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第一部
第3話
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「営業1課の瀬尾…?」
「はい、そうみたいですよ。お知り合いですか?」
三目君がきょとんとした表情で尋ねてくる。彼には自分が以前、営業にいたということは話していないし、瀬尾君の世話係をしていたことも知らない。
「どうかしたんですか?山口さん、顔色がすごく悪くなってますよ?」
自分がよっぽど悲壮な顔をしていたのだろう。三目君が傍に駆け寄ってきて、心配そうに覗き込んでくる。
「いや、大丈夫だよ。ただ、俺は…。」
瀬尾君には会いたくない。そう言いたいけれど、これは仕事だ。そんなわがままを部下に向かって言う訳にはいかない。でも、瀬尾君に自分がこんな所にいることは知られたくない。この仕事は少しずつ好きになってきているが、彼の眼にはどのように映るだろうか。営業職を追われ、落ちぶれたおじさんに対して、軽蔑の視線を向けられてしまったら。好きな人にそんな態度をとられた、ショックで1週間以上は寝込んでしまうかもしれない。
「…山口さん、棚の後ろに隠れてください。」
「え、いや、俺が対応を。」
「いいですから!絶対に声を出さないでくださいね。出てきたりしたら、今日の食事代は全部山口さんに払ってもらいますから!」
三目君にグイグイと背中を押され、入り口から一番遠い棚の後ろに追いやられてしまった。この棚にはまだ整理できていないファイルがこれでもかと詰め込まれていて、向こう側を見ることは一切できない。
「三目君、ちょっと!」
抗議しようとしたが、その瞬間にコンコンと部屋の扉をノックされる音が響いた。
「先ほどお電話させていただきました営業1課の瀬尾と申します。入ってもよろしいですか?」
懐かしい声。相変わらず惚れ惚れするような艶のある声を聞き、ぶるりと体が震えた。
「はーい、今行きます!…山口さん、絶対ここから出ないでください!」
三目君の勢いに押されて、無意識のうちに頷いてしまった。自分の態度に満足したように三目君は笑うと小走りで棚の後ろから出て行った。
「っ…お待たせしました、電話をお受けしました三目です。」
「…瀬尾と、申します。」
ガチャリと扉が開く音がする。自己紹介を始めた二人の言葉に妙な間があることに気づいた。何かあったのかもしれないと心配になり、足音に気を付けながら少しずつ移動する。ファイルの隙間から少しだけ向こう側をのぞける部分を見つけ出し、そこから二人の様子をうかがった。
「っあ…。」
そこには、見つめ合うαとΩの完璧な姿があった。年齢を重ねて、さらに男の色気をまとうようになった瀬尾君と、ほんの少し頬を赤く染めて瀬尾君を仰ぎ見る三目君。まるで少女漫画のような美しい光景に、心臓が鷲掴みにされたような痛みが走る。これ以上見ていたくないのに、目を離すことができない。
「っ!すいません、資料ですよね?こちらに準備してありますので。」
先に我に返ったのは三目君の方だったようで、慌ててデスクの上に乗っていたファイルを取って瀬尾君に差し出した。
「ありがとうございます。…あなたはこの部署で1人で働いてるんですか?」
ファイルを受け取った瀬尾君はすぐに帰るのかと思いきや、三目君に話しかけてきた。その瞳は遠目に見ても爛々と輝いていて、三目君に興味を持ったことがすぐに分かった。
「え、あぁ、えっとそうですよ。僕一人です。」
一瞬言いよどんでいた三目君は、一瞬だけ自分の方に視線を向けた後にそう答えた。三目君に嘘をつかせてしまったことは申し訳ないが、そう言ってくれて心底安心した。もう1人いますなんて正直に話してしまって、名前でも聞かれてしまったらいよいよ誤魔化すのが難しくなってくるからだ。
「そうですか…。あなたは、Ωですか?」
瀬尾君がおもむろに三目君に質問をぶつける。いきなりバースを聞くことは失礼にあたる場合もあり、ビジネスの世界ではあまり良いこととは言えない。それにぱっと見ただけで、αかΩか分かる場合が多いためわざわざバースを聞く必要がないという理由もある。
「え、えぇ僕はΩです。あなたはα…ですよね?」
三目君が尋ねると、瀬尾君は力強く頷いた。
「そうですか…。あの…」
瀬尾君がまた話を続けようとした時、けたたましいスマートフォンの通知音が鳴った。どうやら瀬尾君のものだったようで、不機嫌そうに顔をしかめると「今日はこれで失礼します」と三目君に頭を下げ、扉の方へと向かう。
「…またお礼に伺います。」
「っ!」
くるりとこちらを振り返った瀬尾君と目があったような気がして、小さく悲鳴を上げてしまう。気づかれてしまったかと思ったが、瀬尾君はそのまま部屋から出て行ってしまった。体の緊張が解けて、大きなため息をついてしまう。
「ちょっと、山口さん!また溜息ついてますよ!」
「ひっ!ちょっと三目君、脅かさないでよ。」
突然背後から声を掛けられて驚いてしまう。振り向くと呆れ顔で仁王立ちしている三目君がいた。
「絶対に動かないでくださいって言ったのに動いてるじゃないですか!せっかく僕が山口さんの存在に気づかれないように嘘ついたのに、ばれちゃったら元も子もないんですよ。最後に山口さんの方を向いてたからヒヤヒヤしたんですからね!」
「ご、ごめんなさい。」
三目君に詰め寄られて、たじたじになってしまった。確かにせっかくの三目君の努力を無駄にするところだった。謝った後に、二人でデスクへと戻る。
「いやぁ、びっくりしました。あんなにかっこいい人見たのは久しぶりですよ。αの中のαって感じでしたね!あんな人が営業に来たら、なんでもオッケー出しちゃいそうな気がしますよ!」
「そうだね。」
瀬尾君が見た目だけの男ではないことは知っているが、ここで話しても仕方ないことなので返事をするのみにとどめておく。それでも、瀬尾君の素晴らしい所を言いたい気持ちが湧きあがってきた。世話係失格なんてひどいことを言われたけれど、それでも瀬尾君を好きな気持ちは全く衰えていないということに、今日、彼の姿を見て改めて気づいてしまった。彼のことが好きだ。でもこの気持ちが報われることはない。
「…山口さん、瀬尾さんのこと好きなんですねー。」
「なっ、何を!」
突然、心情を言い当てられて手に持っていたカバンをその場に落としてしまう。その通りですとでも言うような態度をとってしまったことが恥ずかしく、顔が熱くなってきた。そんな自分を見て、三目君はクスクスと笑い出した。
「山口さん、本当に分かりやすいですね。僕が瀬尾さんの名前を出した時にすぐ顔色が変わりましたよ。僕が話している時もずーっともじもじしてるし、気になるんですよね、彼のこと?」
「そんなことない、そんなことないよ!俺は瀬尾君なんて話したこともなければ会ったこともないし!全部三目君の勘違いだから!」
必死にフォローしてみるも、すでに三目君の中では決定事項のようで全く話を聞いてもらえなかった。三目君は「はいはい、分かりました」と話を流し、スタスタと入口に向かってしまう。
「山口さん、さっきは体調悪そうでしたけど、今はどうですか?」
「え、あ、まぁもう大丈夫だよ。」
先ほどは瀬尾君のことがあって緊張しただけで、別に体調が悪くなった訳ではない。正直にそう伝えると、三目君はにやりと笑った。
「それなら飲みも大丈夫ですね。今日は全部話してもらうまで帰しませんから。」
「そんなぁ…。」
三目君がパチリと部屋の電気を消し、真っ暗になった。
三目君に半ば引きずられるようにして連れてこられたのは、彼の行きつけだという焼き鳥屋さんだった。少し古ぼけた暖簾が下がっているものの、店自体は洋風のたたずまい。中に入ると、こじんまりしていて一階はカウンター席だけのようだ。二階は座敷席で、自分たちも元気な店員さんに二階に案内された。
「ここ、すごく美味しいんですよ。焼き鳥もなんですけど、おすすめは大根の唐揚げです!」
「いいねぇ。」
三目君が勧めてくれたのは、奇しくも自分の大好物。あまりお酒は飲まないのだが、今日は少しお酒が進んでしまうかもしれないと思いながら、飲み物や食べ物を注文する。上着を脱いだり、お通しを食べたりしている間にすぐに三目君用のビールと自分用の梅ソーダが届いた。ビールや日本酒を飲めればカッコいいのだろうが、あの苦さがどうしても好きになれない。営業として働いていた時は我慢して浴びるようにビールや酒を飲んでいたが、今はそんなことをする必要もないので、好きな甘いカクテルや梅酒を飲むようになった。
「それじゃあ1週間お疲れ様。」
「お疲れさまでーす!」
ニコニコ顔の三目君と杯を合わせて、喉にアルコールを流し込む。
「あぁ、うまい!!」
見た目と違って三目君は豪快な性格で、大ジョッキのビールを一回で半分程飲んでしまう。くぅっと心底幸せそうな声を出す三目君はとても微笑ましい。
「ちょっと山口さん、そんなほやほや笑ってる場合じゃないですよ。さっきの瀬尾さんとのこと、僕何も聞かされてないんですけど!」
「そ、それは。」
もっとお酒が進んでからの話かと思っていたが、三目君は序盤から突っ込んできた。その勢いに後ろに若干のけぞってしまう。
「僕、山口さんがデータベース部に来るまでにどんな仕事してたのかって聞いたことないんですよね。部ができたのって僕が入社してからだって聞いてますし、それまではほかの部署にいたんですよね?一体何してたんですか?…瀬尾さんと知り合いってことは、まさか!」
「ちょっと落ち着いて三目君。ちゃんと説明するから!」
矢継ぎ早の質問について行くことができず、とりあえず三目君を落ち着かせる。彼に自分のことを話さなかったことに特に理由はない。彼のプライベートを聞かない代わりに、自分も話す必要がないと思っていた。三目君も自分のことには興味はないだろうと思っていた。
「ちゃんと教えてください。…じゃないとあの人から山口さんを守れません。」
「三目君?」
もう一度ビールをあおって、ジョッキを空にしてしまった三目君がひとり言のようにつぶやく。守るという言葉の意味が分からずに首をかしげてしまった。
「だって、山口さん、あの人の名前が出てきたとき、ちょっと怖がってるように見えました。好きではあるんでしょうけど、でも会いたくはないって感じがしたんです。違ってたらすいません。」
「いや…、間違ってないよ。」
三目君の観察眼に惚れ惚れしてしまう。さすが優秀な部下だと悦に入ってると「だから、早く教えてください!!」と怒られてしまった。
瀬尾君との出会い、営業として働いていたこと、倒れてそれまでのように働けなくなり、データベース部にやってきたこと。俺が瀬尾君を好きということだけは言わなかったものの、全部話し終った時、三目君は「瀬尾さんのこと大好きだったんですね…。」と言われてしまった。
「だから、俺は別に瀬尾君のことは!!」
「はいはい、いいですから。分かりました、瀬尾さんのことは別に好きじゃないんですね、分かりました。」
お酒も進んできて二人でワイワイと騒ぐようになってきた。たまたま座敷には自分たちしかいなかったので、誰に迷惑をかけることもない。
「分かりました。そういう事情があるなら山口さんに協力します!営業の人たちにばれないようにすればいいですよね!よっしゃー!打倒営業部ですよぉ!」
「おう、打倒営業部だぁ!!」
なんだか訳の分からないことになってきたが、先ほどからどうしても三目君に聞きたいことがあった。数時間前、瀬尾君と三目君が出会った時のこと。自分にはどうしても、二人が「運命のつがい」であるかのように見えた。そのぐらいしっくりくる二人に見えたのだ。
本当は聞くのが怖い。「そうですよ」なんて言われたら、本当にへこむ。1週間寝込むなんて話ではない。最早立ち直れないかもしれない。二人がつがいなら、βである自分に勝ち目なんかない。どんなに努力してもバースには勝てないということなのだ。
「っ、あの、三目君!ちょっと聞きたいことが…」
「すいませーーーん!ビールもう一杯!!!」
勇気を出して声を掛けるが三目君の大声にかき消されてしまった。
「はい、そうみたいですよ。お知り合いですか?」
三目君がきょとんとした表情で尋ねてくる。彼には自分が以前、営業にいたということは話していないし、瀬尾君の世話係をしていたことも知らない。
「どうかしたんですか?山口さん、顔色がすごく悪くなってますよ?」
自分がよっぽど悲壮な顔をしていたのだろう。三目君が傍に駆け寄ってきて、心配そうに覗き込んでくる。
「いや、大丈夫だよ。ただ、俺は…。」
瀬尾君には会いたくない。そう言いたいけれど、これは仕事だ。そんなわがままを部下に向かって言う訳にはいかない。でも、瀬尾君に自分がこんな所にいることは知られたくない。この仕事は少しずつ好きになってきているが、彼の眼にはどのように映るだろうか。営業職を追われ、落ちぶれたおじさんに対して、軽蔑の視線を向けられてしまったら。好きな人にそんな態度をとられた、ショックで1週間以上は寝込んでしまうかもしれない。
「…山口さん、棚の後ろに隠れてください。」
「え、いや、俺が対応を。」
「いいですから!絶対に声を出さないでくださいね。出てきたりしたら、今日の食事代は全部山口さんに払ってもらいますから!」
三目君にグイグイと背中を押され、入り口から一番遠い棚の後ろに追いやられてしまった。この棚にはまだ整理できていないファイルがこれでもかと詰め込まれていて、向こう側を見ることは一切できない。
「三目君、ちょっと!」
抗議しようとしたが、その瞬間にコンコンと部屋の扉をノックされる音が響いた。
「先ほどお電話させていただきました営業1課の瀬尾と申します。入ってもよろしいですか?」
懐かしい声。相変わらず惚れ惚れするような艶のある声を聞き、ぶるりと体が震えた。
「はーい、今行きます!…山口さん、絶対ここから出ないでください!」
三目君の勢いに押されて、無意識のうちに頷いてしまった。自分の態度に満足したように三目君は笑うと小走りで棚の後ろから出て行った。
「っ…お待たせしました、電話をお受けしました三目です。」
「…瀬尾と、申します。」
ガチャリと扉が開く音がする。自己紹介を始めた二人の言葉に妙な間があることに気づいた。何かあったのかもしれないと心配になり、足音に気を付けながら少しずつ移動する。ファイルの隙間から少しだけ向こう側をのぞける部分を見つけ出し、そこから二人の様子をうかがった。
「っあ…。」
そこには、見つめ合うαとΩの完璧な姿があった。年齢を重ねて、さらに男の色気をまとうようになった瀬尾君と、ほんの少し頬を赤く染めて瀬尾君を仰ぎ見る三目君。まるで少女漫画のような美しい光景に、心臓が鷲掴みにされたような痛みが走る。これ以上見ていたくないのに、目を離すことができない。
「っ!すいません、資料ですよね?こちらに準備してありますので。」
先に我に返ったのは三目君の方だったようで、慌ててデスクの上に乗っていたファイルを取って瀬尾君に差し出した。
「ありがとうございます。…あなたはこの部署で1人で働いてるんですか?」
ファイルを受け取った瀬尾君はすぐに帰るのかと思いきや、三目君に話しかけてきた。その瞳は遠目に見ても爛々と輝いていて、三目君に興味を持ったことがすぐに分かった。
「え、あぁ、えっとそうですよ。僕一人です。」
一瞬言いよどんでいた三目君は、一瞬だけ自分の方に視線を向けた後にそう答えた。三目君に嘘をつかせてしまったことは申し訳ないが、そう言ってくれて心底安心した。もう1人いますなんて正直に話してしまって、名前でも聞かれてしまったらいよいよ誤魔化すのが難しくなってくるからだ。
「そうですか…。あなたは、Ωですか?」
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「え、えぇ僕はΩです。あなたはα…ですよね?」
三目君が尋ねると、瀬尾君は力強く頷いた。
「そうですか…。あの…」
瀬尾君がまた話を続けようとした時、けたたましいスマートフォンの通知音が鳴った。どうやら瀬尾君のものだったようで、不機嫌そうに顔をしかめると「今日はこれで失礼します」と三目君に頭を下げ、扉の方へと向かう。
「…またお礼に伺います。」
「っ!」
くるりとこちらを振り返った瀬尾君と目があったような気がして、小さく悲鳴を上げてしまう。気づかれてしまったかと思ったが、瀬尾君はそのまま部屋から出て行ってしまった。体の緊張が解けて、大きなため息をついてしまう。
「ちょっと、山口さん!また溜息ついてますよ!」
「ひっ!ちょっと三目君、脅かさないでよ。」
突然背後から声を掛けられて驚いてしまう。振り向くと呆れ顔で仁王立ちしている三目君がいた。
「絶対に動かないでくださいって言ったのに動いてるじゃないですか!せっかく僕が山口さんの存在に気づかれないように嘘ついたのに、ばれちゃったら元も子もないんですよ。最後に山口さんの方を向いてたからヒヤヒヤしたんですからね!」
「ご、ごめんなさい。」
三目君に詰め寄られて、たじたじになってしまった。確かにせっかくの三目君の努力を無駄にするところだった。謝った後に、二人でデスクへと戻る。
「いやぁ、びっくりしました。あんなにかっこいい人見たのは久しぶりですよ。αの中のαって感じでしたね!あんな人が営業に来たら、なんでもオッケー出しちゃいそうな気がしますよ!」
「そうだね。」
瀬尾君が見た目だけの男ではないことは知っているが、ここで話しても仕方ないことなので返事をするのみにとどめておく。それでも、瀬尾君の素晴らしい所を言いたい気持ちが湧きあがってきた。世話係失格なんてひどいことを言われたけれど、それでも瀬尾君を好きな気持ちは全く衰えていないということに、今日、彼の姿を見て改めて気づいてしまった。彼のことが好きだ。でもこの気持ちが報われることはない。
「…山口さん、瀬尾さんのこと好きなんですねー。」
「なっ、何を!」
突然、心情を言い当てられて手に持っていたカバンをその場に落としてしまう。その通りですとでも言うような態度をとってしまったことが恥ずかしく、顔が熱くなってきた。そんな自分を見て、三目君はクスクスと笑い出した。
「山口さん、本当に分かりやすいですね。僕が瀬尾さんの名前を出した時にすぐ顔色が変わりましたよ。僕が話している時もずーっともじもじしてるし、気になるんですよね、彼のこと?」
「そんなことない、そんなことないよ!俺は瀬尾君なんて話したこともなければ会ったこともないし!全部三目君の勘違いだから!」
必死にフォローしてみるも、すでに三目君の中では決定事項のようで全く話を聞いてもらえなかった。三目君は「はいはい、分かりました」と話を流し、スタスタと入口に向かってしまう。
「山口さん、さっきは体調悪そうでしたけど、今はどうですか?」
「え、あ、まぁもう大丈夫だよ。」
先ほどは瀬尾君のことがあって緊張しただけで、別に体調が悪くなった訳ではない。正直にそう伝えると、三目君はにやりと笑った。
「それなら飲みも大丈夫ですね。今日は全部話してもらうまで帰しませんから。」
「そんなぁ…。」
三目君がパチリと部屋の電気を消し、真っ暗になった。
三目君に半ば引きずられるようにして連れてこられたのは、彼の行きつけだという焼き鳥屋さんだった。少し古ぼけた暖簾が下がっているものの、店自体は洋風のたたずまい。中に入ると、こじんまりしていて一階はカウンター席だけのようだ。二階は座敷席で、自分たちも元気な店員さんに二階に案内された。
「ここ、すごく美味しいんですよ。焼き鳥もなんですけど、おすすめは大根の唐揚げです!」
「いいねぇ。」
三目君が勧めてくれたのは、奇しくも自分の大好物。あまりお酒は飲まないのだが、今日は少しお酒が進んでしまうかもしれないと思いながら、飲み物や食べ物を注文する。上着を脱いだり、お通しを食べたりしている間にすぐに三目君用のビールと自分用の梅ソーダが届いた。ビールや日本酒を飲めればカッコいいのだろうが、あの苦さがどうしても好きになれない。営業として働いていた時は我慢して浴びるようにビールや酒を飲んでいたが、今はそんなことをする必要もないので、好きな甘いカクテルや梅酒を飲むようになった。
「それじゃあ1週間お疲れ様。」
「お疲れさまでーす!」
ニコニコ顔の三目君と杯を合わせて、喉にアルコールを流し込む。
「あぁ、うまい!!」
見た目と違って三目君は豪快な性格で、大ジョッキのビールを一回で半分程飲んでしまう。くぅっと心底幸せそうな声を出す三目君はとても微笑ましい。
「ちょっと山口さん、そんなほやほや笑ってる場合じゃないですよ。さっきの瀬尾さんとのこと、僕何も聞かされてないんですけど!」
「そ、それは。」
もっとお酒が進んでからの話かと思っていたが、三目君は序盤から突っ込んできた。その勢いに後ろに若干のけぞってしまう。
「僕、山口さんがデータベース部に来るまでにどんな仕事してたのかって聞いたことないんですよね。部ができたのって僕が入社してからだって聞いてますし、それまではほかの部署にいたんですよね?一体何してたんですか?…瀬尾さんと知り合いってことは、まさか!」
「ちょっと落ち着いて三目君。ちゃんと説明するから!」
矢継ぎ早の質問について行くことができず、とりあえず三目君を落ち着かせる。彼に自分のことを話さなかったことに特に理由はない。彼のプライベートを聞かない代わりに、自分も話す必要がないと思っていた。三目君も自分のことには興味はないだろうと思っていた。
「ちゃんと教えてください。…じゃないとあの人から山口さんを守れません。」
「三目君?」
もう一度ビールをあおって、ジョッキを空にしてしまった三目君がひとり言のようにつぶやく。守るという言葉の意味が分からずに首をかしげてしまった。
「だって、山口さん、あの人の名前が出てきたとき、ちょっと怖がってるように見えました。好きではあるんでしょうけど、でも会いたくはないって感じがしたんです。違ってたらすいません。」
「いや…、間違ってないよ。」
三目君の観察眼に惚れ惚れしてしまう。さすが優秀な部下だと悦に入ってると「だから、早く教えてください!!」と怒られてしまった。
瀬尾君との出会い、営業として働いていたこと、倒れてそれまでのように働けなくなり、データベース部にやってきたこと。俺が瀬尾君を好きということだけは言わなかったものの、全部話し終った時、三目君は「瀬尾さんのこと大好きだったんですね…。」と言われてしまった。
「だから、俺は別に瀬尾君のことは!!」
「はいはい、いいですから。分かりました、瀬尾さんのことは別に好きじゃないんですね、分かりました。」
お酒も進んできて二人でワイワイと騒ぐようになってきた。たまたま座敷には自分たちしかいなかったので、誰に迷惑をかけることもない。
「分かりました。そういう事情があるなら山口さんに協力します!営業の人たちにばれないようにすればいいですよね!よっしゃー!打倒営業部ですよぉ!」
「おう、打倒営業部だぁ!!」
なんだか訳の分からないことになってきたが、先ほどからどうしても三目君に聞きたいことがあった。数時間前、瀬尾君と三目君が出会った時のこと。自分にはどうしても、二人が「運命のつがい」であるかのように見えた。そのぐらいしっくりくる二人に見えたのだ。
本当は聞くのが怖い。「そうですよ」なんて言われたら、本当にへこむ。1週間寝込むなんて話ではない。最早立ち直れないかもしれない。二人がつがいなら、βである自分に勝ち目なんかない。どんなに努力してもバースには勝てないということなのだ。
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