守るべきモノ

神崎

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 寒い朝だったが、テレビのニュースではもう梅が咲いている地域もあるらしい。その話題を聞きながら、倫子は家の掃除を終えた。洗濯物はもう干してある。夕べは男ばかりだったので、下着が男のものばかりだ。政近と栄輝は体型が似ているので、本人たちに見せないと訳がわからないだろう。そう思いながら、倫子はバケツを片づけた。
 そのとき政近が春樹の部屋から出てくる。
「おはよう。」
 政近はみんなが起きたときには一度起きたが、やはりまだ眠いと言ってまた部屋で眠っていたのだ。目がまだぼんやりしている。
「あぁ……おはよう。」
「目が覚めたんなら布団を干すわ。」
 泉の部屋の布団を今、干している。シーツも洗った。泉が気にしないとは言っても、栄輝が寝ていたのだ。それくらいは気を使う。
「泉、今日休みなんだろ?」
「今日は出かける用事があるって言ってたわね。」
「ふーん。」
 やはりここの家は二人きりなのだ。夕べ、隣で寝ている栄輝に気を使って、セックスはしなかっただろう。手を出せるチャンスだ。
「昨日さ。」
「ん?」
 台所にやってきてコーヒーを入れている倫子に、政近が声をかける。
「何で、真矢と駅であったことを言わなかったんだよ。」
「……イヤよ。デートみたいだったし。」
「俺はデート気分だったけどな。」
「勝手に思ってなさいよ。」
 倫子はそういってお湯を注ぐ。
「あなたもコーヒー飲む?インスタントだけど。」
「貰うよ。」
 カップを手にして、またコーヒーを入れる。そしてそれを政近に手渡した。
「……あなたも性に対しては、あまりいい経験をしていないわね。」
「真優のことか。」
「会ったことはないけれど、芦刈さんと同じような人なの?」
「違うな。いくつだっけ……確か二十歳とかそこそこくらいだっけか。キャバクラのねーちゃんか、AV女優みたいな感じだったな。おっぱいが大きくてさ。」
 コーヒーを口に入れて、倫子は台所を出ようとした。その態度に、政近は思わず倫子の肩を掴む。
「倫子。」
「コーヒーこぼれるわ。やっぱりここで打ち合わせをする?」
「やだ。部屋がいい。」
「あんたも何を考えてるの?」
 倫子はカップを手にしたまま政近にいう。
「夕べ、春樹と寝ていた部屋で打ち合わせをするの?」
「打ち合わせだけだったら気にしねぇよ。」
「……。」
「何?何かされるとでも思ったのか。」
「別に。気にしないならそれでいい。」
 倫子はそういって振り返ると、部屋へ向かう。
 掃除の間、換気をしていた倫子の部屋はとても冷えている。ドアも開けっ放しだったのだ。政近が部屋にはいると、ドアを閉めて、窓も閉める。そしてファンヒーターに火を入れた。
 すると政近はテーブルの上にある資料をまた開く。目に映ったのは、高校生の男だった。地味で、どこにでもいるような男。成績は中の上くらい。運動も出来ないことはない。友人関係も仲のいい男が数人いるくらい。普通を装っていた。
「こいつの腹の中って真っ黒だろうな。」
 政近がそういうと、倫子はノートを手にして聞く。
「あなたもそうだったの?」
「俺は望んでなかった。真優を殺してやろうかとも思ったくらいだ。だけど、この男は望んでセックスしたんだ。この男が殺したいのは旦那だろうな。その前に、この女が殺しちまうんだけどな。」
 皮肉っぽく笑って、政近はため息を付く。
「そんな感じだったんだ。確かに俺自身がのこのこ誘われてついて行ったところもあるけど、舐められながら首を締めてやろうと思ったのと同時に、女なんかそんなものなんだって思ったのかもしれない。涼しい顔をして、やりたいだけなんだろうって。」
 サディストの部分が見えたのは、そのときがきっかけだった。縛ったり極太のディルドで責めれば、すぐに女が絶頂を迎える。それを望んでいるのだと思った。自分のものは、ただのリアルなディルドの代わりでしかないとまで思ったくらいだ。
「……お前が最初だったかもな。」
「そんなに立派なことをしてないわ。」
 コーヒーを口に入れると、遅れてファンヒーターが作動した。
「欲しいって思ったのは最初だったのかも。こいつも、報われればいい。」
「ううん。そうしないもの。」
「え?」
「このあとのことを考えていたの。この女が捕まって、子供は取り残される。子供はこの高校生の家に引き取られ、高校生はこの子供をレイプする。」
 子供は少年だった。それをレイプするというのは、どういうことなのかわかって言っているのだろうか。
「お前……。」
「それくらい、この男の精神はくずなの。真っ黒なのよ。」
 その言葉に政近は言葉を失った。ここまで倫子が上のない人間だったのだろうか。
「そんなの、たぶん藤枝さんも反対する。少しくらい善良な心があるだろう。生まれながらに悪人はいないんだから。」
「そういう人もいるの。」
 自分の性欲だけで行動した人間を知っている。それを倫子は言っているのだろう。この辺が、倫子の作品に情がないと言われる所以だった。
「ストレスを作品に持ち込むな。」
「……のうのうと生きているなんて反吐が出るわ。」
 そういって倫子はテーブルの上の煙草に手を伸ばす。だが政近はその手に手を重ねた。
「落ち付けって。」
「触らないで。」
 倫子はそういって手を引いたが、政近はまたその手に手を伸ばして手を引く。すると倫子はそのまま政近の体に倒れ込んだ。
「俺がいるから。」
「あなたじゃない。」
「わかってるよ。でも今は俺がそばにいるから。」
 倫子の体が震えている。こんな時でも春樹はそばにいてあげられないのだ。政近はその体を強く抱きしめる。すると倫子も体に手を伸ばしてきた。
「忘れろよ。」
「……。」
「今朝のことは忘れろ。何かもっと手があるはずだ。」
 すると倫子はわずかにうなづいた。すると政近はそのまま倫子の体を少し離すと、その唇に唇を重ねる。
「ん……。」
 何も考えたくなかった。ただ、この感触を大事にしたかった。唇を少し離して、また重ねようとしたときだった。
「ただいまぁ。」
 泉の声がした。あわてて、倫子と政近は離れると、その資料を裏返しにする。すると倫子の部屋のドアが開いた。
「お帰り。」
「外寒かったよ。ここ暖かいね。」
「布団干してあるわ。夕べ、栄輝がその布団で寝たし。」
「気にしなくても良いよ。弟が寝てるようなものじゃん。」
 泉はそういって手を振る。
「ねぇ。チョコレートいらない?」
「チョコレート?」
 政近が不思議そうに聞くと、泉はかわいらしい包みを取り出す。
「男に見られて、チョコレート渡されたの。一人じゃ無理だから。」
 その言葉に政近が思わず笑い出した。さっきまでの空気を全部壊してくれたのに、少し不機嫌になった気持ちまで明るくしてくれるようだった。
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