理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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最終章 黒い羽と青のそら

なんでもお見通し 4

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「いくのかい?」
(うん)
 
 しばしの間のあと。
 ふっと、ジークの気配が消えた。
 
「ジーク」
 
 あいよ、という、いつもの言葉はない。
 わかっていて、呼んだのだ。
 
 漆黒の髪とブルーグレイの瞳の少年。
 名は、ジーク。
 
 彼は、逝ってしまった。
 
 この世界のどこにも、もういない。
 呼んでも、2度と答えは返ってこないのだ。
 
 レティシアの血の上では、魔力が対流している。
 彼女は、もともと対流の速度が極端に遅かった。
 だから、血の入れ替えにも耐えられたに違いない。
 
 けれど、ジークに、その力はなかった。
 あれほどの魔力を乗せた血を身の内に取り込み、かつ、入れ替えるなんてことをして、平気でいられるはずがない。
 
「わかっていたのだろう、ジーク」
 
 レティシアの魔力顕現けんげん時、ジークは身を持って、その大きさを実感している。
 己の身が耐えきれないことくらい、わかっていたに違いない。
 自分が消えてしまうと。
 
「私のことを言えた義理ではないよ。きみも、たいがいろくでもない」
 
 6歳。
 ジークが6歳の頃から、ずっと、一緒にいた。
 ちょうど、彼が、レティシアから激しい拒絶を受けたあとだ。
 彼は、森の山小屋で過ごすようになっていた。
 たまたま領地を見て回っている時に、ジークを見つけている。
 
(私の力を宿すことになるとは、思わなかったがね)
 
 ジークに、魔力を制御するすべを教え、その後、血縁者について語った。
 詳しく知っていたわけではないが、どのような人物か、ジークに話している。
 ジークが、血縁者を頼りたければ、繋ぎを取ろうと思っていたからだ。
 
 けれど、ジークは、彼の提案を拒絶した。
 彼の元にいたいと、そう言った、小さな少年の必死さを、彼は覚えている。
 
(拒絶されるのは……つらくて、とても怖いことだ)
 
 親だと思っていた者たちに拒絶されたジークの痛みが、レティシアに拒絶された彼には、わかった。
 だから、ジークを彼の元に置いたのだ。
 
 屋敷に行かなくなった彼には、時間があった。
 ジークには、魔力や魔術の、あらゆることについて、教えている。
 もとより、ジークは彼の力を宿してもいた。
 使いかたを学ばなければ、危険なことになる。
 
 そんな中、いつしか、お互い、対等に話すようになっていた。
 彼は己の血にこだわり、ジークは血へのこだわりを捨てていたけれども。
 
(ジークも、存外、単純だったのだよ?)
 
 彼のことは「アンタ」に「あの人」と言う。
 ユージーンのことは「お前」に「あいつ」だ。
 レティシアのことは「あの」と「アンタの孫娘」だった。
 
 誰の名も、ジークは口にすることがない。
 ただ1人を除いて。
 
 『あのサイラスが、なにすっかわかんねーってのに、案外、呑気のんきなんだな』
 『意外だね。アンタが、あのサイラスを危険だって、警戒するなんてな』
 『でも、サイラスは同じ手は使わないだろ?』
 『だってさ、あのあとサイラスが来ただろ?』
 『サイラスを信じるなんてサ』
 『サイラスだけでも、始末しとけば良かったって?』
 『にしても、サイラスは、なんでアンタにかまってほしがるんだ?』
 『サイラスが、なんかやらかすのか?』
 『サイラスを殺すのか?』
 『サイラスか?』
 
 ジークは、サイラスの名だけは、口にしている。
 繰り返し、繰り返し、何度も。
 
 そして、最後に、王宮で、ジークは言った。
 
 『にーさん、お前は、運がなかったのサ』
 
 サイラスは、ジークの兄だ。
 ジークも、もうずっと前から、それを知っていた。
 ジークが知っていると、彼も、わかっていた。
 
 魔力感知されるのが嫌だという以上に、ジークは、王宮を嫌っていた。
 そこに、サイラスがいたからだ。
 
 実際、ジークは、クィンシーのことなど、歯牙にもかけていなかった。
 ウィリュアートンの屋敷で、気づきはしただろう。
 が、兄だとの思いは、欠片もなかったに違いない。
 
 もちろん彼は、クィンシーとジークとの関係も、一応は気にしていた。
 夜会の日に、サイラスとクィンシーの血縁には気づいていたからだ。
 サイラスとクィンシーが兄弟であるなら、ジークにとっても同じ。
 ただ、血へのこだりを捨てているジークに、あえて伝えてはいなかった。
 
 彼には、血脈が見える。
 ユージーンとの血縁にも、もちろん気づいていた。
 
 ユージーンとジークは、従兄弟の関係にある。
 
 それを知り、彼は、だいたいのことを把握した。
 彼の知らない貴族などいない。
 
 ジークの母は、サイラスやクィンシーと同じ、モニーク・ロビンガム男爵夫人。
 そして、父は、ユージーンの父の兄だ。
 
 当時の第1王子は、即位前に出奔し、ついに見つからなかった。
 どこで2人が出会ったかはともかく、第1王子とモニークは恋に落ちたのだ。
 ジークが産まれたあと、早い段階で、彼らは、この世を去ったに違いない。
 
 貴族の落胤らくいんは、たいてい金をもらった「誰か」が育てることになる。
 6歳まで、ジークを育てていたのは、そういう者たちだったのだろう。
 ジークの両親は、6年も姿を現さなかった。
 とがめられる心配がないとなれば、金で動かされた者が「薄気味悪い」子供など、育て続けるわけがない。
 
 結果、ジークは、森に置き去りにされたのだ。
 
 雪に埋もれていたジークの姿を思い出す。
 彼に抱きかかえられ目を開いたジークの、何も映さない瞳も思い出した。
 
(それでも……私は、必要だと思っていたよ……ジークにも選択肢がね……)
 
 ジークに、ユージーンから呼ばれたら行くように勧めたのは、そのためだ。
 
 サイラスは、ジークの手を取らなかっただろう。
 けれど、ユージーンなら、ジークの手を取ったに違いない。
 サイラスに育てられたユージーンに、ジークは兄の姿を見ていたのではないか。
 そんなふうに思える。
 
(……私に出会ったことを、運が良かった、と言ってくれたね、ジーク)
 
 ジークが選んだのは、サイラスでも、ユージーンでもなく、彼だった。
 
 その選択を、彼は否定できなかった。
 どんな結果になろうと、ジーク自身が選んだことだからだ。
 それを、否定し、ジークを拒絶するなら、彼も、ジークを捨てた者たちと同類。
 拒絶されることを、ジークが、なにより恐れていたと、知っている。
 
 『しかたねーから、つきあってやるサ』
 
 そう言いながら、満足気だったジーク。
 どこまでも、彼の人でなしに、禄でもなさに、つきあってくれた。
 
「とてもいい結末か。ジークが、そう言うのなら、そういうことにしておくよ」
 
 なぜ、血を入れ替えたのかを聞いた彼に、ジークは答えている。
 
 『アンタと、あのが笑ってるとこが、見たかったってのと……アンタらの子ってのを見てみたくなった、から?』
 
 彼は、小さく笑った。
 ジークが、命を懸けてでも「やりたかったこと」だ。
 
「だがねえ……」
 
 彼の、闇しかなかったはずの瞳から、不意に、涙がこぼれる。
 その涙が、頬を伝わり落ちていた。
 
「寂しいじゃあないか、ジーク」
 
 いつも隣にいた、彼の力を宿した少年。
 彼は、もういない。
 
 逝ってしまった。
 
 彼は、頬を伝う涙に思う。
 ジークは己のことを「人でなし」と言い、彼は己を「人ならざる者」とした。
 けれど。
 
「私も、ジークも……人だったのだね」
 
 寂しいと感じるのも、涙がこぼれるのも、人だからだ。
 彼は、初めて「たった1人」以外の者のために、泣く。
 
 肩に、ジークの重みはない。
 わかっていて、肩に手をやった。
 何かが、その手にふれる。
 
 彼の手の中には、ジークの残した、黒い羽。
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