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僕と婚約してください
しおりを挟むルシアンとセオドアを兄に任せて、温室へと逃げこんだイブリアはつい癖で護衛騎士のように一緒に連れてきてしまったディートリヒにしっかりエスコートされていた。
けれども、慣れた筈のディートリヒの温もりが
彼の声も、視線さえも、彼の全てがイブリアの心の音を早まらせた。
ディートリヒは寧ろ、昔からイブリアの些細な仕草ひとつひとつに心を動かされていた為にそれが日常だったので表情こそうまく取り繕えられたが、その熱を帯びた瞳の奥だけは隠せなかった。
(長い間離れていたからかしら……意識してしまうわ)
「イブ」
まるでイブリアの存在を確かめるような、強く彼女を求めるようなディートリヒの声色にじわりと熱が全身に広がりもどかしい気持ちになる。
「な、に……」
「ただ、貴女を呼びたくて。護衛騎士ではないディートリヒとして、一人の男として」
イブリアはどうしようもなく、ディートリヒが愛おしかった。
不規則に早まる音がディートリヒに聞こえてしまってもいい、寧ろ聞こえてしまったほうがこの言葉では表しきれない感情を伝えられるのではないかとすら思った。
ディートリヒもまた、イブリアから感じた事のない感情に舞い上がってしまいそうで怖かった。
(まるで、僕と同じ気持ちのようだ)
イブリアの瞳がまるでディートリヒと同じ気持ちなのだと訴えかけているようで、勘違いだったら?と不安に感じながらももう、ディートリヒは自分の想いを伝えずにはいられなかった。
「何だか、ディートと折角また一緒に居られると思ったのに離れちゃうなんて変な感じね……」
「イブ……僕とずっと一緒に居てくれませんか?」
「え……」
「貴女を愛しています。ずっと昔からひとりの女性としてイブが好きです」
何故だかイブリアはとても嬉しかった。
彼のそばに居ても良い事が、いつか隣に立つだろう女性が他の誰かではなく自分でもいいと言われた事が。
漠然と考えていた、ディートリヒと本当に離れなければならない日がイブリアにとってはとても辛い事だったからだ。
いくら鈍感なイブリアでももう認めざるを得なかった。
「ディート、私も貴方が好きみたい……信じて貰えないかもしれないけど」
ディートリヒはイブリアを抱きしめて目を合わせると微笑んだ。
「いいえ、僕がイブの言葉を信じない事はこの先ずっとありません」
「……貴女を、愛していると気付いたの」
「僕と、婚約して下さい」
「嬉しいわ。けれど……」
「殿下との事は任せて下さい。婚約の破棄は済んでいるのですから、心配は要りません」
「私ね、ずっといつか貴方とほんとうに離れなきゃいけない時が来るのが怖くて不安だった、離れててもそばに居ても貴方が味方でいてくれるだけで、ディートの存在だけで私は強く居られたの」
「イブ……僕は今とても幸せです」
「私こそよディート」
二人はそっと触れるだけのキスをした後、今までの関係とは少し違う甘くて蕩けてしまうような雰囲気に赤面し何となく身体を離すと、ディートリヒの咳払いを合図に赤い顔のまま少しだけ笑った。
その日の晩餐では、二人の雰囲気の少しの変化に気付いたイルザによって報告するよりも先に「上手くいったようだな」と早々に切り出されてしまい、
「!」
「……はい。ご報告が遅れて申し訳ありませ……」
「ええっ!!いつの間に!?俺の可愛いイブが……」
ディートリヒを遮るように驚いて大袈裟に落ち込むカミルに呆れるイルザとイブリア。
こほんと咳払いすると、仕切り直したように改まってイルザに報告した。
「イブリアお嬢様に、婚約を申込みました。お許し頂きたく願います」
「お父様……、私からもお願い致します。ディートとの婚約を認めて下さい」
「……」
暫く沈黙したイルザの様子があまりにもわざとらしく、内心で笑いを堪えるカミルは心配そうなイブリアを安心させるように小さく頷く。
真剣な表情でイルザを見つめるディートリヒは、黙って返答を待っている様子だった。
「……条件がある」
「はい」
相変わらず、言葉少なに受け入れるディートリヒにイルザはふと微笑む。
彼の昔から変わらず飾らない姿に安心したのだった。
ディートリヒの夜空のような瞳の星のような輝きを真っ直ぐ見つめるとゆっくりと、けれどもハッキリとした威厳のある声で言った。
けれどその瞳はどこか悲しそうでもあった。
「イブには今度こそ……幸せになってほしい。不幸にするな絶対だ」
「ーっ、勿論です!」
イルザの表情からは過去への後悔と、ディートリヒへの信頼が感じられた。
思わず涙が溢れたイブリアにあたふたとハンカチを渡したカミルと、
イブリアの手に自らの手を添えたディートリヒ。
「そして、ディートリヒ。お前にも幸せになって欲しい」
「!!」
「それが約束できるなら、二人の結婚を認める」
「僕の幸せはイブリアお嬢様の側にいる事です」
「そうか、頼んだぞ……ディートリヒ」
「はい!ありがとうございますイルザ様」
「お父様っ!!ありがとう!!」
「王宮へは私からまず報告しておく。有無は言わさん、そろそろ陛下とて目を瞑れないだろう……。私に任せておきなさい」
「「……!!」」
「本当に、ありがとうございます」
「いい。礼を言うのはこっちだ、お前達の幸せそうな様子に妻との幸せな日々を思い出した。私も妻には長く片想いしたものだった」
「「えぇ!!」」
「……意外でした」
ふっと微笑んだイルザは「食事が冷めるぞ」と食事を促しただけだったがその表情はよく知る愛情深いものだった。
翌日、王宮へとバロウズ公爵家から王宮へと届いた手紙を知りルシアンは国王である父の元へと急ぐことになる。
「父上!これはどう言う事ですか!?」
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