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2話:彼女の名はツユクサ
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家族がお祝いをしてくれた。
俺の王立魔法大学入学祝い。
家の大広間には、使用人たちも並び、知った顔の人間もいた。
家に招かれた客なのだろう。俺の入学祝のために。
まあ、そこそこな貴族なので、これくらいのパーティは珍しくは無い。
「剣も魔法も目指す頂は同じであろうさ――」
「はは、兄貴は剣ではなく素手ではないですか」
「すでに我が身は鋼の剣よ――」
長兄ハルシャギクと次兄リンドウの会話だった。
剣と魔法のチート兄弟。俺の兄だ。
本当にその才能の10分の1でも分けてくれよ。
「ライ」
「リン兄さんなに?」
次兄のリンドウが俺を呼んだ。
「ライの開発した魔法―― いつか使ってみたいものです」
「はぁ……」
言葉に詰まる俺に妖艶な笑みを浮かべる。男のくせに。
武骨なハル兄に比べ、一見すると女のような美形のリン兄だ。
兄なのに見ているだけで、ゾクッとするわ……
「がんばったわね。お姉さんも嬉しいわ。ライ」
長姉のホウセンカだ。
金髪&巨乳の美女だが、血がつながっているせいか、女としては見れない。
つーか、治癒魔法専門のくせに、クマを素手で殺すのだ。女じゃない。つーか人外。
人外でチートの兄姉。
でも、基本的にみんないい人間だ。兄弟仲は悪くないのだ。
兄や姉から言葉にちょっとジーンとする俺。
末っ子の俺には家族は優しい。
父も母も厳しいが、真っ当な人間だ。高貴な人間はこうあるべきという尊敬できる人物だ。
こんないい人間たちに囲まれ、なんか、俺だけなんかダメ人間な気がする。
家族の善意が俺の心を責め苛むムチだ。
俺は手から微弱な電気がでるだけ。
やっとこ受かったは、王立魔法大学の「禁呪学科」だ。
入学者は俺1人で、廃止寸前。つーか、廃止されるのだろう。
詰んでいる。
家族の祝う気持ちに嬉しい気持ちはある。で、同時に心苦しいのだ。
潰れるのは俺のせいじゃないという打算。
仮面浪人すればいいかという打算。
今でもそういったものがないわけじゃない。
でも、指導教官になる人が――
「ところで、ライ」
ハルシャギク兄さんが俺に声をかけた。
俺の思考が途切れた。
俺は兄さんを見た。
鋼の武人という感じだ。
無敵、無双を体現した存在。
そして優しい心も持っている。
「強く優しい男」というある種の理想を体現した存在。
俺が女ならこれ、惚れるわマジで。
「なに、ハル兄ちゃん?」
「あの小さかったオマエが、これから、魔法原理と森羅万象を制御する魔法を研究するとは……」
お兄ちゃん、それ違う。それ「禁呪学科」やない。
それは「魔法物理学部」だから。
「いいえ――」
「む、違うのか、リンドウ?」
「ライが進むのは、基礎研究ではなく応用開発。いうなれば魔法の構築です」
「おう、そうか――」
リン兄ちゃん、それも違うから。納得しないでハル兄ちゃん。
それ「魔法開発工学部」だから。
俺、そんなのできないし、やる気もないから。
「あれ? 生命に対する魔法の研究・開発を行うと聞きましたけど?」
「はて、そうだったでしょうか?」
「むぅ、魔法のことはよく分からぬな――」
ライ兄さんとホウ姉さんとリン兄さんが、俺の方を見た。
「俺、魔法史学部だから、あれだよ。古代魔法の発掘とか、研究だよ――」
「ほう…… 攻撃魔法の中には、古代魔法言語をベースに開発されたものもあると聞きます」
リン兄さんが、知識を披露する。さすが「魔人・リンドウ」と称される魔法使いだ。
でも、俺そんな危険なことしないと思うよ。
「禁呪学科」はそういうのじゃないから。人もいないし。予算もないし。
「すごいわね。ライラック」
感心したように俺を見つめる姉。
「まあ……」
下を向く俺。
「コヤツ、照れおって――」
ゴッツイ手が俺の肩をポンと軽く叩いた。
すごく痛いんだけど。
ハル兄さんは、自分の体が全身凶器なのを自覚して。お願い。
そんな、俺たち兄弟の様子をあたたく見つめる両親。
本当にね……
俺に能力が無いということ以外は、幸せな家族なんだよなぁ。
俺にもチートな力があればよかったのに……
◇◇◇◇◇◇
王立魔法大学は6年制になっている。
入学可能年齢は12歳。
しかし、こんな奴は滅多にいない。
今、「基礎数理」の講義を受けている学生をみても、だいたい俺と同年代だ。
俺はこの世界で18歳だ。
基本的に試験にさえ受かれば、その前にどんな経歴だって関係ない。
それが王立魔法大学だ。
ただ、普通は「魔法大学予科学校」みたいなとこで対策しないと受からない。
私営の塾や予備校みたいなもので、結構あちらこちらにある。
俺はそこ出身だ。貴族なもんで家庭教師もいた。
だから、こういった一般教養は意外に得意だった。
そもそも、前世が受験生だったのだ。
入学して2年間は「基礎魔法学」の他「数理」、「神学」、「言語学」、「歴史・地理」といった一般教養課程の講義がある。
俺は今それを受けているわけだ。
講堂に集まった学生は様々な学部に所属している。
ただ、「禁呪学科」は俺一人だ。
この魔法大学には魔法物理学部、魔法法理学部、魔法生物学部、魔法開発工学部、魔法教育学部、魔法史学部がある。
その下にいくつかの「学科」がある。
「魔法史学部」の縮小は決定らしい。魔法法理学部に吸収されるとのこと。
その際に、廃止されるだろう「学科」の最有力候補が「禁呪学科」だった。
本当は入学を止めて、次の受験の対策を使用かとも考えた。
でも、俺は入学した。
説明会で出会った彼女。
「ツユクサ・アカツキ――」
声にならない言葉で彼女の名を口の中で転がした。
「禁呪学科」唯一の教官。
俺はその日のことを思い出していた。
◇◇◇◇◇◇
「アナタような高貴な血の方が来てくれて光栄です」
ペコリと頭を下げた。
教官が学生に頭を下げたのだ。
「いや…… どうも……」
対応に困った。
貴族がいるってことは、貴族ではない人間もいるってことだ。
それは「貴くない人間がいる」ということでもあるんだ。
亜麻色の髪の毛。彼女が動く度にサラサラと揺れる。
年齢は俺と同じか、俺より幼く見えた。教官なのだが。
体は細く小柄だ。キレイだけど小さい身体が可愛いという印象を作るのかもしれない。
「じゃあ、一応説明会をします。二人きりですけどね」
ちょっと苦笑交じりで彼女は言った。
苦笑交じりですら可愛らしくも美しい笑顔。
俺は彼女に促され、席に着いた。
ガラーンとした講堂に、彼女と二人きりだった。
男女二人だけの説明会が始まった。
「個人教授」という言葉が脳裏に浮かんだ――
しかし、そんな甘い体験などなく、淡々と事務的な説明があったわけだ。
まず、この王立魔法大学の説明。
でもって、各学部の概要の説明。
大体こんな感じだった。
魔法物理学部。
物理現象全てを制御する魔法の研究を行っている。魔法の働きの根源的な物を研究するとこだ。
現世でいえば、物理学部かな。
魔法開発工学部。
実用的な魔法全般を創り出すことを研究している。理学部の基礎研究に対し応用研究といわれる。
実際に世の中で使われる魔法はここで造られるわけだ。工学部みたいなものか。
魔法生物学部。
生命に対し作用する魔法を研究している。農業方面、人体強化などの魔法開発が中心。回復魔法なんかはここで研究される。
医学部みたいなものか。
魔法法理学部
神と魔法の関係について研究する。この世界の理も研究対象。この世界の宗教の総本山である教会とのつながりも強い。
まあ、現世ではちょっと対応する学部がないかな。
魔法教育学部
実戦的な魔法使いの養成を行っている。また、魔法教官の資格はここでしかとれない。その資格があれば大学予科学校の教員となれる。
教育学部とか、一般的な社会科学系の学部に近いと思う。
でもって、我が「魔法史学部・禁呪学科」の説明だった。
「禁呪の古文書の解析、研究を行うのが、我が学科です」
ツユクサ先生も俺を見つめ返した。
ブルーの瞳に吸い込まれそうになる。
「……」
「……」
沈黙が支配する空間で見つめ合う男女。
彼女の整った綺麗な眉が、だんだんと「ハ」の字型になる。
完全に困った顔だ。
すっと彼女は目をそらした。
「以上です」
「えーー! ちょっと待ってくださいよ。雑過ぎませんか?」
「雑ではありません。『端的』です」
凛とした言葉で反論するツユクサ先生。
「禁呪の定義くらいは教えてください」
「教会です」
「教会?」
この世界は剣と魔法の異世界だ。
それプラス力を持っているのが教会だった。
レイディオウェイヴ教という宗教が一代勢力を持っている。
一般的に皆、教会と言っている。
「禁呪かそうでないかは、教会が決めます」
「はぁ」
どこか怒りの混ざった声だった。
魔法史学部では、遺跡の発掘を行う。各地のダンジョンなんかも調査隊を送ることがある。
それを専門にしている学科もある。
そして、古文書の類が発掘されるのだ。
「古文書は禁忌の書なのです。全て禁呪の書かれた書物とされます」
「え? 書いてあるのは、魔法のことかどうか分からないじゃないですか」
「神の創りたもうた言葉以外で書かれた物は禁呪です」
すうぅぅっと彼女は息を吸い込んだ。吸いこんでも小さな胸は小さなままだ。
「教会は禁呪認定しましたが、研究の禁止まではできませんでした。その研究をするのが、『禁呪学科』です」
「でも、『禁呪学科』は――」
俺は口に出してしまったと思った。
彼女の顔色が変わった。俺の言葉の意味を途中で悟った顔だ。
この「禁呪学科」が廃止される可能性が高いこと。
「知ってたのかぁ……」
今までの丁寧な言葉から一転して少し伝法(でんぽう)な口ぶりとなった。
亜麻色の髪の中に細い指を絡ませ、かきあげた。
そして、強い視線で俺を見つめた。
少女に近い歳に見えたツユクサ先生が、急に大人びて見えた。
「教会、一二人委員会(マジェスティック・トゥエルブ)、王室―― それぞれの思惑があるから」
一二人委員会(マジェスティック・トゥエルブ)とは、一般に賢者会議といわれる組織だ。
あれだ…… 現生で例えると選挙で選ばれない議会という感じかな。
王室はまさしく、行政府だ。
この異世界の王国の中でも、権力は微妙なバランスの上にあった。
「禁呪学科は、権力バランスの上に危ういって感じですか」
ツユクサ先生はブルーの瞳を見開いた。
俺を見つめる。驚きの顔でだ。
「貴族のアホボンボンだと思っていたけど…… できるのかしら」
思案気にしなから、本来内面にとどめるべき言葉をつぶやく先生。
本人に、ダダ漏れなんですけどね。
「あのぉ…… 先生――」
「ん? あ…… えーと、とにかく、二人で頑張りましょう。まだ負けたわけじゃない」
彼女は真っ赤になりながらも、そう言った。
◇◇◇◇◇◇
「絶対、手を離しちゃだめよ。揺らしちゃダメよ。絶対よ。押さないでよ――」
まるでお笑いのネタのように声を上げるツユクサ先生。
「離しませんよ」
俺は脚立を押さえながら言った。
講義が終わると、俺は「禁呪学科」でツユクサ先生の手伝いをする。
まだ分類されていない。禁呪の古文書を整理する作業だ。
王立魔法大学付属の図書館の離れにある高い塔。
そこが、禁呪学科の扱う書庫となっている。
「私、貴族きらいなんだけど」
「はぁ――」
「アナタは貴族らしくないわね」
「そうですか」
そう言いながら、脇に抱えた本を棚に入れていく。
「でも、アナタが貴族で助かったかも。平民じゃいきなりここに入れないし」
「そうかもしれないですね」
「そうよ」
この書庫には魔法による認証が無い限り入れない。
本来、入学してすぐの学生なんかが、立ち入る場所ではない。
彼女の指摘通りなところはあるんだろう。
「ちょっと、その本、籠(かご)に入れてある。そう、それ」
彼女は俺に床に置いてある籠の中の本を渡せと言いたかったのだ。
俺はそれを取ろうと、脚立を支えながら腰を落した。
グラッ――
脚立が揺れた。
上でバランスを崩したツユクサ先生が、落っこちそうになっていた。
俺は本を取るのを止め、先生を支えようと――
どがぁぁ――
大量の本と一緒に彼女が落下。
俺は辛うじて彼女のクッションとなった。
「先生、大丈夫ですか?」
「もう、ちゃんと押さえてよ」
思いのほか接近。ひっくり返った俺の上に彼女の胸があった。
あれ……
「ツユクサ――」
俺はつぶやいていた。
彼女名だ。
俺の目の間にぶら下がっている物。
彼女の首にかかっていたペンダント。
彼女の瞳と同じような色をした大きな石がはめ込まれていた。
普段は服の下に隠れていたのだろう。
それが俺の目の前で揺れていた。
「アナタ…… なんで……」
俺がなぜ彼女の名を呼んだのか、それを分かった声だった。
ツユクサ――
それは、そのペンダントの裏だ。石のある方じゃない。裏――
そこにはっきりと刻まれた文字。
銀色の台座。
複雑な紋様。
その中にはっきりと。
「ツユクサ……」
俺はもう一度口に出していた。
信じられなかった。
それは、明らかに「日本語」だった――
俺の王立魔法大学入学祝い。
家の大広間には、使用人たちも並び、知った顔の人間もいた。
家に招かれた客なのだろう。俺の入学祝のために。
まあ、そこそこな貴族なので、これくらいのパーティは珍しくは無い。
「剣も魔法も目指す頂は同じであろうさ――」
「はは、兄貴は剣ではなく素手ではないですか」
「すでに我が身は鋼の剣よ――」
長兄ハルシャギクと次兄リンドウの会話だった。
剣と魔法のチート兄弟。俺の兄だ。
本当にその才能の10分の1でも分けてくれよ。
「ライ」
「リン兄さんなに?」
次兄のリンドウが俺を呼んだ。
「ライの開発した魔法―― いつか使ってみたいものです」
「はぁ……」
言葉に詰まる俺に妖艶な笑みを浮かべる。男のくせに。
武骨なハル兄に比べ、一見すると女のような美形のリン兄だ。
兄なのに見ているだけで、ゾクッとするわ……
「がんばったわね。お姉さんも嬉しいわ。ライ」
長姉のホウセンカだ。
金髪&巨乳の美女だが、血がつながっているせいか、女としては見れない。
つーか、治癒魔法専門のくせに、クマを素手で殺すのだ。女じゃない。つーか人外。
人外でチートの兄姉。
でも、基本的にみんないい人間だ。兄弟仲は悪くないのだ。
兄や姉から言葉にちょっとジーンとする俺。
末っ子の俺には家族は優しい。
父も母も厳しいが、真っ当な人間だ。高貴な人間はこうあるべきという尊敬できる人物だ。
こんないい人間たちに囲まれ、なんか、俺だけなんかダメ人間な気がする。
家族の善意が俺の心を責め苛むムチだ。
俺は手から微弱な電気がでるだけ。
やっとこ受かったは、王立魔法大学の「禁呪学科」だ。
入学者は俺1人で、廃止寸前。つーか、廃止されるのだろう。
詰んでいる。
家族の祝う気持ちに嬉しい気持ちはある。で、同時に心苦しいのだ。
潰れるのは俺のせいじゃないという打算。
仮面浪人すればいいかという打算。
今でもそういったものがないわけじゃない。
でも、指導教官になる人が――
「ところで、ライ」
ハルシャギク兄さんが俺に声をかけた。
俺の思考が途切れた。
俺は兄さんを見た。
鋼の武人という感じだ。
無敵、無双を体現した存在。
そして優しい心も持っている。
「強く優しい男」というある種の理想を体現した存在。
俺が女ならこれ、惚れるわマジで。
「なに、ハル兄ちゃん?」
「あの小さかったオマエが、これから、魔法原理と森羅万象を制御する魔法を研究するとは……」
お兄ちゃん、それ違う。それ「禁呪学科」やない。
それは「魔法物理学部」だから。
「いいえ――」
「む、違うのか、リンドウ?」
「ライが進むのは、基礎研究ではなく応用開発。いうなれば魔法の構築です」
「おう、そうか――」
リン兄ちゃん、それも違うから。納得しないでハル兄ちゃん。
それ「魔法開発工学部」だから。
俺、そんなのできないし、やる気もないから。
「あれ? 生命に対する魔法の研究・開発を行うと聞きましたけど?」
「はて、そうだったでしょうか?」
「むぅ、魔法のことはよく分からぬな――」
ライ兄さんとホウ姉さんとリン兄さんが、俺の方を見た。
「俺、魔法史学部だから、あれだよ。古代魔法の発掘とか、研究だよ――」
「ほう…… 攻撃魔法の中には、古代魔法言語をベースに開発されたものもあると聞きます」
リン兄さんが、知識を披露する。さすが「魔人・リンドウ」と称される魔法使いだ。
でも、俺そんな危険なことしないと思うよ。
「禁呪学科」はそういうのじゃないから。人もいないし。予算もないし。
「すごいわね。ライラック」
感心したように俺を見つめる姉。
「まあ……」
下を向く俺。
「コヤツ、照れおって――」
ゴッツイ手が俺の肩をポンと軽く叩いた。
すごく痛いんだけど。
ハル兄さんは、自分の体が全身凶器なのを自覚して。お願い。
そんな、俺たち兄弟の様子をあたたく見つめる両親。
本当にね……
俺に能力が無いということ以外は、幸せな家族なんだよなぁ。
俺にもチートな力があればよかったのに……
◇◇◇◇◇◇
王立魔法大学は6年制になっている。
入学可能年齢は12歳。
しかし、こんな奴は滅多にいない。
今、「基礎数理」の講義を受けている学生をみても、だいたい俺と同年代だ。
俺はこの世界で18歳だ。
基本的に試験にさえ受かれば、その前にどんな経歴だって関係ない。
それが王立魔法大学だ。
ただ、普通は「魔法大学予科学校」みたいなとこで対策しないと受からない。
私営の塾や予備校みたいなもので、結構あちらこちらにある。
俺はそこ出身だ。貴族なもんで家庭教師もいた。
だから、こういった一般教養は意外に得意だった。
そもそも、前世が受験生だったのだ。
入学して2年間は「基礎魔法学」の他「数理」、「神学」、「言語学」、「歴史・地理」といった一般教養課程の講義がある。
俺は今それを受けているわけだ。
講堂に集まった学生は様々な学部に所属している。
ただ、「禁呪学科」は俺一人だ。
この魔法大学には魔法物理学部、魔法法理学部、魔法生物学部、魔法開発工学部、魔法教育学部、魔法史学部がある。
その下にいくつかの「学科」がある。
「魔法史学部」の縮小は決定らしい。魔法法理学部に吸収されるとのこと。
その際に、廃止されるだろう「学科」の最有力候補が「禁呪学科」だった。
本当は入学を止めて、次の受験の対策を使用かとも考えた。
でも、俺は入学した。
説明会で出会った彼女。
「ツユクサ・アカツキ――」
声にならない言葉で彼女の名を口の中で転がした。
「禁呪学科」唯一の教官。
俺はその日のことを思い出していた。
◇◇◇◇◇◇
「アナタような高貴な血の方が来てくれて光栄です」
ペコリと頭を下げた。
教官が学生に頭を下げたのだ。
「いや…… どうも……」
対応に困った。
貴族がいるってことは、貴族ではない人間もいるってことだ。
それは「貴くない人間がいる」ということでもあるんだ。
亜麻色の髪の毛。彼女が動く度にサラサラと揺れる。
年齢は俺と同じか、俺より幼く見えた。教官なのだが。
体は細く小柄だ。キレイだけど小さい身体が可愛いという印象を作るのかもしれない。
「じゃあ、一応説明会をします。二人きりですけどね」
ちょっと苦笑交じりで彼女は言った。
苦笑交じりですら可愛らしくも美しい笑顔。
俺は彼女に促され、席に着いた。
ガラーンとした講堂に、彼女と二人きりだった。
男女二人だけの説明会が始まった。
「個人教授」という言葉が脳裏に浮かんだ――
しかし、そんな甘い体験などなく、淡々と事務的な説明があったわけだ。
まず、この王立魔法大学の説明。
でもって、各学部の概要の説明。
大体こんな感じだった。
魔法物理学部。
物理現象全てを制御する魔法の研究を行っている。魔法の働きの根源的な物を研究するとこだ。
現世でいえば、物理学部かな。
魔法開発工学部。
実用的な魔法全般を創り出すことを研究している。理学部の基礎研究に対し応用研究といわれる。
実際に世の中で使われる魔法はここで造られるわけだ。工学部みたいなものか。
魔法生物学部。
生命に対し作用する魔法を研究している。農業方面、人体強化などの魔法開発が中心。回復魔法なんかはここで研究される。
医学部みたいなものか。
魔法法理学部
神と魔法の関係について研究する。この世界の理も研究対象。この世界の宗教の総本山である教会とのつながりも強い。
まあ、現世ではちょっと対応する学部がないかな。
魔法教育学部
実戦的な魔法使いの養成を行っている。また、魔法教官の資格はここでしかとれない。その資格があれば大学予科学校の教員となれる。
教育学部とか、一般的な社会科学系の学部に近いと思う。
でもって、我が「魔法史学部・禁呪学科」の説明だった。
「禁呪の古文書の解析、研究を行うのが、我が学科です」
ツユクサ先生も俺を見つめ返した。
ブルーの瞳に吸い込まれそうになる。
「……」
「……」
沈黙が支配する空間で見つめ合う男女。
彼女の整った綺麗な眉が、だんだんと「ハ」の字型になる。
完全に困った顔だ。
すっと彼女は目をそらした。
「以上です」
「えーー! ちょっと待ってくださいよ。雑過ぎませんか?」
「雑ではありません。『端的』です」
凛とした言葉で反論するツユクサ先生。
「禁呪の定義くらいは教えてください」
「教会です」
「教会?」
この世界は剣と魔法の異世界だ。
それプラス力を持っているのが教会だった。
レイディオウェイヴ教という宗教が一代勢力を持っている。
一般的に皆、教会と言っている。
「禁呪かそうでないかは、教会が決めます」
「はぁ」
どこか怒りの混ざった声だった。
魔法史学部では、遺跡の発掘を行う。各地のダンジョンなんかも調査隊を送ることがある。
それを専門にしている学科もある。
そして、古文書の類が発掘されるのだ。
「古文書は禁忌の書なのです。全て禁呪の書かれた書物とされます」
「え? 書いてあるのは、魔法のことかどうか分からないじゃないですか」
「神の創りたもうた言葉以外で書かれた物は禁呪です」
すうぅぅっと彼女は息を吸い込んだ。吸いこんでも小さな胸は小さなままだ。
「教会は禁呪認定しましたが、研究の禁止まではできませんでした。その研究をするのが、『禁呪学科』です」
「でも、『禁呪学科』は――」
俺は口に出してしまったと思った。
彼女の顔色が変わった。俺の言葉の意味を途中で悟った顔だ。
この「禁呪学科」が廃止される可能性が高いこと。
「知ってたのかぁ……」
今までの丁寧な言葉から一転して少し伝法(でんぽう)な口ぶりとなった。
亜麻色の髪の中に細い指を絡ませ、かきあげた。
そして、強い視線で俺を見つめた。
少女に近い歳に見えたツユクサ先生が、急に大人びて見えた。
「教会、一二人委員会(マジェスティック・トゥエルブ)、王室―― それぞれの思惑があるから」
一二人委員会(マジェスティック・トゥエルブ)とは、一般に賢者会議といわれる組織だ。
あれだ…… 現生で例えると選挙で選ばれない議会という感じかな。
王室はまさしく、行政府だ。
この異世界の王国の中でも、権力は微妙なバランスの上にあった。
「禁呪学科は、権力バランスの上に危ういって感じですか」
ツユクサ先生はブルーの瞳を見開いた。
俺を見つめる。驚きの顔でだ。
「貴族のアホボンボンだと思っていたけど…… できるのかしら」
思案気にしなから、本来内面にとどめるべき言葉をつぶやく先生。
本人に、ダダ漏れなんですけどね。
「あのぉ…… 先生――」
「ん? あ…… えーと、とにかく、二人で頑張りましょう。まだ負けたわけじゃない」
彼女は真っ赤になりながらも、そう言った。
◇◇◇◇◇◇
「絶対、手を離しちゃだめよ。揺らしちゃダメよ。絶対よ。押さないでよ――」
まるでお笑いのネタのように声を上げるツユクサ先生。
「離しませんよ」
俺は脚立を押さえながら言った。
講義が終わると、俺は「禁呪学科」でツユクサ先生の手伝いをする。
まだ分類されていない。禁呪の古文書を整理する作業だ。
王立魔法大学付属の図書館の離れにある高い塔。
そこが、禁呪学科の扱う書庫となっている。
「私、貴族きらいなんだけど」
「はぁ――」
「アナタは貴族らしくないわね」
「そうですか」
そう言いながら、脇に抱えた本を棚に入れていく。
「でも、アナタが貴族で助かったかも。平民じゃいきなりここに入れないし」
「そうかもしれないですね」
「そうよ」
この書庫には魔法による認証が無い限り入れない。
本来、入学してすぐの学生なんかが、立ち入る場所ではない。
彼女の指摘通りなところはあるんだろう。
「ちょっと、その本、籠(かご)に入れてある。そう、それ」
彼女は俺に床に置いてある籠の中の本を渡せと言いたかったのだ。
俺はそれを取ろうと、脚立を支えながら腰を落した。
グラッ――
脚立が揺れた。
上でバランスを崩したツユクサ先生が、落っこちそうになっていた。
俺は本を取るのを止め、先生を支えようと――
どがぁぁ――
大量の本と一緒に彼女が落下。
俺は辛うじて彼女のクッションとなった。
「先生、大丈夫ですか?」
「もう、ちゃんと押さえてよ」
思いのほか接近。ひっくり返った俺の上に彼女の胸があった。
あれ……
「ツユクサ――」
俺はつぶやいていた。
彼女名だ。
俺の目の間にぶら下がっている物。
彼女の首にかかっていたペンダント。
彼女の瞳と同じような色をした大きな石がはめ込まれていた。
普段は服の下に隠れていたのだろう。
それが俺の目の前で揺れていた。
「アナタ…… なんで……」
俺がなぜ彼女の名を呼んだのか、それを分かった声だった。
ツユクサ――
それは、そのペンダントの裏だ。石のある方じゃない。裏――
そこにはっきりと刻まれた文字。
銀色の台座。
複雑な紋様。
その中にはっきりと。
「ツユクサ……」
俺はもう一度口に出していた。
信じられなかった。
それは、明らかに「日本語」だった――
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絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
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聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
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・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
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