26 / 56
万能ではない力
しおりを挟むディートリヒは侯爵位と、バロウズ領であるアフェットを北に進んだ国境に面したノクティスを侯爵領として賜った。
資源富める領地では無いが、彼にとってバロウズ公爵領と隣国との間に位置するノクティスを守護する役目は満足のいくものだった。
勿論バロウズにとっても、王家や他家が自領に近いノクティスを所有するよりもディートリヒが構えている方が安心でもあった。
魔法騎士団への所属により、王宮からの干渉も最小限だ。
魔塔の代わりを担う魔法騎士団は万が一に王家の暴走を止める立ち位置である為にディートリヒが主を王家に移す必要も無かった。
驚いた事に、表向きには平等だがイブリアを可愛がっていた国王はルシアンの償いも兼ねてなのかバロウズとディートリヒとの関係をかなり考慮してくれた。
イルザはたった今用事を終えて王宮の応接室から出てきたディートリヒを待っていた。
「ディートリヒ」
「イルザ様……」
「イブは、領地経営にも優れているぞ」
「それは……っ」
「まぁイブの気持ち次第だが。それと……いつでもバロウズに帰って来い。仕事の話や世間話をしよう」
「ありがとうございます、イルザ様」
「じゃあ私はお前達が大暴れした所為で、損ねた王妃殿下のご気分の後始末にでも行くとする」
「……すみません」
片手を挙げて振り返る事なく歩いて行ったイルザの背中は温かくて広い。
(父親が居ればこんな感じだろうか)
自分もやるべき事をせねばと、とりあえずバロウズ邸に戻る為王宮を歩くディートリヒに胸焼けするような甘い声が投げつけられた。
「ディートリヒ様っ……お疲れ様でした」
何処かおどおどしく、ふわりと彼女の動きに合わせて揺れる銀髪に、新緑のような瞳。
「また、貴女ですか」
「またって……、ただ大会の後ですのでお怪我は無いかとか思って」
「生憎、あの程度で怪我はしません。それと、貴女にひとつ……」
「ええ、何でしょうっ!?」
セリエはディートリヒから自分に向けて伝えられる言葉がどんなものだろうかと期待するが、彼がセリエに吐いた言葉は思っていたのとはかなり違った。
「僕は魔法には詳しいです。聖女についてもおおよそですが調べてみましたが……聖女には生まれつき魅了に似た力が備わっているらしいですが、貴女の力は万能では無い」
「な、何ですか突然!そんな事は分かっていますっ」
「人々を惑わせる力でない。聖女を負の感情から守る為に備わったものだ、貴女から離れてしまうと効果は無い」
(だから皆が私に恋するように努力してるのよ!)
「効果が薄いな近づいても大丈夫ですよね?私イブリア様ともディートリヒ様とも仲良くなりたくって……」
そう言ってディートリヒの右袖を摘んだセリエは唇を少し尖らせて見上げるように潤んだ瞳で見つめる。
「……結構です」
顔を青ざめさせて拒絶するように言ったディートリヒは警告と言わんばかりにセリエを睨んで振り払う。
「ディートリヒ様っ、どうしてそんなに敵視なさるんですか?」
「僕の愛しい人を傷つける全てが、僕の敵です。充分すぎる数の心を手に入れたら満足する事だ。僕にも彼女達にも近かないで下さい」
「そ、そんな……っ私、ディートリヒ様を慕っているの!」
「はぁ……まるで娼婦だな」
「はぁ!?」
セリエが声を荒げたところで、よく知った声がして振り返る。
「セリエ?……ディートリヒなぜお前が?」
「ルシアン殿下、陛下からの呼出で参りました」
「わ、私は偶々ディートリヒ様と会ったの」
「イブリアは?」
(私が他の男と二人きりで居たのに、何でイブリアなの!?)
「お気になさる事は何もありませんが」
「ルシアン?もう身体は大丈夫なの?」
「あぁ、セリエも懸命に治癒にとりかかってくれたと聞いたよ、ありがとう」
目を細めてあやすように言ったルシアンの笑顔にセリエは幾分か安心したがルシアンのそのあとの言葉によって突き落とされる。
頬を染め、まるで懐かしむように噛み締めるように眉間に皺を寄せ、切実な声色でディートリヒに言うルシアンの表情をセリエは初めて見たからだった。
「イブリアが治癒してくれたと聞いた……彼女は何か言っていたか?」
(はぁ?どう言う事よ、まるでイブリアを愛しているみたい!)
「いいえ、何も」
「そんな筈は……っ」
「ルシアン!イブリア様は、自分の騎士と戦った所為だから責任を取るために貴方を治癒しただけだと言っていたわ!」
「そうか……礼を贈っておこう」
残念そうに俯いたルシアンの腕を取って「行きましょう」と急かすセリエにディートリヒはまるで何かに焦っているようだと思った。
「あ」
「「??」」
ディートリヒが思い出したように引き止めた声に、勢いよく振り返ったセリエに続いてルシアンも振り返る。
表情を崩さぬまま、ディートリヒはセリエに向かって冷ややかな声で言った。
「ディートリヒ・シュテルン侯爵となりました。親しくない方に名を呼ばれるのは気分が良くありません。シュテルン侯爵とお呼び下さいセリエ殿」
「なっ!!」
「ディートリヒ、無礼だぞ」
「勝手に親しげに異性に身を寄せる者も無礼では?」
「……」
「る、ルシアンっ私そんなつもりじゃ……」
「ああ……分かっている」
「僕に触れていい女性はただ一人……」
「イブリア・バロウズという女性だけだと決めています」
「「!!」」
「ま、待てディートリヒ!!」
「……失礼します」
(イブリア、イブリアってきっとイブリア様こそ何か魅了を使ったに違いないわ!)
ドレスを握りしめて怒りに震えるセリエは、ルシアンが意気消沈したように小さな声で「行こう」と言うまで怒りに歪んだ顔を隠すように俯いていた。
205
あなたにおすすめの小説
「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」と言われたので別れたのですが、呪われた上に子供まで出来てて一大事です!?
綾織季蝶
恋愛
「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」そう告げられたのは孤児から魔法省の自然管理科の大臣にまで上り詰めたカナリア・スタインベック。
相手はとある貴族のご令嬢。
確かに公爵の彼とは釣り合うだろう、そう諦めきった心で承諾してしまう。
別れる際に大臣も辞め、実家の誰も寄り付かない禁断の森に身を潜めたが…。
何故か呪われた上に子供まで出来てしまった事が発覚して…!?
悪役令嬢に転生!?わたくし取り急ぎ王太子殿下との婚約を阻止して、婚約者探しを始めますわ
春ことのは
恋愛
深夜、高熱に魘されて目覚めると公爵令嬢エリザベス・グリサリオに転生していた。
エリザベスって…もしかしてあのベストセラー小説「悠久の麗しき薔薇に捧ぐシリーズ」に出てくる悪役令嬢!?
この先、王太子殿下の婚約者に選ばれ、この身を王家に捧げるべく血の滲むような努力をしても、結局は平民出身のヒロインに殿下の心を奪われてしまうなんて…
しかも婚約を破棄されて毒殺?
わたくし、そんな未来はご免ですわ!
取り急ぎ殿下との婚約を阻止して、わが公爵家に縁のある殿方達から婚約者を探さなくては…。
__________
※2023.3.21 HOTランキングで11位に入らせて頂きました。
読んでくださった皆様のお陰です!
本当にありがとうございました。
※お気に入り登録やしおりをありがとうございます。
とても励みになっています!
※この作品は小説家になろう様にも投稿しています。
【完結】魔女令嬢はただ静かに生きていたいだけ
⚪︎
恋愛
公爵家の令嬢として傲慢に育った十歳の少女、エマ・ルソーネは、ちょっとした事故により前世の記憶を思い出し、今世が乙女ゲームの世界であることに気付く。しかも自分は、魔女の血を引く最低最悪の悪役令嬢だった。
待っているのはオールデスエンド。回避すべく動くも、何故だが攻略対象たちとの接点は増えるばかりで、あれよあれよという間に物語の筋書き通り、魔法研究機関に入所することになってしまう。
ひたすら静かに過ごすことに努めるエマを、研究所に集った癖のある者たちの脅威が襲う。日々の苦悩に、エマの胃痛はとどまる所を知らない……
教養が足りない、ですって
たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。
最強の薬師、婚約破棄される〜王子様の命は私の懐の中〜
岡暁舟
恋愛
代々薬師として王家に仕えてきたボアジエ公爵家。15代当主の長女リンプルもまた、優秀な薬師として主に王子ファンコニーの体調を整えていた。
献身的に仕えてくれるリンプルのことを、ファンコニーは少しずつ好きになっていった。次第に仲を深めていき、ついに、2人は婚約することになった。だがしかし、ある日突然問題が起きた。ファンコニーが突然倒れたのだ。その原因は、リンプルの処方の誤りであると決めつけられ、ファンコニー事故死計画という、突拍子もない疑いをかけられてしまう。
調査の指揮をとったのは、ボアジエ家の政敵であるホフマン公爵家の長女、アンナだった。
「ファンコニー様!今すぐあの女と婚約破棄してください!」
意識の回復したファンコニーに、アンナは詰め寄った。だが、ファンコニーは、本当にリンプルが自分を事故死させようと思ったのか、と疑問を抱き始め、自らの手で検証を始めることにした……。
いいえ、ただ私は婚約破棄されたいだけなんです!
鏡おもち
恋愛
伯爵令嬢ロニエ・エヴァンズには、ささやかな野望があった。それは、ハイスペックすぎて重すぎる愛を持つ婚約者、第一王子アレンから「婚約破棄」を突きつけられ、実家の離れで一生ダラダラと昼寝をして過ごすこと。
ロニエは学園入学を機に、あの手この手で「嫌われる努力」を開始する。
嘘つきな婚約者を愛する方法
キムラましゅろう
恋愛
わたしの婚約者は嘘つきです。
本当はわたしの事を愛していないのに愛していると囁きます。
でもわたしは平気。だってそんな彼を愛する方法を知っているから。
それはね、わたしが彼の分まで愛して愛して愛しまくる事!!
だって昔から大好きなんだもん!
諦めていた初恋をなんとか叶えようとするヒロインが奮闘する物語です。
いつもながらの完全ご都合主義。
ノーリアリティノークオリティなお話です。
誤字脱字も大変多く、ご自身の脳内で「多分こうだろう」と変換して頂きながら読む事になると神のお告げが出ている作品です。
菩薩の如く広いお心でお読みくださいませ。
作者はモトサヤハピエン至上主義者です。
何がなんでもモトサヤハピエンに持って行く作風となります。
あ、合わないなと思われた方は回れ右をお勧めいたします。
※性別に関わるセンシティブな内容があります。地雷の方は全力で回れ右をお願い申し上げます。
小説家になろうさんでも投稿します。
婚約者様への逆襲です。
有栖川灯里
恋愛
王太子との婚約を、一方的な断罪と共に破棄された令嬢・アンネリーゼ=フォン=アイゼナッハ。
理由は“聖女を妬んだ悪役”という、ありふれた台本。
だが彼女は涙ひとつ見せずに微笑み、ただ静かに言い残した。
――「さようなら、婚約者様。二度と戻りませんわ」
すべてを捨て、王宮を去った“悪役令嬢”が辿り着いたのは、沈黙と再生の修道院。
そこで出会ったのは、聖女の奇跡に疑問を抱く神官、情報を操る傭兵、そしてかつて見逃された“真実”。
これは、少女が嘘を暴き、誇りを取り戻し、自らの手で未来を選び取る物語。
断罪は終わりではなく、始まりだった。
“信仰”に支配された王国を、静かに揺るがす――悪役令嬢の逆襲。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる