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ディートリヒ・シュテルン侯爵
しおりを挟む「おい……ずっと居ないか?」
「仕事は捗ってる、通っているだけだ」
ディートリヒと剣の稽古を終えソファにも垂れるカミルがふとそう尋ねるほど、ほんの少しの間を見つけてはバロウズ公爵城に通うディートリヒのノクティス侯爵城は、ディートリヒの効率的な魔法と彼に憧れて集まった者達の活躍によってよってもうすぐ完成する。
「もう……さっさと告白しろよ」
「ああ、そうするよ」
「それにしても、お前意外と金持ちだったんだな」
「働いた分の金の使い道と使う暇が無かった、それに爵位に見合った褒賞がでたからな」
「天才魔法師で、俺と同じソードマスターだもんな……」
「名誉な事に、バロウズ家の総副騎士団長だったからな」
「ははっ!こっちが光栄だよ、イブに仕える為にずっと爵位を蹴っていたんだからな」
カミルがディートリヒの出世を喜んでいると、執務をしていたはずのイブリアの声と騒がしい声が聞こえて二人は眉を顰めた。
声と同時に素早く立ち上がる辺り、さすが長い間イブリアの護衛騎士だっただけはあるなと感心しながらカミルも立ち上がった。
「何故、また来るのテディ……お願いだから首都に戻って」
「やだな、騎士様が居なくて寂しいと思ってきたんだけど」
「お前もいたのか、セオドア。私は……その、礼に来たんだが」
「受け取れません。どうか王宮へお戻り下さい」
突然押しかけてきたセオドアとルシアンに、対応するイブリアは酷く疲労しているようにも見えた。
「顔色が悪いな……イブ」
「そう思うなら帰ってテディ」
「私が王宮医師を呼ぼう」
「殿下……やめて下さい」
「騎士様ならここに居ますが?」
「「ディートリヒ侯爵」」
「ノクティスとアフェットは近くて助かります」
サラリとイブリアを救い出して、自らの後ろに隠すディートリヒの仕草もそれを受け入れるイブリアもまたごく自然で二人の信頼関係が窺えた。
後から来たカミルが、悪戯を思いついたように「茶くらい出しますよ」とルシアンに微笑んだ。
(お兄様、胡散臭いわ)
意図せず、五人でお茶を囲む異様な光景となったが
カミルには、ディートリヒとイブリアの仲睦まじさを見れば二人は諦めるのではないかと企みがあったのだ。
けれど、ルシアンにとっては自分が公言するまではまだイブリアは自分の婚約者であると思っているからこそ嫉妬心と怒りでどうにかなってしまいそうだった。
セオドアもまた、燃えるような瞳でイブリアを見つめていた。
どうにも諦めの悪そうな二人にカミルはため息が出たが、イブリアの全く取り合わない態度にすっきりもした。
「イブリア、私の元に戻ってくれないか」
ルシアンが切り出すと、セオドアもディートリヒも軽く目を見開く。
ゆらりと空間の歪みを感じたのは笑顔の筈のカミルの怒りに比例して魔力が揺れたのを感じたのだろう。
「ーっ、イブリアが必要なんだ。居なくなってからずっと苦しいんだ……ずっと私のものだと思っていたが今更気付いた。私の心はずっとイブリアのものだった」
ディートリヒの魔力とカミルの魔力の歪みで居心地が悪い筈なのに、神妙な顔つきでイブリアを見つめるルシアンと、成り行きを見るセオドア。
「セリエ様はどうしたのですか?」
「違うんだ、何故かイブリアだけは違う。他の男と居ると気が触れそうなんだ」
カミルとディートリヒは、イブリアの眉間の皺を見て口を挟むのを控えた。
(まるで、お気に入りのおもちゃを取られた子供ね)
イブリアがため息を吐くと「頼む……」と縋るように言ったルシアンを見兼ねてイブリアは席を立った。
「貴方の言っている事は子供と同じですルシアン。もうないものは無いの。元々私達に崇高な愛など無かったでしょう。お願いだから帰って」
「もう私を愛していないのか!?」
「愛してないわ、不思議と一ミリも後悔してないの」
「ーっ!」
「ルシアン、もう……」
セオドアが彼を宥めるが、ルシアンはイブリアの「愛していない」という言葉が思ったよりも辛くてその場を動けずに居た。
「お兄様、二人のお見送りをお願いしても?」
「ああ、すまんなイブ」
「後でリシュのケーキを買ってきて貰うわ、行きましょう、ディート」
イブリアはつい癖でディートリヒにそう言うと、ハッと振り返ってディートリヒを見た。
何故か嬉しそうに微笑むディートリヒは「はい、イブリアお嬢様」と彼女の側に立つと手を差し出した。
さっきまで凛としていたイブリアは突然年相応の女性らしい表情で、困ったように「私ったらごめんなさい、ディート」としおらしく謝罪する。
「いいんです」
「でも、もう貴方は侯爵なのに……お嬢様もやめて頂戴」
「イブ……」
ディートリヒは切なさを含む声で甘くそう呟くと、イブリアは顔を真っ赤にした。
困ったような、照れたような表情にディートリヒは我に返ると慌てて訂正する。
「イブリア様と、お呼びします」
すると、イブリアはディートリヒの指先を軽く緩く握って消え入りそうな声で真っ赤な顔のまま言った。
「イブでいいわ……貴方が近く感じるもの」
「ーっ、はい」
そんな二人の様子をこの世の最期でも見るかのように見るルシアンとセオドアの表情に、カミルはニヤリと笑った。
(な?これじゃ割り込もうなんて思えないだろ?)
「「イブ(リア)」」
「あら、貴方達まだ居たのですか?」
眉を顰めて、今度は本当に困った様子で言ったイブリアにルシアンとセオドアは放心状態のまま「「帰ります」」と言うのが精一杯だった。
「では、お見送りは僕が……」
そう言って簡単に王都までのゲートを開いたディートリヒにまた放心した二人はもう何も話さなかった。
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