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5話:「カガク」でお金儲け?
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「てんはかみのすまうとこなれば? あッ、聖典の――」
「そうです。聖典の一節です」
次兄のリンドウは手に持ったカップを置くと、頷きながら言った。
その顔から笑みが消えていた。
「空を飛ぶことを教会が禁止している?」
「いいえ」
「じゃあ……」
聞いたことが無かった。
確かに「天は神の棲まうとこなれば」という言葉は聖典の中にある。
しかし、人が空を飛んではいけないとは書いてなかったはずだ。
少なくとも記憶には無い。一応、王立魔法大学では聖典の内容が試験に出る。そこそこは勉強はしているはずだが。
「戒律ではありませんし、禁止もしていません」
俺よりもずっと教養のあるリン兄が言った。彼は魔法だけではなく、幅広い知識を身に着けている。
もし、王立魔法大学に進んでいたら、魔法の歴史を変えてしまうような魔法開発者になっていただろうという声もある。
本人は、その道を選ばず、魔法使いとして軍人を選んだ。
優雅で物静か、おまけに女性のように見える容姿。
その魔力から「魔人・リンドウ」といわれる存在。
「じゃあ、魔法で飛ぶことには問題はない」
「かもしれません――」
「かもしれない?」
「教会のやることは分かりません。だから、怖いのですよ」
俺は黙って兄言葉を脳内で咀嚼(そしゃく)する。
教会の教え――
戒律――
断食しろとか、特定の時間に祈れとか、なにかを食べるなとか、そういった意味での戒律は無かった。
偶像崇拝の禁止もない。
教会は「人を惑わすこと、神の御心に背く行為」を禁じていた。
まあ、具体的には「盗むな」「殺すな」「傷つけるな」「騙すな」ということだ。これは、社会の法と重なる。
これは分かる。しかし――
「意味が分かりませんか」
兄が問いかけてきた。俺が黙っていたからだ。
「規範や規律が曖昧なのに、罰はきっちり与えるってことかな」
「概ね正解でしょう」
要するに「人を惑わすこと、神の御心に背く行為」が一体何を指しているのか?
その細かいところまでが全く分からないのだ。
「空を飛ぼうとすることが『異端』となるのか? それが分かりません」
兄は異端という言葉を使った。異端と認定されれば、「異端審問」にかかる。
それは「拷問」から「火刑」への一直線コースだ。
「空を飛ぶことは『異端』かもしれないし、そうじゃないかもしれない――」
「そういうことです。全ては教会の胸先三寸です」
「天は神の棲まうとこなれば」という言葉。ではその領域に人が踏み込んだら?
それは「異端」なのか? それが出来たこと自体が「神の意志」なのか?
それを判断するのは教会であって、自分たちではない。
しかも、こちらは事前にそれを知ることはできない。
「空を飛んでいいですか?」と聞いた時点で「異端」とされる可能性がある。
そのような考えを持つこと自体が、異端だと言われたら――
「ライラック――」
「リン兄ちゃん」
「好きにやりなさい。私はアナタの味方です」
魔人とよばれる兄は静かにそう言った。
◇◇◇◇◇◇
「なにをする気なんだろうな……」
昼休みだった。
俺は、キャンパスにある備え付けのベンチに座っていた。
今日は午前中に一般講義はなく、ツユクサ先生の手伝いをした。
古書の整理。
そして、禁断の魔導書「カガク」の翻訳。
ツユクサ先生の興味は明らかに、飛行機にあることが分かった。
「飛びたいのか? 空を?」
そう言って空を見た。
珍しく陽が射していた。雲の合間から異世界の太陽が光を落とす。
ところどころある広葉樹の木々。緩やかな風の中、葉を揺らす。
その木々の葉の間からその光が漏れていた。
そんな、光景をぼんやりみながら弁当を口に入れた。
俺の好物だ。
小麦粉を溶いて、薄く伸ばし焼いた生地に、具材をまいた物だ。
この世界では一般的な薄焼きパンだ。
ブタのアバラ肉をガルムソースでドロドロになるまで煮込んだものだ。
ガルムソースの味が醤油に似ているせいだろうか。俺はこれが好きだった。
手に着いた脂を舐める。家ではできない。
「あー、貴族の子息なのに、お行儀が悪い」
「先生」
ツユクサ先生の亜麻色の髪が陽光を浴びキラキラと輝く。
そしてふわりと、それを揺らしながら隣に座った。
「一緒していい」とかそんな言葉を一切出さず、当然と言った感じだ。
そして、自分の弁当らしきものを広げた。
小柄なツユクサ先生らしい、小さな弁当だった。
小麦を薄く延ばして焼いたパンに燻製の肉が巻いてあった。
「蜂蜜ですか?」
「へぇ、分かる。やっぱり貴族だもんね」
薄焼きパンからは甘い蜂蜜の匂いがした。
蜂蜜は高価だ。一般の人が普通の弁当に入れることができるものではない。
王立魔法大学の教員は社会的地位も高い。それに見合った給料もでるということだろう。
「バターも使っている。私、これ好きなんだ」
そう言って自分の具材を巻き込んだ薄焼きパンを口に入れた。
こんな姿を見ていると、本当に普通の少女のように―― いや外見は全然普通じゃなく、凄い美少女なんだが。
年相応―― いや、そもそも先生はいくつなんだ?
王立魔法大学を卒業しているのだ。
12歳で入学したとして卒業時は18歳。そして魔法教師として働いていたわけだから、20は超えているのだろう。
俺よりも2つ3つ上なのか?
とてもそうは見えない――
しかし、女性に年齢を聞くのはこの世界であってもマナー違反だ。
教会の戒律に違反するわけではないが。
「アナタは、小さいころから、そういうの食べてるんだよね」
不意に彼女が訊いてきた。
「え、まあそうですけど。ただ、これを好きなのは家族では自分と兄だけで、その兄もう家にはいませんから」
家族で、ガルムソースで煮込んだブタのアバラ肉が好きなのは俺とハルシャギク兄だけだった。
ハル兄は、自流派を作って道場主として独立している。
家にはときどき顔を見せる程度になっている。
両親や他の兄姉はもう少し薄い味の料理を好んだ。
だから食卓に滅多に上がる事のない料理だ。
少しだけ、家のことを話した。
「私も兄弟がいっぱいいるわよ」
「そうなんですか?」
「私、孤児院出身だから。みんな兄弟」
「そうですね」
屈託のない笑みだった。
禁呪の魔導書を漁っているときはまた別の彼女がそこにいた。
そして、彼女は薄焼きパンを丸めた食事を口に入れた。
「小さいころは、こんな美味しい食事があるなんて夢にも思わなかった」
食べ終わった彼女は、食事に対する感謝を表した後、そう言った。
スッと見上げた横顔が思いのほか近くにあり、鼓動が早くなる。
「でも、食事はたくさんで食べた方が美味しいよね。小さいころ、固い黒パンばかりだったけど、すごくおいしかったような気がする」
「ああ、それは分かるような気がします」
正面を見ていた彼女が向き直った。
ブルーの大きな瞳が真正面から俺を見た。
「友達いないの?」
「はぁ?」
「だって、いつも一人でお昼食べているでしょ?」
確かに友人はいない。
そもそも、禁呪学科には俺一人だ。
友人は、物理的に作るが困難。しかも、俺はそれほど社交的じゃない。
講義で一緒になる他学部の連中も顔を知っている程度だ。名前は知らん。
「今日は一緒に食べようと思ってお弁当作ってきた。キミは学食使わないし」
「え? 一緒に食べようですか……」
心の中の俺がガッツポーズを決めた。そして踊り出しそうになる。
ただ、冷静な俺が、過去の記憶を照会「先生が学生とコミュニケーションを取ろうとしているだけでは」と空気を読まなないことを言う。
冷静な俺は、浮かれた俺のパンチをテンプルに喰らって沈んだ。以上――
よって、俺はウキウキした気分となる。ヤバいな。こんな、凄い美人で可愛い先生と――
「学食は口に合わないんですよ」
「さすが、貴族のおぼちゃんね」
「いえいえいえいえいえ! あのですね。薄いんですよ。味が。自分はあれです。濃い味が好きなんで」
むしろここの学食の味付けが上流階級向けなんだ。
通っている学生は、普通に裕福な家のものばかりだ。
自然に、学食の味付けもそちらむけになる。
つまり「濃い味が好き」=「貴族っぽくないよ俺は」というアピールなのだった。
「はははは、別にいいけど」
俺の取り乱しように、笑う彼女。
受けた! ポジティブシンキングだ。
「ねえ――」
ツユクサ先生は笑うのを止めた。そして真剣な顔で口を開いた。
「お金、稼げる方法はないかしら?」
「お金?」
意外な言葉が出てきたことで、思わずオム返し。
お金って……
「成果よ。目に見えた成果があれば、『禁呪学科』は潰れなくて済む」
「それがお金ですか?」
「そうよ。禁呪の魔導書『カガク』――」
彼女は声を潜めてその名を語った。
「魔道具でしょ? その記載がほとんどなんじゃないの?」
「まだ、調べて数日じゃないですか」
そうは言っても、俺もまあ同じ感想を持っていた。
日本語で書かれた禁断の魔導書「カガク」膨大な冊数になる。
それは科学技術によって生み出された数々のメカニックの解説書だ。
「まさか、飛行機ですか? 飛行機を造って――」
「そうじゃないわ。いくらなんでも、あんなものをいきなり作れるわけがない」
「まあ…… そうですね」
妥当な判断だとは思う。
しかし「いきなり作れるわけがない」ということは「いつか作る」という意味にもとれた。
「あるんじゃないかな? あの禁断の書の中に、私たちでも作れて、お金を得ることが出来る物」
「なんか、下世話な話ですね」
「アナタね! お金は大事なのよ。生きていけないから、お金が無いと」
「いや…… ああ、すいません」
彼女は「これだから貴族のボンボンは……」というような目で俺を見た。
まあ、なんとなく金、金というのは美しくないという意識が俺の中にあっただけで、金が大事なのは分かっている。
確かにお金があれば「禁呪学科」の廃止は免れる可能性はある。
「魔導物理学部とか魔法開発工学部みたいに、ですか?」
魔法物理学部でも魔法開発工学部は資金が潤沢だ。
それは、自分たちでビジネスを展開しているからだ。
魔導書を売るビジネスだ。
魔法の基礎理論を構築する「魔法物理学部」のような知識はない。
その基礎理論を応用できるアイデアと実行形態を構築する「魔法開発工学部」のようなスキルもない。
魔法を開発すると、それを「魔法言語」にして魔導書に記す。
魔法を使いたい人間は、その本を買わなければならない。
非常に高い。
しかも、一度読み上げて、自分の魔領域に展開されてしまうと、その魔導書はもう使えない。
魔法を魔領域に常駐させておけば、その魔法はずっと使える。
しかし、魔領域には限りがある。
新たな魔法が必要になったとき、魔領域に空きが無ければ、以前購入した魔法は削除しなければいけない。
そして、もう一度、その魔法を使いたければ、また魔導書を買う必要があった。
凄まじい暴利のビジネスである。凄いビジネススキームだ。
大きな魔法を起動させることのできる魔領域と魔力を持った人間でも魔導書が買えなければ、普通の人間と同じだ。
魔法使いを魔法使いとして機能させるためには、魔導書が必須になる。
ただ例外もある。
元々独特の魔法が常駐しっぱなしの人間もいるのだ。俺もそうだ。
俺の場合は、ビリビリと電気を両手から出すことが出来る。
ただ、攻撃魔法になるほどのパワーは無い。空中への放電すらできないのだから。
「「カガク」から売れるような魔道具(アイテム)を作る……」
「出来ると思う?」
禁断の魔導書「カガク」に書かれた機械。そいつは膨大な科学技術の集積の上にある。
そして、あの概略や説明だけで、何かを作ることが出来るのか?
設計図も原材料も部品もない。設計図はもしかたらどこかにあるのかもしれないが。
それにしたって……
それは、今の俺にはとてつもなく難事業のように思えた。
「そうです。聖典の一節です」
次兄のリンドウは手に持ったカップを置くと、頷きながら言った。
その顔から笑みが消えていた。
「空を飛ぶことを教会が禁止している?」
「いいえ」
「じゃあ……」
聞いたことが無かった。
確かに「天は神の棲まうとこなれば」という言葉は聖典の中にある。
しかし、人が空を飛んではいけないとは書いてなかったはずだ。
少なくとも記憶には無い。一応、王立魔法大学では聖典の内容が試験に出る。そこそこは勉強はしているはずだが。
「戒律ではありませんし、禁止もしていません」
俺よりもずっと教養のあるリン兄が言った。彼は魔法だけではなく、幅広い知識を身に着けている。
もし、王立魔法大学に進んでいたら、魔法の歴史を変えてしまうような魔法開発者になっていただろうという声もある。
本人は、その道を選ばず、魔法使いとして軍人を選んだ。
優雅で物静か、おまけに女性のように見える容姿。
その魔力から「魔人・リンドウ」といわれる存在。
「じゃあ、魔法で飛ぶことには問題はない」
「かもしれません――」
「かもしれない?」
「教会のやることは分かりません。だから、怖いのですよ」
俺は黙って兄言葉を脳内で咀嚼(そしゃく)する。
教会の教え――
戒律――
断食しろとか、特定の時間に祈れとか、なにかを食べるなとか、そういった意味での戒律は無かった。
偶像崇拝の禁止もない。
教会は「人を惑わすこと、神の御心に背く行為」を禁じていた。
まあ、具体的には「盗むな」「殺すな」「傷つけるな」「騙すな」ということだ。これは、社会の法と重なる。
これは分かる。しかし――
「意味が分かりませんか」
兄が問いかけてきた。俺が黙っていたからだ。
「規範や規律が曖昧なのに、罰はきっちり与えるってことかな」
「概ね正解でしょう」
要するに「人を惑わすこと、神の御心に背く行為」が一体何を指しているのか?
その細かいところまでが全く分からないのだ。
「空を飛ぼうとすることが『異端』となるのか? それが分かりません」
兄は異端という言葉を使った。異端と認定されれば、「異端審問」にかかる。
それは「拷問」から「火刑」への一直線コースだ。
「空を飛ぶことは『異端』かもしれないし、そうじゃないかもしれない――」
「そういうことです。全ては教会の胸先三寸です」
「天は神の棲まうとこなれば」という言葉。ではその領域に人が踏み込んだら?
それは「異端」なのか? それが出来たこと自体が「神の意志」なのか?
それを判断するのは教会であって、自分たちではない。
しかも、こちらは事前にそれを知ることはできない。
「空を飛んでいいですか?」と聞いた時点で「異端」とされる可能性がある。
そのような考えを持つこと自体が、異端だと言われたら――
「ライラック――」
「リン兄ちゃん」
「好きにやりなさい。私はアナタの味方です」
魔人とよばれる兄は静かにそう言った。
◇◇◇◇◇◇
「なにをする気なんだろうな……」
昼休みだった。
俺は、キャンパスにある備え付けのベンチに座っていた。
今日は午前中に一般講義はなく、ツユクサ先生の手伝いをした。
古書の整理。
そして、禁断の魔導書「カガク」の翻訳。
ツユクサ先生の興味は明らかに、飛行機にあることが分かった。
「飛びたいのか? 空を?」
そう言って空を見た。
珍しく陽が射していた。雲の合間から異世界の太陽が光を落とす。
ところどころある広葉樹の木々。緩やかな風の中、葉を揺らす。
その木々の葉の間からその光が漏れていた。
そんな、光景をぼんやりみながら弁当を口に入れた。
俺の好物だ。
小麦粉を溶いて、薄く伸ばし焼いた生地に、具材をまいた物だ。
この世界では一般的な薄焼きパンだ。
ブタのアバラ肉をガルムソースでドロドロになるまで煮込んだものだ。
ガルムソースの味が醤油に似ているせいだろうか。俺はこれが好きだった。
手に着いた脂を舐める。家ではできない。
「あー、貴族の子息なのに、お行儀が悪い」
「先生」
ツユクサ先生の亜麻色の髪が陽光を浴びキラキラと輝く。
そしてふわりと、それを揺らしながら隣に座った。
「一緒していい」とかそんな言葉を一切出さず、当然と言った感じだ。
そして、自分の弁当らしきものを広げた。
小柄なツユクサ先生らしい、小さな弁当だった。
小麦を薄く延ばして焼いたパンに燻製の肉が巻いてあった。
「蜂蜜ですか?」
「へぇ、分かる。やっぱり貴族だもんね」
薄焼きパンからは甘い蜂蜜の匂いがした。
蜂蜜は高価だ。一般の人が普通の弁当に入れることができるものではない。
王立魔法大学の教員は社会的地位も高い。それに見合った給料もでるということだろう。
「バターも使っている。私、これ好きなんだ」
そう言って自分の具材を巻き込んだ薄焼きパンを口に入れた。
こんな姿を見ていると、本当に普通の少女のように―― いや外見は全然普通じゃなく、凄い美少女なんだが。
年相応―― いや、そもそも先生はいくつなんだ?
王立魔法大学を卒業しているのだ。
12歳で入学したとして卒業時は18歳。そして魔法教師として働いていたわけだから、20は超えているのだろう。
俺よりも2つ3つ上なのか?
とてもそうは見えない――
しかし、女性に年齢を聞くのはこの世界であってもマナー違反だ。
教会の戒律に違反するわけではないが。
「アナタは、小さいころから、そういうの食べてるんだよね」
不意に彼女が訊いてきた。
「え、まあそうですけど。ただ、これを好きなのは家族では自分と兄だけで、その兄もう家にはいませんから」
家族で、ガルムソースで煮込んだブタのアバラ肉が好きなのは俺とハルシャギク兄だけだった。
ハル兄は、自流派を作って道場主として独立している。
家にはときどき顔を見せる程度になっている。
両親や他の兄姉はもう少し薄い味の料理を好んだ。
だから食卓に滅多に上がる事のない料理だ。
少しだけ、家のことを話した。
「私も兄弟がいっぱいいるわよ」
「そうなんですか?」
「私、孤児院出身だから。みんな兄弟」
「そうですね」
屈託のない笑みだった。
禁呪の魔導書を漁っているときはまた別の彼女がそこにいた。
そして、彼女は薄焼きパンを丸めた食事を口に入れた。
「小さいころは、こんな美味しい食事があるなんて夢にも思わなかった」
食べ終わった彼女は、食事に対する感謝を表した後、そう言った。
スッと見上げた横顔が思いのほか近くにあり、鼓動が早くなる。
「でも、食事はたくさんで食べた方が美味しいよね。小さいころ、固い黒パンばかりだったけど、すごくおいしかったような気がする」
「ああ、それは分かるような気がします」
正面を見ていた彼女が向き直った。
ブルーの大きな瞳が真正面から俺を見た。
「友達いないの?」
「はぁ?」
「だって、いつも一人でお昼食べているでしょ?」
確かに友人はいない。
そもそも、禁呪学科には俺一人だ。
友人は、物理的に作るが困難。しかも、俺はそれほど社交的じゃない。
講義で一緒になる他学部の連中も顔を知っている程度だ。名前は知らん。
「今日は一緒に食べようと思ってお弁当作ってきた。キミは学食使わないし」
「え? 一緒に食べようですか……」
心の中の俺がガッツポーズを決めた。そして踊り出しそうになる。
ただ、冷静な俺が、過去の記憶を照会「先生が学生とコミュニケーションを取ろうとしているだけでは」と空気を読まなないことを言う。
冷静な俺は、浮かれた俺のパンチをテンプルに喰らって沈んだ。以上――
よって、俺はウキウキした気分となる。ヤバいな。こんな、凄い美人で可愛い先生と――
「学食は口に合わないんですよ」
「さすが、貴族のおぼちゃんね」
「いえいえいえいえいえ! あのですね。薄いんですよ。味が。自分はあれです。濃い味が好きなんで」
むしろここの学食の味付けが上流階級向けなんだ。
通っている学生は、普通に裕福な家のものばかりだ。
自然に、学食の味付けもそちらむけになる。
つまり「濃い味が好き」=「貴族っぽくないよ俺は」というアピールなのだった。
「はははは、別にいいけど」
俺の取り乱しように、笑う彼女。
受けた! ポジティブシンキングだ。
「ねえ――」
ツユクサ先生は笑うのを止めた。そして真剣な顔で口を開いた。
「お金、稼げる方法はないかしら?」
「お金?」
意外な言葉が出てきたことで、思わずオム返し。
お金って……
「成果よ。目に見えた成果があれば、『禁呪学科』は潰れなくて済む」
「それがお金ですか?」
「そうよ。禁呪の魔導書『カガク』――」
彼女は声を潜めてその名を語った。
「魔道具でしょ? その記載がほとんどなんじゃないの?」
「まだ、調べて数日じゃないですか」
そうは言っても、俺もまあ同じ感想を持っていた。
日本語で書かれた禁断の魔導書「カガク」膨大な冊数になる。
それは科学技術によって生み出された数々のメカニックの解説書だ。
「まさか、飛行機ですか? 飛行機を造って――」
「そうじゃないわ。いくらなんでも、あんなものをいきなり作れるわけがない」
「まあ…… そうですね」
妥当な判断だとは思う。
しかし「いきなり作れるわけがない」ということは「いつか作る」という意味にもとれた。
「あるんじゃないかな? あの禁断の書の中に、私たちでも作れて、お金を得ることが出来る物」
「なんか、下世話な話ですね」
「アナタね! お金は大事なのよ。生きていけないから、お金が無いと」
「いや…… ああ、すいません」
彼女は「これだから貴族のボンボンは……」というような目で俺を見た。
まあ、なんとなく金、金というのは美しくないという意識が俺の中にあっただけで、金が大事なのは分かっている。
確かにお金があれば「禁呪学科」の廃止は免れる可能性はある。
「魔導物理学部とか魔法開発工学部みたいに、ですか?」
魔法物理学部でも魔法開発工学部は資金が潤沢だ。
それは、自分たちでビジネスを展開しているからだ。
魔導書を売るビジネスだ。
魔法の基礎理論を構築する「魔法物理学部」のような知識はない。
その基礎理論を応用できるアイデアと実行形態を構築する「魔法開発工学部」のようなスキルもない。
魔法を開発すると、それを「魔法言語」にして魔導書に記す。
魔法を使いたい人間は、その本を買わなければならない。
非常に高い。
しかも、一度読み上げて、自分の魔領域に展開されてしまうと、その魔導書はもう使えない。
魔法を魔領域に常駐させておけば、その魔法はずっと使える。
しかし、魔領域には限りがある。
新たな魔法が必要になったとき、魔領域に空きが無ければ、以前購入した魔法は削除しなければいけない。
そして、もう一度、その魔法を使いたければ、また魔導書を買う必要があった。
凄まじい暴利のビジネスである。凄いビジネススキームだ。
大きな魔法を起動させることのできる魔領域と魔力を持った人間でも魔導書が買えなければ、普通の人間と同じだ。
魔法使いを魔法使いとして機能させるためには、魔導書が必須になる。
ただ例外もある。
元々独特の魔法が常駐しっぱなしの人間もいるのだ。俺もそうだ。
俺の場合は、ビリビリと電気を両手から出すことが出来る。
ただ、攻撃魔法になるほどのパワーは無い。空中への放電すらできないのだから。
「「カガク」から売れるような魔道具(アイテム)を作る……」
「出来ると思う?」
禁断の魔導書「カガク」に書かれた機械。そいつは膨大な科学技術の集積の上にある。
そして、あの概略や説明だけで、何かを作ることが出来るのか?
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それにしたって……
それは、今の俺にはとてつもなく難事業のように思えた。
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