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一つ屋根の下
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昭和30年代に建てられてから、何度も何度も修繕しては祖父母が大事に暮らしてきた家。
祖父が10年以上前に他界し、その後は祖母が一人でこの家に住んでいたのだが、その祖母もおととし亡くなってしまった。私の両親は父の仕事の都合で神戸にいる。祖母亡き後、この家をどうするか両親たちが話し合っていたとき、私が住みたいと申し出た。ちょうどアパートの更新時期が迫っていて、もっと家賃の安いところに引っ越そうかと考えていたところだった。この家なら会社まで通うにも便利な場所にある。何よりも、幼い頃からよく遊びに来ていたこの古い家が大好きだったので、壊したり土地を売ったりするのが忍びなかったのだ。
「おじゃまします」
藤堂さんが少しかしこまった声で言いながら、靴を脱ぐ。
「すみません、本当に古くて」
「いや、風情があってすごくいいよ。俺は、好きだな」
お世辞ではなく素直にそう思ってくれている口調だったので、私はちょっと嬉しくなった。
玄関を入って板張りの廊下を進むと、すぐ右側に納戸、それから台所と続いている。廊下の左側は二間続きの広い居間があって、縁側から庭が見渡せる造りだ。居間の奥には和室があって、ここは祖父が昔、将棋を挿したり本を読むのに使っていた。台所の向こうにはトイレとお風呂場があり、更に奥には私が寝室として使っている洋室がひとつ。ここは母が結婚前まで使っていた。
間取りはそれで全部だが、女が一人で住むには少々広すぎた。今夜こうして藤堂さんが来てくれたおかげで、家の中が急に賑やかになった気がしてかなり嬉しかった。
藤堂さんはキョロキョロと珍しそうに家の中を眺めながら、居間の畳の上にそっと段ボールと鞄を下ろした。2日間留守にしていたので室内がかなり蒸し暑い。私は閉め切っていた雨戸を開け、家の中に夜風を入れた。
「あ、縁側がある。おー、ここから庭を眺められるんだ・・・!」
藤堂さんがはしゃいだような声を出したので、私もなんだかちょっと楽しい気持ちになった。
縁側からは祖母が大事に育てていた梅の木やツツジ、ライラック、楓の木と季節の植物を眺めることができる。小さい頃、母に連れられて遊びに来るたびに、この庭で梅の花びらを拾って集めたり、金木犀の香りにうっとりしてお姫様になる空想にふけったりしていた。
「驚いた。庄野がこんな渋い家で暮してるなんて夢にも思わなかった。すごくいいな。こういう家って憧れるよ」
「普通の女の子だったら、もっとオシャレなマンションとかに住みたがるんでしょうけど・・・。私、子供の頃からこの家が大好きだったので、祖母が亡くなったあと親に頼んで住まわせてもらってるんです」
「いや、本当にいい家だよ。初めて来たのに非常に落ち着く」
そう言いながら藤堂さんは靴下のまま縁側に出ると、草木が生い茂る夜の庭にしばし見入っていた。ワイシャツの大きな背中を見つめながら、藤堂さんが自分の家の縁側に佇んでいる光景に少しドキドキする。
私は急いでお風呂を沸かし、新品のバスタオルとフェイスタオルを用意した。それから居間に戻って段ボール箱から藤堂さんのスーツや衣類を取り出すと、それらをハンガーと一緒に抱えて庭に出た。
「煙の臭いがついちゃってるから、一晩風に当てておきましょう。降水確率ゼロみたいだし干しっぱなしでも大丈夫ですよね」
庭の端にある物干竿に、ジャケットやパンツを順に掛けていく。ついでに何足か持ってきた藤堂さんの靴も敷石の上に並べた。朝、日が昇る頃に光が当たりやすい場所だ。
「・・・ありがとう、庄野。本当によく気がつくな。何度お礼を言っても言い足りないよ」
「いいえ、そんなこと・・・!もうすぐお風呂が沸くので、藤堂さん先に入ってくださいね」
「いや、俺が先に入るわけにはいかないよ。後で入らせてくれ」
「ダメです!私はいろいろやることがあるんで、お先に入ってください。お願いします」
にっこり笑って私は藤堂さんにタオルを渡した。一瞬なんとも言えない優しい眼で見つめられたので、胸の奥が小さく音をたてた。
「本当にありがとう。感謝してる。・・・庄野の彼氏は幸せだな」
・・・彼氏・・・?突然そんなことを言われ、思わず言葉に詰まった。
そんな人いません、と答えようとして、いやいや29にもなって未だに男っ気がないと思われるのも情けないかなと口をつぐむ。私が何と答えようか迷っていると、藤堂さんが空気を切り替えるように「風呂はどっち?」と聞いてきた。
「あっ、こっちです!明日洗濯するので、脱いだ服は脱衣カゴに入れちゃってくださいね」
私は藤堂さんをお風呂場に案内し、新しい歯ブラシも手渡して洗面所の戸を閉めた。
藤堂さんが、うちの洗面所で服を脱いで入浴する。その事実に落ち着かない気持ちになりながら、私は彼の寝床を作るために和室に取って返した。
押し入れから、滅多に使うことがない来客用の布団と枕を引っ張りだして和室に敷いた。
藤堂さんの鞄や荷物の入った段ボールも和室に運び入れる。祖母が使っていた古い洋服ダンスを開けて中が空なのを確認すると、キレイな雑巾を持ってきてザッと拭き掃除をした。まだなんとか使えそうだ。藤堂さんの衣類は、とりあえずこのタンスにしまってもらおう。祖父が使っていた小さな卓袱台は、ちょっとした小物置きになりそうだ。
和室にはエアコンがないので、扇風機を運んできて布団の近くに置く。だいたいこんなもので足りるだろうか。
「庄野、風呂ありがとう。すごいサッパリした」
後ろから声がしたので振り向くと、濡れた髪をタオルで拭きながらTシャツ姿の藤堂さんが近づいてきた。いきなりオフの姿を見せられて思わずドキッとする。Tシャツも下に穿いている膝下までのハーフパンツも、さっきマンションから運んできた段ボールの中に入っていた物だ。
「あっ、おかえりなさい。・・・あれ?おかえりなさいって変ですね」
「ははっ、ただいま。あっ、布団まで敷いてくれたんだ。悪いな、重かったろう。庄野、そんなに気を遣わないでくれよ。俺、自分でやるからさ」
「じゃあ、今日だけのサービスにしておきますね。あの、タンスとかすごく古いんですけど良かったら使ってください。一応拭いておいたので、汚くはないと思うんですけど・・・」
「ああ、助かるよ。ホントに何から何までありがとう。世話になりっぱなしで申し訳ないよ」
「そんな!全然いいんです。・・・あの、私もお風呂入ってきます。先に休んでくださいね。冷蔵庫の中の飲み物とか勝手に飲んでください」
早口で一気に言うと、私はくるりと背を向けて藤堂さんのそばを離れた。スーツ以外の藤堂さんのラフな格好に、妙にドギマギしてしまったのだ。しかもお風呂上がりの濡れた髪は、どうしても5年前の夜のことを想い出してしまう。
自分の部屋に寝間着代わりのTシャツと短パンを取りに行きながら、私は盛大な溜め息をついてしまった。
・・・やんなっちゃう。なんであんなにカッコいいんだろう・・・。
お風呂に入っている間は、いつになく緊張した。
意味もなくいつもより念入りに顔や身体を洗う自分が滑稽だった。すっぴんをさらすのは恥ずかしいけれど、お風呂上がりに化粧している方がもっと怖いだろうから仕方ない。
浴室から出て、いざTシャツを着ようと思ってハタと気づく。ついいつものくせで、下着はショーツしか部屋から持ってきていなかったのだ。つまりTシャツの下はノーブラになってしまう。いや、いつも寝るときはそうなのだけれど、今日は藤堂さんが一つ屋根の下にいる。さすがにノーブラでうろつくのはマズいのではなかろうか・・・。
さっきまで付けていたブラジャーは汗をかいていたので洗濯機に放り込んでしまったし、今更湿った下着は付けたくない。迷った挙句、髪を拭くタオルを首から提げていれば胸元は隠せるから大丈夫かなと思った。
怒涛の一日だったせいか、私も既に頭が回らなくなっていたらしい。そもそも、こんな脚が剥き出しになるショートパンツ姿で殿方の前に出るのはいかがなものかと、今になって後悔する。
まあ、藤堂さんは私のこんな格好を見たところで、いちいち気にしたりしないだろう・・・。たぶん。
私は濡れている長い髪をザッと拭いてから、できるだけTシャツの胸元が隠れるようにタオルを首にかけて洗面所を出た。
「・・・藤堂さん?」
先に自室に向かおうと思ったけれど、チラリと居間に眼をやると藤堂さんの姿が見えないので気になった。
もう寝たのかと薄暗い和室の方に眼を向けると、雨戸とガラス戸が少し開いていて網戸にしてある。布団の上であぐらをかいて、庭をぼんやり眺めている藤堂さんの背中が見えた。
さすがに疲れただろうなと思う。出張から帰ってきたら自分の部屋が住めなくなっているなんて、とんだ災難だ。私だったら泣きたくなってしまう。
広い肩と肩甲骨のキレイなラインに思わず見惚れていると、「あ、おかえり」と藤堂さんが振り向いた。私の姿を見て、一瞬ハッとした顔をする。視線がもろに私の脚に注がれているのが分かり、ああ、やっぱりマズかったと思った瞬間、向こうがサッと視線をそらした。
「いや・・・庭から虫の声が聞こえてくるから思わず聞き入っちゃって。昼間はまだセミが鳴いてたのにな」
「あ、ほんとだ・・・!わぁ、やっぱり秋が近づいてきてるんですね。これってコオロギかな?」
「コオロギ、だな。なんか随分けなげに鳴いてるよな」
私も畳の上に正座するように腰を下ろし、少しのあいだ庭から聞こえてくる涼やかな声に耳を澄ました。
とても静かな夜だった。真夜中の部屋で藤堂さんと並んで虫の声を聴いている光景は、なんだか不思議な居心地の良さを感じた。ドキドキするのに心が安らぐような、優しい静けさ。
「・・・明日は朝からマンションに行きますか?」
「ああ、管理会社に呼ばれてるんだ。家具とか被害に遭ったものをひととおり報告しないといけないし、今後についても説明を聞かないと。って言うか、俺、車取ってこないと」
「あ、車庫も使ってくださいね。玄関の横に停められますから」
祖父が昔使っていた車止めのスペースは、今は私の自転車しか置いていない。
「ありがとう。至れり尽くせりで本当に助かる」
藤堂さんに微笑まれ、もっと役に立ちたい気持ちが湧いてきた。
「あの、明日私も一緒に行きましょうか?」
「いやいや、それは大丈夫。せっかくの土曜日なんだから、庄野だって好きに過ごしたいだろ?その、デートとかあるだろうし」
そう言って、藤堂さんは何故かふと眼を伏せた。
祖父が10年以上前に他界し、その後は祖母が一人でこの家に住んでいたのだが、その祖母もおととし亡くなってしまった。私の両親は父の仕事の都合で神戸にいる。祖母亡き後、この家をどうするか両親たちが話し合っていたとき、私が住みたいと申し出た。ちょうどアパートの更新時期が迫っていて、もっと家賃の安いところに引っ越そうかと考えていたところだった。この家なら会社まで通うにも便利な場所にある。何よりも、幼い頃からよく遊びに来ていたこの古い家が大好きだったので、壊したり土地を売ったりするのが忍びなかったのだ。
「おじゃまします」
藤堂さんが少しかしこまった声で言いながら、靴を脱ぐ。
「すみません、本当に古くて」
「いや、風情があってすごくいいよ。俺は、好きだな」
お世辞ではなく素直にそう思ってくれている口調だったので、私はちょっと嬉しくなった。
玄関を入って板張りの廊下を進むと、すぐ右側に納戸、それから台所と続いている。廊下の左側は二間続きの広い居間があって、縁側から庭が見渡せる造りだ。居間の奥には和室があって、ここは祖父が昔、将棋を挿したり本を読むのに使っていた。台所の向こうにはトイレとお風呂場があり、更に奥には私が寝室として使っている洋室がひとつ。ここは母が結婚前まで使っていた。
間取りはそれで全部だが、女が一人で住むには少々広すぎた。今夜こうして藤堂さんが来てくれたおかげで、家の中が急に賑やかになった気がしてかなり嬉しかった。
藤堂さんはキョロキョロと珍しそうに家の中を眺めながら、居間の畳の上にそっと段ボールと鞄を下ろした。2日間留守にしていたので室内がかなり蒸し暑い。私は閉め切っていた雨戸を開け、家の中に夜風を入れた。
「あ、縁側がある。おー、ここから庭を眺められるんだ・・・!」
藤堂さんがはしゃいだような声を出したので、私もなんだかちょっと楽しい気持ちになった。
縁側からは祖母が大事に育てていた梅の木やツツジ、ライラック、楓の木と季節の植物を眺めることができる。小さい頃、母に連れられて遊びに来るたびに、この庭で梅の花びらを拾って集めたり、金木犀の香りにうっとりしてお姫様になる空想にふけったりしていた。
「驚いた。庄野がこんな渋い家で暮してるなんて夢にも思わなかった。すごくいいな。こういう家って憧れるよ」
「普通の女の子だったら、もっとオシャレなマンションとかに住みたがるんでしょうけど・・・。私、子供の頃からこの家が大好きだったので、祖母が亡くなったあと親に頼んで住まわせてもらってるんです」
「いや、本当にいい家だよ。初めて来たのに非常に落ち着く」
そう言いながら藤堂さんは靴下のまま縁側に出ると、草木が生い茂る夜の庭にしばし見入っていた。ワイシャツの大きな背中を見つめながら、藤堂さんが自分の家の縁側に佇んでいる光景に少しドキドキする。
私は急いでお風呂を沸かし、新品のバスタオルとフェイスタオルを用意した。それから居間に戻って段ボール箱から藤堂さんのスーツや衣類を取り出すと、それらをハンガーと一緒に抱えて庭に出た。
「煙の臭いがついちゃってるから、一晩風に当てておきましょう。降水確率ゼロみたいだし干しっぱなしでも大丈夫ですよね」
庭の端にある物干竿に、ジャケットやパンツを順に掛けていく。ついでに何足か持ってきた藤堂さんの靴も敷石の上に並べた。朝、日が昇る頃に光が当たりやすい場所だ。
「・・・ありがとう、庄野。本当によく気がつくな。何度お礼を言っても言い足りないよ」
「いいえ、そんなこと・・・!もうすぐお風呂が沸くので、藤堂さん先に入ってくださいね」
「いや、俺が先に入るわけにはいかないよ。後で入らせてくれ」
「ダメです!私はいろいろやることがあるんで、お先に入ってください。お願いします」
にっこり笑って私は藤堂さんにタオルを渡した。一瞬なんとも言えない優しい眼で見つめられたので、胸の奥が小さく音をたてた。
「本当にありがとう。感謝してる。・・・庄野の彼氏は幸せだな」
・・・彼氏・・・?突然そんなことを言われ、思わず言葉に詰まった。
そんな人いません、と答えようとして、いやいや29にもなって未だに男っ気がないと思われるのも情けないかなと口をつぐむ。私が何と答えようか迷っていると、藤堂さんが空気を切り替えるように「風呂はどっち?」と聞いてきた。
「あっ、こっちです!明日洗濯するので、脱いだ服は脱衣カゴに入れちゃってくださいね」
私は藤堂さんをお風呂場に案内し、新しい歯ブラシも手渡して洗面所の戸を閉めた。
藤堂さんが、うちの洗面所で服を脱いで入浴する。その事実に落ち着かない気持ちになりながら、私は彼の寝床を作るために和室に取って返した。
押し入れから、滅多に使うことがない来客用の布団と枕を引っ張りだして和室に敷いた。
藤堂さんの鞄や荷物の入った段ボールも和室に運び入れる。祖母が使っていた古い洋服ダンスを開けて中が空なのを確認すると、キレイな雑巾を持ってきてザッと拭き掃除をした。まだなんとか使えそうだ。藤堂さんの衣類は、とりあえずこのタンスにしまってもらおう。祖父が使っていた小さな卓袱台は、ちょっとした小物置きになりそうだ。
和室にはエアコンがないので、扇風機を運んできて布団の近くに置く。だいたいこんなもので足りるだろうか。
「庄野、風呂ありがとう。すごいサッパリした」
後ろから声がしたので振り向くと、濡れた髪をタオルで拭きながらTシャツ姿の藤堂さんが近づいてきた。いきなりオフの姿を見せられて思わずドキッとする。Tシャツも下に穿いている膝下までのハーフパンツも、さっきマンションから運んできた段ボールの中に入っていた物だ。
「あっ、おかえりなさい。・・・あれ?おかえりなさいって変ですね」
「ははっ、ただいま。あっ、布団まで敷いてくれたんだ。悪いな、重かったろう。庄野、そんなに気を遣わないでくれよ。俺、自分でやるからさ」
「じゃあ、今日だけのサービスにしておきますね。あの、タンスとかすごく古いんですけど良かったら使ってください。一応拭いておいたので、汚くはないと思うんですけど・・・」
「ああ、助かるよ。ホントに何から何までありがとう。世話になりっぱなしで申し訳ないよ」
「そんな!全然いいんです。・・・あの、私もお風呂入ってきます。先に休んでくださいね。冷蔵庫の中の飲み物とか勝手に飲んでください」
早口で一気に言うと、私はくるりと背を向けて藤堂さんのそばを離れた。スーツ以外の藤堂さんのラフな格好に、妙にドギマギしてしまったのだ。しかもお風呂上がりの濡れた髪は、どうしても5年前の夜のことを想い出してしまう。
自分の部屋に寝間着代わりのTシャツと短パンを取りに行きながら、私は盛大な溜め息をついてしまった。
・・・やんなっちゃう。なんであんなにカッコいいんだろう・・・。
お風呂に入っている間は、いつになく緊張した。
意味もなくいつもより念入りに顔や身体を洗う自分が滑稽だった。すっぴんをさらすのは恥ずかしいけれど、お風呂上がりに化粧している方がもっと怖いだろうから仕方ない。
浴室から出て、いざTシャツを着ようと思ってハタと気づく。ついいつものくせで、下着はショーツしか部屋から持ってきていなかったのだ。つまりTシャツの下はノーブラになってしまう。いや、いつも寝るときはそうなのだけれど、今日は藤堂さんが一つ屋根の下にいる。さすがにノーブラでうろつくのはマズいのではなかろうか・・・。
さっきまで付けていたブラジャーは汗をかいていたので洗濯機に放り込んでしまったし、今更湿った下着は付けたくない。迷った挙句、髪を拭くタオルを首から提げていれば胸元は隠せるから大丈夫かなと思った。
怒涛の一日だったせいか、私も既に頭が回らなくなっていたらしい。そもそも、こんな脚が剥き出しになるショートパンツ姿で殿方の前に出るのはいかがなものかと、今になって後悔する。
まあ、藤堂さんは私のこんな格好を見たところで、いちいち気にしたりしないだろう・・・。たぶん。
私は濡れている長い髪をザッと拭いてから、できるだけTシャツの胸元が隠れるようにタオルを首にかけて洗面所を出た。
「・・・藤堂さん?」
先に自室に向かおうと思ったけれど、チラリと居間に眼をやると藤堂さんの姿が見えないので気になった。
もう寝たのかと薄暗い和室の方に眼を向けると、雨戸とガラス戸が少し開いていて網戸にしてある。布団の上であぐらをかいて、庭をぼんやり眺めている藤堂さんの背中が見えた。
さすがに疲れただろうなと思う。出張から帰ってきたら自分の部屋が住めなくなっているなんて、とんだ災難だ。私だったら泣きたくなってしまう。
広い肩と肩甲骨のキレイなラインに思わず見惚れていると、「あ、おかえり」と藤堂さんが振り向いた。私の姿を見て、一瞬ハッとした顔をする。視線がもろに私の脚に注がれているのが分かり、ああ、やっぱりマズかったと思った瞬間、向こうがサッと視線をそらした。
「いや・・・庭から虫の声が聞こえてくるから思わず聞き入っちゃって。昼間はまだセミが鳴いてたのにな」
「あ、ほんとだ・・・!わぁ、やっぱり秋が近づいてきてるんですね。これってコオロギかな?」
「コオロギ、だな。なんか随分けなげに鳴いてるよな」
私も畳の上に正座するように腰を下ろし、少しのあいだ庭から聞こえてくる涼やかな声に耳を澄ました。
とても静かな夜だった。真夜中の部屋で藤堂さんと並んで虫の声を聴いている光景は、なんだか不思議な居心地の良さを感じた。ドキドキするのに心が安らぐような、優しい静けさ。
「・・・明日は朝からマンションに行きますか?」
「ああ、管理会社に呼ばれてるんだ。家具とか被害に遭ったものをひととおり報告しないといけないし、今後についても説明を聞かないと。って言うか、俺、車取ってこないと」
「あ、車庫も使ってくださいね。玄関の横に停められますから」
祖父が昔使っていた車止めのスペースは、今は私の自転車しか置いていない。
「ありがとう。至れり尽くせりで本当に助かる」
藤堂さんに微笑まれ、もっと役に立ちたい気持ちが湧いてきた。
「あの、明日私も一緒に行きましょうか?」
「いやいや、それは大丈夫。せっかくの土曜日なんだから、庄野だって好きに過ごしたいだろ?その、デートとかあるだろうし」
そう言って、藤堂さんは何故かふと眼を伏せた。
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