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最終章 黒い羽と青のそら
近くて遠い未来 1
しおりを挟む「大公、入るぞ」
声と同時に、ユージーンが姿を現した。
部屋に入り、勝手に、ベッドの縁に腰かける。
彼が、イスを使っていたからだろう。
「入る前に聞いてほしいものだね」
「大公とて、いつも俺に聞かぬではないか」
彼は、返事をせずにいる。
たいして気にしていなかったからだ。
用件についても、だいたい察しはついている。
わざわざ言いに来なくてもいい話だ、とは思っていたけれども。
「レティのことかい?」
「そうだ」
ユージーンが、そう言った時、ジークが、ひょいっと姿を現した。
イスに座っている彼の横に、立っている。
イスの背もたれに手をつき、体を少し斜めにしていた。
そのほうが、斜め向かいにいるユージーンが、よく見えるからだ。
彼も、イスに肘を置き、頬杖をついて、ユージーンを見ている。
「それで?」
ユージーンは、ことさらに真面目な顔をしていた。
いつも無表情に近いのだが、いっそう無表情に見える。
深刻な心情が、嫌でも伝わってきた。
「俺は、あれとの将来を、本気で考えている」
「そうかい」
言われたって、驚きもしない。
ユージーンの態度からすれば、今さらなことだ。
酔狂で、誰かのために命を懸けたりはできないのだから。
「だが、俺には問題がある」
「血統のことだろう?」
「そうなのだ。俺は、どうしても男子をもうけねばならん」
レティシアとのことを、真剣に考えれば、それも考えなければならない。
ユージーンは、血統に縛られている。
望んだものでないのは、彼と同じだ。
捨てることができないのも、同じだった。
「国のためにね」
「国……そうも言えるが、国というのは、民あってこそだ。国のためというより、民の平和と安寧のため、と俺は思っている」
彼は、心の中でだけ、溜め息をつく。
ユージーンは「王」なのだ。
そこが、彼とは違う。
彼は、国や民など、どうでもよかった。
はっきり言ってしまえば、国が亡ぼうと、世界が破滅しようと、どうでもいい。
レティシアが幸せであること。
それだけが、彼の基準だからだ。
その枝葉として、人々がいて、国がある。
レティシアが悲しむのなら、なるべく人を殺さずにいたい。
が、レティシアを苦しめる者がいるのなら、躊躇うこともない。
彼の心の在り様は、常に基準をまっとうする。
ユージーンのように、本気で、国や民のことを考えたりはしないのだ。
「だが……それは俺の問題であって、あれに押し付けるべきではなかろう?」
「そうだね」
答えたものの、レティシアは、ユージーンの意見に賛成はするだろう。
彼女は、いつも「誰か」を優先させている。
国や民のためという、ユージーンの気持ちを理解できるはずだ。
彼より、ユージーンのほうが、ずっとレティシアに近い、物の考えかたをする。
人として、というのなら、それは正しい。
「あの娘は、まだ、お前に応えちゃいねーだろ」
ジークが、不機嫌に、そう言う。
自分の気持ちが、伝播しているのかもしれない。
彼も、内心では、思っていたことだ。
ユージーンは、まだレティシアに選ばれているわけではなかった。
可能性はあるにしても、結果は出ていない。
「わかっている。だとしても、だ。考えておかねば……間に合わん」
仮にレティシアがユージーンを選んだとして、の話を、ユージーンはしている。
ユージーンは、レティシアとの将来を本気で考えている、と最初に言った。
諦めるつもりがないから、先を見据えている。
己のかかえている問題を解消しておかなければ、うまくいった際に困る、ということだ。
「レティがどうするのかは、レティ自身が決めることだがね。きみは、どう考えている?」
ユージーンは「王」であることを、やめられない。
そして、彼自身の個性としても、やめはしない。
となると、やはり「世継ぎ」は、ゆるがせにはできない問題だった。
ユージーンの言うように、事前に「備え」はしておくべきだ。
ユージーンがレティシアの「選択肢」のひとつである以上、彼も、無視しきれずにいる。
万が一、ということを、考えていた。
「俺は、あれが悲しむことはしたくない。側室などいらんと思っている」
「それでも、直系男子の血筋を途絶えさせられないのだよ、きみは」
ユージーンが、顔をしかめる。
本人もよくわかっていて、それで悩んで、ここに来たのだろうし。
「あれが、俺に情を移し、俺と婚姻をし、男子をもうけてくれることを、諦めてはおらん。ただ、どうしても男子がもうけられなかった時に、どうすればよいか……血筋は残さねばならんが、側室は娶りたくないのだ」
「あの娘が本気で大事だと思うんなら、血筋なんか捨てりゃいいじゃねーか」
ジークは、血に対しての、こだわりがない。
特殊な力を持ってはいても、それと血を結びつけずにいる。
血縁や血統とは、無縁な生きかたを選んでいた。
だから、ある意味、当然なことを言う。
捨てられるものなら、捨てたい。
彼が、いつだって思ってきたことだ。
ユージーンも、きっと、そう感じている。
望みもしないのに力を与えられ、その力に縛られない生きかたができない。
人にどれほど羨ましがられても、本人にとっては疎ましいものでしかないのだ。
「そうできるのなら、大公に、相談には来ておらん」
「なら、あの娘を悲しませるのを承知で、側室でもなんでも娶れよ」
「したくないと言っておろう」
「勝手なこと言うな。どっちも手に入れようなんて、欲が過ぎるぜ」
ジークの言葉は、彼の心も波立たせる。
レティシアには、幸せになってほしい。
けれど、彼女の愛情なくしては、彼は存在意義を見失う。
ほかの誰かにあずけると決めたはずでも、どこか抵抗感は持ち続けていた。
(本当にね。欲をかくと、碌なことにはならないというのに)
レティシアの愛情が「誰か」に向けられるのを、彼は恐れている。
自分には、ほんのわずかにも残らないのではないか、と。
「レティを悲しませることに違いはないが、側室を迎えずにすむ手立てなら、なくはないよ」
彼は、自分で自分の思考を断ち切る。
なにもかもを手にしようなどというのは、欲が深過ぎるのだ。
いつまでも孫離れできないなんて、本当に、笑えない。
「人でなしの手段だがね」
「どういう……」
「レティにも、その罪を負わせる覚悟が、きみにはあるのか?」
ユージーンは、しばし黙り込む。
自分1人が負う罪ならば、いくらでも負えるが、レティシアまで巻き添えにすることには、抵抗があるに違いない。
「わからん……だが、知っておきたい。取れる手立てがあるのなら」
「聞いても、後悔するだけさ」
「大公」
彼は、ふうっと息を吐く。
ユージーンは、はなはだ面倒で厄介な男だった。
「金で買えばいい」
「金で?」
「そうだ。血縁を、隅から隅まで調べ上げ、男子が産まれ易く、罪を犯していない家系の女性を選んでね。子を成すことを前提に金を払うのだよ。もちろん、きみの名も身分も明かしてはならない」
大昔から、そうしたことはある。
表沙汰にはしないし、ならないようにしているため、知る者はいない。
血筋にこだわる者は、どのような手段でも用いる。
それを、名分が立つようにしたのが、側室であり、愛妾であるだけだ。
「子ができたら……養子に取るのか」
「そういうことだ」
ユージーンは、また黙り込む。
彼は、そんなユージーンを見つめ、本当の意味での「人でなし」を告げる。
「こうしたことが表に出ない理由を、考えたまえ」
その、ひと言で、ユージーンは悟ったのだろう。
サッと顔色を変えた。
場合によっては、子の母、その家族を「始末」する。
のちの憂いを断つためだ。
彼は、厳しさを湛えた声で、ユージーンに言った。
「それだけはレティに話してはならない。きみは、あの娘に、生涯、嘘をつき続けられるかい?」
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