元カレの今カノは聖女様

abang

文字の大きさ
13 / 56

前夜祭は参加必須

しおりを挟む


「はぁ……三日も祭があるのに前夜祭だなんて馬鹿げてるわ」


「俺もそう思うよ……」


窓から使用人達が馬車の準備をしているのを見ながら、げっそりとした表情で呟く淡い桃色の髪が揃いの兄妹は別に社交会が嫌いな訳ではなかったが、今は徐々に人々の視線からフェードアウトしたい時期なのだ。


「ディートは?」

「いつもの顔のまま、イブの選んだ礼服を着せられているよ」

いつもの無表情のままドレスアップされているだろうディートリヒを想像して少し笑う二人の背後から聞こえたのは話の張本人だった。



「お待たせしました」


「「ディート……」」


「イブリア様……そのドレスは……」



「ディートと合わせたのよ、お兄様は婚約者のマルティナ様とお揃いなの」


ディートリヒの瞳のように星空を閉じ込めたようなラピスラズリの石を使ったアクセサリーで揃えたイブリアと、イブリアの瞳の色に似たピンクサファイアの石を使った装飾品で揃えたディートリヒの装いはどちらも濃紺を基調とした生地に繊細な刺繍が美しい。




「それは、僕の瞳の色を……」


「ええそうよ。建国祭のパートナーは、ディートでしょ?」


「……僕にも貴女の色が飾られています」


「えっ?それは私が選んだんじゃないわ……誤解しないでね?貴方に私の色を押し付けるようなそんな厚かましい事を…」


少し焦った様子で弁明するイブリアが可愛くてディートリヒはふと笑った。
その笑顔にカミルまでもが思わず見惚れてしまう。


「大丈夫です、僕が自分で選びました。僕の主君であり大切な貴女の色を身につけたくて……お許し下さいますか?」


(ディート……その笑顔は狡いぞ。顔がいい自覚が無いのは問題だな)


カミルは心の中でディートリヒにヤジを飛ばす。
ディートリヒにそのような笑顔で微笑まれてしまえば、ほとんどの女性は骨抜きになってしまうだろうと。


けれどもイブリアは鈍感な所がある上に、カミルやディートリヒと日常を過ごしているので耐性があるのだろう、骨抜きにされる事はない。

それでも微かに頬を染め、嬉しそうに細められた目はディートリヒだけを見つめていた。


「勿論よ、とても嬉しいわ……ディート」


「あーなんか俺もマルティナに会いたいよ」


「お兄様は早くマルティナお姉様をお迎えに上がって」


「そうするよ……ディート頼んだぞ。くれぐれもには注意してくれ」


「もう、子供じゃないのよ……」


「あまり多く飲むなよ」


「分かっているわよ…ふふっ」


「大丈夫だ、僕がイブリアお嬢様の側にいる」

「ええ、お願いね?ディート」



「頼むぞー」とゆったりと降りて行くカミルを見送った二人もまた、最終準備の為にその場を後にした。



王宮では、王妃に呼び出された聖女セリエが作法の最終確認やドレスの調整を行っていた。


「セリエ、貴女にとても似合っているわ。さぁ教えた通りに歩いてみて」

「はい、王妃様……」


真っ直ぐに、背筋を伸ばして優雅に歩く。たったそれだけなのだ。それでも幼い頃から身体に作法が染み付いたイブリアとセリエではその歩き姿や姿勢、雰囲気までもが雲泥の差であった。


眉を顰めて、少し声を低めた王妃はため息をついてセリエを睨んだ。


「もう少し、本気でやって頂戴。聖女といえどそのような所作でルシアンに並べば笑いものよ……あの者はもっとすぐに覚えたわよ!」


王妃の指すあの者とは、きっとイブリアの事だろう。


何を学んでも比較される上に、自分は全く上達する様子がない。
子息達を誘惑する仕草はあんなにもしなやかに甘美に振る舞えるのに、イブリアごときに出来る、王妃になるべく者の美しくも威厳ある所作ができないのだ。

セリエは内心苛立っていた。

優しいばかりだった王妃は、ルシアンといざ交際するとなると途端に厳しい顔を見せるようになった。



(私は聖女として祈りを毎日捧げたり、慰問を行ったりと仕事があるのよ!ルシアンも私を放って何をしているのかしら……)



結局、王妃もセリエもお互いに不満の残る状態のまま時間切れとなり前夜祭の夜会の時間はやって来た。


「セリエ、美しいな……」

「そんな……私なんて、ルシアンの方が素敵よ」


そう言って頬を染めるセリエの姿に周囲は「愛らしい」「なんて清純な……」と感嘆した。



「皆、君の美しさを讃えているなセリエ」

「……ルシアンったら今日はとても上手なのね」


セリエの純白のシルクとレースをふんだんに使った高貴な生地に、黄色のバラの装飾を施したドレスは彼女の清純さを引き立てていた。


セリエのドレスに合わせた白を基調とした装いのルシアンもまた、彼の王族の証である金髪と金色の瞳によく似合っている。


「まぁ……あれは殿下とお揃いかしら?」

「では、やはりイブリア様とは婚約を解消されるのか?」


貴族達の興味はやはり高貴な者達のゴシップで、渦中のイブリアの家門である、バロウズ公爵家の入場を知らせる声に会場はシンとした。



「セリエ様と殿下を見たら……イブリア様はまた嫉妬されるんじゃ……」


「シッ!もう入場されるだろっ」


「セリエ様、お可哀想に……」


ティアードや、レイノルドもまた警戒するように入場口へと視線を向けた。


父イルザが入場したのに続き、兄カミルと婚約者のマルティナ


そして……その後に続くドレスコードを揃えたイブリアとディートリヒの入場に会場は一瞬どよめく。



(……なに、あれ)


悪女の筈のイブリアのその穏やかな表情と、凛々しく美しい姿に皆がため息をついて見惚れる。


隣の美しい男は一体誰だと誰かが言い始めると、ルシアンもまた険しい表情でイブリアとその男を睨みつける。




(なによその表情は、…….嫉妬でもしてるみたい)

セリエは思わず舌打ちをした。




しおりを挟む
感想 209

あなたにおすすめの小説

【完結】魔女令嬢はただ静かに生きていたいだけ

⚪︎
恋愛
 公爵家の令嬢として傲慢に育った十歳の少女、エマ・ルソーネは、ちょっとした事故により前世の記憶を思い出し、今世が乙女ゲームの世界であることに気付く。しかも自分は、魔女の血を引く最低最悪の悪役令嬢だった。  待っているのはオールデスエンド。回避すべく動くも、何故だが攻略対象たちとの接点は増えるばかりで、あれよあれよという間に物語の筋書き通り、魔法研究機関に入所することになってしまう。  ひたすら静かに過ごすことに努めるエマを、研究所に集った癖のある者たちの脅威が襲う。日々の苦悩に、エマの胃痛はとどまる所を知らない……

【完結】堅物な婚約者には子どもがいました……人は見かけによらないらしいです。

大森 樹
恋愛
【短編】 公爵家の一人娘、アメリアはある日誘拐された。 「アメリア様、ご無事ですか!」 真面目で堅物な騎士フィンに助けられ、アメリアは彼に恋をした。 助けたお礼として『結婚』することになった二人。フィンにとっては公爵家の爵位目当ての愛のない結婚だったはずだが……真面目で誠実な彼は、アメリアと不器用ながらも徐々に距離を縮めていく。 穏やかで幸せな結婚ができると思っていたのに、フィンの前の彼女が現れて『あの人の子どもがいます』と言ってきた。嘘だと思いきや、その子は本当に彼そっくりで…… あの堅物婚約者に、まさか子どもがいるなんて。人は見かけによらないらしい。 ★アメリアとフィンは結婚するのか、しないのか……二人の恋の行方をお楽しみください。

婚約者様への逆襲です。

有栖川灯里
恋愛
王太子との婚約を、一方的な断罪と共に破棄された令嬢・アンネリーゼ=フォン=アイゼナッハ。 理由は“聖女を妬んだ悪役”という、ありふれた台本。 だが彼女は涙ひとつ見せずに微笑み、ただ静かに言い残した。 ――「さようなら、婚約者様。二度と戻りませんわ」 すべてを捨て、王宮を去った“悪役令嬢”が辿り着いたのは、沈黙と再生の修道院。 そこで出会ったのは、聖女の奇跡に疑問を抱く神官、情報を操る傭兵、そしてかつて見逃された“真実”。 これは、少女が嘘を暴き、誇りを取り戻し、自らの手で未来を選び取る物語。 断罪は終わりではなく、始まりだった。 “信仰”に支配された王国を、静かに揺るがす――悪役令嬢の逆襲。

《完結》恋に落ちる瞬間〜私が婚約を解消するまで〜

本見りん
恋愛
───恋に落ちる瞬間を、見てしまった。 アルペンハイム公爵令嬢ツツェーリアは、目の前で婚約者であるアルベルト王子が恋に落ちた事に気付いてしまった。 ツツェーリアがそれに気付いたのは、彼女自身も人に言えない恋をしていたから─── 「殿下。婚約解消いたしましょう!」 アルベルトにそう告げ動き出した2人だったが、王太子とその婚約者という立場ではそれは容易な事ではなくて……。 『平凡令嬢の婚活事情』の、公爵令嬢ツツェーリアのお話です。 途中、前作ヒロインのミランダも登場します。 『完結保証』『ハッピーエンド』です!

【完結】男装して会いに行ったら婚約破棄されていたので、近衛として地味に復讐したいと思います。

銀杏鹿
恋愛
次期皇后のアイリスは、婚約者である王に会うついでに驚かせようと、男に変装し近衛として近づく。 しかし、王が自分以外の者と結婚しようとしていると知り、怒りに震えた彼女は、男装を解かないまま、復讐しようと考える。 しかし、男装が完璧過ぎたのか、王の意中の相手やら、王弟殿下やら、その従者に目をつけられてしまい……

妃殿下、私の婚約者から手を引いてくれませんか?

ハートリオ
恋愛
茶髪茶目のポッチャリ令嬢ロサ。 イケメン達を翻弄するも無自覚。 ロサには人に言えない、言いたくない秘密があってイケメンどころではないのだ。 そんなロサ、長年の婚約者が婚約を解消しようとしているらしいと聞かされ… 剣、馬車、ドレスのヨーロッパ風異世界です。 御脱字、申し訳ございません。 1話が長めだと思われるかもしれませんが会話が多いので読みやすいのではないかと思います。 楽しんでいただけたら嬉しいです。 よろしくお願いいたします。

麗しの王子殿下は今日も私を睨みつける。

スズキアカネ
恋愛
「王子殿下の運命の相手を占いで決めるそうだから、レオーネ、あなたが選ばれるかもしれないわよ」 伯母の一声で連れて行かれた王宮広場にはたくさんの若い女の子たちで溢れかえっていた。 そしてバルコニーに立つのは麗しい王子様。 ──あの、王子様……何故睨むんですか? 人違いに決まってるからそんなに怒らないでよぉ! ◇◆◇ 無断転載・転用禁止。 Do not repost.

王子は婚約破棄を泣いて詫びる

tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。 目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。 「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」 存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。  王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

処理中です...