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騎士のひとつの願い
しおりを挟む「お疲れ様、怪我はないかしら?」
小走りで駆け寄ってきたイブリアが愛おしいかった。
抱きしめて、すぐに「愛してる」と伝えたい程に。
出迎えたイルザ、カミル、マルティナの笑顔はとても晴れやかでイルザからは少しの安堵も伺えた。
イブリアの表情は今までディートリヒが見たことのない複雑なものだったが、なぜか擽ったいような焦れた気分になった。
「ディート、おかえりなさい」
皆、勝つのは当然だと言わんばかりに平常心で、大袈裟に喜んだりはしなかったがイルザから「よくやった」と褒められたことでディートリヒはやっと優勝したのだと実感が湧いた。
「願いはお前のものだ、望むものを手にしてこい」
「ディート、俺は光栄だよ。ずっと待ってたから……」
イブリアにも何となく分かっていた。
彼がバロウズの騎士では無くなる事が。彼はイルザの許可を得た。
次は自分に問うのだろうと……
「イブリアお嬢様」
「ディート、もう分かっているわ。貴方がいつも私の味方で居てくれたように理由なんてなく私はディートの味方。だから行って」
「ですが……」
「言葉など要らないわ、貴方はずっと私の……大切な人だもの」
ディートリヒはイルザとカミルが騒ぐのを見ないふりをしてイブリアの手を引いて抱きしめた。
「そうです、僕はずっとイブリアお嬢様のディートリヒです」
「ーっ」
イブリアの頬を名残惜しそうにそっと撫でてから放心するイルザ達に礼をして王の元へと向かう。
イブリアの潤んだ瞳はずっとディートリヒだけを追っていた。
王座の周りには有力貴族達や、神殿の者達、各騎士団長も居て、その中で魔法騎士団長ミステルはディートリヒにただ頷くと少しだけ微笑んだ。
ディートリヒもまた答えるように頷くと、王の前に片膝をついた。
隣に立つ王妃の瞳はまるでディートリヒを悍ましいものでも見るかのような視線で見つめていたが、流石にその表情は貼り付けたように微笑んでいた。
「ディートリヒ、お前の望みを述べよ」
国王のその一言で会場は轟く歓声に見舞われる。
国王が手を挙げて制止するとシンとした武闘場にはディートリヒの少し低い、けれど清涼でどこか色気のある声だけが響く。
「伯爵位以上の叙爵を望みます」
騒ついたのは一瞬だけだった。
兼ねてより歴史的なこの武闘大会では道徳的な範囲内であれば何でも手に入るのだ。
それでもディートリヒが望んだものはただの爵位だった。
「ほう……叙爵の話は、貢献の褒章に何度か此方からも申し上げた事があるが、お前は主以外には国にすら属さんつもりで断っているのだと思っていたが?」
「他意はありません、ただ彼女の傍にずっと居たいだけです」
「……愚息は惜しい人材を逃したな。お前も、彼女の事もだ」
「勿体ないお言葉です」
「ミステルより魔法騎士団長の後継にと、魔法騎士団へのお前の所属の申し出があったが事実か?」
「はい。僕がイブリアお嬢様以外に属さぬと言う陛下のお言葉のままの決心です」
「はははは!!見習って欲しいものだ、まぁ身に染みただろう……」
「……陛下っですが彼は平民では」
王妃は慌てて国王とディートリヒのやりとりに割って入るが、笑顔ながらどこか冷ややかな国王の視線にグッと押し黙った。
「イルザからは、騎士ではなく家族だと聞いている。それに……剣も魔法の才もどれを取っても適任は他におらんだろう。頭も涼しい……」
「有難きお言葉……」
「次期魔法騎士団長という事も考慮し……ディートリヒに侯爵の位を授ける!そうだな……シュテルンはどうだ?」
「有難き幸せでございます」
「今日を持ってこの者をディートリヒ・シュテルン侯爵とする。詳細については明日、登城を命じ追って公表する」
「そんな……!?」
「一気に僕たちと並んだ……」
ティアードとレイノルドはディートリヒへの国王の褒章に驚愕する。
国王はそれが全て、イブリアだけの為だと知っているからこそ許諾したようにも感じた。
そして、王の言葉は皮肉とも取れた。
まるで不甲斐ない自分達とバロウズの者達を比較したように感じた。
彼らにとって、国王の態度は指摘だった。
「いや……爵位を持ったという事は俺たちを越えたんだよ」
「「セオドア!もう大丈夫なのか?」」
「かなり加減されてたみたいだな、本気なら死んでたよ」
「元気そうだな」
「ほんとに、びっくりしたよ!!」
「まぁお前達よりは重症だがな」
「ルシアンは、怒るだろうな」
「僕は明日が怖いよ……」
「まぁ俺はまだ諦める気ないよ、生まれ変わったテディになるさ」
口調こそふざけているものの、悔やんでいるような声色に思わずティアードもレイノルドも返事が出なかった。
ただ、彼のようにまだ「イブリアが好きだ」と言えるだけマシだと思った。
ルシアンを膝枕しながら大粒の涙を零し治癒をかけるセリエが、多くの子息達に囲まれ慰められている姿を冷静に見ていた。
今までなら、子息達を払い避けて真っ先に駆け寄っただろうティアードもセリエの涙に困った顔でハンカチを差し出しただろうレイノルドもどうしてだろうか、彼女の涙が偽りに見えた。
セオドアが「何で……気づかなかったんだろう」と呟くとバッと顔を彼に向けた二人が「何がだ」と尋ねると、セオドアは顔を青くして呟く。
「確かに、手加減されていた……あれ程長い治癒が必要なわけがない。ましてや聖女の力だぞ、まるで注目を浴びる為にワザと時間をかけているようだ……」
「「!!」」
「あれじゃルシアンは晒し者だぞ……愛している者がする事とは思えない」
思わず言葉を失ったティアードとレイノルドは、セリエの異常性を垣間見て幻滅というよりは恐怖を感じた時……
「退きなさい」
「いっイブリア様ッ……」
カミルもディートリヒも連れずに子息達を退けさせて、囲まれるルシアンとセリエの元に向かったイブリアに異様に怯えるセリエ。
「聖女がお疲れのようだから、王太子殿下を治療しに来ました。私では全快には出来ませんが少なくとも見せ物にはしないでしょう」
「……っイブリア様酷いわ!それじゃ私がまるで!」
「申し訳ないわ、言葉が強くてよく誤解されるの。大切な私のディートリヒがした事の責任を取りに来ただけよ誤解しないで」
飄々と言ったイブリアは、ルシアンを瞬間で起き上がれる程に治癒すると絡まれては面倒だと思ったのか瞬間移動でディートリヒの元へと戻った。
「意地悪なんて……どうしてそう思ったんだろう」
レイノルドが涙を瞳に溜めて言うと、ティアードもセオドアも俯いた。
「私もだ、彼女を知ってたのに……正しい人だとずっと見ていたのに……」
「俺もだよ。面倒事なんてありえないだろ……いつもあんなに格好よく一人で解決してしまうのに……」
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