296 / 304
最終章 黒い羽と青のそら
なんでもお見通し 4
しおりを挟む「いくのかい?」
(うん)
しばしの間のあと。
ふっと、ジークの気配が消えた。
「ジーク」
あいよ、という、いつもの言葉はない。
わかっていて、呼んだのだ。
漆黒の髪とブルーグレイの瞳の少年。
名は、ジーク。
彼は、逝ってしまった。
この世界のどこにも、もういない。
呼んでも、2度と答えは返ってこないのだ。
レティシアの血の上では、魔力が対流している。
彼女は、もともと対流の速度が極端に遅かった。
だから、血の入れ替えにも耐えられたに違いない。
けれど、ジークに、その力はなかった。
あれほどの魔力を乗せた血を身の内に取り込み、かつ、入れ替えるなんてことをして、平気でいられるはずがない。
「わかっていたのだろう、ジーク」
レティシアの魔力顕現時、ジークは身を持って、その大きさを実感している。
己の身が耐えきれないことくらい、わかっていたに違いない。
自分が消えてしまうと。
「私のことを言えた義理ではないよ。きみも、たいがい禄でもない」
6歳。
ジークが6歳の頃から、ずっと、一緒にいた。
ちょうど、彼が、レティシアから激しい拒絶を受けたあとだ。
彼は、森の山小屋で過ごすようになっていた。
たまたま領地を見て回っている時に、ジークを見つけている。
(私の力を宿すことになるとは、思わなかったがね)
ジークに、魔力を制御するすべを教え、その後、血縁者について語った。
詳しく知っていたわけではないが、どのような人物か、ジークに話している。
ジークが、血縁者を頼りたければ、繋ぎを取ろうと思っていたからだ。
けれど、ジークは、彼の提案を拒絶した。
彼の元にいたいと、そう言った、小さな少年の必死さを、彼は覚えている。
(拒絶されるのは……つらくて、とても怖いことだ)
親だと思っていた者たちに拒絶されたジークの痛みが、レティシアに拒絶された彼には、わかった。
だから、ジークを彼の元に置いたのだ。
屋敷に行かなくなった彼には、時間があった。
ジークには、魔力や魔術の、あらゆることについて、教えている。
もとより、ジークは彼の力を宿してもいた。
使いかたを学ばなければ、危険なことになる。
そんな中、いつしか、お互い、対等に話すようになっていた。
彼は己の血にこだわり、ジークは血へのこだわりを捨てていたけれども。
(ジークも、存外、単純だったのだよ?)
彼のことは「アンタ」に「あの人」と言う。
ユージーンのことは「お前」に「あいつ」だ。
レティシアのことは「あの娘」と「アンタの孫娘」だった。
誰の名も、ジークは口にすることがない。
ただ1人を除いて。
『あのサイラスが、なにすっかわかんねーってのに、案外、呑気なんだな』
『意外だね。アンタが、あのサイラスを危険だって、警戒するなんてな』
『でも、サイラスは同じ手は使わないだろ?』
『だってさ、あのあとサイラスが来ただろ?』
『サイラスを信じるなんてサ』
『サイラスだけでも、始末しとけば良かったって?』
『にしても、サイラスは、なんでアンタにかまってほしがるんだ?』
『サイラスが、なんかやらかすのか?』
『サイラスを殺すのか?』
『サイラスか?』
ジークは、サイラスの名だけは、口にしている。
繰り返し、繰り返し、何度も。
そして、最後に、王宮で、ジークは言った。
『にーさん、お前は、運がなかったのサ』
サイラスは、ジークの兄だ。
ジークも、もうずっと前から、それを知っていた。
ジークが知っていると、彼も、わかっていた。
魔力感知されるのが嫌だという以上に、ジークは、王宮を嫌っていた。
そこに、サイラスがいたからだ。
実際、ジークは、クィンシーのことなど、歯牙にもかけていなかった。
ウィリュアートンの屋敷で、気づきはしただろう。
が、兄だとの思いは、欠片もなかったに違いない。
もちろん彼は、クィンシーとジークとの関係も、一応は気にしていた。
夜会の日に、サイラスとクィンシーの血縁には気づいていたからだ。
サイラスとクィンシーが兄弟であるなら、ジークにとっても同じ。
ただ、血へのこだりを捨てているジークに、あえて伝えてはいなかった。
彼には、血脈が見える。
ユージーンとの血縁にも、もちろん気づいていた。
ユージーンとジークは、従兄弟の関係にある。
それを知り、彼は、だいたいのことを把握した。
彼の知らない貴族などいない。
ジークの母は、サイラスやクィンシーと同じ、モニーク・ロビンガム男爵夫人。
そして、父は、ユージーンの父の兄だ。
当時の第1王子は、即位前に出奔し、ついに見つからなかった。
どこで2人が出会ったかはともかく、第1王子とモニークは恋に落ちたのだ。
ジークが産まれたあと、早い段階で、彼らは、この世を去ったに違いない。
貴族の落胤は、たいてい金をもらった「誰か」が育てることになる。
6歳まで、ジークを育てていたのは、そういう者たちだったのだろう。
ジークの両親は、6年も姿を現さなかった。
咎められる心配がないとなれば、金で動かされた者が「薄気味悪い」子供など、育て続けるわけがない。
結果、ジークは、森に置き去りにされたのだ。
雪に埋もれていたジークの姿を思い出す。
彼に抱きかかえられ目を開いたジークの、何も映さない瞳も思い出した。
(それでも……私は、必要だと思っていたよ……ジークにも選択肢がね……)
ジークに、ユージーンから呼ばれたら行くように勧めたのは、そのためだ。
サイラスは、ジークの手を取らなかっただろう。
けれど、ユージーンなら、ジークの手を取ったに違いない。
サイラスに育てられたユージーンに、ジークは兄の姿を見ていたのではないか。
そんなふうに思える。
(……私に出会ったことを、運が良かった、と言ってくれたね、ジーク)
ジークが選んだのは、サイラスでも、ユージーンでもなく、彼だった。
その選択を、彼は否定できなかった。
どんな結果になろうと、ジーク自身が選んだことだからだ。
それを、否定し、ジークを拒絶するなら、彼も、ジークを捨てた者たちと同類。
拒絶されることを、ジークが、なにより恐れていたと、知っている。
『しかたねーから、つきあってやるサ』
そう言いながら、満足気だったジーク。
どこまでも、彼の人でなしに、禄でもなさに、つきあってくれた。
「とてもいい結末か。ジークが、そう言うのなら、そういうことにしておくよ」
なぜ、血を入れ替えたのかを聞いた彼に、ジークは答えている。
『アンタと、あの娘が笑ってるとこが、見たかったってのと……アンタらの子ってのを見てみたくなった、から?』
彼は、小さく笑った。
ジークが、命を懸けてでも「やりたかったこと」だ。
「だがねえ……」
彼の、闇しかなかったはずの瞳から、不意に、涙がこぼれる。
その涙が、頬を伝わり落ちていた。
「寂しいじゃあないか、ジーク」
いつも隣にいた、彼の力を宿した少年。
彼は、もういない。
逝ってしまった。
彼は、頬を伝う涙に思う。
ジークは己のことを「人でなし」と言い、彼は己を「人ならざる者」とした。
けれど。
「私も、ジークも……人だったのだね」
寂しいと感じるのも、涙がこぼれるのも、人だからだ。
彼は、初めて「たった1人」以外の者のために、泣く。
肩に、ジークの重みはない。
わかっていて、肩に手をやった。
何かが、その手にふれる。
彼の手の中には、ジークの残した、黒い羽。
10
あなたにおすすめの小説
召喚先は、誰も居ない森でした
みん
恋愛
事故に巻き込まれて行方不明になった母を探す茉白。そんな茉白を側で支えてくれていた留学生のフィンもまた、居なくなってしまい、寂しいながらも毎日を過ごしていた。そんなある日、バイト帰りに名前を呼ばれたかと思った次の瞬間、眩しい程の光に包まれて──
次に目を開けた時、茉白は森の中に居た。そして、そこには誰も居らず──
その先で、茉白が見たモノは──
最初はシリアス展開が続きます。
❋他視点のお話もあります
❋独自設定有り
❋気を付けてはいますが、誤字脱字があると思います。気付いた時に訂正していきます。
赤貧令嬢の借金返済契約
夏菜しの
恋愛
大病を患った父の治療費がかさみ膨れ上がる借金。
いよいよ返す見込みが無くなった頃。父より爵位と領地を返還すれば借金は国が肩代わりしてくれると聞かされる。
クリスタは病床の父に代わり爵位を返還する為に一人で王都へ向かった。
王宮の中で会ったのは見た目は良いけど傍若無人な大貴族シリル。
彼は令嬢の過激なアプローチに困っていると言い、クリスタに婚約者のフリをしてくれるように依頼してきた。
それを条件に父の医療費に加えて、借金を肩代わりしてくれると言われてクリスタはその契約を承諾する。
赤貧令嬢クリスタと大貴族シリルのお話です。
【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。
112
恋愛
夫に売られた。他所に女を作り、売人から受け取った銀貨の入った小袋を懐に入れて、出ていった。呆気ない別れだった。
ローズ・クローは、元々公爵令嬢だった。夫、だった人物は男爵の三男。到底釣合うはずがなく、手に手を取って家を出た。いわゆる駆け落ち婚だった。
ローズは夫を信じ切っていた。金が尽き、宝石を差し出しても、夫は自分を愛していると信じて疑わなかった。
※完結しました。ありがとうございました。
虐げられていた次期公爵の四歳児の契約母になります!~幼子を幸せにしたいのに、未来の旦那様である王太子が私を溺愛してきます~
八重
恋愛
伯爵令嬢フローラは、公爵令息ディーターの婚約者。
しかし、そんな日々の裏で心を痛めていることが一つあった。
それはディーターの異母弟、四歳のルイトが兄に虐げられていること。
幼い彼を救いたいと思った彼女は、「ある計画」の準備を進めることにする。
それは、ルイトを救い出すための唯一の方法──。
そんな時、フローラはディーターから突然婚約破棄される。
婚約破棄宣言を受けた彼女は「今しかない」と計画を実行した。
彼女の計画、それは自らが代理母となること。
だが、この代理母には国との間で結ばれた「ある契約」が存在して……。
こうして始まったフローラの代理母としての生活。
しかし、ルイトの無邪気な笑顔と可愛さが、フローラの苦労を温かい喜びに変えていく。
さらに、見目麗しいながら策士として有名な第一王子ヴィルが、フローラに興味を持ち始めて……。
ほのぼの心温まる、子育て溺愛ストーリーです。
※ヒロインが序盤くじけがちな部分ありますが、それをバネに強くなります
※「小説家になろう」が先行公開です(第二章開始しました)
牢で死ぬはずだった公爵令嬢
鈴元 香奈
恋愛
婚約していた王子に裏切られ無実の罪で牢に入れられてしまった公爵令嬢リーゼは、牢番に助け出されて見知らぬ男に託された。
表紙女性イラストはしろ様(SKIMA)、背景はくらうど職人様(イラストAC)、馬上の人物はシルエットACさんよりお借りしています。
小説家になろうさんにも投稿しています。
転生したら地味ダサ令嬢でしたが王子様に助けられて何故か執着されました
古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
皆様の応援のおかげでHOT女性向けランキング第7位獲得しました。
前世病弱だったニーナは転生したら周りから地味でダサいとバカにされる令嬢(もっとも平民)になっていた。「王女様とか公爵令嬢に転生したかった」と祖母に愚痴ったら叱られた。そんなニーナが祖母が死んで冒険者崩れに襲われた時に助けてくれたのが、ウィルと呼ばれる貴公子だった。
恋に落ちたニーナだが、平民の自分が二度と会うことはないだろうと思ったのも、束の間。魔法が使えることがバレて、晴れて貴族がいっぱいいる王立学園に入ることに!
しかし、そこにはウィルはいなかったけれど、何故か生徒会長ら高位貴族に絡まれて学園生活を送ることに……
見た目は地味ダサ、でも、行動力はピカ一の地味ダサ令嬢の巻き起こす波乱万丈学園恋愛物語の始まりです!?
小説家になろうでも公開しています。
第9回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作品
このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。
若松だんご
恋愛
「リリー。アナタ、結婚なさい」
それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。
まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。
お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。
わたしのあこがれの騎士さま。
だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!
「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」
そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。
「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」
なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。
あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!
わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!
異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる