守るべきモノ

神崎

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 ケーキセットのコーヒーとブレンドコーヒー単品の焙煎の仕方を変えた。淹れ方も少し変える。すぐに泉は覚えたようだが、礼二は気を付けないとすぐに戻ってしまう。そう思いながら、コーヒーを淹れていく。するとそれを見ていた大和が口を出した。
「もう少し置いて。」
 まるで新人に戻ったようだ。監査役をすることもあるらしい大和は、目が厳しい。その割には客に対する接客は柔軟で、すぐに客の本質を見極める。大和や泉を目当てにきた女性客には愛想が良いし、静かにコーヒーを飲みに来た客にはそっと飲み物だけを置いて行ってしまう。泉を目当てに来ていた老人は、すぐに大和を気に入ったようだ。
「君がいてくれるなら、また来ようかな。」
 今日はそういって代金を払って帰った。テーブルを片づけて、カップをカウンターにもってくる。
「カップを今日は漂白するか。」
「くすんでますね。」
「どうしても食洗機だけじゃな。」
 定期的に泉がしてくれていることだ。これからは泉にべったりと頼れない。やれることはやっておかないといけないのだ。
「あんた、あまり眠そうじゃないな。」
「慣れてますから。でも今日は飯を食ったらすぐ寝るかも。」
「阿川が隣にいて?」
 皮肉なような言葉だ。明らかに大和は泉を気に入っている。そうではないと、危ないからと言って一緒に駅まで行ったりしないだろう。
 最初は泉が本社に行くようになって、終わるのを待っておこうかと言ったのだ。だが泉がそれを断った。いつ終わるかわからないからだ。終電には間に合うように帰らせてもらえるので、気にしなくてもいいと言ってくれたが、本心はずっと気になっていた。
 その代わりに大和が駅まで送っている。路線が違うので、ホームで別れるらしいが、それでも何かあるのではないかと思ってしまう。
「今日はたぶん倫子さんの所にいると思う。まぁ……倫子だけじゃなくて、他にも友達と言える人がいるみたいですけどね。」
「案外、あっさりしてんだな。」
 そのとき向こうのテーブルの女性たちがこちらを見て笑っていた。それを見て大和はため息を付きながら布巾を手にして、テーブルを片づける。するとその女性のうちの一人が、大和に話しかけていた。どう見ても人妻だ。それに手を出すほど阿保なんだろうか。
 するとトレーを手にした大和が戻ってくる。そしてそのトレーには何か小さな箱が乗っていた。
「ほらよ。」
 そういって礼二にその箱を手渡す。
「何ですか。」
「昨日に間に合わなかったから、コレ、あんたにだってさ。」
 ふとそちらを見ると、見覚えのある女性だった。おそらく礼二が独身になったことを知っているらしい。それを見て礼二は愛想笑いをして、頭を下げた。そこまで行く気はない。
「ちゃんとお礼しろよ。コーヒーお前が持って行って、そのついでに声をかけろ。」
「わかりましたよ。」
 本当はそんなことをしたくない。だが言われるのだからしないといけないだろう。淹れ終わったコーヒーをカップに二つ注ぎトレーに乗せると、カウンターを出て行く。そしてビジネスマン風の男二人が座っているところにコーヒーを置くと、女性のテーブルに近づいた。
「すいません。お気を使わせてしまって。」
「いいのよ。店長。ねぇ。一人になったんでしょ?今度飲みに行かない?」
「うち、引っ越したから、車で通勤してて酒が飲めないんですよ。」
「えぇっ。そうなの?だったら食事とか。いつがお休み?」
「休みの日もばたばたしててですね。」
 何とか断ろうとしたときだった。後ろから声がかかる。
「良いじゃん。俺もついて行って良い?」
「赤塚さん。」
 大和が声をかける。すると女性たちは顔を見合わせた。
「高校生のバイトみたいねぇ。」
 若すぎるのは趣味ではないのか、やんわりと断っていた。それにこの男と飲みに行くと、自分の身が危うい。未成年を連れ回していると事情を聞かれたら旦那のみ身にも届くのだ。
「店長がいないときにほら、阿川さんがいるでしょ?二人でいたらとても似合っているって言ってたの。」
 そういって大和は来ないように断るつもりだった。だが大和はぐいぐいと女に絡んでいく。
「男同士のカップルですか?」
 意外な返しだった。思わず顔がほころぶ。
「やーだ。面白いことを言うわねぇ。」
「俺、もう三十なんですよ。」
 未成年ではなかった。そう思った瞬間、女たちの視線が変わる。
「あら。店長とあまり変わらないと思わなかったわ。ねぇ、独身?」
「一人で食っていくのが精一杯ですよ。」
 後腐れがない方が良い。妙に情がわけば、旦那と別れないといけない。別れるのは勘弁だ。子供のこともあるが、せっかく実入りの良い旦那と一緒になってこんな昼間にお茶が出来る身分になった。今更生活のためにあくせく働きたくない。
 その様子が分かって礼二は心の中でため息を付く。本当はすぐに帰りたかったのに、とんとん拍子で話が進んでいった。本当に飲みに行かないといけないのだろう。
 女たちが帰って行ったあと、礼二は深くため息を付いた。
「こういうつきあいもあって良いって。」
 カップを片づけた大和はそういって礼二をみる。
「もう俺、若くないんですよねぇ。」
「一人で良いってか?阿川ってそんなに床上手か?」
 失礼な言い方だと思う。だが逆らえない。
「いいえ。あいつ、処女だったし。」
「は?もう二十六くらいだろ?なのにあんたしか知らないのか。」
「良いじゃないですか。人それぞれあるんだし。」
 その言葉に、大和は心の中で笑う。処女を相手にしていたのだ。慣れていないからこそ、自分の色に染めたい。きっとその気持ちで泉を抱いているのだ。
 そんなのは恋心でも何でもなく、ただの独占欲だ。
「そんなもんかね。」
「赤塚さんは恋人はいないんですか。」
「決まってねぇな。」
「は?」
「遊ぶ相手ならいるって事。今日、持ち帰って良いかな。」
 先ほどの女性たちのことだろう。あんなごてごてしたのがいいのだろうか。前の妻も確かにごてごてしていた方だが、子供を産んで大人しくなった。
 子供を産んで、子供にかかるお金が思ったよりも必要だからとパートに出たのだが、そのパート先で浮気をしていたのだ。同情も出来ない。
「遊び……。」
「あんたも遊んでたこともあるんだろ?」
「あるけど、今はその気になれませんね。」
 去年の今頃は、遊んでいたと思う。店が終わって、夜の町に出ればクラブへ行く。そのまま女と出て、ホテルに行くこともあった。倫子とも寝た。今はその気になれない。
「飯食べたら俺、帰ります。眠いし。」
「さっきは眠くねぇって言ってたのに。そんなに阿川が怖いのか。」
「怖い訳じゃないですよ。」
「じゃあ何だよ。」
「大事だから。」
 本気で想っているのだ。それがわかってため息を付く。だがそれほど泉を想う要素があるだろうか。興味はある。そう思いながら、トレーと布巾を手にしてフロアに出て行った。
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