30 / 35
幻よ彼を連れてきて
しおりを挟む結局あれから、忙しさを理由に誠君へ連絡をすることができなかった。一言「元気?」だけでいいのに。意気地がなくて情けない。俺以外の誰かと仲良くしてるのを見たくなくて、ここ最近は彼の動画すら見ていない。
(どうして、こうなっちゃったんだろう……)
出勤途中の電車で、ぼーっとそのことばかり考えていた。そのせいなのか、なんだか頭まで痛い。
(薬買ってから出勤するか……はぁ、体が重いなぁ……)
心も体も絶不調だ。もはや他人事みたいにそんなことを思った。
会社に着き、まずは栄養ドリンクを口に流し込む。パソコンを立ち上げ、メールをチェックして、今日終わらせなければいけないタスクを確認する。タスクを確認……タスク……たすく……。
「おい……おーい、一色?」
「……あ、はい?」
「お前、大丈夫か? ずーっとモニター見たまま動かないから心配になったわ。つーか、顔色悪いぞ」
先輩の声ではっと我に返る。時計を見れば、出勤してからすでに一時間近く経っていた。
「あれ……なんでこんなに時間経ってんだ……」
「……一色、今日は帰った方がいいよ。ここ最近無理させてたしな。うん、早退しよう。少し休んでから帰るか? それともすぐ帰る?」
頭が全く回らないまま、先輩は俺を帰す方向でどんどん話を進めていく。いいのかな、帰って……。ダメな気がする……仕事しないと……。
「佐藤先輩、一色先輩帰ったらこれ誰がやるんですか?明日までのやつですよ?」
後輩の蟹沢が差し出した資料を見て、あぁ、と記憶がやっと繋がる。確かに明日までの仕事だ。半分は終わっていて、今日仕上げる予定だった。
危うく大惨事になるところだったとマウスを動かそうとすると、佐藤先輩がそれを制した。
「いや、一色は無理。今日は帰んなさい。これはお前がやれ、蟹沢」
「え?! いや、俺できませんよ!」
「できませんよって……お前、入社して何年よ」
「二年目ですけど」
「おま……いや、んー……これ言うとパワハラ扱いされそうだけどさ。二年も仕事してて資料の一つも作れんの? てか今まで誰が作ってたんだよ」
「……一色先輩が……」
先輩からの視線が刺さる。いや……だって、蟹沢は分からないって言いながらギリギリまで手をつけないし……。見てる方が怖いんだよ。だったら自分でやった方が早いし安全で……。
「はぁ……一色、お前にも問題あるな……でも蟹沢、お前は一色に甘えすぎなんだよ。自分から覚えようとしないから、いつまで経ってもできないんだ。つーことで、頑張れ。一色はデータを蟹沢に送れ。蟹沢、詰まったら聞きに来い。いいな?」
言い放って、佐藤先輩はデスクへ戻っていった。
もう頭がまともに働かない俺は、言われた通りデータを蟹沢に送り、「よろしく」とだけ伝えて席を立つ。
上司への連絡も佐藤先輩が済ませてくれていたらしく、「そのまま帰れ」と背中を押され、俺はふらふらと会社を後にした。
通勤ラッシュを終えた電車内は、とても静かで穏やかな空気が漂っていた。いつもと違う雰囲気のせいか、不思議な気持ちになる。自分だけ少し違う世界に放り込まれたようで、なんだか心地よい。
ぼんやりとそんなことを考えているうちに最寄り駅へ着き、フラフラと家まで歩いて帰った。
スーツを脱ぎ捨て、ラフな格好になってベッドに倒れ込む。あとは目を閉じるだけなのに、不思議と瞼が降りてこない。眠くなるまでスマホでもいじろうかと手に取ると、ショートメッセージが一件。
開けなくてもわかる。これは見ない。見たくない。俺が見たいのは、誠君からのメッセージだ。
メッセージ……か。いや、メッセージよりも声が聞きたい。楽しく話したい。誠君の声、どんなだったっけ……。
『……もしもし? 公孝さん?』
「……ん?」
今、誠君の声がした。
『あの……もしもし? 誤操作かな……』
「……誠君だ……」
スマホから、誠君の声がする。
『あ、き、公孝さん? 急に電話来たんで、びっくりしました……』
「わぁ……誠君だぁ……」
『ん? 公孝さん? 大丈夫ですか? 酔ってます?』
「お酒? 飲んでないよ。朝だからね、まだ飲まない時間だね。誠君は飲んでるの?」
誠君と会話してる。嬉しい。嬉しくてたまらない。
『な、なんだろ……すっごい可愛いんだけど、なんかおかしい……今日平日だよな……公孝さん、今日会社は?』
「会社? お休みだよ」
『お休みなんですか? 忙しいの終わったんです?』
「ん? 忙しいよ?」
『んー……なんか、話が噛み合ってない……公孝さん……体調不良でお休み、ってこと?』
「ん? んー、今日は会社行ったよ? それより誠君、また俺と遊ぼうよ。いっぱい話してさ、たくさん遊ぼ? 俺ね、誠君と話すのも遊ぶのも、すごく好きなんだ。だからね、あ、そうだ——」
『ちょ、ちょっと待って公孝さん! めちゃくちゃ嬉しいこと言ってくれてるし、胸きゅんで死にそうなんだけど、まず確認させて? 今日、会社行ったんだよね? 今どこ? 家? 会社?』
「……家だよ? さっき帰ってきた……あのね、まことくん、俺たくさん考えたんだけど——」
『さっき帰ってきた?! 早退ですよね?! だからそんなポワポワして……』
誠君は、俺が何か言うたびに遮ってくる。俺と話したくないのかな。ちゃんと謝りたいのに。ダメなのかな。許してくれないのかな……。
「あのね、まことくん、」
『公孝さん、具合悪いんですね? もう寝ましょ。ね?』
そのまま電話を切ろうとする気配。ああ、やっぱり。俺とはもう話したくないんだ。許してくれないんだ。
「あ……うん、わかった……ごめん、ごめん……ごめん……」
『公孝さん? あれ、なんか……すごい嫌な予感する……公孝さん? 落ち着こうね、大丈夫だから、ね? あのね——』
誠君が何か話していた気がするけれど、うまく思い出せない。いつの間にか通話は切れていて、気がつけばインターホンが何度も鳴っていた。
ぼーっとした頭では何も考えられず、しばらくその音を聞き続ける。しかし——誰かが俺を呼んでいる、とふいに理解し、重い体を引きずってドアへ向かい、外を確認もせずに開けた。
「あ……公孝さん? 大丈夫? ごめん、寝てるのに起こしちゃったよね……」
「………………」
「公孝さん?」
「まことくんだ……」
そう言った瞬間、俺の意識はぷつりと消えた。何となく大きな音と、誰かの声がした気がするけれど、もう、あとは何も分からなかった。
147
あなたにおすすめの小説
ちっちゃな婚約者に婚約破棄されたので気が触れた振りをして近衛騎士に告白してみた
風
BL
第3王子の俺(5歳)を振ったのは同じく5歳の隣国のお姫様。
「だって、お義兄様の方がずっと素敵なんですもの!」
俺は彼女を応援しつつ、ここぞとばかりに片思いの相手、近衛騎士のナハトに告白するのだった……。
サラリーマン二人、酔いどれ同伴
風
BL
久しぶりの飲み会!
楽しむ佐万里(さまり)は後輩の迅蛇(じんだ)と翌朝ベッドの上で出会う。
「……え、やった?」
「やりましたね」
「あれ、俺は受け?攻め?」
「受けでしたね」
絶望する佐万里!
しかし今週末も仕事終わりには飲み会だ!
こうして佐万里は同じ過ちを繰り返すのだった……。
【16+4話完結】虚な森の主と、世界から逃げた僕〜転生したら甘すぎる独占欲に囚われました〜
キノア9g
BL
「貴族の僕が異世界で出会ったのは、愛が重すぎる“森の主”でした。」
平凡なサラリーマンだった蓮は、気づけばひ弱で美しい貴族の青年として異世界に転生していた。しかし、待ち受けていたのは窮屈な貴族社会と、政略結婚という重すぎる現実。
そんな日常から逃げ出すように迷い込んだ「禁忌の森」で、蓮が出会ったのは──全てが虚ろで無感情な“森の主”ゼルフィードだった。
彼の周囲は生命を吸い尽くし、あらゆるものを枯らすという。だけど、蓮だけはなぜかゼルフィードの影響を受けない、唯一の存在。
「お前だけが、俺の世界に色をくれた」
蓮の存在が、ゼルフィードにとってかけがえのない「特異点」だと気づいた瞬間、無感情だった主の瞳に、激しいまでの独占欲と溺愛が宿る。
甘く、そしてどこまでも深い溺愛に包まれる、異世界ファンタジー
何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか
風
BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。
……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、
気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。
「僕は、あなたを守ると決めたのです」
いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。
けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――?
身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。
“王子”である俺は、彼に恋をした。
だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。
これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、
彼だけを見つめ続けた騎士の、
世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。
αからΩになった俺が幸せを掴むまで
なの
BL
柴田海、本名大嶋海里、21歳、今はオメガ、職業……オメガの出張風俗店勤務。
10年前、父が亡くなって新しいお義父さんと義兄貴ができた。
義兄貴は俺に優しくて、俺は大好きだった。
アルファと言われていた俺だったがある日熱を出してしまった。
義兄貴に看病されるうちにヒートのような症状が…
義兄貴と一線を超えてしまって逃げ出した。そんな海里は生きていくためにオメガの出張風俗店で働くようになった。
そんな海里が本当の幸せを掴むまで…
僕を惑わせるのは素直な君
秋元智也
BL
父と妹、そして兄の家族3人で暮らして来た。
なんの不自由もない。
5年前に病気で母親を亡くしてから家事一切は兄の歩夢が
全てやって居た。
そこへいきなり父親からも唐突なカミングアウト。
「俺、再婚しようと思うんだけど……」
この言葉に驚きと迷い、そして一縷の不安が過ぎる。
だが、好きになってしまったになら仕方がない。
反対する事なく母親になる人と会う事に……。
そこには兄になる青年がついていて…。
いきなりの兄の存在に戸惑いながらも興味もあった。
だが、兄の心の声がどうにもおかしくて。
自然と聞こえて来てしまう本音に戸惑うながら惹かれて
いってしまうが……。
それは兄弟で、そして家族で……同性な訳で……。
何もかも不幸にする恋愛などお互い苦しみしかなく……。
平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。
しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。
基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。
一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。
それでも宜しければどうぞ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる