落ちこぼれβの恋の諦め方

めろめろす

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第一部

第4話

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「ちょっと三目君、大丈夫?」

「らいじょーぶです!もう一軒もよゆーですよ!ほら、やまぐちさぁん、いきますよぉ!」

 

 呂律も回らなくなってしまった全然大丈夫ではない三目君は、一軒目の店から出て、すぐにベンチに座り込んでしまった。なんとか立たせようとするも、本人はもう足腰に力が入らないようで、ケラケラと笑うだけだ。

 

「金曜日だからといって飲みすぎたよ、三目君!そんなに酔っぱらってたら危ないよ!」

「べつにあぶなくないですもーん。」

 

 三目君は分かっていない。道行く人々が頬を赤く染め、楽しげに笑う三目君に見とれていることを。そのうちの数人が立ち止まり、彼に話しかけようと周りをうろうろしているのだ。まだ自分がいるからなかなか声をかけられないようで、忌ま忌ましい視線が向けられているのが怖い。

 

 早くなんとか移動しないとという焦りだけがつのっていく。三目君が力ずくでαに連れていかれようものなら、自分は敵わないかもしれない。

 

「とりあえずタクシー呼ぶからね!」

 

  三目君の隣で介抱しながら、スマートフォンで電話をかける。ありがたいことに、5分ほどでこちらに来てくれるようだ。

 

「三目君、あと少しでタクシー来るからもう少し待ってて。」

「ふぁーい!」

 

 ニコニコと上機嫌に返事をする三目君は本当に可愛らしい。しかし、今回はその可愛らしさが仇となってしまった。

 

 

「あの、その子大丈夫ですか?」

 

 一人の男性がとうとう声をかけてくる。自分に話しかけてきたはずなのに、視線は三目君を捉えて離さない。

 

「酔っぱらってて立てないなら俺、手伝いますよ?あなた一人だと無理でしょ?」

 

 髪を栗色に染めている細身のサラリーマンで、年は20代後半だろう。細身とは言っても自分よりもしっかり筋肉がついている。なにより、獣のようにギラついた瞳が恐ろしかった。

 

「いえ、大丈夫です。俺一人で大丈夫ですから。タクシーも呼んでますし。お気遣いありがとうございます。」

 

 話を切り上げて立ち去ってもらえるように促すが、男は自分の言うことなど一切聞いていない。

 

「ねぇねぇ、お兄さん大丈夫?辛いでしょ?俺が介抱してあげるから。ほら、行こうか?」

 

 今度は眠くなってきたのだろう、船をこぎ始めた三目君の手をとって、男は無理やり立ち上がらせようとする。三目君の体に勝手に触っていることが腹立たしく、「やめてください!」と言って振り払ってしまった。

 

「あー、何あんた?俺が用事あるのはこの子だけなんだけど?」

「っあ!」

 

 男が怒りの表情を見せてくると同時に、背筋に悪寒が走った。どうやらこの男はαだったようだ。勝てない。まるで本能がそう叫んでいるようだ。

 

「俺さぁ、βとかホントに興味ないんだよね。どっか行ってくんない?αにもΩにもなれなかった出来損ないのお兄さん?あぁ、このお兄さん、すっげー良い匂いするねぇ。こーんな綺麗なΩに会えるなんてラッキーだな。今日は楽しめそー。」

 

 狂ったようにゲラゲラと笑う男を見て、ざっと血の気が引いた。三目君はこれまでこのような扱いを受けてきたのだろうか。αの性玩具のような扱いを受けてきたのだろうか。自分の周りにいるΩといえば母親だが、αである父親にそれはそれは愛されて、大事にされていた。母親はいつも幸せそうだったが、それは父親がほかのαにちょっかいをかけられないように守っていたからだったのかもしれない。

 

「離せって言ってるだろ!」

 

 だんだんと怒りが湧いてきて、勢いよく男に向かってタックルしてしまった。体勢を崩した男は無様に地面に倒れ込む。

 

「おい、何するんだお前!殴られたいのか!」

「やれるもんならやってみろ!警察呼ぶぞ!変態α!バーカバーカ!」

 

 とっさに出てきたのは子供みたいに幼稚な言葉だが、自分があまりにも大きな声でわめくせいで、周りの人たちが何事かとこちらに注目し始めた。

 

「ちっ!なんだよ、くそ!おっさんが調子乗るなよ!」

「うるさい!どっか行け!」

 

 捨て台詞をはく男に向かって砂をかけてやると、情けない悲鳴を上げながら去っていた。

 

「撃退できた・・・。俺、すごい。」

 

 はぁはぁと荒くなった息を整える。地面にへたり込んでいる三目君の側によると、やっと意識が覚醒してきたのか「やまぐちさん・・・?」と不安げな表情ですがってきた。

 

「ごめん、三目君。俺がαだったらもっとスマートに助けられたと思うんだけど。」

「そんなこと・・・ないです。僕がこんな酔っ払ったのが悪くて・・・。本当にごめんなさい。」

 

 べそべそと半泣きになりながら、三目君が抱きついてくる。身体に勝手に触るのも気が引けるし、どうすればいいか分からずにあわあわと慌てていた時。

 

 

「あれ?もしかして山口課長?」

 

 地面にへたり込んでいる自分たちの頭上から声をかけられる。なんだか聞いたことのある声だったが、頭が混乱していたのもあって思わず顔を上げてしまった。

 

「あ、やっぱり!山口課長!!」

「君は・・・。」

 

 すぐ側に立っていたのは、3年前、自分が営業の仕事を辞めるきっかけとなった会話をしていた瀬尾君の同期だった。

 

 

「山口課長だ!やっぱり、山口課長!山口課長だぁ!!」

「ぎゃあ!」

 

 瀬尾君の同期は、突然感極まったように膝をついて自分に抱きついてきた。今は三目君に抱きつかれている状態なので、さらにその上から抱きつかれていることになる。

 

「山口かちょぉー!どこに行ってたんです!なんで突然いなくなっちゃったんですか!!」

「く、苦しい・・・!」

 

 力任せにぎゅうぎゅうと抱きしめられ、どんどん息が苦しくなってくる。ギブアップを知らせようと、彼の背中をたたいてみるがいっこうに力が弱まる気配はない。こんなところで窒息で死ぬのかと情けない気分になった時。

 

「ちょっと!苦しいだろ、離せ!」

 

 大きな声で怒鳴ったのは三目君だった。その声にやっと我に返ったのか、同期の彼が力を緩めてくれた。

 

「す、すいません。ちょっと感極まってしまって・・・。うわぁ、綺麗な人・・・。」

 

 どうやら同期君は何でも口に出してしまう性格のようだ。怒りの表情を見せる三目君をしげしげと眺めている。

 

「ちょっとあなた失礼すぎじゃないですか?僕たち初対面ですよね?」

「あ、そ、そうですね。ごめんなさい。ってそれより課長ですよ!山口課長、いったい今までどこにいたんですか!課長がいなくなってから本当に大変だったんですよ!挨拶とかもなんもなしで、営業の人たちがどれだけ驚いたか!」

 

 同期君が矢継ぎ早に話しかけてくるが、何も答えることができない。彼は瀬尾君の同期で、不用意なことを話せば自分がまだ同じ会社で働いていることがバレてしまうかもしれない。それだけは避けたかった。

 

「ちょっと聞いてますか、山口課長!」

「・・・ちょっとあんた、いきなり現れて自分のことばっかりベラベラ話して失礼でしょ!ほんとに社会人なの?」

 

 黙り込んでいた自分を助けてくれたのは三目君だった。詰め寄ってくる同期君との間に入って、距離を取ってくれる。

 

「え、いや、俺はただ。」

「あんた最低。自分の言いたいことばっかり言って人の言うこと全然聞かないんだね。」

「うっ!」

 

 美しい三目君に罵られたことに傷ついたのか、同期君がたじろく。そうこうしていると、近くにタクシーが着いたのが見えた。予約と書いてあるので、自分が呼んだタクシーで間違いないだろう。

 

「ほら、タクシー来ましたよ。行きましょう、山口さん。」

 

 何か言わないとと思っていた自分の腕を三目君が引っ張ってタクシーの方まで連れて行こうとする。

 

「待って!これ、俺の名刺です。話したいことがあるので、連絡ください!お時間は取らせませんから!」

 

同期君が無理矢理手の中に自分の名刺をねじ込んでくる。その場で捨てるわけにもいかずに、そのまま受け取ってしまった。そんな自分の様子を見て、彼は小さくため息をつく。

 

「山口課長がいなくなったのが突然で。誰も辞めた理由をしらなくて。それにどこに行ったかも知らないので、連絡も取れないし。営業の人たちは本当に混乱しててかわいそうなぐらいだったんです。だから俺・・・。」

 

「もういいですよ。行きましょう、山口さん。」

同期君の話を遮って、三目君がまたずんずんと自分を引きずって歩き始める。追いすがろうとする同期君に向かって「着いてくるな!」と三目君が吠えたせいか、彼はその場から動かなくなった。

 

「っせめて、瀬尾に連絡してやってください!あいつ、山口課長がいなくなってめちゃくちゃ落ち込んでて!」

 

 タクシーに乗り込む寸前に同期君の信じられない言葉が聞こえてきた。真偽を確認する前に隣に三目君が乗り込んできて、「とりあえず駅まで!」と頼んだため、車が動き出してしまった。

 

 瀬尾君が落ち込むなんてことがある訳はない。彼はもう自分のことは用無しだと言っていたのだから。流れていくネオンの光を見ながら、自嘲じみた笑みがこぼれる。

 

「山口さん、あの人って営業で働いていた時の知り合いですか?」

 

 三目君がおそるおそるといった風に話しかけてくる。

 

「僕、いきなり山口さんのこと批判するような態度だったのが頭にきて。それであんな風に対応しちゃったんですけど、良かったですかね?ご迷惑をおかけしていたら申し訳ありません。」

 

 まだお酒が抜けていないために情緒不安定なのか、大きな瞳に涙をためている。そんな彼が可愛らしくて、にっこりと笑って「助かったよ」と伝えた。

 

「あの人は営業の人じゃないんだけど、瀬尾君の同期なんだ。彼と瀬尾君の会話が僕が仕事を辞めたきっかけだよ。」

「そうだったんですか!!あの野郎・・・、一発ぶん殴れば良かったですね!」

 

 三目君が息巻いていたので、「今はもうなんとも思ってないよ」と話しておく。三目君を落ち着かせているとあっという間に最寄り駅まで着いてしまった。

 

「三目君はこのままタクシーで帰りなさい。」

「でも!」

「まだお酒が抜けてないんだから一人で歩くのは危ないよ。じゃあね。」

 

  運転手に三目君の家まで足りるであろうお金を渡してタクシーから降りる。

 

「山口さん、今日は本当にご迷惑をおかけしました。またお礼をさせてください!!」

「気にしなくて良いよ。しっかり休んでね!」

 

 車内からずっと手を振り続ける三目君に手を振り替えし、家へと向かって歩き出す。まさか同期君に会うなんて思いもしなかった。なにより、もう見ることもないと思っていた瀬尾君を見てしまったのもイレギュラーだ。

 

 なんだか回りが騒がしくなってきたような気がする。悪い予感に身震いしながら、いそいそと家路についた。

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