理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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最終章 黒い羽と青のそら

信頼を胸に 1

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「お前、最近、泣いてねーな」
 
 ジークは、彼の孫娘の前に姿を現す。
 人型だ。
 
 彼の元には、あまり戻らず、屋敷に、ほぼ常駐していた。
 彼が屋敷から遠ざかっているので、居残りをしている。
 彼女の様子を、窓の外から、ずっと見ていたのだ。
 さりとて、彼に、いちいちの報告はしていない。
 彼が聞きたがるとも思えなかったし。
 
 彼が屋敷を出て行き、彼の孫娘は、泣いてばかり。
 が、最近は、泣かなくなった。
 それが、気になり、ジークは姿を現している。
 彼女に聞きたくなったのだ。
 
 夕食後には、いつも執事とメイド長が部屋にいた。
 しばらく話してから、出て行く。
 少し前までは、彼も一緒にいたのだけれど。
 
「誰?」
「あの人のことは、もう諦めたのか?」
 
 彼女の問いは無視して聞く。
 彼の孫娘が、ふにゃりと眉を下げた。
 ジークの言った「あの人」が、誰を指すのか、わかったからだろう。
 同時に、ジークが、彼の知り合いだとも、気づいたはずだ。
 
「諦めるっていうか……」
 
 彼女が、うつむく。
 ベッドに入り、座った状態で、体に掛けた布団を両手で握りしめていた。
 ジークは、ベッドの後ろのほうに立ち、正面から彼女を見ている。
 両手を、いつものように頭の後ろで組んでいた。
 
「そうしないとって思ってるだけ」
「できんの?」
「たぶん……いつかはね」
「ふぅん」
 
 ラペル親子を手にかけた時、彼は、孫娘を遠ざけることになる、と思っていた。
 あの時、ジークは、彼女が彼を拒絶しないと信じたい、と思ったのだ。
 
 彼に寄り添えるのは、彼女だけだから。
 
 結果、彼の孫娘は、彼を拒絶しなかった。
 それどころか、彼を受け入れている。
 
「お前、怖くねーのかよ」
 
 彼女がうつむいたまま、小さく笑った。
 
「みんな、おんなじこと聞くんだね」
「聞きたくなるんだよ」
 
 顔を上げ、彼の孫娘は、ジークに視線を向ける。
 まっすぐな瞳だった。
 
「全然、怖くない」
「お前のためなら、あの人、世界を亡ぼしちまうぜ?」
「私は、そんなこと望まないもん」
 
 彼は、孫娘の望まないことは、しない。
 それを、彼女は信じている。
 だとしても。
 
「自分が間違わねーと思ってんのかよ」
 
 彼女が間違えれば、間違ったことが起きるのだ。
 己の選択ひとつで、世界が亡ぶ。
 それは、恐ろしいことではないのだろうか。
 
「あとで間違えたってわかっても、死人は戻ってきやしないんだぞ」
 
 彼女は、しばし黙り込む。
 考えていなかったわけではないらしい。
 実際に力を振るうのは彼でも、振るわせるのは、彼の孫娘。
 
 彼のたったひとつの、宝。
 
 彼女を守るために、彼は残酷になる。
 彼女を傷つけさせまいと、非道をする。
 彼には、同情も憐憫もない。
 ただ彼の基準をまっとうするのだ。
 
「お祖父さまってさ……」
 
 ぽつりぽつりと、彼の孫娘が話し出す。
 また、うつむいていた。
 
「お祖父さまってさ、言い訳しないじゃん? 私のためにしたことでも、そう言わないしさ。それでも、酷いことしてるって自覚がないわけじゃない。わかってるんだよ、全部。だから、自分のこと、嫌いになっていくばっかりで……」
 
 ジークにも感じるところはある。
 彼は、知らない間に消えている、ということもありそうだったからだ。
 
 特別に過ぎることで、彼は孤独でしかいられない。
 
 彼といるとジークは孤独が癒され、彼もまた、そうであればいいのに、とジークは思っていた。
 結末がわからなくても、それが見える時、隣に自分がいればいい、と。
 
 ただ、未だ彼にとって自分がどんな存在かは、わからずにいる。
 
 彼の孫娘は、最近までは、彼にとってどんな存在か、迷わずにいられたはずだ。
 けれど、今は違うのだろう。
 口調には、迷いや自信のなさが漂っている。
 
「本当はね。私がいるよって、言いたかったんだ」
 
 なにかが、ジークの心に落ちてきた。
 彼女の言葉に、感情が共鳴している。
 
「孫娘なら言えるけど……私、孫娘じゃないんだもん……」
 
 ジークは、彼の孫娘を、じっと見つめた。
 泣き顔もいただけないが、しょんぼり顔もいただけない。
 けれど、そうなるのも、わかる。
 
(やまびこみてえだな……同じこと、オレも、考えてたのか)
 
 ジークも、彼に、そう言いたかったのだ。
 血の繋がりに、ジークはこだわったことがない。
 そこに、どんな意味も持たせず、生きてきた。
 
 彼が、なによりこだわっていたのが、彼自身の血だったからだ。
 
 その流れにない者に対し、彼は執着しない。
 彼に置いて行かれるのが、ジークは怖かった。
 本当には、武器や相棒なんていうものではなく。
 
 彼の力を受け継ぐ息子であれば、と思っていたのだ。
 
 ジークは、彼の力を宿してはいるが、血の繋がりがない。
 血にこだわれば、ジークは、たちまち彼の領域から弾き出されてしまう。
 だから、こだわるのをやめた。
 
 孫娘でなくなった彼女は、置いて行かれる怖さと戦っている。
 彼は、振り向かず、1人で行ってしまうから。
 
 ジークは、腕をほどき、スタスタと彼女に近づいた。
 ベッドの縁に腰かけ、両手を足の間に、たらりと垂らした。
 
「お前、あの人のために、命を懸けられる?」
 
 彼女が、ジークのほうに顔を向ける。
 あまり迷いはなさそうだった。
 
「元々、お祖父さまがいなきゃ、私、消えてたからね」
 
 魔力顕現けんげんの日のことを言っているのだろう。
 彼が、彼女の命を繋ぎ止めたのだ。
 
「てゆーか……思うんだよなぁ」
 
 彼女が、天蓋しかないはずの上を見ている。
 ジークは、彼女を見ていた。
 
「お祖父さまは、自分のすることで、私を傷つけてるって、思ってる。これって、悪循環なんだよね。私がそばにいようとすればするほど、お祖父さまは、自分を嫌いになっちゃうんだなぁって……」
「お前、いなくなりてえの?」
「……いないほうがいいんじゃないかって、思う時もある。お祖父さまを、自由にしてあげたいって、思う」
「ふぅん」
 
 ジークは、彼の息子になりたくてもなれない。
 が、彼女は、彼の孫娘に戻れるのだ。
 彼への想いを捨てさえすれば、だけれども。
 
「孫娘に戻ればいいって思ってるでしょ?」
「うん」
「それが、なかなか難しいんもんなんだよ。感情って、簡単じゃないんだなって、私も、初めて、わかったんだけどさ」
 
 諦めるのか、と聞いたジークに、彼女は、明確な答えは返さなかった。
 そうしなければならないとわかっていても「簡単」ではないからだろう。
 
「オレ、やりてえことがあるんだ」
「やりたいこと?」
「うーん……やってみてえこと、かな」
 
 彼の孫娘と、ジークは視線を交える。
 彼女は、自分と同じ場所にいる、と思った。
 
「お前、オレに協力しろよ」
 
 誰のためでもなく、ジークは、自分のやりたいことをやる。
 ただ、今までは、誰かに協力を仰いだことはなかったけれど。
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