理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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最終章 黒い羽と青のそら

ウサちゃんの正体 1

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 ユージーンの憂鬱そうな表情に、レティシアは、多少の同情を覚える。
 少し偏見が過ぎていたかもしれないと、反省もしていた。
 
(男の人でも、そーいうコトってあるんだなぁ……そりゃあ、そっか。自分で選べないっていうのも……)
 
 かなり微妙な感じがする。
 今まで、レティシアの中では、時代劇のお殿様的なイメージがあったのだ。
 大勢の女性がはべっていて、お殿様が気に入った女性を床に呼ぶ、という感じ。
 その時代の女性にとっては栄誉なことであり、否も応もない。
 選ぶのはお殿様で、女性に選択肢はないとの、印象を持っていた。
 
(嫌って言えないのは、ユージーンのほうだったのか……それで、割り切るようになっちゃったのかも……義務とか種馬とか言ってたもんなぁ)
 
 ユージーンの責任は、想像していたよりも重かったのかもしれない、と思う。
 レティシアは、王族なんていう高貴な出自とは、縁もゆかりもない。
 血統に対する「責任」だって、身近なものには感じられずにいた。
 
(与える者の血筋が途切れちゃったら、魔術師的に、大変なことになるもんね……養子を取ればいいってわけにはいかないんだから、ユージーンか、ザカリーくんが頑張るしかないのか……)
 
 レティシアは、ザカリーに、その血統がないことを知らない。
 だから、まだユージーンの差し迫った危機感は、わからずにいる。
 それでも、大変そうだというのは、なんとなく理解した。
 
「正妃選びの儀の際に、お前が言っていたことは、正しかったと、俺も思う。よく知りもせぬ相手と婚姻したところで、つまらんことになっていたであろうな」
「あ……うん……」
 
 ユージーンが、小さく笑うのを見て、戸惑う。
 どう答えればいいのか、わからなかった。
 なにしろ、ユージーンは、とても寂しそうだったので。
 
(……でもなぁ……ユージーンを、そういう意味で好きかっていうと……やっぱり違うんだよね……)
 
 今夜のユージーンが、いつもと違う様子なのには、気づいている。
 きっと、ものすごく気を遣っているに違いない。
 それは、特定の意味を持つアプローチなのだろう。
 レティシアも、完全に恋愛未経験ではないのだから、わからなくはない。
 現代日本にいた頃のレティシアだったら、おつきあい開始となっていた可能性もある。
 
 さりとて、少し前に「適当」な気持ちでいたことを、反省していた。
 この世界で、しかも、ユージーン相手となると「結婚を前提」にしなければならないのだ。
 適当な返事なんて、できない。
 少なくとも、今はユージーンに恋心をいだいてはいないのだし。
 
「えっとさ……」
 
 ユージーンを傷つけるかもしれないが、今の、正直な気持ちくらいは話しておくべきだろう。
 そう思って、口を開いたのだけれども。
 
「ああ! ここにいらしたのですね!」
 
 声に、話は中断。
 ユージーンともども、そちらに視線を向けた。
 
 挨拶に行くべきだった相手、トラヴィス・ウィリュアートンが立っている。
 腕には、赤ん坊が抱かれていた。
 歩み寄ってくるトラヴィスに、レティシアもユージーンも立ち上がる。
 
「大勢に囲まれておったのでな。後から挨拶に行こうと思っていたのだが」
「いえ、お気になさらず。実は、レティシア姫様に、少々、お話がございまして、人がいないところのほうが、私にとっても望ましかったのです」
 
 トラヴィスは、兄のレイモンドとは、まったく印象が異なっていた。
 落ち着いていて、人当たりも良さそうに感じる。
 ふわっとした淡い茶色の髪は、少し短めだが、おそらく天然の巻き毛だろう。
 ゆるく、くるんとしていた。
 瞳も同じ色で、やわらかみがある。
 
(お母さんが違うんだっけ……それにしても、似てなさ過ぎじゃない?)
 
 ユージーンとザカリーも似ていないが、どこか雰囲気に似たところはあった。
 血の繋がりがないと知らないので、単純に、やはり兄弟だなと思っていたのだけれど、それはともかく。
 
「レティシアにか?」
「そうなのです。不躾とは存じますが、お許し願えませんか?」
 
 ユージーンが、レティシアに視線を投げてくる。
 悪い人ではなさそうだし、会話を拒む理由はない。
 どの道、挨拶に行こうとは思っていたのだ。
 
「そちらで働いているメイド長の、出自についてです」
「サリーの?」
 
 予想外の質問に、レティシアは困ってしまう。
 身分を気にしたことがないので、みんなの出自も知らないからだ。
 グレイに聞けばわかるのだろうが、聞いたこともなかった。
 とはいえ、レティシアは、曲がりなりにも屋敷の主の娘。
 知らないというのは、まずいのではなかろうか。
 
「レティシア。お前からは話しにくかろう。俺が話してもよいか?」
 
 そうだった。
 ユージーンは、自分を「念入り」に調べ上げている。
 ウチのみんなのことも、いろいろと知っているようだ。
 
「じゃ、じゃあ……お願い……」
 
 ユージーンの念入りさには、ちょっぴり引くけれども、ここは頼っておくことにする。
 同時に、どこまで知っているか、1度、はっきりさせておこうとは思った。
 
「ウチのメイド長、サリンダジェシカ・ファレルは、ファレル男爵家の四女で末の娘だ。上に4人の兄と3人の姉がいる。ファレルは知っての通り、そもそもナイト爵であったが、戦争の折に武勲を立て、男爵の爵位を与えられた。しかし、領地は狭く、夏場に雨が降らぬと、実りの悪い地質でもある。たしか、ラドホープ侯爵、ああ、これは、元々は辺境伯だったが、爵位換えで侯爵になった、このラドホープ侯爵家の下位貴族だな」
 
 引く。
 ドン引きする。
 サリーがいたら、倒れていたかもしれない。
 
(出自から、どんだけ情報出してくるんだよ! 領地がどうとか、元はどうとか、関係あるっ? 超コワイんデスけど!)
 
 絶対に、そう、絶対に、全員の詳細な個人情報をユージーンは握っている。
 今の説明だけでも、相当なものだが、もっと詳しく知っていそうな気がした。
 思った時、ユージーンが、ちらっと、レティシアに視線を向ける。
 が、何も言わず、トラヴィスに視線を戻した。
 
「やはり、そうでしたか。実は……」
「トラヴィス、俺も今、話していて気づいたのだが、お前の妻は、サリーの姪なのではないか?」
「仰る通りにございます」
 
 ユージーンは、あえてトラヴィスの言葉を遮ったように思える。
 なぜかは、わからない。
 ただ、そう感じたのだ。
 とはいえ、引っ掛かったのは、一瞬だけだった。
 
「えっ?! それなら、この子って……」
「サリーは、この赤子の大叔母にあたる」
 
 思わず、ササッと近づいて、トラヴィスの腕の中を覗き込む。
 まだ細いけれど、赤味がかった髪に、濃褐色の瞳。
 なんとなくサリーに似ていた。
 
 赤ちゃんは、たいてい可愛らしく感じるが、サリーの身内だと思うと、よけいに可愛く思える。
 元の世界では、レティシアに親族は多かった。
 身内の集まりに、赤ちゃん連れで来る親戚も少なくなかったのだ。
 つい頬に、つんつんと、ふれてみる。
 
「うわぁ……ふくふく……可愛いなぁ。もう首がすわってる? 4ヶ月くらいなのかな?」
「いえ、まだ生後2ヶ月です」
 
 ここでも体質の違いを感じた。
 赤ちゃんの成長速度も違っているのかもしれない。
 
「この赤毛は、サリーに似ておるな」
「名は、ルーナティアーナと申します。ルーナとお呼びください」
「ルーナか。月の……」
 
 いつものユージーンが戻ってきたのか、蘊蓄うんちくが始まりそうな気配。
 それを阻止したのは、ルーナだった。
 
「あいたっ! これ、なにをする!」
 
 ルーナが、前かがみになっていたユージーンの髪を掴んだのだ。
 どのくらい痛かったのかは、わからない。
 赤ん坊は手加減を知らないので、髪を引っ張られると、意外に痛い。
 だとしても。
 
「あっ! ちょ……っ……」
 
 止める間もない。
 ユージーンが、ルーナの手を軽く、ぺんっと、はたいてしまった。
 ルーナは驚いたのか、手を離した。
 たいした力でなかったのは、見ていたので、わかる。
 とはいえ、赤ん坊をはたくなんて、考えられない。
 
「あ……あ……ぁあああーんッ!」
 
 だろうね、と思った。
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