理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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最終章 黒い羽と青のそら

夜会は苦手 4

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 アンジェラ・ラシュビーは、ユージーンにあてがわれた、初めての女性だ。
 元は、レチェット男爵家の三女だった。
 関係を終わらせたあと、ユージーンから声をかけることはなかったが「ご存知」なこともある。
 
 彼女は、ラシュビー伯爵に見初みそめられ、婚姻をしたと聞いていた。
 かなりの年齢差があるためか、アンジェラが若い男と不義を重ねても、伯爵は、彼女を手放さずにいるのだとか。
 
 どこかの夜会で、そのような話を耳にしていたが、ユージーンにとっては、どうでもよかった。
 今も、どうでもいいと思っている。
 それよりも、気にかかっていることがあった。
 
(あれで良かったのだろうか……あの女に返事をしてもよいか、レティシアに聞くべきだったかもしれん)
 
 レティシアの許しを得ず、アンジェラを追いはらってしまっている。
 大公からは「なにもかも」と言われていたのに。
 そっちのほうが気がかりで、アンジェラのことは、頭から抜け落ちていた。
 
 2人は、ホールを歩いている。
 外套は、屋敷の使用人にあずけた。
 そのせいで、周りの目も、気になってしようがない。
 男性客の視線が、レティシアに集まっているからだ。
 本気で、蹴り飛ばしたくなる。
 
「あの人が、トラヴィス様? と、奥様?」
 
 レティシアが足を止めるのに合わせて、ユージーンも立ち止まる。
 半歩以上前には出ないよう、気にめていた。
 どういう意味があるかはともかく、大公の助言には従うべきだ、と思っている。
 
 レティシアの視線の先を追うと、トラヴィス・ウィリュアートンがいた。
 腕には赤ん坊を抱き、隣には、妻のサンジェリナが寄り添っている。
 
「そうだ。トラヴィスと、サンジェリナ。サンジェリナは、たしか18……」
 
 ユージーンは、口を閉じた。
 知識は求められた時のみ、との大公の「助言」を思い出したからだ。
 また無駄口を利いてしまった、と思う。
 後がないと、思っているせいで、いちいち自分の言動が悔やまれてならない。
 
「私より2つ上かぁ。みんな、大人の女性って感じだね」
「みんなとは、ここにいる者たちのことか?」
「それもあるけど、ラウズワースのご令嬢とかさ」
 
 イヴリン・ラウズワースのことは、ユージーンも知っている。
 サンジェリナと同じ18歳で、現状、社交界での華、と言われていた。
 そう言われるに相応しい美貌と肉感的な体つきが、頭に浮かぶ。
 さりとて、ユージーンはイヴリンをベッドに誘おうと思ったことはなかった。
 単に、そういう女性だったな、と思い浮かんだだけだ。
 
「お前も、十分に大人だと思うが?」
「そうは思えない。なんか違う。てゆーか、私って幼稚じゃない?」
 
 唐突に、パッと見上げられ、その瞳に吸い込まれそうになる。
 焦って、少しだけ視線を下げた。
 のが、いけなかった。
 
 レティシアの胸元が、まともに目に入ってくる。
 
(い、いかん……このようなことでは、また、どすけべと言われる……)
 
 慌てて、トラヴィスたちのほうへと視線を戻した。
 かなり、わざとらしいが、したかたがない。
 
「いや、お前は世間知らずなだけで、幼稚ではない」
「なんだよ、ユージーンだって、世間知らずのくせに」
「だから、勤め人をしているのだろ?」
「あ、そっか」
 
 レティシアが、小さく笑う。
 ユージーンは、内心で、うう…と、呻いた。
 
 今すぐ思いきり抱きしめたい。
 
 たった1人の女に振り回されるのは愚か。
 そう思っていた頃の自分は、記憶にかすりもしなかった。
 
「人、多いね」
「そうだな」
「あの中に割って入る?」
 
 レティシアは、人見知りなところがある。
 面識がある者はともかく、見ず知らずの相手は、不得手なようだった。
 人だかりの中に割って入るのは、気が進まないのだろう。
 
「今すぐ挨拶をせねばならん、ということはない。少し人がはけてから、改めても良いのだぞ?」
「ホント? じゃあ、そうさせてもらおっかな」
「なにか飲みながら、待つとするか」
 
 こくっと、レティシアがうなずく。
 少しだけだが「合わせる」ことに慣れてきた。
 レティシアが、ずっとユージーンの腕に手をかけているのも、気分がいい。
 
 ユージーンは、辺りを見回す。
 それから、空いている腕を軽く上げ、指を鳴らした。
 接客係が、慌てたように駆け寄ってくる。
 
「飲み物は、何がある?」
「ワイン各種、ビールもお好みで、蜂蜜酒やリンゴ酒もございます」
 
 ちらっとレティシアを見ると、ちょっぴり困った顔をしていた。
 ユージーンは、朝当番、昼当番でのことを思い出す。
 通常、貴族は、食事時の飲み物としてワインを常飲していた。
 しかし、レティシアが酒を口にするところを、見たことはない。
 
「酒でないものは、ないのか?」
「ございます。紅茶とココアだけではございますが……」
 
 レティシアの表情が、明るくなる。
 やはり酒は好まないようだ。
 
「どちらにする?」
「えーと……じゃあ、ココアで」
 
 返事を聞いてから、接客係に言う。
 
「テラス席にいる。そちらに、ココアを2つ持ってくるように」
 
 少し驚いた顔をしたあと、慌てて接客係が下がって行った。
 夜会でココアを飲むなど、ユージーンにとっても初めてだ。
 一応は用意されているものの、アルコール以外は人気にんきがない。
 だが、飲み物の人気なんか、今夜のユージーンには、どうでもよかった。
 レティシアの反応だけを気にしている。
 
 テラスに出て、イスを引いた。
 レティシアが腰かけてから、ユージーンも座る。
 
「外なのに、寒くないね」
「魔術師に、温度を整えさせているのであろうな」
「そんなこともできるんだ」
「ウチが特別なだけで、普通は、そういうものだぞ」
 
 ローエルハイドの屋敷は、内も外も、適度に温度調節がなされていた。
 どんな仕組みかはともかく、大公の魔術道具によるものだろう。
 人がいる場所は、一定の気温が保たれている。
 ユージーンのように薪割りに夢中になっていると、汗もかくのだけれど。
 
「お待たせいたしました」
 
 接客係が来て、湯気のあがるカップを2つ、テーブルの上に置いた。
 その際に、レティシアの体を見ているのを察し、厳しく睨みつける。
 接客係は顔を青くして、すぐさま姿を消した。
 
(これでは、室内でも外套を着せておきたくなるな……ほかの男どもも、これレティシアに声をかけたくてたまらんという顔をしておった)
 
 やはりレティシアのそばを離れるわけにはいかない。
 さっきアンジェラに言ったことは、本気中の本気なのだ。
 レティシアは、美しく愛らしい。
 1人にすれば、誘われるのは間違いないだろう。
 
「さっきの女の人、良かったの?」
「さっきの女?」
「入り口のところで声かけられたじゃん? 知り合いでしょ?」
 
 レティシアはココアを口にしながら、目だけでユージーンを見ている。
 まるでカップの縁で顔を隠すようにして。
 
「ああ。アンジェラ・ラシュビーか。最初に、あてがわれた女ではあるが、知り合いというほどでもない」
「あてがわれた……?」
「俺が、初めて抱いた女だ」
 
 げほっと、レティシアが急にむせた。
 ココアが熱かったのかもしれない。
 ハンカチを渡そうとしたのだが、レティシアは自分の物を取り出している。
 出遅れてしまったと、ユージーンは顔をしかめた。
 
「へ、へえ……それなら、もっと話したかったんじゃない? 私に、気を遣うことなかったんだよ?」
「何を言う。あの頃は、義務として、いたしかたなく相手をしていたがな。今は、そのような義務はないのだぞ」
「義務……そう言えば、前にも、そーいうコト、言ってたっけ」
「世継ぎを作るのが、俺に課せられた責だという話だろ?」
 
 エッテルハイムの城で、そのような話をしている。
 女だけではなく、自分も結局は種馬と変わらない、というようなことだ。
 
「……あんまり乗り気じゃなかった?」
「当然だ。俺が選んだわけではない。責を果たさねばならん、と思っていても……あれは……苦痛であった」
 
 本気で、溜め息をつく。
 今のユージーンに、その義務はないが、この先には責任が待っているからだ。
 王族の血は、今やユージーンにしか受け継がれていない。
 いずれ、子をもうける必要は出てくる。
 
(相手がお前であれば、良いのだがな……お前とであれば、俺は……)
 
 義務だの責任だのと感じることはないと、わかっていた。
 ユージーンは、レティシアに恋をしているのだから。
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