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纏わり付く甘い香り
しおりを挟む「高橋、会場の設備どうなってたっけ。マイクとかスクリーンと……あの写すやつ、借りられるんだよな?」
「プロジェクターですね。大丈夫です、問題なく全部レンタルできました。マイクは二本にしましたけど、追加します?」
「あー、そうだな。三本にしとこうか。申し込みの方はどう? 上田さん」
「今朝の段階で七十五名です。会場が百名規模なので、もう少しほしいですね」
「だよなぁ。満員御礼にしたいよな。新規は?」
「十二名です」
「おー、悪くないね。じゃあSNS更新は引き続きお願い。ホームページも少し煽る感じに変更しようか。あ、あと月刊誌に載せといて。よろしく、一色」
「承知しました」
「じゃ、解散」
そう言うと、会議室からぞろぞろと人が出ていき、それぞれの席へ戻っていく。
突如立ち上がったプロジェクトも半ばを越え、少し落ち着きはしたが、すぐにまた忙しくなる。気なんて抜けない。
席に着き、やることを整理する。あれと、これと、それと……。今回のプロジェクトだけではなく他の業務も抱えていると思うと、なかなかハードだ。
(一つに集中させてほしいよなぁ。まあ、しょうがないんだけど)
心の中で愚痴りつつ、後輩に声をかける。
「蟹沢くん、この前頼んだ件どう? 終わった?」
「あー、まだです」
「……あ、そう。これ社長からの案件でもあるから、よろしくね」
「はぁ。わかりました」
“はぁ” じゃなくて “はい” だろうが。
そう言えたらどれほどスッキリするだろう。言えない自分に苦笑しながら、もう一つお願いをする。
「あ、そうだ。今日のSNS更新お願いできる?」
「わかりました」
「ありがとー、助かるよ」
蟹沢は淡々と返事をし、パソコンを打ち始める。
(ああ、これが誠君だったら……。きっとキラキラした顔で “任せてください!” とか言うんだろうな。)
つい誠君を誰かと重ねて想像してしまう。そうすると、荒んだ心がすっと和らぐ。反面、冷たい目で「もう連絡しないでくれますか?」と言われるイメージが、ふと脳裏をかすめる。
(……いや、違う。誠君はそんなこと言わない。でももう、一ヶ月は連絡が途絶えてる)
パソコンを叩きながらも、頭の中は誠君でいっぱいだった。これではいつミスをしてもおかしくない。
(……今日、仕事終わったら連絡してみようかな。うん、そうしよう)
それだけで少しやる気が戻り、「今日は定時で上がるぞ」と集中すれば、あっという間に夕方になり夜になった。
後輩は当然のように定時で帰り、俺も仕上げに入ろうとした頃、ショートメッセージが届いた。
『お疲れ様! そろそろ上がれそうかな? もし上がれそうなら今日食べに行かない? 私の奢り!』
「……」
ゆかりだ。
あの日会社の前で待ち伏せされ、誠君が他の配信者と仲良くしているのを見て全てがどうでもよくなり、その流れでゆかりと飯を食べた。
昔は「かわいいな」と思って話を聞けた彼女の話だったが、今はもう何も感じなかった。
(人って、こんなにも変わるんだな。誠君も……そうなのかな。もう俺と一緒にいるの、楽しくないのかな)
そう考えてしまうと、一気に気持ちが沈む。
(……早く帰りてぇ)
「あれ?」
「……何?」
俺が落ち込んでいると、ゆかりがかばんをまさぐり始めた。
「スマホがないの……おかしいな、確かに入れたはずなのに」
「上着は?」
「お店に入った時、手に持ってたから入ってないはずだもん」
あれーあれーと永遠に探すゆかり。
「公孝君、ごめん。番号伝えるから鳴らしてもらっていい?」
「え……」
正直、嫌だった。そんなことしたら、ゆかりとまた繋がってしまう。
“スマホ会社に置いてきた” とでも言おうかと思ったが、さっき触っているところを見られている。この嘘はつけない。
「も、もう少し探しなよ。上着もう一回」
「見たってば! お願い、鳴らして?」
こうなると彼女は引かない。その癖を今も覚えている自分にも嫌気が差す。仕方なくスマホを取り出し、言われた番号を入力して発信した。
ブーッ ブーッ
「あれ、こっちから音が──あっ! ジャケットに入ってた! しかも内ポケットじゃん!」
「だから上着確認しろって言ったじゃん……」
「確認したもん! 普段内ポケット使わないから見てなかっただけ! でもありがと、助かった!」
どっと疲れる。もう帰ろう。これ以上いたら「終電なくなっちゃったから泊めて」くらい言いかねない。
「俺そろそろ帰るわ。ここは俺が払うから。じゃ、元気で」
“もう会う気はありません” と遠回しに告げて席を立つ。だが、ゆかりはまだ食い下がった。
「あっ、待って! ……あの、たまに連絡しても……いい?」
「……なんで?」
「……このまま、公孝君と終わりになりたくないの。友達からでいい。友達から、やり直したい」
まっすぐな瞳。昔はその真っ直ぐさが好きだった。でも今は——やっぱり何も感じない。
「ごめん」
それだけ言って店を出た。これで最後だ。もう連絡が来る事はない。
少しだけ肩の荷が降りて、気持ちに少しでも余裕が出るかなと思っていたのだが
甘かった。
『公孝君に私の気持ち、わかってもらえるように頑張る』
翌日、ゆかりからこんなメッセージがおくっれてきたのだ。頑張るとか、そうゆう問題じゃなくて、俺はもう関わりたくないんだよとハッキリとした言葉を送っても毎日のように何かしら送られてくる。
俺は諦めてほぼ返事を返さなかったが、“返さなきゃいけない内容” を時々混ぜてくるのだ。
今回もそうだ。これを無視した場合、下手するとまた会社の前で来てしまう可能性がある。
俺は「残業だから無理」とだけ返し、仕事へ戻る。そもそも今日は早く帰って、誠くんに連絡するんだ!だが、世の中本当にうまくいかないものだ。
「一色、今日SNS更新してないだろ。頼んだよな?」
「え? 蟹沢君に今日頼んでたんですけど……上がってませんか?」
「上がってない。ちゃんと確認しないとダメだろ。お前、先輩なんだぞ?」
「す、すみません……今上げます!」
心の中は罵倒の嵐。だが確認しなかった俺も悪い。
内容を整え、画像を加工してアップ。残りの仕事を片付ければ、あっという間に21時を過ぎていた。
(定時で上がれるはずが……ほんとに残業になっちまった)
家にたどり着く頃には22時を回るだろう。夜型の誠くんなら、この時間でも大丈夫だと思う。けれど今の俺は、疲れ切った脳みそで余計な失態をやらかしそうだ。
ガックリと肩を落として会社を出る。スマホをちらりと見ると、一通のショートメッセージが届いていた。
『そっか。遅くまでご苦労様……あんまり無理しないでね。公孝君、体壊したら大変だよ』
「……うるせぇ……」
思わず悪態が漏れる。お前からのメッセージなんか欲しくない。俺は誠君からのメッセージが欲しいんだ。俺はゆかりからのメッセージを無視し、とぼとぼと帰路についたのだった。
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このゆかり、ほんと嫌いやわぁ・・・
「私頑張る」じゃねーの。お前の自己満押し付けんなっつーの!
って思いながらかいてました。
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