりはない」
 
 ユージーンが、レティシアに視線を向けてくる。
 さっきの冷たい瞳が、色を変えていた。
 緑色の瞳を、初めて綺麗だと感じる。
 
「ダンスを申し込んでくる男を、蹴散らさねばならんのでな」
 
 ユージーンは、とくに笑顔でもなんでもない。
 無表情に近いと言える。
 なのに、なぜか暖かみがあった。
 レティシアの手を、ユージーンが、軽くぽんぽんとする。
 
「トラヴィスに挨拶をしに行くか?」
「あ……うん……」
 
 およそ、人に「許しを得る」ことをしないユージーンが、レティシアの意見を聞いてきたので、驚いていた。
 ユージーンは、視線を戻し、彼女に言う。
 
「それでは、失礼。ラシュビー伯爵夫人」
 
 ものすごく、そっけない。
 ウチのみんなに対してだって、こんなにそっけなくないのに、と思った。
 ゆっくりと歩き出したユージーンに連れられて、中へ入る。
 ラシュビー伯爵夫人と呼ばれた女性は、もう声をかけてはこなかった。
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