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大切な人は特別な人
しおりを挟むゲートでバロウズ邸に戻ったイブリア達は、ホッとしたようにため息をついた。
「ディートリヒ、ご苦労だったな」
「いえ、魔法は僕の得意分野なので……」
(大切な人……)
ディートリヒはイブリアが自分と同時に発した大切な人という言葉が耳に残っていた。
イブリアもまた、ディートリヒのその言葉が嬉しかった。
「「あの……」」
「イブリアお嬢様からどうぞ……」
「ううん、ディートからどうぞ」
「イブリアお嬢様の大切な人というのは本心でしょうか……」
「え?勿論よ、貴方もそうだと言ってくれたじゃない」
「……嬉しいです」
ディートリヒから出た笑みは極上だといえるだろう、イブリアは思わず頬を染めた。
「ごほんっ……お前達、私を忘れているな?」
「あっお父様……ごめんなさい」
「いや、いい。元々仲が良いのは承知してる。だが……ディート」
「はい、イルザ様」
「私の娘は、小物にはやらんぞ」
「……精進致します」
「ディートっ」
(それじゃ、まるで私を好きみたいよ)
「はい、イブリアお嬢様」
いつもと変わらないディートリヒの様子に、イブリアは拍子抜けする。
(考えすぎだったかしら……恥ずかしいわ)
「いいえ、お父様をお部屋までお送りしたら今日はもう部屋で休むから、お兄様と稽古に行ってもいいわ」
「わかりました」
「私は大丈夫だ。もうすぐ建国祭だからな、二人とも体調管理を怠らぬように」
「「はい」」
執務室へ行くのだろう、背を向けた父イルザを見える限り見送るとイブリアも部屋に戻る。
「行きましょう、イブリアお嬢様」
「ええ、ディート」
エスコートの為に差し出された手は思ったよりも熱かった。
あまりにも丁寧に扱ってくれるディートリヒのエスコートはイブリアをそわそわさせた。
ルシアンにもこのように大切に、宝のように扱われた事はあっただろうか。
ディートリヒの夜のような瞳が、仕草が、優しい声色が、まるでイブリアを特別な女の子にさせてくれる。
イブリアはとても不思議な気分だった。
けれどもディートリヒにとっては、何も突然イブリアをそのように扱っているわけではなく、彼女と初めて会った時からずっと大切に特別な存在だった。
初めは無意識にだったが、自分の気持ちに気付いてからは尚更イブリアを特別な人として大切にした。
だから、彼女の婚約者から嫉妬され引き離されたのも当然だと思っていた。
自分の気持ちは、届く事はないのだと王妃はあの時言った。
けれどもやっぱりずっと、イブリアを愛している。
(公爵家の令嬢と、一介の騎士など釣り合わないかもしれないが)
どのような形でも、いっそ一生護衛騎士としてでもいい。
彼女が幸せである為に身を尽くそうと決めた。
お互いに口数の多い方ではない為に、言葉こそ少ないがお互いの雰囲気が和らいだ安心しているものだと言うことは分かった。
(ただ、今はそんな存在でいい……)
武闘大会はチャンスだと思った。
イブリアの淡い桃色の髪が歩くたびに少し揺れるのを見ながら、願いを思い浮かべたところで、メアリが慌てた様子でやって来る。
「どうしたの、メアリ」
「イブリアお嬢様にお客様が来られております」
「約束は誰ともしていないのだけど……」
「それが……セオドア・フォラント公爵子息がお待ちです」
(お兄様をどうやって言いくるめたのかしら……テディ)
ディートリヒはピクリと反応した後に何事もないように表情を元に戻したが内心ではセオドアが何故イブリアに会いに来るのかが気になっていた。
「すぐに行くわ……応接室かしら?」
「はい。カミル様とアメリア様でご対応を……」
「ありがとうメアリ。……ディート一緒に来てくれる?」
「はい。勿論ですよ」
「じゃあ、行きましょう」
少しだけ嬉しそうにそう言ったイブリアはもう一人じゃないと実感できる些細な事が幸せだった。
「お待たせ致しました。……セオドア卿、約束した覚えはない筈よ」
「突然の訪問をお詫びします。……イブ会いたかったよ」
「すまないなイブ、お引き取り願おうとしたんだが……」
「ひどいなぁカミルさんまで……」
(お兄様ひどく疲れた様子ね……)
「いいえ、ありがとうございます。後は私が……」
カミルが部屋を出た後、少しの間沈黙が流れた。
「楽に話していいかしら、セオドア卿」
「勿論だよ、他人行儀はよせよ。前のように呼んでよ」
「……何の用事で来たの、セオドア卿」
「確証はない。俺のカンだが……聖女様には気をつけろ」
「……どう言う意味?」
「あの時……セリエがわざと転んだ様に見えた、もしそうなら何の為にだ?王太子妃になりたいのか?ただ単に君を陥れたいのか……」
「セリエさんには裏があると?それを何故殿下ではなく私に?」
「証拠が無いのが一つ。それに他の者に言っても信じないだろう……後は」
「なに」
「君は俺の初恋の人だからね」
「はぁー、呆れた。嫌いな女までたらし込むつもりなの?」
「俺がいつイブを嫌いだと……っ」
「あなた達、私を避けていたでしょう」
「女同士のいざこざなんて面倒だと思っただけだよっ」
「私がくだらない嫉妬で、醜く騒ぎ立てるとでも?」
「いや、それは……イブ許して、ただ珍しいタイプの女だと思っただけなんだ。君を疑った訳じゃない……巻き込まれるのが面倒で気づいたら状況が酷くなってたんだ。放っておいてごめん、イブ。」
「別に怒る理由がないわ、けれど……遊ぶのもいい加減にしなさい」
「……分かってるよ」
「なら、さっさと帰って仕事でもして」
「ああ……もう決めたんだ。本当に欲しい人が居る」
「そう。ならここに居ないで行って」
(世間話をしに来たのかしら、早く帰りなさいよ)
「武闘大会に、出るんだ。陛下から許可を貰った」
「……そう」
「だから、もし優勝できたら俺と…」
セオドアが何か言いかけた時、ディートリヒが突然後ろからイブリアの目元を片手で覆って、もう片方で抱きしめるようにしながら耳元で囁いた。
「イブリアお嬢様、時間です」
(えっ?何だったかしら……)
「ーっそうね、ディート」
そう言って目元を覆うディートリヒの手を両手でゆっくりと下ろすと、今度こそ両腕でふわりと抱きしめられた。
「それと……優勝なら僕が」
「!?」
(ディートリヒ……侮れないな)
イブリアからディートリヒの表情は見えなかったが、大きく波打つ心音はイブリアのものか、ディートリヒのものか、分からないがよく聞こえた。
「邪魔しないでくれますか?ディートリヒ卿」
「何がでしょうか?イブリアお嬢様は予定があります……申し訳ありませんが、お引き取りを」
爽やかな笑顔できっぱりと言い切ったディートリヒに、負けじと微笑んだまま食い下がるセオドア。
(キリがないわ、二人とも何をしているの?)
「それで、何を言おうとしたのセオドア卿」
「…いや、今日はいいよ」
「そう、なら私は行くわ。貴方はゆっくりしてって。ディート行きましょう」
(ディートリヒ、邪魔するなよ)
(あんな表情見せられるか、好きだと言っているもんだ)
先に部屋を出たイブリアに聞こえないように扉を少し閉めてディートリヒはセオドアに言った。
「悪いな、セオドア」
「……っディートリヒ」
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