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甘さより甘い距離2
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カフェオレを飲み終え、カップをテーブルに置いた瞬間――
腰に添えられていたグリーンの腕が、ほんのわずかに締まった。
逃がさない、ってほどじゃない。けど、“離れるつもりはありませんよ”って意思だけは、ちゃんと伝わる。
「……なんだよ」
ぼそっと言いながら顔を向けた途端、至近距離すぎるグリーンの顔が視界いっぱいに飛び込んできた。
(……まつげ、長ぇな)
寝起きのぼんやりした頭で、そんな他人事みたいな感想を抱いていた。
ふいに、グリーンの顔がさらに近づき――
ぺろっ。
下唇を、軽く、撫でるように舐められた。一瞬、何が起きたのかわからなかったが、グリーンはまるで何でもないような穏やかな顔で言った。
「……甘いですね」
「…甘いもん、食ってたからな」
割と動揺したつもりだったが、反射的に返した声は、意外と普通だった。
グリーンの手が、頬から首筋へゆっくり滑り降りる。軽い。けど意図がある。撫でるというより――探ってる、確かめてる、そんな触り方。
(……今度はなんだ)
言葉にする前に、グリーンが落ち着いた声で問いかけてきた。
「トオルさんって、性欲あります?」
あまりにも自然に口にするから、一瞬聞き間違いかと思った。……いや、聞き間違いじゃねぇな。距離ゼロの位置で、そんなこと平然と聞くなよ。
「……そりゃ、人並みに」
返事は淡々としたものになった。本当に人並みかどうか、とかそういう話は置いといて。お前はどうなんだよ、なんて聞いたらめんどくさいことになりそうで、喉まで出かかった言葉は飲み込んだ。
それにしても、グリーンの爽やかなイケメン顔で"性欲"とか言ってんの、全然似合わねぇな。なんて考えていると、グリーンの体重が、じわり……とこちらにかかってくる。
最初は“近い”だけだった。それが、気づけば背中がソファに沈み、視界いっぱいにグリーンの顔。すぐ上から落ちる影。まるで押し倒されたみたいな体勢になっていた。
「余裕そうですね、トオルさん」
上から落ちてくる声は、やけに穏やかで、妙に甘い。
「そうか?」
「ずっと落ち着いてますよ。……こうして上に乗られてても」
「……これでも緊張してるけど」
言った途端、グリーンの表情がふっと和らいだ。真上から落ちてくる微笑みが、やけに近い。
「そう見えないんですけどね。……でも嬉しいです、こうして触れていても嫌がられないのは」
さらっと甘さを足すな。
なんだかこのまま流されるのもしゃくだったので、前から言おうと思っていたことを口にした。
「……つーかさ。お前、そろそろストーカーすんのやめねぇ?」
「……ストーカー?」
ほんのり首を傾げて、“俺なんか悪いことしました?”みたいな顔をする。……絶対わざとだろ、それ。
「今日の予定とか、帰る時間とか、誰となに話してんのとか……どこまで把握してんだよってくらい知ってんだろ。聞けば教えるし、いい加減やめろ」
お前の情報網どうなってんだよ、とぽつりと漏らした俺の言葉に、グリーンの目がゆっくりと細められた。怒った、わけじゃない。むしろ――困ったように、でもどこか嬉しそうに。
「答えてくれるのは大変嬉しいです。が……それは、難しい相談ですね」
言った瞬間、グリーンがわずかに体重を預けてくる。ソファに沈む俺の胸のあたりへ、そっと片手が置かれた。
押さえつけるほどでもない、でも逃がさない位置。
「トオルさんを守るためにも……あなたの行動は、全て把握しておかなければいけません」
低くて、やさしくて、なのに言葉だけ妙に逃げ道を塞いでくる声。
「“知っておく”のは必須事項です。私にとって」
「必要事項って……仕事かよ」
「もちろん個人的な理由もありますよ。トオルさんのこと、知れば知るほど……離れられなくなるので」
……どの口で言ってんだよ、その甘い台詞。
元から距離なんて存在しないレベルで近いのに、そこからあと数センチ詰められるだけで呼吸が変わる。
「この前だって、仕事は完璧にこなしたあと……家で本に夢中になって、電気つけっぱなしで寝落ちしてましたよね」
「…………は?」
唐突に出てきたプライベート情報に、脳が一瞬固まる。グリーンはその反応すら楽しむように、ゆっくりと目を細めた。
「“なんで寝落ちしたんだ……”って、食べかけのプリン見て本気でしょげてたじゃないですか」
だからなんで知ってんだよ。
冷静に考える時間すら与えられず、頬を指でなぞられながら囁かれる。
「……そういう、自分のことになると急に抜けるところが、たまらなく愛しいです」
「……やっぱストーカーじゃねぇか、お前」
「私はそう思ってません。必要だからやっているだけです」
あくまで穏やかな顔のまま、なのに腰のあたりに“硬いもの”がごりっと当たる。
…おい、勃ってんじゃねぇよ。
抵抗しないでいるのをいいことに、グリーンの顔が影を落とすほど近くに降りてくる。
額へ。
頬へ。
触れるだけの、軽いキス。拒む隙なんてあったのに、身体が妙に動かない。
「……好きです、トオルさん。大好きです」
囁きは低くて甘くて、真っ直ぐで。
背中の奥をじわっと熱くするタイプの“逃げ道ゼロ”だ。額と頬に落ちたキスの余韻が、まだひりつくみたいに残っている。
そんな状態のまま、グリーンは一切迷いを見せずに距離を詰めてきた。息がかかるほどの近さ。空気すら止めてしまうような静けさで、俺を見下ろす。
「……トオルさん」
低く甘い声。その声だけで胸が跳ねて、呼吸が一瞬遅れる。
「私は、トオルさんのいろんな表情が見たいです。いつもの表情も素敵ですが……笑った顔、怒った顔、困った顔。あとは――泣いた顔、とか」
「………………は?」
頭が一瞬真っ白になった。
曇りのないまっすぐな目。完全に甘い空気。距離はゼロ。しかも押し倒されてる体勢。
おい待て。最後のは、どういう意味で言った。なんか…“泣かせる気満々”みたいなニュアンスに聞こえるんだが。
「……いやまて。お前、何する気だ」
「なんだと思います?」
グリーンが、甘く、やけに楽しそうに囁き、指先が頬から首筋へゆっくり滑り落ちていく。
……あ、これは止めねぇとマジでまずい。流れを断ち切ろうと、俺が慌てて腕を上げかけたその瞬間――
――ブブブブブッ ブブブブブッ。
静かな部屋に、不釣り合いなほど無機質なバイブ音が響いた。グリーンの机の上のスマホだ。
……が、当の本人は完全スルー。一瞥すらしない。音だけが延々と響き続ける。
鳴り止まないバイブ音にこっちのほうが耐えきれず、俺はつい画面へ視線を向けた。どうやら電話のようで、スマホに表示されている名前を見て小さく声が漏れる。
「……“黒“?」
その瞬間だった。グリーンの身体が、ピクッとわずかに強張った。一拍の沈黙のあと――ふぅ、と静かに息を吐く。
「……名残惜しいですが。本部に行かなくてはいけなさそうです」
急に真面目な顔。さっきまで押し倒してたやつとは思えない切り替えの速さ。
「トオルさんは、ここでくつろいでいても――」
「いや帰るわ」
ほぼ反射。脳より先に口が動いた。
「そうですか。……では、送っていきます」
グリーンは名残惜しそうに俺の腰を一度だけ撫でて、ゆっくりと立ち上がる。さっきまで本気でこっちに迫ってた気配がスッ……と切り替わっていくのが、なんか逆に怖い。
が、助かった……。
胸の奥から思わず安堵がこぼれた。“黒“、誰か知らんがお前は英雄だ。ありがとう。
「……すぐ準備しますので。少しだけ待っててくださいね」
いつもの、静かで落ち着いた声。あの甘い空気が一瞬で引いて、いつものグリーンに戻ったようだ。その様子を見て、俺もようやく長い息を吐いた。
電話がならなかったら一体どうなっていただろう。“触れた場所の熱”がまだ消えないのが、本当に腹立つ。
甘さとか距離感とか、なんか勢いで流されてもおかしくなかった。なのに。「泣いた顔が見たい」とか、「いろんな表情が」とか…急に怖ぇこと言い出すから、こっちの覚悟が吹き飛んだんだ。
“好きにすりゃいい”なんて言った自分も悪いけど、あんな地雷ワードぶち込まれたら、無理に決まってんだろ。
ため息をひとつ吐いて、ソファからゆっくり上体を起こす。
(……ほんとやりにくい)
それでも完全に拒否できねぇ自分が、一番やっかいだ。
腰に添えられていたグリーンの腕が、ほんのわずかに締まった。
逃がさない、ってほどじゃない。けど、“離れるつもりはありませんよ”って意思だけは、ちゃんと伝わる。
「……なんだよ」
ぼそっと言いながら顔を向けた途端、至近距離すぎるグリーンの顔が視界いっぱいに飛び込んできた。
(……まつげ、長ぇな)
寝起きのぼんやりした頭で、そんな他人事みたいな感想を抱いていた。
ふいに、グリーンの顔がさらに近づき――
ぺろっ。
下唇を、軽く、撫でるように舐められた。一瞬、何が起きたのかわからなかったが、グリーンはまるで何でもないような穏やかな顔で言った。
「……甘いですね」
「…甘いもん、食ってたからな」
割と動揺したつもりだったが、反射的に返した声は、意外と普通だった。
グリーンの手が、頬から首筋へゆっくり滑り降りる。軽い。けど意図がある。撫でるというより――探ってる、確かめてる、そんな触り方。
(……今度はなんだ)
言葉にする前に、グリーンが落ち着いた声で問いかけてきた。
「トオルさんって、性欲あります?」
あまりにも自然に口にするから、一瞬聞き間違いかと思った。……いや、聞き間違いじゃねぇな。距離ゼロの位置で、そんなこと平然と聞くなよ。
「……そりゃ、人並みに」
返事は淡々としたものになった。本当に人並みかどうか、とかそういう話は置いといて。お前はどうなんだよ、なんて聞いたらめんどくさいことになりそうで、喉まで出かかった言葉は飲み込んだ。
それにしても、グリーンの爽やかなイケメン顔で"性欲"とか言ってんの、全然似合わねぇな。なんて考えていると、グリーンの体重が、じわり……とこちらにかかってくる。
最初は“近い”だけだった。それが、気づけば背中がソファに沈み、視界いっぱいにグリーンの顔。すぐ上から落ちる影。まるで押し倒されたみたいな体勢になっていた。
「余裕そうですね、トオルさん」
上から落ちてくる声は、やけに穏やかで、妙に甘い。
「そうか?」
「ずっと落ち着いてますよ。……こうして上に乗られてても」
「……これでも緊張してるけど」
言った途端、グリーンの表情がふっと和らいだ。真上から落ちてくる微笑みが、やけに近い。
「そう見えないんですけどね。……でも嬉しいです、こうして触れていても嫌がられないのは」
さらっと甘さを足すな。
なんだかこのまま流されるのもしゃくだったので、前から言おうと思っていたことを口にした。
「……つーかさ。お前、そろそろストーカーすんのやめねぇ?」
「……ストーカー?」
ほんのり首を傾げて、“俺なんか悪いことしました?”みたいな顔をする。……絶対わざとだろ、それ。
「今日の予定とか、帰る時間とか、誰となに話してんのとか……どこまで把握してんだよってくらい知ってんだろ。聞けば教えるし、いい加減やめろ」
お前の情報網どうなってんだよ、とぽつりと漏らした俺の言葉に、グリーンの目がゆっくりと細められた。怒った、わけじゃない。むしろ――困ったように、でもどこか嬉しそうに。
「答えてくれるのは大変嬉しいです。が……それは、難しい相談ですね」
言った瞬間、グリーンがわずかに体重を預けてくる。ソファに沈む俺の胸のあたりへ、そっと片手が置かれた。
押さえつけるほどでもない、でも逃がさない位置。
「トオルさんを守るためにも……あなたの行動は、全て把握しておかなければいけません」
低くて、やさしくて、なのに言葉だけ妙に逃げ道を塞いでくる声。
「“知っておく”のは必須事項です。私にとって」
「必要事項って……仕事かよ」
「もちろん個人的な理由もありますよ。トオルさんのこと、知れば知るほど……離れられなくなるので」
……どの口で言ってんだよ、その甘い台詞。
元から距離なんて存在しないレベルで近いのに、そこからあと数センチ詰められるだけで呼吸が変わる。
「この前だって、仕事は完璧にこなしたあと……家で本に夢中になって、電気つけっぱなしで寝落ちしてましたよね」
「…………は?」
唐突に出てきたプライベート情報に、脳が一瞬固まる。グリーンはその反応すら楽しむように、ゆっくりと目を細めた。
「“なんで寝落ちしたんだ……”って、食べかけのプリン見て本気でしょげてたじゃないですか」
だからなんで知ってんだよ。
冷静に考える時間すら与えられず、頬を指でなぞられながら囁かれる。
「……そういう、自分のことになると急に抜けるところが、たまらなく愛しいです」
「……やっぱストーカーじゃねぇか、お前」
「私はそう思ってません。必要だからやっているだけです」
あくまで穏やかな顔のまま、なのに腰のあたりに“硬いもの”がごりっと当たる。
…おい、勃ってんじゃねぇよ。
抵抗しないでいるのをいいことに、グリーンの顔が影を落とすほど近くに降りてくる。
額へ。
頬へ。
触れるだけの、軽いキス。拒む隙なんてあったのに、身体が妙に動かない。
「……好きです、トオルさん。大好きです」
囁きは低くて甘くて、真っ直ぐで。
背中の奥をじわっと熱くするタイプの“逃げ道ゼロ”だ。額と頬に落ちたキスの余韻が、まだひりつくみたいに残っている。
そんな状態のまま、グリーンは一切迷いを見せずに距離を詰めてきた。息がかかるほどの近さ。空気すら止めてしまうような静けさで、俺を見下ろす。
「……トオルさん」
低く甘い声。その声だけで胸が跳ねて、呼吸が一瞬遅れる。
「私は、トオルさんのいろんな表情が見たいです。いつもの表情も素敵ですが……笑った顔、怒った顔、困った顔。あとは――泣いた顔、とか」
「………………は?」
頭が一瞬真っ白になった。
曇りのないまっすぐな目。完全に甘い空気。距離はゼロ。しかも押し倒されてる体勢。
おい待て。最後のは、どういう意味で言った。なんか…“泣かせる気満々”みたいなニュアンスに聞こえるんだが。
「……いやまて。お前、何する気だ」
「なんだと思います?」
グリーンが、甘く、やけに楽しそうに囁き、指先が頬から首筋へゆっくり滑り落ちていく。
……あ、これは止めねぇとマジでまずい。流れを断ち切ろうと、俺が慌てて腕を上げかけたその瞬間――
――ブブブブブッ ブブブブブッ。
静かな部屋に、不釣り合いなほど無機質なバイブ音が響いた。グリーンの机の上のスマホだ。
……が、当の本人は完全スルー。一瞥すらしない。音だけが延々と響き続ける。
鳴り止まないバイブ音にこっちのほうが耐えきれず、俺はつい画面へ視線を向けた。どうやら電話のようで、スマホに表示されている名前を見て小さく声が漏れる。
「……“黒“?」
その瞬間だった。グリーンの身体が、ピクッとわずかに強張った。一拍の沈黙のあと――ふぅ、と静かに息を吐く。
「……名残惜しいですが。本部に行かなくてはいけなさそうです」
急に真面目な顔。さっきまで押し倒してたやつとは思えない切り替えの速さ。
「トオルさんは、ここでくつろいでいても――」
「いや帰るわ」
ほぼ反射。脳より先に口が動いた。
「そうですか。……では、送っていきます」
グリーンは名残惜しそうに俺の腰を一度だけ撫でて、ゆっくりと立ち上がる。さっきまで本気でこっちに迫ってた気配がスッ……と切り替わっていくのが、なんか逆に怖い。
が、助かった……。
胸の奥から思わず安堵がこぼれた。“黒“、誰か知らんがお前は英雄だ。ありがとう。
「……すぐ準備しますので。少しだけ待っててくださいね」
いつもの、静かで落ち着いた声。あの甘い空気が一瞬で引いて、いつものグリーンに戻ったようだ。その様子を見て、俺もようやく長い息を吐いた。
電話がならなかったら一体どうなっていただろう。“触れた場所の熱”がまだ消えないのが、本当に腹立つ。
甘さとか距離感とか、なんか勢いで流されてもおかしくなかった。なのに。「泣いた顔が見たい」とか、「いろんな表情が」とか…急に怖ぇこと言い出すから、こっちの覚悟が吹き飛んだんだ。
“好きにすりゃいい”なんて言った自分も悪いけど、あんな地雷ワードぶち込まれたら、無理に決まってんだろ。
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