異世界で幸せに~運命?そんなものはありません~

存在証明

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最後の夏休み~揺れる心~

許されない敗北

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「でっけぇぇ!!!ここアンタの家か?」

「僕の家というか、ハルシャ公爵家の本邸だね。」

「本邸ということは公爵閣下もいらっしゃるんですか?」

「ううん。叔父様は城で陛下をお支えしてるからいないよ。兄さんはいるらしいけどね。本当はこの夏に兄さんの結婚式があったんだけど、リリアン王女殿下がお祖父様が戻られてからにしたいって言ったらしくて、伸びたんだよ。新婚旅行もできないからちょうどいいしここに残って僕たちの子守りをしろって叔父様に言われたっていう文句を書き綴った手紙が三日前に届いたんだ。字ががたがただったから本当に嫌だったんだろうね。…あっ、君は会ったことなかったね、アルフォード。あんまり関わらない方がいいと思うよ。目をつけられると面倒くさいし。」

「誰が目をつけられると面倒くさい、だ。」

くるっと振り向けば仏頂面をした兄さんがいた。相変わらず気配も何も感じない。…この人は僕を迎えになんてこないだろうに、一体何があった…

「兄さん、、何か用?」

「…話がはやくて助かる。少し顔を貸してほしい。…そこ、客を談話室に案内しておいてくれ。」

「かしこまりました。」

アイリスとアルフォードを近くにいた執事に託し、兄さんの後をついていく。
許可がなければ直系以外は入れない当主の執務室に案内される。

前と少しも変っていない執務室のソファーに腰をかけ口を開く。

「それで、話って?」

「君の耳にも入れておいたほうがいいと思ってな。…この国では今モルスの密売が横行している。」

モルスとは古代語で“死”を意味する。服用しすぎると死に至るからだ。それでなくとも中毒症状や幻覚症状があるので家庭的にも死を迎える。まあ麻薬と一緒だ。だからシェナード王国ではかなり厳しく取り締まっている。それなのに密売、か…国家機密に等しいことを軽々と僕に教えてもいいものなのだろうか?

「原因はおそらく帝国の締め付けが急に緩くなった、いや、厳しくなくなったという言い方が正しいな。」

『おそらく俺がいなくなったことで一部の機能が停止しているんだ。』

お前のせいかよ…

「それを知ったところで僕にはどうする力もないよ。それで辛い思いをする人がいたとしても僕には何一つ関係ないし。話はそれだけ?僕、もう行くね。」

「…この問題を解決してほしいと、お祖父様が言っていたとしてもか?」

「…お祖父様が?ウソでしょ?あの人が僕に何かを押し付けることはないと思うけど。」

「押し付けてはいない。頼んでいるだけだ。」

「…まあ心の片隅にはおいておくよ。」

「それで十分だ。」

その会話を最後に僕は部屋を出て行った。


ルシアン視点

「まったく、お祖父様も無茶なことを頼む。あの子を、率先して人助けする愛情深い人間に育てることは誰であろうと無理だろうに。」

ぼんやりと空っぽになったティーカップを眺めながらそう呟く。お祖父様がここを去る前にカイ達のことを私に託したのだ。

「…それでも、ルシアン様は動くのでしょう?」

そう言ってリリは私のカップに紅茶を注ぐ。

「それが私の使命のように感じるからな。…まあお人好しに育てるのは無理だとしても、困っている人が助けを求めた時に、しぶしぶでもいいから手をさしのべるだけの道徳観は育てないと、後々面倒なことになる。あの手の人間は特にな。」

「あの手の人間、ですか?」

「ああ。かつて人間を心から憎んだ者が家族や仲間以外の他人を見る目など畜生以下だ。ペットを見るような目でもいいから変えないと、取り返しのつかないことになる。」

「取り返しのつかないこと、というのは...」

「たとえば愛する者を名前も知らない他人によって殺された時、絶望したカイは人の心を失い大量殺人事件を起こす可能性がある。街単位のな。」

実際に重犯罪者の一定数はそういった人間が多い。

「カイくんは優しい方ですよ。特別試験の時も庇ってくださりましたし。」

リリのその純粋な眼差しは変わってほしくないが真実は教えておかないとな…

「それはリリが私の婚約者だからだろう。そうでなければ言い方は悪くなるが、他国の王女なんて厄介者と認識されて避けられるか眼中にもなかったはずだ。」

私がそう言うとリリは目を丸くし何かをじっと考え出した。…あぁそういうところもかわいい。お祖父様が帝国に行かなければ今頃結婚式を挙げて新婚旅行にいけたのに…

そんなことを考えてもなにも始まらないが、仕方がない。子守りは一カ月だけだし何とかなるだろう。モルスの件も解決する。

「まあ…ここからはお手並み拝見といこうじゃないか。」

カイは優しい人間だと胸を張って答えたなら、カイをいい方向に導くことができるかもしれない。

そう思って私は甘くてほろ苦い紅茶を一口のんだ。

もしも私が思っているようなことが起きれば、互いの正義や正しさがぶつかりあうことになる。

誰かの正しさに勝つ必要はない。…そんなことを口にできるほど私は優しくない。どれだけ正しくても負けたら消える。 “勝つことが全てじゃない”なんていうセリフはどれだけ美化しようが負けた者の言い訳に過ぎない。
そう、どれだけ御託を並べようがこの世は勝つことが全てなのだ。たったの一度の負けも許されない。それが私に課された呪いであり義務だ。私はのように負けるわけにはいかないのだ。

それなのに『ルシアン、お前の後ろには必ず私がいる。そのことを忘れてはいけないよ』とたったそれだけが書かれた手紙にどうして私はこうも心をかき乱されるのだろうか…
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