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4話:天は神の棲まうとこなれば
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家に戻ってもまだ俺の体の中には、熱気というか興奮が残っていた。
とんでもない。
これはとんでもない話だ。
禁断の魔導書「カガク」の正体――
地下の書庫にあった膨大な魔導書を総称し「カガク」としていたが……
あれは、あれだよ。
その言葉通り「科学」じゃねーか。
椅子に座り机に肘をおく。落ち着かない。
くそ――
考えがまとまらん。
俺は机の引き出しから一枚の紙を取り出す。
そしてペンを取った。
「科学――」
そう漢字で書いた。何年振りだろう?
日本語を書くのは。書くことに関してはもう多くの感じは頭の中に無い。
一瞬、これで合っていた迷う。まあいい。問題はそこじゃないし。
背もたれが俺の体重を受けて結構大きな音をたてた。
それほど太っているわけじゃない。椅子が古いだけ。
「この世界はなんだ?」
異世界――
日本とは違った次元軸あって、普通の手段では絶対に来れない場所。
中世ファンタージ風で、剣と魔法のお約束――
俺はそんな異世界に転生したと思っていたのだ。
「なんで、日本語が」
禁断の魔導書「カガク」。
その言葉は確実に日本語だったんだ。
「この世界は遠い未来なのか……」
自分の部屋で一人。確認するかのようにつぶやいた。
なんだそれ? 「猿の惑星」かよ?
異世界、異星と思っていたら、実は遠い未来で時間軸だけが動いていたってことか。
文明は失われ、人類の文明は中世レベルに落ちていたと……
SFのプロットとしても、すでに陳腐化しているような話だ。
「トラックに轢かれた受験生は、異世界風の遠い未来に転生しましたってことか?」
文明が滅び、残った本が旧時代の魔法として王家に伝承されていた遠い未来――
仮説)ここは遠い未来で地球です。
疑問)なぜ月がないのですか? 星の配置が違うのは?
回答)それは、地軸の変動です。
疑問)月が無いのは?
回答)どこかへ行きました。天文学的未来です
疑問)地形も違うんですけど?
回答)大陸移動です。
言葉、地球にいない生物。そして、魔法の存在…… しばらく自問自答が続いた。
俺は前かがみになって、机に頭を突いた。
細かく震えた。おかしくなってきた。
「あははははははは―― なんじゃそりゃぁッ」
やけくその笑い声が部屋に響いた。
外に聞こえてもいい。
無駄だ。
こんなもん、いくら考えても分かるわけがない。
訳が分からんが、適当な答えは思いつく。
しかし、それが本当がどうかなんて俺には確認のしようがないんだ。
「別にいいじゃん。よく考えたら~」
考えをまとめようと思って出していた紙を俺は白紙のまま丸めて捨てた。
ここが異世界であっても遠い未来であっても、よく考えたら、俺の生活にはさほど影響がない。
今までだって、まあまあ、上手くやっていたわけだし。
チートで無双でハーレムだってな具合ではないが。
そう結論付けて俺は「すぅぅ」っと息を吸い込む。
「しまった、勿体(もったい)ねぇ……」
紙は貴重なんだ。いくら貴族でも無駄にはできない。
俺はゴミ箱から紙を拾った。
手のひらで丁寧にしわを伸ばした。
そして、今日のことを思い返していた。
◇◇◇◇◇◇
「もう一度言って」
ページをめくる手を止めた。
すでに、天井からの魔力光は消えていた。
燭台の薄明かりの中、ブルーの瞳が見つめていた。
ツユクサ先生だ。
肩にかかるかの長さの亜麻色の髪がろうそくの光を映しこむ。
その大きな目を更に見開き、驚きの表情を浮かべている。
なにを驚いているんだ?
「空を飛ぶ機械です。飛行機――」
「空を飛ぶ?」
「そうです。そう書いてありますから」
俺はさも、今この本から読んで知ったような口ぶりで言った。
工作機械――
エンジン――
自動車――
列車――
電話――
照明――
etc.(エトセトラ)
どれもこれもが、この世界では存在しないものだろ。
今まで俺の説明を「ふんふん」と聞いていただけなのに。
なんで、飛行機にだけ食いつくの?
ツユクサ先生が俺に身を寄せてきた。
禁断の魔導書「カガク」を覗きこむためだ。
薄い服を通して彼女柔らかい身体の一部が俺の腕に触れた。
小さくても、柔らかだった。
ささやかな、ラッキースケベだった。
「これが……」
「飛行機です」
ツユクサ先生は更に身を乗り出し、本を覗きこんだ。
そのページには、飛行機の平面図が描かれていた。
何ページかに渡り書かれている「飛行機」についての記述。
当然「日本語」だ。
「これが飛ぶのね」
「そうみたいですね」
「それはどうして…… どんな、魔法構造を――」
それは、魔法じゃないし。
いやまて。そもそも、なんで飛行機は飛ぶんだ?
絵の飛行機はプロペラ機だ。プロペラで推進力を作って、翼で揚力を作るんだっけか――
しかし、余計なことは…… 突っ込まれたら困るし。
知ったかはできない。
「ちょっと、そこまでは」
「ふーん、そうなの」
ちょっと失望したように彼女は言った。
そして、パラパラとページをめくる。
「この絵も飛行機なのね?」
「そうですね」
この本に書かれている飛行機はプロペラ機ばかりだった。
もしかしたら、他の本にはジェット機とかロケットについて書かれた物があるのかもしれない。
「プ・ロ・ペ・ラ……?」
彼女は、カタカナで書かれたその文字を読んだ。
禁呪を刻む言語である「日本語」その一部を彼女は読むことが出来た。
カタカナとひらがなの一部だ。
なんで、読めるのかは知らない。
「そうですね。プロペラですね」
「これは何かしら?」
「これを回して、前に進む力を得ます―― と、ありますね。詳しくは分かりませんけど」
「ふーん」
「ところで、ライラック君」
「なんですか? ツユクサ先生」
「君」付けで俺の名を呼んだ。答える俺。
彼女は俺のことを貴族らしくないと言った。
しかし、貴族の子弟である俺を呼び捨てにはできないようだった。
まだ、俺と彼女の間にはそれくらいの距離はある。まあ、会って日も浅い。当然だろう。
「アナタはなんで、これが読めるの?」
「これ」とは当然「日本語」のことだ。
当然の疑問だろう。それは俺が彼女に対して抱いていた疑問でもあるんだ。
今まで訊かれなかったのが不思議だ。
「よく、分かりません」
「分からない?」
「そうとしか言えません。自分でも……」
「そう――」
それ以上、ツユクサ先生は追及しなかった。
「自分が転生者である」とは言えない。
言ったところで信じてもくれないだろう。
また、おかしなことを言って彼女との関係が変になるのも避けたかった。
「分からない」というのが今は一番いい答えのように思えた。
それ以外にどうにも言いようがないということもあるし。
ツユクサ先生はすっと横目で俺を一瞥した。
なにかを、言いかけるかのように唇が動き止まる。
長いまつ毛を沈み込ませ、沈黙を俺に返した。
ろうそくの炎がゆらゆらとした光を放っていた。
◇◇◇◇◇◇
「魔法で空を飛べるか、ですか――」
普段顔に菩薩像のような笑みを浮かべていることの多い次兄のリンドウは言った。
この国でも最高の一人に数えられる魔法使いだ。
使用人の入れた紅茶をすっと口元に持ってきた。
ああ、これが貴族というやつだよなぁと感心させられる優雅な動作。
唇を濡らしただけのようにして、ティーカップを置いた
「なぜ、そのような事を聞くのです?」
「いや…… ちょっと学校で気になったことがあって」
「そうですか――」
禁呪学科の指導教官。というか、学科に唯一の教官。
ツユクサ先生の見せた飛行機に対する態度。
あれがどうも気になった。
で、気付いた。
この世界、魔法で飛べないの? ってことだ。
そう考えると、今までそんな魔法使いを見た記憶が無かったのだ。
「飛べますよ」
まるで、大気に言葉を流し込むように兄は言った。
「リン兄ちゃんも出来るってことだよね。当然」
「出来るでしょう」
一瞬、端正な眉をピクリと動かし、兄は言った。
そして、言葉を続けた。
「しかし、意味がありません――」
「意味が無い?」
その答えは意外だった。
だって、空飛べるんだよ。すごく使えるよね。
移動だって、おそらく速い。
飛行機は凄く便利だ。その便利さを魔法で代用できるんだ。
意味が無いというのは、よく分からない。
「風をまとい、宙を舞う。可能ではあります。その他にも、いくつかの方法は考えられますが―― 現実的なものはそんなところでしょう」
「飛べば、遠くまで早くいけるんじゃないかな?」
「どうでしょうか……」
「どうって?」
「おそらく、この私で10分。平均的な鳥と同じくらいの速さで飛べたとしても、たかが知れています」
「そんなに?」
「おそらく、相当に魔力を消費します。デタラメに風を吹かせればいいなら別ですが」
それはその通りだ。風で「飛ぶ」のと、「飛ばされる」のでは全然違う。
行きたい場所に自在に行けなければ意味が無い。
「それに、長い距離は無理でしょう。仮に無尽蔵に魔力が続くとしても――」
「なんで?」
「分かりませんか?」
そう言って、兄は窓を見た。濡れたような黒い瞳。
すでに、夕刻だった。
どんよりとした空が広がっていた。
「雨、霧、そういった物に出会った場合、現在位置が分からなくなります」
「ああ、確かに」
この世界は曇りの日がすごく多い。空に雲が多い。
雨はそれほどでもないが、霧の日は多かった。いや、霧が出ない日が無いと言った方がいい。
俺は習った範囲では、この国だけではなく、この大陸全体がそんな気候帯にあった。
「軍事的にも意味がありません。自殺行為となるでしょう」
魔法使いとして師団長を務める軍人。
まるで、女の人と見間違えるような雰囲気と容姿を持った兄。
彼は軍人だった。
「空中に浮かぶ目標を攻撃するのはたやすい。身を隠す場所もありません」
「――」
「飛ぶ側は、飛行術。まあ、仮にそう呼びましょう。それの制御で魔領域(メモリ)オーバーです。攻撃はできません」
兄は俺に説明を続けた。空を飛ぶ魔法というのが、彼の知的好奇心に火をつけたようだった。
いつもは、物静かな兄がいつになく雄弁な気がした。
要するに、空を飛ぶことは人の魔力では負担が多い。しかも、メリットが少ない。
それはこの国や大陸の気象条件も飛ぶということを不利にさせている。
さらに、軍事的に言えば、下からは攻撃し放題。飛んでる方は的になるしかないということだ。
「でも、もし魔領域(メモリ)や魔力消費量の少ない魔法があったら?」
兄はそれを聞いて菩薩のような笑みを浮かべた。
「それでも無理でしょう」
「え?」
「多くの人たちは、空を飛ぼうとは思わないからです」
そして、次兄のリンドウは、ゆっくりと紅茶のカップに口をつけた。
「天は神の棲まうとこなれば――」
彼の静かな声音がゆっくりと大気に広がっていった。
とんでもない。
これはとんでもない話だ。
禁断の魔導書「カガク」の正体――
地下の書庫にあった膨大な魔導書を総称し「カガク」としていたが……
あれは、あれだよ。
その言葉通り「科学」じゃねーか。
椅子に座り机に肘をおく。落ち着かない。
くそ――
考えがまとまらん。
俺は机の引き出しから一枚の紙を取り出す。
そしてペンを取った。
「科学――」
そう漢字で書いた。何年振りだろう?
日本語を書くのは。書くことに関してはもう多くの感じは頭の中に無い。
一瞬、これで合っていた迷う。まあいい。問題はそこじゃないし。
背もたれが俺の体重を受けて結構大きな音をたてた。
それほど太っているわけじゃない。椅子が古いだけ。
「この世界はなんだ?」
異世界――
日本とは違った次元軸あって、普通の手段では絶対に来れない場所。
中世ファンタージ風で、剣と魔法のお約束――
俺はそんな異世界に転生したと思っていたのだ。
「なんで、日本語が」
禁断の魔導書「カガク」。
その言葉は確実に日本語だったんだ。
「この世界は遠い未来なのか……」
自分の部屋で一人。確認するかのようにつぶやいた。
なんだそれ? 「猿の惑星」かよ?
異世界、異星と思っていたら、実は遠い未来で時間軸だけが動いていたってことか。
文明は失われ、人類の文明は中世レベルに落ちていたと……
SFのプロットとしても、すでに陳腐化しているような話だ。
「トラックに轢かれた受験生は、異世界風の遠い未来に転生しましたってことか?」
文明が滅び、残った本が旧時代の魔法として王家に伝承されていた遠い未来――
仮説)ここは遠い未来で地球です。
疑問)なぜ月がないのですか? 星の配置が違うのは?
回答)それは、地軸の変動です。
疑問)月が無いのは?
回答)どこかへ行きました。天文学的未来です
疑問)地形も違うんですけど?
回答)大陸移動です。
言葉、地球にいない生物。そして、魔法の存在…… しばらく自問自答が続いた。
俺は前かがみになって、机に頭を突いた。
細かく震えた。おかしくなってきた。
「あははははははは―― なんじゃそりゃぁッ」
やけくその笑い声が部屋に響いた。
外に聞こえてもいい。
無駄だ。
こんなもん、いくら考えても分かるわけがない。
訳が分からんが、適当な答えは思いつく。
しかし、それが本当がどうかなんて俺には確認のしようがないんだ。
「別にいいじゃん。よく考えたら~」
考えをまとめようと思って出していた紙を俺は白紙のまま丸めて捨てた。
ここが異世界であっても遠い未来であっても、よく考えたら、俺の生活にはさほど影響がない。
今までだって、まあまあ、上手くやっていたわけだし。
チートで無双でハーレムだってな具合ではないが。
そう結論付けて俺は「すぅぅ」っと息を吸い込む。
「しまった、勿体(もったい)ねぇ……」
紙は貴重なんだ。いくら貴族でも無駄にはできない。
俺はゴミ箱から紙を拾った。
手のひらで丁寧にしわを伸ばした。
そして、今日のことを思い返していた。
◇◇◇◇◇◇
「もう一度言って」
ページをめくる手を止めた。
すでに、天井からの魔力光は消えていた。
燭台の薄明かりの中、ブルーの瞳が見つめていた。
ツユクサ先生だ。
肩にかかるかの長さの亜麻色の髪がろうそくの光を映しこむ。
その大きな目を更に見開き、驚きの表情を浮かべている。
なにを驚いているんだ?
「空を飛ぶ機械です。飛行機――」
「空を飛ぶ?」
「そうです。そう書いてありますから」
俺はさも、今この本から読んで知ったような口ぶりで言った。
工作機械――
エンジン――
自動車――
列車――
電話――
照明――
etc.(エトセトラ)
どれもこれもが、この世界では存在しないものだろ。
今まで俺の説明を「ふんふん」と聞いていただけなのに。
なんで、飛行機にだけ食いつくの?
ツユクサ先生が俺に身を寄せてきた。
禁断の魔導書「カガク」を覗きこむためだ。
薄い服を通して彼女柔らかい身体の一部が俺の腕に触れた。
小さくても、柔らかだった。
ささやかな、ラッキースケベだった。
「これが……」
「飛行機です」
ツユクサ先生は更に身を乗り出し、本を覗きこんだ。
そのページには、飛行機の平面図が描かれていた。
何ページかに渡り書かれている「飛行機」についての記述。
当然「日本語」だ。
「これが飛ぶのね」
「そうみたいですね」
「それはどうして…… どんな、魔法構造を――」
それは、魔法じゃないし。
いやまて。そもそも、なんで飛行機は飛ぶんだ?
絵の飛行機はプロペラ機だ。プロペラで推進力を作って、翼で揚力を作るんだっけか――
しかし、余計なことは…… 突っ込まれたら困るし。
知ったかはできない。
「ちょっと、そこまでは」
「ふーん、そうなの」
ちょっと失望したように彼女は言った。
そして、パラパラとページをめくる。
「この絵も飛行機なのね?」
「そうですね」
この本に書かれている飛行機はプロペラ機ばかりだった。
もしかしたら、他の本にはジェット機とかロケットについて書かれた物があるのかもしれない。
「プ・ロ・ペ・ラ……?」
彼女は、カタカナで書かれたその文字を読んだ。
禁呪を刻む言語である「日本語」その一部を彼女は読むことが出来た。
カタカナとひらがなの一部だ。
なんで、読めるのかは知らない。
「そうですね。プロペラですね」
「これは何かしら?」
「これを回して、前に進む力を得ます―― と、ありますね。詳しくは分かりませんけど」
「ふーん」
「ところで、ライラック君」
「なんですか? ツユクサ先生」
「君」付けで俺の名を呼んだ。答える俺。
彼女は俺のことを貴族らしくないと言った。
しかし、貴族の子弟である俺を呼び捨てにはできないようだった。
まだ、俺と彼女の間にはそれくらいの距離はある。まあ、会って日も浅い。当然だろう。
「アナタはなんで、これが読めるの?」
「これ」とは当然「日本語」のことだ。
当然の疑問だろう。それは俺が彼女に対して抱いていた疑問でもあるんだ。
今まで訊かれなかったのが不思議だ。
「よく、分かりません」
「分からない?」
「そうとしか言えません。自分でも……」
「そう――」
それ以上、ツユクサ先生は追及しなかった。
「自分が転生者である」とは言えない。
言ったところで信じてもくれないだろう。
また、おかしなことを言って彼女との関係が変になるのも避けたかった。
「分からない」というのが今は一番いい答えのように思えた。
それ以外にどうにも言いようがないということもあるし。
ツユクサ先生はすっと横目で俺を一瞥した。
なにかを、言いかけるかのように唇が動き止まる。
長いまつ毛を沈み込ませ、沈黙を俺に返した。
ろうそくの炎がゆらゆらとした光を放っていた。
◇◇◇◇◇◇
「魔法で空を飛べるか、ですか――」
普段顔に菩薩像のような笑みを浮かべていることの多い次兄のリンドウは言った。
この国でも最高の一人に数えられる魔法使いだ。
使用人の入れた紅茶をすっと口元に持ってきた。
ああ、これが貴族というやつだよなぁと感心させられる優雅な動作。
唇を濡らしただけのようにして、ティーカップを置いた
「なぜ、そのような事を聞くのです?」
「いや…… ちょっと学校で気になったことがあって」
「そうですか――」
禁呪学科の指導教官。というか、学科に唯一の教官。
ツユクサ先生の見せた飛行機に対する態度。
あれがどうも気になった。
で、気付いた。
この世界、魔法で飛べないの? ってことだ。
そう考えると、今までそんな魔法使いを見た記憶が無かったのだ。
「飛べますよ」
まるで、大気に言葉を流し込むように兄は言った。
「リン兄ちゃんも出来るってことだよね。当然」
「出来るでしょう」
一瞬、端正な眉をピクリと動かし、兄は言った。
そして、言葉を続けた。
「しかし、意味がありません――」
「意味が無い?」
その答えは意外だった。
だって、空飛べるんだよ。すごく使えるよね。
移動だって、おそらく速い。
飛行機は凄く便利だ。その便利さを魔法で代用できるんだ。
意味が無いというのは、よく分からない。
「風をまとい、宙を舞う。可能ではあります。その他にも、いくつかの方法は考えられますが―― 現実的なものはそんなところでしょう」
「飛べば、遠くまで早くいけるんじゃないかな?」
「どうでしょうか……」
「どうって?」
「おそらく、この私で10分。平均的な鳥と同じくらいの速さで飛べたとしても、たかが知れています」
「そんなに?」
「おそらく、相当に魔力を消費します。デタラメに風を吹かせればいいなら別ですが」
それはその通りだ。風で「飛ぶ」のと、「飛ばされる」のでは全然違う。
行きたい場所に自在に行けなければ意味が無い。
「それに、長い距離は無理でしょう。仮に無尽蔵に魔力が続くとしても――」
「なんで?」
「分かりませんか?」
そう言って、兄は窓を見た。濡れたような黒い瞳。
すでに、夕刻だった。
どんよりとした空が広がっていた。
「雨、霧、そういった物に出会った場合、現在位置が分からなくなります」
「ああ、確かに」
この世界は曇りの日がすごく多い。空に雲が多い。
雨はそれほどでもないが、霧の日は多かった。いや、霧が出ない日が無いと言った方がいい。
俺は習った範囲では、この国だけではなく、この大陸全体がそんな気候帯にあった。
「軍事的にも意味がありません。自殺行為となるでしょう」
魔法使いとして師団長を務める軍人。
まるで、女の人と見間違えるような雰囲気と容姿を持った兄。
彼は軍人だった。
「空中に浮かぶ目標を攻撃するのはたやすい。身を隠す場所もありません」
「――」
「飛ぶ側は、飛行術。まあ、仮にそう呼びましょう。それの制御で魔領域(メモリ)オーバーです。攻撃はできません」
兄は俺に説明を続けた。空を飛ぶ魔法というのが、彼の知的好奇心に火をつけたようだった。
いつもは、物静かな兄がいつになく雄弁な気がした。
要するに、空を飛ぶことは人の魔力では負担が多い。しかも、メリットが少ない。
それはこの国や大陸の気象条件も飛ぶということを不利にさせている。
さらに、軍事的に言えば、下からは攻撃し放題。飛んでる方は的になるしかないということだ。
「でも、もし魔領域(メモリ)や魔力消費量の少ない魔法があったら?」
兄はそれを聞いて菩薩のような笑みを浮かべた。
「それでも無理でしょう」
「え?」
「多くの人たちは、空を飛ぼうとは思わないからです」
そして、次兄のリンドウは、ゆっくりと紅茶のカップに口をつけた。
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