世界が終わる、次の日に。

佳乃

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after that

紗凪 5

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「ボクに、見せつけるためなのかな」

 思いついたことが口から零れ落ちる。
 ボクは孕むことを想像したことはないし、それを望んだこともない。貴哉が男性不妊だと知らされていたせいもあるけれど、自分が女性だったら貴哉の子供を授かることができたかもしれないのになんて、そんな夢みたいなことを考えたこともなかった。
 そもそも、姉のように家を継ぐことに固執していたわけでもない。だから、その執着を理解することもできない。

 だけど想像してみる。

 自分が望んで諦めた子供の存在を。
 その存在を気にすることなく貴哉の隣に立つ誰かのことを。

 子供さえ授かることができたならその場所は自分のものだったのに。

 子供ができたのだから、その場所は自分に譲るべきなのに。

「あ、」

 ボクが考えを巡らせている間に大輝も大輝なりに考えていたのだろう。小さく漏らした声に続く言葉が姉の行動の意味を知らせる。

「だから、今だったのかもな」

「何が?」

「安定期」

 大輝なりに出した結論は、安定期に入り体調が落ち着いたからではないかというもので、あの日から考えるとそう予想できるとスマホの画面を見せる。
 妊娠に対して知識がないからと検索した結果は、時期的に妊娠中期に入り、体調が落ち着いてくるという解説だった。

「でも、貴哉に伝えることはできたんじゃないの?
 もし貴哉がそれを望まなかったら」

 自分でもそんなはずがないと思いながら告げた言葉は「望まないと思うか?」と言った大輝の言葉に遮られる。
 ふたりが別れる原因になった【子供】という存在が手に入ったのに望まないないんでことはないと思いながらも、【子供】の存在を疎ましく思う自分の浅ましさを掻き消すように言葉を続ける。

「ボクのこと、追い出したかったのかな?」

 あの部屋を訪れ、ボクの前で妊娠を告げ、ボクの居場所を奪うつもりだったのだろうか。
 ボクが望むことすらできない【子供】という存在を盾にして、ボクを傷付けたかったのだろうか。
 自分が与えられた苦痛を何倍にもして返すことで、その様を目の当たりにすることで溜飲を下げたかったのかもしれない。

「何でそこまでボクのことが嫌いなのかな、」

 ずっとずっと思っていたことだった。

 姉に嫌われるようなことをしたのだろうかと考えてみても、記憶の中の姉はボクに無関心で、その関係はとても希薄なものだった。だから姉に何かしてもらった記憶も無いし、何かをして欲しいと願ったこともない。
 年齢が離れているせいだと思っていたけれど、そもそもボクの存在は姉にとって不要なものだったのかもしれない。

 姉の世界に紛れ込んだ異質な存在。

 排除すべき存在。

 だから貴哉にボクの嘘の情報を伝え、汐勿の家に取り込み、ボクの居場所を無くそうとしたのかもしれない。

「話してみる?」

 ボクが口にした言葉に大輝が答える。
 姉の気持ちなんてボクは知らないし、理解しようと思っても理解できそうにない。嫌われる理由を知ったところで姉との関係が改善するわけでもない。
 だけど、自分が嫌われる理由を知らないまま過ごす気持ち悪さを考えれば対話は必要なのだろうかと考えてみる。

「話したところで嫌な気持ちになるだけなんじゃないかな」

 これは本音。
 きっと、姉と話したところでボクに対して攻撃的な言葉を浴びせられるだけでまともな話し合いができるとは思わない。
 一方的に責められ、罵られ、反論ができないまま泣く羽目になるしかないのだろうと考え溜息を吐く。

「姉さんはきっと、貴哉の居場所を知りたいだけなんじゃない?
 あと、ボクにマウント取りたいだけ」

「この時期まで待ったのは、」

「確実にしたかったのかな。
 それくらいなら妊娠したのが見てわかるとか?」

「留守電の感じだとお父さんは気づいてなかったみたいだけど、」

「でもお母さんは気付いてたみたいだし。
 今、あの家がどんな状況なのかはわからないけど、毎日見てると気付かないのかもね」

 姉の妊娠に対して驚きはしたけれど、時間が経てば経つほど何をやっているのだと呆れ返っている自分に気付く。
 もしもボクが女性であれば貴哉の子供を宿した姉に対して嫉妬したのかもしれないけれど、男性であるボクが孕むことは不可能だし、そのことを望んだことも無かった。
 だから、【子供】の存在でマウントを取ろうとする姉に対して感じるのはやっぱり呆れであって、悔しさや悲しみではない。その感情は、もしかしたら憐れみなのかもしれない。

 ボクに寄り添ってくれる存在、大輝がいなければもっと違う感情が湧き上がったのかもしれないけれど、母の責める言葉ほどにボクを傷付けはしなかった。

「また連絡くるのかな」
 
 静かになったままのスマホを見ながら連絡を断つことを考えてみる。
 貴哉の元から去った時のように居場所を知らせず、姉だけでなく両親や祖父母、家の電話もブロックして連絡手段を絶ってしまえば終わらせることは可能だろう。
 大輝の実家は引っ越した直後に処分を依頼したと言っていたから、住所を辿ったとしても今更だ。
 何の情報も無い【家族】がこの部屋にたどり着くことはないだろう。

「何も聞かないまま終わらせられる?」

「終わらせたいけど、駄目?」

「駄目じゃないけどずっと引き摺らない?」

「引き摺るって、何を?」

「家族、かな」

 引き摺ると言った大輝の言葉に、今更貴哉に未練は無いし、姉のお腹にいる【子供】に対しても喜びも悲しみも無い。紗柚が生まれた時はそれなりに嬉しかったことを思い出すけれど、姉のお腹に宿った貴哉の【子供】に対しては無関心だ。
 だけど、【家族】と言われても両親の顔を思い浮かべ、ボクを責める言葉を放った母と、こんな状況なのにボクに対して何のアプローチもしてこない父に失望する。
 そして、祖父母のことを思い浮かべても何も感じないほどに、あの家から気持ちが離れてしまった自分に気付く。

 居場所の無くなったあの家に今更未練は無い。ただ、このままフェイドアウトして何も感じないわけではない。

「家族って、今更だけどね。
 ブロックしちゃえば連絡取れないし」

 貴哉から離れた時のように連絡先をブロックしてしまえばいつかはボクのことは忘れてしまうだろう。
 そして、ボクもその存在を思い出すことがなくなっていくだろう。
 【家族】なのに指先ひとつで終わってしまう関係。
 万が一に捜索依頼を出されたとしても、成人男性で事件性もなければ警察が動くこともないはずだ。

「ブロックするくらいなら解約しちゃえば?」

 ボクの言葉にそう言った大輝は「どうせオレとしか連絡取らないんだし」と小さく笑う。確かに今現在、大輝以外に連絡を取る相手はいない。
 連絡手段としてのツールのはずのスマホは情報収集と読書のために使われるのが常だ。

「でも無いと困る、かな?」

 現代社会において様々な情報がスマホに紐付けられているせいで、無いと不便なことも出てくるだろう。

「持つのをやめる訳じゃなくて、新しく契約し直せばいいんじゃない?
 別に、解約しても初期化しなければデータは残るし」

 そんな気楽な言葉に心が動き出す。

「考え方じゃないかな。
 あっちから関係を断たれたんじゃなくて自分から関係を断って切り捨てるんだって」

「切り捨てるって、」

「だってそうだろ?
 あっちは紗凪と連絡取りたがってるけど、それを拒否するんだから。
 もともと帰省だってほとんどしてないし、お母さんとたまに連絡取るだけなんだから紗凪には影響無いし」

 大輝の言葉に少しずつ気持ちが動き出す。
 姉とのコミュニケーションを諦め、姉の継いだ家に居場所が無いような気がして帰省もしなくなった。
 帰省をせず、家族との距離を取ったところで支障は無かった。
 そして、独りでも大丈夫なのだと自分に言い聞かせた。

 だけど、大輝に頼りにされたことで人との繋がりの必要性を実感して、大輝に選ばれたことで独りで大丈夫だというのは強がりだと気付いてしまった。

 だから、大輝から手を離された時に孤独に耐えられなくて貴哉に流され、貴哉に求められたことで自分の居場所を見つけられた気がして安心した。
 たとえそれが身代わりだとしても、求められているうちに本物になることを願っていたけれど、結局身代わりは身代わりのまま。

 いつかは身代わりではなくて、そこがボクの居場所になるかも、なんてことを考えなかったわけではないけれど、結局は身代わりは身代わりでしかなかった。

 だけどそれはボクだけに言えることじゃない。

 姉は貴哉の代わりに義兄を選んだ。

 貴哉は姉の代わりにボクを選んだ。

 大輝はボクの代わりに彼女を選び、ボクは貴哉に流された。

 それなのに貴哉を諦められなかった姉。

 姉を諦められなかった貴哉。

 彼女が去ってもボクの幸せを願った大輝と、自分が不幸だからと妬み、大輝の幸せを壊そうとしたボク。

「大輝はそれで良いの?」

 家族との関わりを断ってしまうとボクの依存先は大輝しかなくなってしまう。
 貴哉が去った時にはまだ大輝がいると心のどこがで依存していた。だけど、もしもこの先に大輝との関係を解消することになってしまった時に、あの時のように綺麗に大輝の前から去ることはできないだろう。
 その時に頼る先が無ければ、大輝の前で見苦しい姿を見せることになるかもしれない。

「どういうこと?」

「ボクが頼れるのは大輝だけになるってことだよ?」

 ボクが頭の中でどれだけのことを考えても大輝には伝わらないだろう。だから、自分の想いを伝えてみる。

「家族と連絡取らなくなったらボクが連絡取る相手って大輝以外いないんだよ。
 連絡するような友達もいなくなったし、連絡してくるような友達もいないし。
 本当に、大輝だけなんだ」

 貴哉はボクが仕事以外で外に出ることに好い顔をしなかった。どころか、自分が養うから仕事を辞めて部屋にいるべきだとすら言い放った。そんな状況だから友人と連絡を取ることを嫌っていたし、ましてや会うなんてあり得なかったせいで、大輝以外の友人とは疎遠になったまま。
 もともと友人付き合いが苦手で、地元の友人とは薄くなっていた縁が完全に途切れてしまった。

 そんな状態だからいつかは離れることになった時にボクはきっと大輝に追い縋るだろう。
 その時、ボクの存在が大輝の枷になるはずだ。

「いいよ」

 ボクの本音に大輝が当たり前のようにそう答える。

「諦め切れなかった紗凪が事務所に入ってきた時、オレがどれだけ嬉しかったのか分かってないだろ?」

 こんな都合のいいことがあって良いのかと思うような大輝の言葉に高揚感を覚える。
 ボクの欲しかった言葉はそれからも続いていく。

「あの人と別れたって、あの人のところに戻らない覚悟だって言われた時に離さないって決めたんだ。
 気付いてなかったでしょ?」

 そう言った大輝は、だからこそ自分が知らない間にこの部屋を出ようとしたことが許せなくて、再びいなくなることが怖くて、狡いと分かっていても冷静になれないままのボクに想いを告げ、なし崩しに身体の関係を持ったのはボクを離さないためだと告げるとボクをそっと抱き寄せる。

「オレがずっとそばに居るから」

 その言葉が、その温かさがボクに安らぎを与える。

「だから、終わらせよう」

 そう言った大輝の意図に気付かされるのは、ボクの世界が完全に終わってからだった。
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