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セイクリッド・マテリアル編
156. 暗雲
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リクリス王国の首都にある土地の中でも最高級の住宅地。
その中の一つ、テンピル閣爵家の大邸宅にロイ、シュン、マロン、クリス、そして住人であるカイトの五人が集まっていた。
夜もすっかり更けた頃である。彼らは昼間の決闘をそれぞれ労うために、酒宴を開いていた。
「くそっ! 何なんだ、あのユーゴ・タカトーという男は!!」
ロイがゴブレットをテーブルに乱暴に置いて言った。吐いた息に、濃いアルコール臭が混ざっている。
「まぁそう熱くなるなよ、ロイ」
「君は悔しくないのか、カイトッ!?」
宥めるカイトにロイは噛み付いた。その顔は赤く染まり、目もトロンと座っている。
「良くない酔い方だぞ、ロイ。……確かに悔しくないと言えば嘘になるが、不思議とすっきりしている自分もいるんだ」
「まぁ、ボクも同じ気持ちかな。ユーゴ・タカトーって男、それほど悪い人間には見えなかったし。こっちが無理難題を吹っかけた決闘に勝ったのに、ボクたちへのペナルティを無くしてくれたしね」
「……ぼくもそう思います。な、なにより、彼を見るゼフィの瞳は輝いていました。いままで、あんなゼフィは見たことありません」
「俺も同感だ。ゼフィが選んだ相手、ということなのだろう。俺……いや、俺たちが選ばれなかったのは悔しくあるが、ゼフィのことを想うならここは潔く身を引き、彼女の幸せを願うべきだろう」
カイト、クリス、マロン、シュン。仲間たちの言葉にロイは驚きを隠せない。
「ほ、本気で言っているのかい、君たちは。冗談だろう?」
しかしロイの問いに誰も答えない。その沈黙こそが否定の証である。
「し……しかしボクは認めない。認めないぞ……」
険のある表情のロイ。ゴブレットを握るその手がわなわなと震えている。
友人のその様子に、他の四人は気まずそうに顔を見合わせる。
「君は一番ゼフィーと付き合いが長いからな。諦めきれないその気持は理解できる。さぁ、もっと呑むといい。今日はとことん付き合おう」
ロイのゴブレットに、カイトは葡萄酒をなみなみと注いだ。ロイはそれを睨むと、ぐいっと呷った。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
同時刻。テンピル邸のある高級住宅地より王城方向に近い、官邸がある区画。そこには他を圧倒するほど広大な屋敷がある。
その一室で、二人の男が密談を行っている。
一人はこの邸の主の客人、グラニド・ハルファルト。
全体的に線が細い壮年男性で、茹でられた蛸の足のように外側にカールした金髪と長いまつ毛、そして青髭というインパクト強めのルックスの彼は、リクリス王国の公爵でありこの国の重鎮の一人である。
一年前のクーデター事件ので王家の求心力が低下しつつあり、また同時に実権を握っていた宰相が失脚したことにより、現在は彼が実質的にリクリス王国を牛耳っている。
「まだ、彼の者は捕られておらぬ……と」
そんな彼に問いかけたのは朱色の法衣に身を包んだ老人で、この邸の主人である。
彼が被っている王冠に似た帽子には、大きな円の中に小さな円が三つ描かれている。この図柄は守護者教会の紋章であり、それが描かれた帽子は教会の最高位である大司教にしか身につけることを許されていない。
つまりこの老人は教会のトップに位置する人物ということになる。
「ええ、その通りです。しかしご心配なく。我が国の精鋭が揃う諜報機関【月影】を動かしていますから。彼らによると、ベレッタ・レーナスの所在を知る者たちの所在が確認できたと。事情が事情なのであまり大っぴらに出来ず少々手こずっているようですが、なに、もう間もなくベレッタ・レーナスを捕らえることが出来るでしょう」
語るハルファルト公爵の胸元で、守護者教会の紋章を模したネックレスがキラリと光った。
つまり彼も守護者教会の一員であり、しかも最高幹部の一人である。
「儂のもとに『生贄をアンブラタスの丘に捧げれば三獣の守護者が復活する』と”神”からお告げがあったのが半年前……」
大司教がゆっくりと言った。それにハルファルト公爵が頷いて答える。
「ええ。その生贄が ”旧王朝の血を色濃く受け継ぐ未出産の女” ということも、ですよね。そこで私があらゆる手段を使って調査した結果、旧王朝の血脈が残っていることが判明した。その直系がレーナス家。その中で条件に合致するのがベレッタ・レーナス。しかし、その令爵家であるということが今回の計画の支障になっている。おいそれと殺めるわけにはいかなかった」
「そこで儂が一計を案じましたな。直前に起こったクーデター事件。あれにかこつけてしまえば良い、と」
「ベレッタ・レーナスをクーデター事件の首謀者として仕立て上げる、という案ですね」
「うむ。常識とは、作れるもの。多少牽強ではあったが、教会派の貴族は誰も儂らには逆らえん。儂等が当然と言えば、初めは不審を感じておった貴族、引いては末端の衛兵達にいたるまで、いつの間にかベレッタ・レーナスが首謀者だという事実を当然のように受け入れておるはずじゃ」
この話を大司教から聞かされた時、かなり無茶な話だとハルファルトは思った。
たかだか二十歳に満たない小娘がクーデターを先導したなど、常識的に考えて有り得ない。
そこを旧王朝の復興を企てているとか、その為に第二王子であるロイを利用しようとしているなどと理由をでっちあげて、強引に事を進めた。
その過程で教会派以外の貴族やその他役人たちの反発は覚悟していたが、拍子抜けするほどあっさり事が運んでいた。
まるで、与り知らぬところで何者かにお膳立てされていたかのように。
「確かにそれは名案でした。それで捕まえられないのはこちらの手落ち。しかし先程も申しましたが、ベレッタ・レーナスがこちらの手に落ちるのも時間の問題かと」
「ですが、もうそんなに時間的な猶予はないかもしれませんぞ」
「……と仰いますと?」
「昨夜、また“神” からのお告げがありましてな」
「そ、それで “神” は何と!?」
「うむ。 “神” と敵対している異世界の邪な女神とその使徒が、この国へ降臨したらしい。やつらはこの国……いや、この世界を破滅へ導くだろうと。そして、やつらは既に動き出しているとも」
「邪神とその使徒……それはとても由々しき事態だ」
ハルファルトはその情報の真偽については疑念を抱かない。大司教が益体ない嘘偽りを語る人柄ではないと熟知しているからだ。
「異世界の邪神とその使徒について、 “神” はその素性を語られなかった」
「そうですか。しかしそのような者たちがいるのならば、悠長なことはしていられませんな。一刻も早くベレッタ・レーナスを捕獲せねば。そしてその者を生贄として、三獣の守護者を復活させ、この世界を守らねば」
「うむ、その通りですぞ。それで、彼の地の方は教会で探し当てましたぞ」
「おお、【アンブラタスの丘】をですか」
「うむ。古の文献を解読し、ようやく探し当てることができた」
「私の方でドネル・ガリオーリに探させていましたが、その報告を受ける前にヤツはナイネクス・ベッチ率いる一党によって捕縛されてしまいましたからね。お手数をおかけしました。では、残りは私の仕事ですな。早速王城に戻り部下たちの尻を叩いてきましょう。それでは私はこれにて失礼します」
そう言って辞去しようとしたハルファルトの背中に、大司教が声を掛ける。
「ああ、そうそう。大切なことを言い忘れておりました。神託には彼の者と一緒に、この人物も捕らえるようにとありましたな」
そして一枚のメモをハルファルトに渡した。
そこに書かれてある人物の名を読んで、ハルファルトが首を傾げる。
「……一応貴族のようですが、聞き覚えのない名ですな。この者を、何故?」
「“神” の思し召しです」
「……そうですか。承知しました」
”お告げ”の内容がここまで具体的だったのは始めてだ。しかしこれ以上は聞いても無駄だろう。そう考えたハルファルトは部屋を立ち去った。
一人残された大司教大司教は、
「これでよろしかったのですかな?」
と虚空へと語りかけた。
「上出来だ」
それに答えたのは、蜃気楼のように姿を現した銀髪の美女である。
彼女はまたすぐに、姿を消した。圧倒的な気配を残して。
大司教はその神気が消えるまで跪き、恭しく頭を垂れ続けた。
その中の一つ、テンピル閣爵家の大邸宅にロイ、シュン、マロン、クリス、そして住人であるカイトの五人が集まっていた。
夜もすっかり更けた頃である。彼らは昼間の決闘をそれぞれ労うために、酒宴を開いていた。
「くそっ! 何なんだ、あのユーゴ・タカトーという男は!!」
ロイがゴブレットをテーブルに乱暴に置いて言った。吐いた息に、濃いアルコール臭が混ざっている。
「まぁそう熱くなるなよ、ロイ」
「君は悔しくないのか、カイトッ!?」
宥めるカイトにロイは噛み付いた。その顔は赤く染まり、目もトロンと座っている。
「良くない酔い方だぞ、ロイ。……確かに悔しくないと言えば嘘になるが、不思議とすっきりしている自分もいるんだ」
「まぁ、ボクも同じ気持ちかな。ユーゴ・タカトーって男、それほど悪い人間には見えなかったし。こっちが無理難題を吹っかけた決闘に勝ったのに、ボクたちへのペナルティを無くしてくれたしね」
「……ぼくもそう思います。な、なにより、彼を見るゼフィの瞳は輝いていました。いままで、あんなゼフィは見たことありません」
「俺も同感だ。ゼフィが選んだ相手、ということなのだろう。俺……いや、俺たちが選ばれなかったのは悔しくあるが、ゼフィのことを想うならここは潔く身を引き、彼女の幸せを願うべきだろう」
カイト、クリス、マロン、シュン。仲間たちの言葉にロイは驚きを隠せない。
「ほ、本気で言っているのかい、君たちは。冗談だろう?」
しかしロイの問いに誰も答えない。その沈黙こそが否定の証である。
「し……しかしボクは認めない。認めないぞ……」
険のある表情のロイ。ゴブレットを握るその手がわなわなと震えている。
友人のその様子に、他の四人は気まずそうに顔を見合わせる。
「君は一番ゼフィーと付き合いが長いからな。諦めきれないその気持は理解できる。さぁ、もっと呑むといい。今日はとことん付き合おう」
ロイのゴブレットに、カイトは葡萄酒をなみなみと注いだ。ロイはそれを睨むと、ぐいっと呷った。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
同時刻。テンピル邸のある高級住宅地より王城方向に近い、官邸がある区画。そこには他を圧倒するほど広大な屋敷がある。
その一室で、二人の男が密談を行っている。
一人はこの邸の主の客人、グラニド・ハルファルト。
全体的に線が細い壮年男性で、茹でられた蛸の足のように外側にカールした金髪と長いまつ毛、そして青髭というインパクト強めのルックスの彼は、リクリス王国の公爵でありこの国の重鎮の一人である。
一年前のクーデター事件ので王家の求心力が低下しつつあり、また同時に実権を握っていた宰相が失脚したことにより、現在は彼が実質的にリクリス王国を牛耳っている。
「まだ、彼の者は捕られておらぬ……と」
そんな彼に問いかけたのは朱色の法衣に身を包んだ老人で、この邸の主人である。
彼が被っている王冠に似た帽子には、大きな円の中に小さな円が三つ描かれている。この図柄は守護者教会の紋章であり、それが描かれた帽子は教会の最高位である大司教にしか身につけることを許されていない。
つまりこの老人は教会のトップに位置する人物ということになる。
「ええ、その通りです。しかしご心配なく。我が国の精鋭が揃う諜報機関【月影】を動かしていますから。彼らによると、ベレッタ・レーナスの所在を知る者たちの所在が確認できたと。事情が事情なのであまり大っぴらに出来ず少々手こずっているようですが、なに、もう間もなくベレッタ・レーナスを捕らえることが出来るでしょう」
語るハルファルト公爵の胸元で、守護者教会の紋章を模したネックレスがキラリと光った。
つまり彼も守護者教会の一員であり、しかも最高幹部の一人である。
「儂のもとに『生贄をアンブラタスの丘に捧げれば三獣の守護者が復活する』と”神”からお告げがあったのが半年前……」
大司教がゆっくりと言った。それにハルファルト公爵が頷いて答える。
「ええ。その生贄が ”旧王朝の血を色濃く受け継ぐ未出産の女” ということも、ですよね。そこで私があらゆる手段を使って調査した結果、旧王朝の血脈が残っていることが判明した。その直系がレーナス家。その中で条件に合致するのがベレッタ・レーナス。しかし、その令爵家であるということが今回の計画の支障になっている。おいそれと殺めるわけにはいかなかった」
「そこで儂が一計を案じましたな。直前に起こったクーデター事件。あれにかこつけてしまえば良い、と」
「ベレッタ・レーナスをクーデター事件の首謀者として仕立て上げる、という案ですね」
「うむ。常識とは、作れるもの。多少牽強ではあったが、教会派の貴族は誰も儂らには逆らえん。儂等が当然と言えば、初めは不審を感じておった貴族、引いては末端の衛兵達にいたるまで、いつの間にかベレッタ・レーナスが首謀者だという事実を当然のように受け入れておるはずじゃ」
この話を大司教から聞かされた時、かなり無茶な話だとハルファルトは思った。
たかだか二十歳に満たない小娘がクーデターを先導したなど、常識的に考えて有り得ない。
そこを旧王朝の復興を企てているとか、その為に第二王子であるロイを利用しようとしているなどと理由をでっちあげて、強引に事を進めた。
その過程で教会派以外の貴族やその他役人たちの反発は覚悟していたが、拍子抜けするほどあっさり事が運んでいた。
まるで、与り知らぬところで何者かにお膳立てされていたかのように。
「確かにそれは名案でした。それで捕まえられないのはこちらの手落ち。しかし先程も申しましたが、ベレッタ・レーナスがこちらの手に落ちるのも時間の問題かと」
「ですが、もうそんなに時間的な猶予はないかもしれませんぞ」
「……と仰いますと?」
「昨夜、また“神” からのお告げがありましてな」
「そ、それで “神” は何と!?」
「うむ。 “神” と敵対している異世界の邪な女神とその使徒が、この国へ降臨したらしい。やつらはこの国……いや、この世界を破滅へ導くだろうと。そして、やつらは既に動き出しているとも」
「邪神とその使徒……それはとても由々しき事態だ」
ハルファルトはその情報の真偽については疑念を抱かない。大司教が益体ない嘘偽りを語る人柄ではないと熟知しているからだ。
「異世界の邪神とその使徒について、 “神” はその素性を語られなかった」
「そうですか。しかしそのような者たちがいるのならば、悠長なことはしていられませんな。一刻も早くベレッタ・レーナスを捕獲せねば。そしてその者を生贄として、三獣の守護者を復活させ、この世界を守らねば」
「うむ、その通りですぞ。それで、彼の地の方は教会で探し当てましたぞ」
「おお、【アンブラタスの丘】をですか」
「うむ。古の文献を解読し、ようやく探し当てることができた」
「私の方でドネル・ガリオーリに探させていましたが、その報告を受ける前にヤツはナイネクス・ベッチ率いる一党によって捕縛されてしまいましたからね。お手数をおかけしました。では、残りは私の仕事ですな。早速王城に戻り部下たちの尻を叩いてきましょう。それでは私はこれにて失礼します」
そう言って辞去しようとしたハルファルトの背中に、大司教が声を掛ける。
「ああ、そうそう。大切なことを言い忘れておりました。神託には彼の者と一緒に、この人物も捕らえるようにとありましたな」
そして一枚のメモをハルファルトに渡した。
そこに書かれてある人物の名を読んで、ハルファルトが首を傾げる。
「……一応貴族のようですが、聞き覚えのない名ですな。この者を、何故?」
「“神” の思し召しです」
「……そうですか。承知しました」
”お告げ”の内容がここまで具体的だったのは始めてだ。しかしこれ以上は聞いても無駄だろう。そう考えたハルファルトは部屋を立ち去った。
一人残された大司教大司教は、
「これでよろしかったのですかな?」
と虚空へと語りかけた。
「上出来だ」
それに答えたのは、蜃気楼のように姿を現した銀髪の美女である。
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