理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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最終章 黒い羽と青のそら

なんでもお見通し 3

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 ジークは、ひゅるりひゅるりと、空を旋回中。
 こうして飛ぶのは、気分が良かった。
 遠くに、ユージーンの姿が見える。
 
(嫌いじゃなかったけどサ)
 
 気に入っていた、と認める気はなかった。
 ユージーンは、味方でもないし、敵でもない。
 ジークは、仲間意識を持たずにいるのだ。
 
 そうやって、生きてきている。
 ほかの生きかたは、知らなかった。
 
(オレは、あの人の息子になりたかったのか)
 
 ふぅん、と思う。
 
 彼女と話すまで、ちっとも気づかなかった。
 武器として、相棒として、そばにいられればいい。
 そう思っているつもりだったが、違っていたようだ。
 
(確かに、簡単じゃねーや)
 
 感情は、簡単なものではないと、彼女は言った。
 自分でも思うようにはならないものなのだ。
 ならば、しかたがない。
 いくら否定しようとも、あるものはあるのだから。
 
(笑ってるな)
 
 ジークは、遠目から、彼女の姿を見ていた。
 メイド長と話している。
 そして、笑っていた。
 彼女は、笑っているほうがいい。
 怒っていても、面白いけれど。
 
(泣いてなきゃ、それで、いいんだ)
 
 泣き顔だけは、いただけない。
 落ち着かない気分になる。
 ジークの「どうでもよくない」箱に入っているのは、彼と彼女だけだ。
 
 彼に拾われてからの十年は、彼だけだった。
 ジークの心は凍えていて、家族なんてものは必要としなくなっていた。
 手を伸ばしたからと言って、握り返してもらえるとは限らない。
 あたり前があたり前でなくなる瞬間が、ある。
 
 ジークは、拒絶されることの痛みを知っていた。
 それを怖いとも思うし、怖いと思う自分の弱さも知っている。
 恐れをいだく自分が嫌いだった。
 心に、するりとナイフが滑り込んでくる感触を、忘れられずにいる。
 だから、手を伸ばさずにきたのだ。
 
(怖くねーんだってサ)
 
 彼女の言葉に、ジークの心は、暖かくなる。
 
 彼もジークと同じ、誰にも受け入れてもらえないはずの存在。
 けれど、彼女は怖くないと言い、彼に恋をした。
 彼女のような者がいるなら、もしかすると、自分の手を握ってくれる相手だっているのかもしれない。
 
 手を伸ばしてみようか。
 手を伸ばしてみたいな。
 
 ちょっぴり、そんな気持ちになれる。
 ジークの凍えた心が、少しだけ解けていた。
 
「ジーク」
(あいよ)
 
 ジークは、体を回転させ、薔薇園に転移する。
 いつものように、彼の肩にとまった。
 
「彼のところに行っていたのかい?」
(なんでもお見通しだな、アンタ)
遠眼鏡とおめがねを使ったわけではないがね」
 
 彼の軽口に、ジークは笑う。
 やっと調子が戻ってきたようだ。
 
(アンタのムチャクチャなとこ、オレ、好きだったんだけどな)
 
 これからは、そうもいかないだろう。
 彼女のために、彼は自重するに違いない。
 
 ちょっぴり惜しいが、安堵もしている。
 飄々としたところはなくならないだろうが、彼は、どこにも行かない。
 1人で消えたりはしないのだ。
 
 『本当はね。私がいるよって、言いたかったんだ』
 
 孫娘ではなくなっても、彼女は、そう言える。
 思うと、嬉しくなった。
 彼に置いて行かれる心配や不安は、消えている。
 
「ジークが、ジークのやりたいようにしたことは、わかっているよ」
 
 彼の言いたいことには、気づいていた。
 彼は、ジークの感情を知りたがっている。
 彼と出会ってから、初めてのことだ。
 
 お互い、相手の感情には見向きもしてこなかった。
 ジークだって、彼がどう思っているのか、気にしたことはない。
 だいたい、わかってもいたし。
 
(アンタと、あのが笑ってるとこが、見たかったってのと……アンタらの子ってのを見てみたくなった、から?)
「私とレティのかい? それはまた、ずいぶんと気が早いね」
(そうでもねーんじゃねーか?)
 
 彼が、小さく笑う。
 彼は、気が早いと言ったが、あり得ない話ではない。
 彼女には、彼の血は、1滴も受け継がれていないのだ。
 きっと、彼らの子は、無事に産まれる。
 
(オレ、あいつのこと、ちょっとだけ気の毒だなって、思ってるんだよ)
 
 あいつ、とは、ユージーンのことだった。
 ユージーンだけは、未だ血の縛りを受けている。
 その上、彼とは違い、たった1人。
 前にも、思ったことがあった。
 
「そうだね。できるだけ、善処しよう」
(別にいいけど。放っといてもサ)
 
 彼に、何かをして欲しくて言ったわけではない。
 ただ、なんとなく思い出しただけだ。
 ユージーンは、1人ぼっちなのだ、と。
 
(そういや、あの偽金髪野郎は、どうしたんだよ?)
 
 記憶を探っていて、こちらも思い出している。
 ジークが彼の傍にいないまま、カタをつけられた。
 どうなったのかくらいは、知っておきたい。
 
「土壁に、めりこんでいるね」
(ああ、あれか)
 
 彼が、どうカタをつけたのかわかり、ジークは笑う。
 とても気分が良かった。
 
(夜会の日にサ)
 
 いろんなことが、楽しく思える。
 彼女が笑うようになって、何もかもが変わったのだ。
 
(あいつ、赤ん坊をあやしてたぜ?)
「トラヴィスの子かな?」
(そうだよ。最初は、泣かせてたけどな)
「知らなかったねえ。彼に、そんな才能があったとは」
 
 彼も、くすくすと笑う。
 こういう毎日が、日常になればいい、と思った。
 
 彼と彼女とジーク、その3人が笑えることが、ジークの最善なのだ。
 
 誰も損をしないハッピーエンドなんてない。
 そんなふうに思っていたけれど。
 
「結末は、気に入ったかい?」
 
 ジークの気持ちを察したのか、彼が聞いてくる。
 記憶が、ぱらぱらと落ちてきた。
 
 ウサギのユージーンを追いかけたことや、レスターを箱に閉じ込めたこと。
 サイラスを仕留めに王宮に行ったこと、クィンシーを開かずの部屋に置いてけぼりにしたことも。
 
 事がすんでしまえば、楽しく思える。
 
(うん。悪くねーな。なかなか、いい結末だったと思うぞ)
「そうかい。それは、良かった」
 
 残念なこともあったが、それも含めて、結果には納得していた。
 結末を、彼と迎えられたのも、もちろん。
 
(いや……すげえ、いい結末だった)
 
 彼と彼女が笑っているし、ジークも笑っている。
 これ以上の結末はないだろう。
 
「いくのかい?」
 
 彼の言葉に、ジークは、空を見上げた。
 とてもきれいな青空だ。
 彼が彼女に渡した花の花弁のように透明な心で、ジークはうなずく。
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