理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

文字の大きさ
284 / 304
最終章 黒い羽と青のそら

道の先には 4

しおりを挟む
 あれから、半月。
 年が明けても、祖父は、屋敷を訪れなかった。
 
 しかたがないことだ、とレティシアは思っている。
 事情を知らない父は、不満たらたらだった。
 それを、なんとかレティシアがなだめている。
 
 祖父には、フラれたのだ。
 
 両親には、とても話せなかった。
 とくに、父が、なんと言って怒り出すか。
 
 レティシアを拒絶したのは、祖父のせいではない。
 恋とは、そういうものだ、と思う。
 一方通行のまま、消えていくものだってあるのだ。
 
(まだ、全然、吹っ切れてないけどさ……少しマシになってきたかな……)
 
 祖父が恋しくて、毎晩、泣いていた。
 言うのではなかった、と繰り返し後悔もしている。
 それでも、半月、なんとか凌ぐうち、少し気持ちが落ち着き始めていた。
 諦めきれてはいないし、吹っ切れてもいないけれど。
 
「ん?」
 
 レティシアは、階段を降りていた足を止める。
 ユージーンが、薪割りから戻ってきたらしい。
 玄関ホールから、食堂のほうへと向かっていた。
 その足が、急に速くなる。
 
(最近、だいぶ速足ができるようになってきたよね)
 
 ユージーンは、あれきり、祖父のことには、ふれてこない。
 気を遣っているのだろう。
 レティシアも、あえて、その話はしなかった。
 
 ばんっ!!
 
 音に、ぎょっとする。
 手すりにつかまりながら、身を乗り出した。
 ユージーンのいたほうを見てみる。
 また、なにかやらかしたのだろうか、と思ったのだ。
 
 あと半月もすれば、ユージーンが来てから3ヶ月になる。
 さりとて、まだまだ、ユージーンは、なにかと騒動を起こしていた。
 そういう日常に、実は、レティシアは救われている。
 
「な、なんですか?」
「扉が邪魔だっただけだ」
「はぁ……?」
 
 食堂に繋がる扉を、ユージーンが片手で押さえていた。
 背中で扉を押さえてもいる。
 マリエッタは、首をかしげつつ、食堂のほうに歩いて行った。
 
 ユージーンのやることは、意味がわからない。
 
 ウチのみんなは、そう思っている。
 そのため、深く追求はしないのだ。
 
「なぁに、してんの?」
「なにもしておらん」
 
 レティシアは、騒動を起こす、という理由だけではなく、しばしばユージーンを見ていた。
 観察していた、と言ってもいい。
 
「優しいじゃん」
「なにがだ?」
「今のだよ。マリエッタが扉にぶつかりそうになったから、庇ったんでしょ?」
 
 ふんっと、ユージーンが、そっぽを向く。
 口が悪いだのと言うくせに、褒められるのも苦手らしい。
 
「茶器が壊れては困るのでな」
「ふぅん」
 
 マリエッタは、左目が悪い。
 屋敷を改装したのは、そのためもある。
 前よりは、かなり良くなってはいた。
 とはいえ、完全に危険がなくなるということはない。
 
「なんだ?」
「別に~」
 
 この前も、似たような光景を、レティシアは目にしている。
 パットが小麦袋を運んでいた時だ。
 ユージーンは、さっさとパットから袋を取り上げた。
 する仕事がなくて体がなまる、とかなんとか言っていたけれども。
 
「なんだ、と聞いているのだぞ」
「だから、別になんでもないって、言ってるんだよ」
 
 あれだって、パットの足が悪いと知っていたからに違いない。
 パットにしても、ほかの者なら、気が引けて頼めないだろうが、ユージーンが、勝手にすることなら、気にせずにいられるはずだ。
 ユージーンは、いちいち恩を着せるようなことは言わないし。
 むしろ、気遣っているそぶりすら見せないし。
 
(グレイやサリーに、聞いたわけでもないんだよなー)
 
 それは、確認している。
 ユージーンは、自ら気づいたらしい。
 以前とは違い、周りも少しずつ見えてきたのだろう。
 
(てゆーか、観察がスゴイんだよね……相変わらず細かいトコあるしさ)
 
 レティシアも、ウチのみんなについては、いつも気にしている。
 が、ユージーンの観察は、並々ならぬものがあった。
 しかも、頭はいいので、覚えたことや知り得たことは、忘れない。
 あげく、わからないことをわからないままにもしておかないのだ。
 もちろん、できないことも、できないままにはしておかなかった。
 
「チャーリーが困ってたよ?」
「なぜだ?」
「ユージーンが、自分で服を繕うって言って、繕い部屋に入り浸ってるから」
「入り浸ってなどおらん。空き時間に訪ねている」
「ユージーンの空き時間でしょーが」
 
 チクチクと縫物をするユージーンの姿は、一見の価値があるかもしれない。
 想像すると、笑える。
 
「なにをニヤニヤしているのだ?」
「王子様の頃には、靴紐も結べなかったのにって思ったんだよ」
「む。俺は、もう王太子ではないのだぞ。己のことは、己でせねばならん」
「でも、縫物までしなくてもいいじゃん」
 
 レティシアは、ユージーンと2人で食堂に入る。
 これから、ユージーンは「皮むき」の仕事があるはずなのだ。
 
「チャーリーに聞いたんだからね」
「なにをだ?」
「針で流血してたって」
「それは……まだ慣れておらぬのでな」
「怪我しないようにしてって、頼んだはずデスけど?」
 
 ちろっと、横目で睨む。
 新しい仕事をするたびに、ユージーンは怪我をしていた。
 仕事ならまだしも、縫物は、そもそもユージーンの仕事ではない。
 
「しかしな。1本くらい刺さっても、どうということは……」
「どんだけ刺す気だよ! 1本くらいじゃないわ! 十分、痛いわ!」
「全身に刺さるより……」
「どこでそんなに刺すのさ! てゆーか、刺さなくていいからっ!」
 
 レティシアは、ユージーンが夢見の術にかけられていたことを知らないのだ。
 今までの経緯から「たとえ話」とも思えずにいる。
 
「うっわ! また鳥肌立った!」
「ゾッとしたのだな」
「そーだよ! ユージーン、最近、驚かなくなってるよねっ? 私の鳥肌に慣れてどうすんのっ?」
「こうする」
 
 ユージーンが、レティシアの腕を取ってきた。
 袖をまくって、腕を出す。
 
 さすりさすり。
 
 気遣うような、優しい手つきだった。
 その感触に、ちょっと焦ってしまう。
 
「どうだ? 引いただろ?」
「あ、うん……」
 
 こんなふうに、祖父に対する気持ちも、いずれ引いていくのだろうか。
 考えてしまい、胸が、きゅっと締め付けられた。
 
「……ありがと」
「どういたしまして」
「ん? いやいやいや! 元々、ユージーンのせいじゃんか!」
 
 心を沈ませたくなくて、精一杯、明るく振る舞う。
 たぶん、ユージーンには、バレているのだろうが、何も言われなかった。
 それが、ありがたいと感じる。
 こういう日常が、今のレティシアには必要なのだ。
 
(そのうち……忘れられるよね……1人じゃないし……)
 
 両親も、ウチのみんなも、そして、ユージーンも、いる。
 いないのは、たった1人、祖父だけだった。
 
 本当には、その1人が、誰よりも恋しいのだけれども。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る

水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。 婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。 だが―― 「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」 そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。 しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。 『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』 さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。 かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。 そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。 そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。 そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。 アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。 ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。

0歳児に戻った私。今度は少し口を出したいと思います。

アズやっこ
恋愛
 ❈ 追記 長編に変更します。 16歳の時、私は第一王子と婚姻した。 いとこの第一王子の事は好き。でもこの好きはお兄様を思う好きと同じ。だから第二王子の事も好き。 私の好きは家族愛として。 第一王子と婚約し婚姻し家族愛とはいえ愛はある。だから何とかなる、そう思った。 でも人の心は何とかならなかった。 この国はもう終わる… 兄弟の対立、公爵の裏切り、まるでボタンの掛け違い。 だから歪み取り返しのつかない事になった。 そして私は暗殺され… 次に目が覚めた時0歳児に戻っていた。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 作者独自の設定です。こういう設定だとご了承頂けると幸いです。

初恋の還る路

みん
恋愛
女神によって異世界から2人の男女が召喚された。それによって、魔導師ミューの置き忘れた時間が動き出した。 初めて投稿します。メンタルが木綿豆腐以下なので、暖かい気持ちで読んでもらえるとうれしいです。 毎日更新できるように頑張ります。

【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

恋愛
「神に祈るだけで曖昧にしか治らない。そんなものは治療とは言わない」  男尊女卑が強い国で、女であることを隠し、独自の魔法を使いトップクラスの治療師となり治療をしていたクリス。  ある日、新人のルドがやってきて教育係を押し付けられる。ルドは魔法騎士団のエースだが治療魔法が一切使えない。しかも、女性恐怖症。  それでも治療魔法が使えるようになりたいと懇願するルドに根負けしたクリスは特別な治療魔法を教える。  クリスを男だと思い込み、純粋に師匠として慕ってくるルド。  そんなルドに振り回されるクリス。  こんな二人が無自覚両片思いになり、両思いになるまでの話。 ※最初の頃はガチ医療系、徐々に恋愛成分多めになっていきます ※主人公は現代に近い医学知識を使いますが、転生者ではありません ※一部変更&数話追加してます(11/24現在) ※※小説家になろうで完結まで掲載 改稿して投稿していきます

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

推しの幸せをお願いしたら異世界に飛ばされた件について

あかね
恋愛
いつも推しは不遇で、現在の推しの死亡フラグを年末の雑誌で立てられたので、新年に神社で推しの幸せをお願いしたら、翌日異世界に飛ばされた話。無事、推しとは会えましたが、同居とか無理じゃないですか。

獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。

真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。 狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。 私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。 なんとか生きてる。 でも、この世界で、私は最低辺の弱者。

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

処理中です...