5 / 56
第一部
第5話
しおりを挟む
自宅に帰りついたのは午前0時を少し回った頃。職場に乗り換えなしでいけるこの部屋を自分はとても気に入っている。ワンルームではあるが、部屋は広めで、セミダブルのベッドを置いてもそんなに窮屈な感じはしない。
シンプルな部屋のほうが大人の男として格好いいのだろうとは思うが、変なカエルの置物やミニチュアのバイクなどをガチャガチャで見かけると買ってきて飾ってしまう。いつまでたっても大人になりきれない自分に苦笑してしまう。
「あぁー、今日は何だか疲れた!」
手早くシャワーを浴びて、勢いよくベッドに倒れ込んだ。こだわりのマットレスは自分の体を優しく受け止めてくれる。その柔らかさにほんの少しだけ心が癒された。
「まさか、彼に会うなんて…。」
思い出すのは先ほど再会した瀬尾くんの同僚のこと。三目君は庇ってくれたが、同僚君の言う通り、なにも言わずに辞めてしまった自分は本当に無責任な人間だ。引き継ぎもほとんど間に合わず、逃げるようにいなくなったため、自分の尻拭いをした人は大変だっただろう。
しかし、自分がそれほどに追い詰められていたことも確かだった。瀬尾くんたちの言葉が引き金になったのは間違いないが、正直心身ともに限界だったのだ。少しでも無理をすればすぐに立てなくなる脆い身体。やる気だけが空回りして、周りからも白い目で見られる。一、二年目の若手社員にも営業成績を抜かれるようになり、プライドもなにもかもへし折られてしまったのだ。
「なーんでこんなことになったのかなぁ。」
努力だけは自分を裏切らないと思っていた。頑張り続けさえすれば、きっと幸せになると思っていた。でもそんなのはお話の中だけ。現実はもっと厳しくて、冷たい。それでも歯をくいしばって
一人で立ち続けなければいけないのだ。
「大丈夫。まだ頑張れる…。」
だんだんとまぶたが落ちてくる。とりあえず同僚君とはもう会うこともない。連絡をするつもりもないのだから。そのまま襲ってくる睡魔に身を任せた。
「げほっげほっ!!」
大きな咳が部屋中に響く。お酒を飲んだ翌朝起きてみると、何だか熱っぽいし、おかしな咳も出た。これはヤバイと思い、急いで風邪薬を飲んでみたものの時既に遅し。日曜日には高熱が出てしまい、月曜日の今日も熱が下がらずにお休みをいただくことになったのだ。朝方、三目君にそのむねを連絡すると「僕のせいです!」と泣き声で言われた。確かに金曜日のことが関係しているだろうが、それは三目君のせいではなく、三目君を襲おうとしたあの男が原因なので気にしないようにと念を押した。仕事帰りに何か買っていきます!と三目君が申し出てくれたが、すでに自分で買ってあるので丁重にお断りしておいた。
「あぁ、やばいなぁこれは。」
しかし、夜になるとさらに熱が上がってきた。土曜日に行ったかかりつけの病院の薬を飲んでいるが、効いてくる気配はない。熱が高いせいか、頭がボーッとしてきて、思考がうまくまとまらない。苦しいということしか考えられない。こんな時に誰か側にいてくれたら。大丈夫?と優しく労ってくれる誰かが側にいてくれたら、こんなに心強いことはないのに。
「せお…く…ん。」
そんな時、枕元に置いていたスマートフォンが鳴った。のろのろと起き上がって通話ボタンを押す。
『もしもし?山口さんですか?』
「せお…くん?」
電話の向こうから聞こえてきたのは恋い焦がれている相手。電話など来るはずもない相手だ。
『そうです、瀬尾です。今大丈夫ですか?』
そう、彼から電話など来るはずかない。彼が自分を気にかけることなどありはしない。だからこれは夢だ。熱に浮かされて見ている幻なのだ。そうならば、何を言っても構わない。自分の好きにしていいはずた。
「あー、瀬尾君。ずっと瀬尾君の声が聞きたかったんだ。」
『…いきなりどうしたんですか?何かあったんですか?』
「会いたいよ瀬尾君。君と一緒にいたい。」
『…逃げたのはあなただ。』
瀬尾君の拗ねたような声が可愛らしくてクスクスと笑ってしまう。
「逃げてなんてない。俺はずっと君の側にいるよ。」
『嘘だ…。突然いなくなったじゃないですか。』
「いるよ。」
『どこにいるんですか?』
子供のように必死な声に笑いが込み上げてくる。
「待ってるから。諦めちゃうまでに迎えに来て…。」
そのまま返事を聞かずに電話を切る。
「あぁー、いい夢だなぁ。」
最近頑張ったご褒美だろうか。こんなご褒美があるなら、仕事も頑張れる。早く復帰するためにも寝てしまおう。先ほどの余韻に浸りながらゆっくりと目を閉じた。
シンプルな部屋のほうが大人の男として格好いいのだろうとは思うが、変なカエルの置物やミニチュアのバイクなどをガチャガチャで見かけると買ってきて飾ってしまう。いつまでたっても大人になりきれない自分に苦笑してしまう。
「あぁー、今日は何だか疲れた!」
手早くシャワーを浴びて、勢いよくベッドに倒れ込んだ。こだわりのマットレスは自分の体を優しく受け止めてくれる。その柔らかさにほんの少しだけ心が癒された。
「まさか、彼に会うなんて…。」
思い出すのは先ほど再会した瀬尾くんの同僚のこと。三目君は庇ってくれたが、同僚君の言う通り、なにも言わずに辞めてしまった自分は本当に無責任な人間だ。引き継ぎもほとんど間に合わず、逃げるようにいなくなったため、自分の尻拭いをした人は大変だっただろう。
しかし、自分がそれほどに追い詰められていたことも確かだった。瀬尾くんたちの言葉が引き金になったのは間違いないが、正直心身ともに限界だったのだ。少しでも無理をすればすぐに立てなくなる脆い身体。やる気だけが空回りして、周りからも白い目で見られる。一、二年目の若手社員にも営業成績を抜かれるようになり、プライドもなにもかもへし折られてしまったのだ。
「なーんでこんなことになったのかなぁ。」
努力だけは自分を裏切らないと思っていた。頑張り続けさえすれば、きっと幸せになると思っていた。でもそんなのはお話の中だけ。現実はもっと厳しくて、冷たい。それでも歯をくいしばって
一人で立ち続けなければいけないのだ。
「大丈夫。まだ頑張れる…。」
だんだんとまぶたが落ちてくる。とりあえず同僚君とはもう会うこともない。連絡をするつもりもないのだから。そのまま襲ってくる睡魔に身を任せた。
「げほっげほっ!!」
大きな咳が部屋中に響く。お酒を飲んだ翌朝起きてみると、何だか熱っぽいし、おかしな咳も出た。これはヤバイと思い、急いで風邪薬を飲んでみたものの時既に遅し。日曜日には高熱が出てしまい、月曜日の今日も熱が下がらずにお休みをいただくことになったのだ。朝方、三目君にそのむねを連絡すると「僕のせいです!」と泣き声で言われた。確かに金曜日のことが関係しているだろうが、それは三目君のせいではなく、三目君を襲おうとしたあの男が原因なので気にしないようにと念を押した。仕事帰りに何か買っていきます!と三目君が申し出てくれたが、すでに自分で買ってあるので丁重にお断りしておいた。
「あぁ、やばいなぁこれは。」
しかし、夜になるとさらに熱が上がってきた。土曜日に行ったかかりつけの病院の薬を飲んでいるが、効いてくる気配はない。熱が高いせいか、頭がボーッとしてきて、思考がうまくまとまらない。苦しいということしか考えられない。こんな時に誰か側にいてくれたら。大丈夫?と優しく労ってくれる誰かが側にいてくれたら、こんなに心強いことはないのに。
「せお…く…ん。」
そんな時、枕元に置いていたスマートフォンが鳴った。のろのろと起き上がって通話ボタンを押す。
『もしもし?山口さんですか?』
「せお…くん?」
電話の向こうから聞こえてきたのは恋い焦がれている相手。電話など来るはずもない相手だ。
『そうです、瀬尾です。今大丈夫ですか?』
そう、彼から電話など来るはずかない。彼が自分を気にかけることなどありはしない。だからこれは夢だ。熱に浮かされて見ている幻なのだ。そうならば、何を言っても構わない。自分の好きにしていいはずた。
「あー、瀬尾君。ずっと瀬尾君の声が聞きたかったんだ。」
『…いきなりどうしたんですか?何かあったんですか?』
「会いたいよ瀬尾君。君と一緒にいたい。」
『…逃げたのはあなただ。』
瀬尾君の拗ねたような声が可愛らしくてクスクスと笑ってしまう。
「逃げてなんてない。俺はずっと君の側にいるよ。」
『嘘だ…。突然いなくなったじゃないですか。』
「いるよ。」
『どこにいるんですか?』
子供のように必死な声に笑いが込み上げてくる。
「待ってるから。諦めちゃうまでに迎えに来て…。」
そのまま返事を聞かずに電話を切る。
「あぁー、いい夢だなぁ。」
最近頑張ったご褒美だろうか。こんなご褒美があるなら、仕事も頑張れる。早く復帰するためにも寝てしまおう。先ほどの余韻に浸りながらゆっくりと目を閉じた。
43
あなたにおすすめの小説
α、β、Ωで結婚したら無敵だった
月田朋
BL
政府の少子化対策のためのお見合いシステム、「マッチングサービス」。α、β、Ωの男三人。
ビッグデータの解析結果によると、三人で結婚すれば相性はバッチリ!!だったら結婚してみよう。恋はその後すればいい。
【登場人物】
鳥飼誠(34歳)α 男性
井岡イオ(31歳)β 男性
淵 流助(21歳)Ω 男性
※結婚後の姓は選択制の世界です。(彼らは別姓を選択しています)
ほたるのうんめい
ruki
BL
長年の『発情期の相手』と言う役目を終えた誠也は、結婚に向けて再び婚活をすることにした。そして新たに入った婚活サイトで出会ったのは、訳がありそうな黒髪美人のオメガだった。
『ほたるのゆめ』の誠也さんのお話です。『ほたるのゆめ』を読んでいなくても楽しめるとは思いますが、そちらも読んでいただけると幸いです。
ちなみに読んでくださるなら
『さかなのみるゆめ』→『ほたるのゆめ』→『ほたるのうんめい』
が分かりやすいかと思います。
君と運命になっていく
やらぎはら響
BL
母親から冷遇されている町田伊織(まちだいおり)は病気だから薬を欠かさず飲むことを厳命されていた。
ある日倒れて伊織はオメガであり今まで飲むように言われていたのは強い抑制剤だと教えられる。
体調を整えるためにも世界バース保護機関にアルファとのマッチングをするよう言われてしまった。
マッチング相手は外国人のリルトで、大きくて大人の男なのに何だか子犬のように可愛く見えてしまい絆されていく。
【完結】変態αのフェロモン観測記録
加賀ユカリ
BL
欠陥Ωが使用済みマスクを落としたら、変態αにフェロモン値を実況されるようになった話
大学生の天橋瑞樹(あまはし みずき)は、帰り道でうっかり使用済みマスクを落としてしまう。拾ったのは、モデルのようなスタイルと整った顔立ちを持つ青年──神代慧(かみしろ けい)。だが、彼はただのαではなかった。
「このマスクは僕の宝物です」そう言って笑う慧は、瑞樹のマスクを返さないどころか、初対面で「君は僕の運命の番だ」と宣言してくる。
だが瑞樹は、自分が“欠陥Ω”──フェロモン値が極端に低い存在であることを知っていた。
そして、計測器と共に瑞樹のフェロモン数値を実況する“変態α”との、奇妙で騒がしい日々が始まった。
そんなある日。
瑞樹に人生で初めてのヒートが訪れる──
攻め:神代慧(かみしろ けい)。α。瑞樹のマスクを返さないヤバい男。
受け:天橋瑞樹(あまはし みずき)。欠陥Ω。
・オメガバースの独自設定があります
・性描写のある話には※を付けています
・最終話まで執筆済みです。(全35話)
・19時更新
・ムーンライトノベルズにも掲載しています
※過去作『番になれなくても』の主人公(天橋和樹)の兄の話です。本作品は『番になれなくても』の本編より前の時間軸になります。それぞれの話は独立しているので、読んでいなくても大丈夫です
【完結】番になれなくても
https://www.alphapolis.co.jp/novel/166551580/588945232
ずっと二人で。ー俺と大好きな幼なじみとの20年間の恋の物語ー
紗々
BL
俺は小さな頃からずっとずっと、そうちゃんのことが大好きだった───。
立本樹と滝宮颯太は、物心ついた頃からの幼なじみ。いつも一緒で、だけど離れて、傷付けあって、すれ違って、また近づいて。泣いたり笑ったりしながら、お互いをずっと想い合い大人になっていく二人の物語です。
※攻めと女性との絡みが何度かあります。
※展開かなり遅いと思います。
【本編完結】期限つきの恋
こうらい ゆあ
BL
神崎葵は、聖桜病院の特別病棟で静かな日々を送っていた。
Ω性特有の難病『フェロモン崩壊症』に冒された彼は、かつてイラストレーターとして活躍していたが、今では病室でひとり、スケッチブックに心を刻む。
余命わずかな時間の中、担当医・佐藤悠真との出会いが、閉ざされた白い病室に温かな光を灯す。
葵の海への憧れ、恋への憧憬が色鮮やかに花開くが、時間は無情にも迫ってくる。
限られた時間の中での、儚い恋のお話。
肩甲骨に薔薇の種(アルファポリス版・完結済)
おにぎり1000米
BL
エンジニアの三波朋晴はモデルに間違われることもある美形のオメガだが、学生の頃から誰とも固定した関係を持つことができないでいる。しかしとあるきっかけで年上のベータ、佐枝峡と出会い、好意をもつが…
*オメガバース(独自設定あり)ベータ×オメガ 年齢差カプ
*『まばゆいほどに深い闇』の脇キャラによるスピンオフなので、キャラクターがかぶります。本編+後日談。他サイト掲載作品の改稿修正版につきアルファポリス版としましたが、内容はあまり変わりません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる