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3話:禁断の魔導書「カガク」
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「読めるのですか」
「読めます」
学長のスイレン・ハーミズの静かな言葉に、ツユクサ先生が答えた。
はっきりと。
スッと学長の目が細くなる。
切れ長の冷たい光をもった黒い瞳。
まるで深い闇のような色をした長い黒髪。
真っ白な肌。
陶器のように傷一つないつるりとした肌。
日本人形みたいだ……
白い肌、ストレート黒髪、切れ長の眼差しがそんな印象を与えた。
スイレン・ハーミズ学長は、有名人だった。
俺でも入学前からその名を知っていた。
俺の兄で「魔人・リンドウ」と呼ばれる魔法使いをして「敵にしたくない相手ですね」と言わしめる存在。
漆黒の魔女――
年齢不詳。
少女といっていいような姿。
しかし「ロリババァ」という軽さを含んだ言葉のイメージが一切ない。
体内に魔法生物学により造られた、寄生虫を飼い、不老不死になっているという噂すらある。
よって、教会からの受けはよくは無い。
ただ、先代の王の時代から、王室との関係が深く教会もむやみに手は出せないでいるらしい。
まあ、これもたまたま耳に入ってきた噂程度の話だけど。
「禁忌の魔導書です。簡単には見せられません」
その言葉が真っ赤な色をした唇から紡ぎ出される。
血の色がそのまま透けている。
声音までその色を持っているような気がした。
あんまり同じ空間にいたくないタイプだ。
ただ机に座ってこっちを見ているだけで、形容しがたい圧迫感がある。
そう思った思考を読まれたのか?
すっと俺に視線を向けてきた。怖いです学長。
「不気味の谷現象」という言葉が俺の脳裏に浮かぶ。
「彼は、読めます。おそらく読めます。学長――」
「見せたのですか?」
その言葉――
ツユクサ先生は、ビクッと体を反応させた。
俺にも言っている意味が分かった「ペンダントの文字を見せたのか?」と言っているんだ。
彼女のペンダントに刻まれた文字。
ツユクサ。
カタカナで書かれた文字だ。
明らかに日本語だ。この異世界で初めて目にする日本語だった。
彼女がなぜそんなものを持っているのか、俺は知らない。
蔵書の整理をしていて偶然俺はそれを見た。
そして、今ここに連れてこられたのだ。
学長の執務室だ。
「見せました。彼は読めました。『ツユクサ』と読んだのです」
「そうですか――」
学長はそう言うと、引き出しから名刺サイズの紙を取り出した。
そして、大きなハンコのような物を紙に押し付けた。
「許可書です」
まるで人形のような手にその紙があった。
ツユクサ先生はそれを受け取る。
細く造り物めいた学長の指に比べて、ツユクサ先生の指は嫋やかであったが、人という感じがした。
そして、先生と俺はその場を後にした。
◇◇◇◇◇◇
「地下があるんですか」
「本当に口外しちゃダメだから」
前を歩くツユクサ先生が、振り返ることなく言った。
禁書の塔の地下。それは絶対に口外してはいけないと言われた場所だ。
狭く湿った空気の下り階段を下りていく。
闇の中。先生の持つ燭台の火だけが、揺らぐような光を作っていた。
前を行く、先生の黒い服(教官制服)が闇に溶けこみそうな感じだ。
「先生、魔法は?」
俺は訊いた。本当はもっと聞きたいことがいっぱいあった。
なぜ日本語の刻まれたペンダントをしているのか?
なぜそれを読めるのか?
先生も転生者なのか――
そんな考えも浮かんだが、否定する。それならば向こうから言ってくるはずだろう。
要するに「ライラック君も日本人だったの?」「はいそうです。先生」「異世界に2人きりの日本人――」「先生――」というような展開は無かったということだ。
だから、俺からも切りだせない。そもそも、彼女は「日本語」という言葉を一切口にしていないんだ。
だから今、俺が出来る質問は「先生、魔法は?」って質問だけ。
こんな暗い場所で、なんで照明用の光球を出さないのかって話だ。
わざわざ、燭台を持ちだすなんて。
「私は魔法が使えないから」
「はい……」
魔法が全く使えない人間は、それほど珍しくは無い。
そもそも、全員が使えるならば、「燭台」なんて存在しない世界になる。
ただ、王立魔法大学の教官になる人間では、珍しい存在だ。
「魔法を起動させる魔力がほとんどないわ。魔領域(メモリ)なんかゼロ」
切って捨てるような口ぶりで自分のことを話した。
俺は「自分が光球を出しましょうか」という言葉を飲み込む。
「アナタは?」
「日常的な魔法くらいなら」
「そう――」
低周波治療器のように両手から電気を流せることは言わなかった。
魔法というより、生来のスキルに近い物だ。
「魔導書を読んで詠唱して、魔領域(メモリ)に『魔法構造文』を展開、魔力を持って『魔法実行体』起動。その際に起動詠唱を実施――」
ツユクサ先生の言葉がゆらゆらと揺れる光の中に溶け込んでいく。
それは、この世界における魔法のシステムを簡単に語ったものだった。
なんと言うか、パソコンやスマホにインストして起動する「アプリ」イメージが近い。
「魔法を使うことが出来ない者が、魔法を研究するって変?」
「いえ、そう言う人もいるじゃないですか」
「魔領域(メモリ)も魔力も無い人間は滅多にいないわ」
どこか、自分を揶揄するような口調でツユクサ先生は言った。
亜麻色の髪の後ろ姿。
その向こうにあるキレイな顔には、どんな表情が浮かんでいるんだろう?
螺旋を描く下り階段は続いていた。深い闇の底に降りていくような感じだった。
◇◇◇◇◇◇
「ここがそうですか?」
「まだ」
ツユクサ先生は小さな声で応えた。
扉の前。階段はそこで終わっていた。
先生がノブを引っ張ると「キィィー」と軽い軋み音を上げ、扉が開いた。
鍵はかかってなかった。
部屋の中も真っ暗だった。
燭台のろうそくも、もう短くなっていた。
「禁書ですか――」
「ワぁッ!!」
思わず声を上げた。
滅茶苦茶驚いた。いきなりの声だった。
なんだよ? 人か?
え? 人形? いや、やっぱ人だ。
声をあげたのは、真っ白な髪と真っ白な肌をした女の人だった。
あまりにも白すぎて、炎の色がそのまま肌と髪に映りこむ。
ほの暗い部屋の中に、沈み込むような声だった。
白い女の人の声だった。
目をつぶったまま、椅子に座っていた。
スッとこちらの方を見た。
いや、見てない――
双眸は完全に閉じられていた。
「シャクナゲさん。学長の許可は得ていますから」
そう言ってツユクサ先生は、学長のスイレンから渡された紙を彼女に渡した。
それを指でなぞるようにして確認する。
点字か?
さっきのハンコは、紙に凹凸をつけ、点字を作る物だったのか。
彼女指でなぞり終わると、椅子から立ち上がった。
椅子をどかす。
彼女の背中に扉があった。
「ツユクサ先生ですね」
「はい」
「今、開けます」
シャクナゲと言われた白い女の人はゆっくりと扉を開けた。
彼女は盲目なのか?
「彼女は? なんなんですか?」
「――」
ツユクサ先生は俺の問いに沈黙で答えた。
そのまま奥に入った。
踏み込んだ瞬間だった。
天井全体が光を発した。部屋を黒く染めた闇が消えた。
昼間のようなそこに出現した。
「魔力光は本を傷めますので、このままなら1時間です」
感情をどこかに置き忘れたかのような声だ。
なんか、自分がとんでもないとこに足を踏み込んだ気がしてきた。
帰りたい。不味いな……
しかし、興味もある。日本語と異世界――
俺の頭の中ではまとまりのない考えが浮かんでは消える。
「ろうそくは、何本あるかしら?」
ツユクサ先生だ。俺に対する問いだった。
俺はろうそくの予備を持たされていたからだ。
「え、10本くらいは」
「シャクナゲさん。とりあえず、1時間したら魔力光を切って」
「分かりました」
強い魔力光が本を傷める。それ以降はろうそくで本を読むということか。
そんなに、長くここにいるの?
なんか、いやな感じのする場所なんだけど。
俺は周囲を見た。
壁にはビッチリと本が詰まっていた。
どれもこれもボロボロの状態のものを再び製本したのだろうか。
背表紙ではなんの本かさっぱり分からない。
「禁呪の第二書庫―― とびきりの禁呪。教会に言わせれば禁忌そのものね。塔の上にある禁呪の書どころじゃない」
「そんなものが……」
「カガク」
「え?」
「古代魔導「カガク」。そう呼ばれるものを書き記した書物――」
まるで機械が話しているような声でシャクナゲが言った。
「まあ、そういうこと。教会に知られたら、不味いなんてもんじゃない。王家に伝わる遺産の中でもひときわ物騒なものよ」
ツユクサは、亜麻色の髪を揺らし俺の方を見た。
口元が笑みの形になっている。
魔力もない。魔法も使えない。でもその笑みがなぜか「魔女」という言葉を思い出させた。
◇◇◇◇◇◇
「読める?」
「読めます―― でも……」
「読めるかどうかだけを答えればいい」
それは明らかに日本語だった。
今手にしている書物に書かれている文字だ。
俺は読める。だって俺は日本人から転生したんだ。
こっちで18年の人生を送っているが、日本語を忘れたわけじゃない。
「なにが書いてあるの?」
「え…… 工作機械だと思います。その造り方? 多分そんな感じです」
「工作機械?」
「あ…… いろんな道具とか、機械とかを作るための加工用の機械です」
「魔道具を生み出す魔道具というわけね」
「まあ、そんな感じです」
ツユクサ先生は日本語が読めなかった。
いや、正確には違うな。
カタカナの一部、ひらがなの一部の表音が分かっているということを読めると言うなら、少しは読める。
まあ、文字が分かると言ったところだろう。
日本語と、この世界の言葉は、文法も言語体系も全く違う。
俺も転生して、赤ちゃん時代は、親の言っていることは意味不明。
まあ、赤ちゃんなので「バブバブ」言っていればよかったので支障はなかったが。
「ツユクサ先生――」
「なに?」
初対面では貴族の子息として丁寧な言葉を使っていた彼女。
今では、くだけた言葉で俺に話しかけてくる。
そっちの方がよかった。
「先生のペンダントって……」
俺は訊いた。あのペンダントには明らかにカタカナで「ツユクサ」と書かれていた。
「私は孤児です」
きっぱりと彼女は言った。
ブルーの瞳が燭台の光を映しこんでいる。
そして彼女は黒い教官制服の首も元から、それを取り出した。
あのペンダントだ。
「私が拾われたときに、すでに身に着けていた物だから―― 多分、私の生まれ故郷と私を結ぶ唯一のもの」
彼女は「親」とはいわなかった「生まれ故郷」と言った。
「私の名は学長がつけた」
「私が捨てられたのは、王家の経営する孤児院だった。そこで、たまたまスイレン学長に出会ってね。教会経営の孤児院だったら、今の私はいなかったかも」
先生は、ポツポツと自分のことを話した。
学長がツユクサ先生の直接の師匠であること。
そして、禁断の魔導書の文字がそこに刻まれていることを教えたのも学長だった。
ペンダントの文字のことを知っているのは、学長だけだったこと。
彼女は若くして、この王立魔法大学を卒業していること。
そして、去年までは魔法予科学校で、魔法の基礎理論などを教えていたこと。
「ただ、魔法が全然使えないってのは、色々やりにくくて」
彼女はそう言った。
魔法があっても、文明レベルの基本は中世レベルだ。
人権意識は辛うじて「宗教」と各自の「道徳」で担保されているに過ぎない世界なんだよここは。
ゲームのファンタジー世界ではなく、現実の人が生きている世界だ。
貧困もあれば、差別もある。貴族に転生した俺は幸せだったのだと思う。
このキレイで可憐でかわいいと言っていい彼女。
亜麻色の髪にブルーの瞳。
小柄で細い身体をした彼女――
ツユクサ・アカツキ。
彼女は、この世界でどう生きてきたのだろう?
「無理やり、ここの教官になってよかった」
「え?」
「教会の圧力で、潰れそうだって聞いて、捻じ込んでもらった。学長に」
「そうなんですか」
「これで、ここは潰れることはなくなった」
彼女はろうそくの光の中でそう言った。
「はは…… ちょっとしゃべりすぎちゃったかな。自分語りしすぎたかな?」
「いえ、そんな……」
「奇跡なんて言葉を使いたくはないけど、アナタは奇跡かもしれない」
彼女は言った。俺を見つめて。
廃止が濃厚な、「禁呪学科」。それを無理やり彼女は教官になった。
学長の後押しもあったようだ。
しかし、受験生は俺一人だ。教会の圧力があったのだろうか?
潰れるかもしれない「禁呪学科」。
そこに、日本から転生した俺が入学したというわけだ。
確かに奇跡かもしれん。
しかし、日本語がなんで「禁忌」で「禁呪」とされているのか。
俺は、本に目をやった。
「カガク……」
その言葉が口に出た。「科学」だ。これはあらゆる科学について書かれている。
工作機械についてもそうだ。おそらく他の本も……
「分かるの?」
「いえ、そう言った意味で口に出したわけじゃ」
「そう」
俺は慎重にページをめくった。
ネジの作り方――
農業における様々な知識――
薬に関しての知識――
細かい参照が書かれている。これだけでは、日本語が分かっても何をどうこうできそうにない。
「ときどき、私って誰なんだろうって思う」
ポツリと彼女は言った。
それは教官としての言葉ではなく、ただの少女の言葉に聞こえた。
そう言った彼女の手には、青白い光を反射するペンダントが握られていた。
「読めます」
学長のスイレン・ハーミズの静かな言葉に、ツユクサ先生が答えた。
はっきりと。
スッと学長の目が細くなる。
切れ長の冷たい光をもった黒い瞳。
まるで深い闇のような色をした長い黒髪。
真っ白な肌。
陶器のように傷一つないつるりとした肌。
日本人形みたいだ……
白い肌、ストレート黒髪、切れ長の眼差しがそんな印象を与えた。
スイレン・ハーミズ学長は、有名人だった。
俺でも入学前からその名を知っていた。
俺の兄で「魔人・リンドウ」と呼ばれる魔法使いをして「敵にしたくない相手ですね」と言わしめる存在。
漆黒の魔女――
年齢不詳。
少女といっていいような姿。
しかし「ロリババァ」という軽さを含んだ言葉のイメージが一切ない。
体内に魔法生物学により造られた、寄生虫を飼い、不老不死になっているという噂すらある。
よって、教会からの受けはよくは無い。
ただ、先代の王の時代から、王室との関係が深く教会もむやみに手は出せないでいるらしい。
まあ、これもたまたま耳に入ってきた噂程度の話だけど。
「禁忌の魔導書です。簡単には見せられません」
その言葉が真っ赤な色をした唇から紡ぎ出される。
血の色がそのまま透けている。
声音までその色を持っているような気がした。
あんまり同じ空間にいたくないタイプだ。
ただ机に座ってこっちを見ているだけで、形容しがたい圧迫感がある。
そう思った思考を読まれたのか?
すっと俺に視線を向けてきた。怖いです学長。
「不気味の谷現象」という言葉が俺の脳裏に浮かぶ。
「彼は、読めます。おそらく読めます。学長――」
「見せたのですか?」
その言葉――
ツユクサ先生は、ビクッと体を反応させた。
俺にも言っている意味が分かった「ペンダントの文字を見せたのか?」と言っているんだ。
彼女のペンダントに刻まれた文字。
ツユクサ。
カタカナで書かれた文字だ。
明らかに日本語だ。この異世界で初めて目にする日本語だった。
彼女がなぜそんなものを持っているのか、俺は知らない。
蔵書の整理をしていて偶然俺はそれを見た。
そして、今ここに連れてこられたのだ。
学長の執務室だ。
「見せました。彼は読めました。『ツユクサ』と読んだのです」
「そうですか――」
学長はそう言うと、引き出しから名刺サイズの紙を取り出した。
そして、大きなハンコのような物を紙に押し付けた。
「許可書です」
まるで人形のような手にその紙があった。
ツユクサ先生はそれを受け取る。
細く造り物めいた学長の指に比べて、ツユクサ先生の指は嫋やかであったが、人という感じがした。
そして、先生と俺はその場を後にした。
◇◇◇◇◇◇
「地下があるんですか」
「本当に口外しちゃダメだから」
前を歩くツユクサ先生が、振り返ることなく言った。
禁書の塔の地下。それは絶対に口外してはいけないと言われた場所だ。
狭く湿った空気の下り階段を下りていく。
闇の中。先生の持つ燭台の火だけが、揺らぐような光を作っていた。
前を行く、先生の黒い服(教官制服)が闇に溶けこみそうな感じだ。
「先生、魔法は?」
俺は訊いた。本当はもっと聞きたいことがいっぱいあった。
なぜ日本語の刻まれたペンダントをしているのか?
なぜそれを読めるのか?
先生も転生者なのか――
そんな考えも浮かんだが、否定する。それならば向こうから言ってくるはずだろう。
要するに「ライラック君も日本人だったの?」「はいそうです。先生」「異世界に2人きりの日本人――」「先生――」というような展開は無かったということだ。
だから、俺からも切りだせない。そもそも、彼女は「日本語」という言葉を一切口にしていないんだ。
だから今、俺が出来る質問は「先生、魔法は?」って質問だけ。
こんな暗い場所で、なんで照明用の光球を出さないのかって話だ。
わざわざ、燭台を持ちだすなんて。
「私は魔法が使えないから」
「はい……」
魔法が全く使えない人間は、それほど珍しくは無い。
そもそも、全員が使えるならば、「燭台」なんて存在しない世界になる。
ただ、王立魔法大学の教官になる人間では、珍しい存在だ。
「魔法を起動させる魔力がほとんどないわ。魔領域(メモリ)なんかゼロ」
切って捨てるような口ぶりで自分のことを話した。
俺は「自分が光球を出しましょうか」という言葉を飲み込む。
「アナタは?」
「日常的な魔法くらいなら」
「そう――」
低周波治療器のように両手から電気を流せることは言わなかった。
魔法というより、生来のスキルに近い物だ。
「魔導書を読んで詠唱して、魔領域(メモリ)に『魔法構造文』を展開、魔力を持って『魔法実行体』起動。その際に起動詠唱を実施――」
ツユクサ先生の言葉がゆらゆらと揺れる光の中に溶け込んでいく。
それは、この世界における魔法のシステムを簡単に語ったものだった。
なんと言うか、パソコンやスマホにインストして起動する「アプリ」イメージが近い。
「魔法を使うことが出来ない者が、魔法を研究するって変?」
「いえ、そう言う人もいるじゃないですか」
「魔領域(メモリ)も魔力も無い人間は滅多にいないわ」
どこか、自分を揶揄するような口調でツユクサ先生は言った。
亜麻色の髪の後ろ姿。
その向こうにあるキレイな顔には、どんな表情が浮かんでいるんだろう?
螺旋を描く下り階段は続いていた。深い闇の底に降りていくような感じだった。
◇◇◇◇◇◇
「ここがそうですか?」
「まだ」
ツユクサ先生は小さな声で応えた。
扉の前。階段はそこで終わっていた。
先生がノブを引っ張ると「キィィー」と軽い軋み音を上げ、扉が開いた。
鍵はかかってなかった。
部屋の中も真っ暗だった。
燭台のろうそくも、もう短くなっていた。
「禁書ですか――」
「ワぁッ!!」
思わず声を上げた。
滅茶苦茶驚いた。いきなりの声だった。
なんだよ? 人か?
え? 人形? いや、やっぱ人だ。
声をあげたのは、真っ白な髪と真っ白な肌をした女の人だった。
あまりにも白すぎて、炎の色がそのまま肌と髪に映りこむ。
ほの暗い部屋の中に、沈み込むような声だった。
白い女の人の声だった。
目をつぶったまま、椅子に座っていた。
スッとこちらの方を見た。
いや、見てない――
双眸は完全に閉じられていた。
「シャクナゲさん。学長の許可は得ていますから」
そう言ってツユクサ先生は、学長のスイレンから渡された紙を彼女に渡した。
それを指でなぞるようにして確認する。
点字か?
さっきのハンコは、紙に凹凸をつけ、点字を作る物だったのか。
彼女指でなぞり終わると、椅子から立ち上がった。
椅子をどかす。
彼女の背中に扉があった。
「ツユクサ先生ですね」
「はい」
「今、開けます」
シャクナゲと言われた白い女の人はゆっくりと扉を開けた。
彼女は盲目なのか?
「彼女は? なんなんですか?」
「――」
ツユクサ先生は俺の問いに沈黙で答えた。
そのまま奥に入った。
踏み込んだ瞬間だった。
天井全体が光を発した。部屋を黒く染めた闇が消えた。
昼間のようなそこに出現した。
「魔力光は本を傷めますので、このままなら1時間です」
感情をどこかに置き忘れたかのような声だ。
なんか、自分がとんでもないとこに足を踏み込んだ気がしてきた。
帰りたい。不味いな……
しかし、興味もある。日本語と異世界――
俺の頭の中ではまとまりのない考えが浮かんでは消える。
「ろうそくは、何本あるかしら?」
ツユクサ先生だ。俺に対する問いだった。
俺はろうそくの予備を持たされていたからだ。
「え、10本くらいは」
「シャクナゲさん。とりあえず、1時間したら魔力光を切って」
「分かりました」
強い魔力光が本を傷める。それ以降はろうそくで本を読むということか。
そんなに、長くここにいるの?
なんか、いやな感じのする場所なんだけど。
俺は周囲を見た。
壁にはビッチリと本が詰まっていた。
どれもこれもボロボロの状態のものを再び製本したのだろうか。
背表紙ではなんの本かさっぱり分からない。
「禁呪の第二書庫―― とびきりの禁呪。教会に言わせれば禁忌そのものね。塔の上にある禁呪の書どころじゃない」
「そんなものが……」
「カガク」
「え?」
「古代魔導「カガク」。そう呼ばれるものを書き記した書物――」
まるで機械が話しているような声でシャクナゲが言った。
「まあ、そういうこと。教会に知られたら、不味いなんてもんじゃない。王家に伝わる遺産の中でもひときわ物騒なものよ」
ツユクサは、亜麻色の髪を揺らし俺の方を見た。
口元が笑みの形になっている。
魔力もない。魔法も使えない。でもその笑みがなぜか「魔女」という言葉を思い出させた。
◇◇◇◇◇◇
「読める?」
「読めます―― でも……」
「読めるかどうかだけを答えればいい」
それは明らかに日本語だった。
今手にしている書物に書かれている文字だ。
俺は読める。だって俺は日本人から転生したんだ。
こっちで18年の人生を送っているが、日本語を忘れたわけじゃない。
「なにが書いてあるの?」
「え…… 工作機械だと思います。その造り方? 多分そんな感じです」
「工作機械?」
「あ…… いろんな道具とか、機械とかを作るための加工用の機械です」
「魔道具を生み出す魔道具というわけね」
「まあ、そんな感じです」
ツユクサ先生は日本語が読めなかった。
いや、正確には違うな。
カタカナの一部、ひらがなの一部の表音が分かっているということを読めると言うなら、少しは読める。
まあ、文字が分かると言ったところだろう。
日本語と、この世界の言葉は、文法も言語体系も全く違う。
俺も転生して、赤ちゃん時代は、親の言っていることは意味不明。
まあ、赤ちゃんなので「バブバブ」言っていればよかったので支障はなかったが。
「ツユクサ先生――」
「なに?」
初対面では貴族の子息として丁寧な言葉を使っていた彼女。
今では、くだけた言葉で俺に話しかけてくる。
そっちの方がよかった。
「先生のペンダントって……」
俺は訊いた。あのペンダントには明らかにカタカナで「ツユクサ」と書かれていた。
「私は孤児です」
きっぱりと彼女は言った。
ブルーの瞳が燭台の光を映しこんでいる。
そして彼女は黒い教官制服の首も元から、それを取り出した。
あのペンダントだ。
「私が拾われたときに、すでに身に着けていた物だから―― 多分、私の生まれ故郷と私を結ぶ唯一のもの」
彼女は「親」とはいわなかった「生まれ故郷」と言った。
「私の名は学長がつけた」
「私が捨てられたのは、王家の経営する孤児院だった。そこで、たまたまスイレン学長に出会ってね。教会経営の孤児院だったら、今の私はいなかったかも」
先生は、ポツポツと自分のことを話した。
学長がツユクサ先生の直接の師匠であること。
そして、禁断の魔導書の文字がそこに刻まれていることを教えたのも学長だった。
ペンダントの文字のことを知っているのは、学長だけだったこと。
彼女は若くして、この王立魔法大学を卒業していること。
そして、去年までは魔法予科学校で、魔法の基礎理論などを教えていたこと。
「ただ、魔法が全然使えないってのは、色々やりにくくて」
彼女はそう言った。
魔法があっても、文明レベルの基本は中世レベルだ。
人権意識は辛うじて「宗教」と各自の「道徳」で担保されているに過ぎない世界なんだよここは。
ゲームのファンタジー世界ではなく、現実の人が生きている世界だ。
貧困もあれば、差別もある。貴族に転生した俺は幸せだったのだと思う。
このキレイで可憐でかわいいと言っていい彼女。
亜麻色の髪にブルーの瞳。
小柄で細い身体をした彼女――
ツユクサ・アカツキ。
彼女は、この世界でどう生きてきたのだろう?
「無理やり、ここの教官になってよかった」
「え?」
「教会の圧力で、潰れそうだって聞いて、捻じ込んでもらった。学長に」
「そうなんですか」
「これで、ここは潰れることはなくなった」
彼女はろうそくの光の中でそう言った。
「はは…… ちょっとしゃべりすぎちゃったかな。自分語りしすぎたかな?」
「いえ、そんな……」
「奇跡なんて言葉を使いたくはないけど、アナタは奇跡かもしれない」
彼女は言った。俺を見つめて。
廃止が濃厚な、「禁呪学科」。それを無理やり彼女は教官になった。
学長の後押しもあったようだ。
しかし、受験生は俺一人だ。教会の圧力があったのだろうか?
潰れるかもしれない「禁呪学科」。
そこに、日本から転生した俺が入学したというわけだ。
確かに奇跡かもしれん。
しかし、日本語がなんで「禁忌」で「禁呪」とされているのか。
俺は、本に目をやった。
「カガク……」
その言葉が口に出た。「科学」だ。これはあらゆる科学について書かれている。
工作機械についてもそうだ。おそらく他の本も……
「分かるの?」
「いえ、そう言った意味で口に出したわけじゃ」
「そう」
俺は慎重にページをめくった。
ネジの作り方――
農業における様々な知識――
薬に関しての知識――
細かい参照が書かれている。これだけでは、日本語が分かっても何をどうこうできそうにない。
「ときどき、私って誰なんだろうって思う」
ポツリと彼女は言った。
それは教官としての言葉ではなく、ただの少女の言葉に聞こえた。
そう言った彼女の手には、青白い光を反射するペンダントが握られていた。
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ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
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※カクヨム様にも投稿しております。内容は異なります。
※イラストはAI生成です
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