12 / 62
衛生の基本は手洗いから
しおりを挟む
「私達、先生のところに行くからちゃんと新しい服着てきたよ?」
流しの前で彼らは“手洗い”をするのが不満という顔で私を見る。確かにボロボロの服だが、洗濯したばかり、という印象を受ける。彼らの自尊心を傷つけないように私は言葉を選ぶことにした。
「リタとレオだから手を洗って欲しいというわけではないのよ。私も梅干しを作る時、料理を作る時、食事をする時は手を洗うわ」
「なんで?」
確かにこれまで手洗いをしてこなかった人間からしたら、当然といえば当然の質問だ。
「外だけじゃなくて、家の中には見えない菌がたくさん存在しているの。手でそれを触ってしまうと、その菌が色々な場所に広がってしまうでしょ?だから手を洗うのよ」
「ふ~~~ん」
二人はまだ納得していないという様子だが、少しは手を洗ってくれる気になったに違いない。
「まず水で手を濡らして、石けんを手に取ります」
「これってお風呂屋さんあるやつでしょ?」
リタが嬉しそうに石けんを手に取ると、レオは自慢げに
「俺の家ではそんなの使わないぞ。布でごしごし擦れば汚れが取れるんだ」
と胸を張る。
「彼らの自宅には風呂がないからね。大衆浴場に週に一回行くか行かないか。あとは井戸の水で行水するぐらいだから石けんは珍しいのかもね」
キースさんにそう言われ、私はなるほど、と静かに納得する。石けんは決して高いものではないが、風呂に毎日入る習慣がない人間からしたら、珍しいアイテムなのだろう。
「だから感染症が広がるんですね」
「なるほどね……そうかもしれない」
新たな課題が見えてきたが、今はそれよりもリタ達に手洗いを教える方が先だ。
「石けんを泡立ててね。その泡でまず手の甲を洗うの。右手の甲を洗う時は左手の平を使うようにして交互に洗ってね」
二人は不器用そうな手つきで恐る恐るといった様子で手を洗い始める。みるみるうちに泡が黒く変色した。一度洗い流してしまいたかったが、一通り教えてからにしようとグッとこらえる。
「次は指の間を洗うわよ。こうやって両手の指を組むようにして……あ、親指も握るようにしてくるくる洗ってね」
「これで終わり?」
既に泡と格闘することに飽きてきたのだろう。そう言ったリタの言葉を私はあっさりと却下する。
「ここからが大事なの!手のひらで指の先を研ぐようにごしごしと洗って。指と爪の間も綺麗にできるのよ。最後は手首をつかむようにしてクルクル洗ってね」
「随分、念入りに洗うんだな。神官学校でもそんなこと習わなかったぞ」
「それは、キース様は診療前後に魔法で手を殺菌されているからですわ」
「なるほど……。確かに入学して最初にあの魔法を習った」
いわゆるアルコール除菌のような魔法を医者達は使うことができる。道具も必要なく短い呪文を唱えると一瞬にして衛生的な状態になり非常に便利だが、そんな魔法が使えるのはごく一部の人間だけだ。
「これでいいの?」
泡を洗い流し、若干本来の肌の色を取り戻した彼らの手を見て私は、にっこりと微笑む。
「あと三回繰り返してね」
勿論、彼らから抗議の声と悲鳴が上がったのは言うまでもない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【参考文献】
SARAYA:せいけつ手洗い(最終閲覧日:2019年5月10日)
https://family.saraya.com/tearai/index.html
【御礼】
多数のお気に入り登録、ありがとうございます。大変励みになっております。
流しの前で彼らは“手洗い”をするのが不満という顔で私を見る。確かにボロボロの服だが、洗濯したばかり、という印象を受ける。彼らの自尊心を傷つけないように私は言葉を選ぶことにした。
「リタとレオだから手を洗って欲しいというわけではないのよ。私も梅干しを作る時、料理を作る時、食事をする時は手を洗うわ」
「なんで?」
確かにこれまで手洗いをしてこなかった人間からしたら、当然といえば当然の質問だ。
「外だけじゃなくて、家の中には見えない菌がたくさん存在しているの。手でそれを触ってしまうと、その菌が色々な場所に広がってしまうでしょ?だから手を洗うのよ」
「ふ~~~ん」
二人はまだ納得していないという様子だが、少しは手を洗ってくれる気になったに違いない。
「まず水で手を濡らして、石けんを手に取ります」
「これってお風呂屋さんあるやつでしょ?」
リタが嬉しそうに石けんを手に取ると、レオは自慢げに
「俺の家ではそんなの使わないぞ。布でごしごし擦れば汚れが取れるんだ」
と胸を張る。
「彼らの自宅には風呂がないからね。大衆浴場に週に一回行くか行かないか。あとは井戸の水で行水するぐらいだから石けんは珍しいのかもね」
キースさんにそう言われ、私はなるほど、と静かに納得する。石けんは決して高いものではないが、風呂に毎日入る習慣がない人間からしたら、珍しいアイテムなのだろう。
「だから感染症が広がるんですね」
「なるほどね……そうかもしれない」
新たな課題が見えてきたが、今はそれよりもリタ達に手洗いを教える方が先だ。
「石けんを泡立ててね。その泡でまず手の甲を洗うの。右手の甲を洗う時は左手の平を使うようにして交互に洗ってね」
二人は不器用そうな手つきで恐る恐るといった様子で手を洗い始める。みるみるうちに泡が黒く変色した。一度洗い流してしまいたかったが、一通り教えてからにしようとグッとこらえる。
「次は指の間を洗うわよ。こうやって両手の指を組むようにして……あ、親指も握るようにしてくるくる洗ってね」
「これで終わり?」
既に泡と格闘することに飽きてきたのだろう。そう言ったリタの言葉を私はあっさりと却下する。
「ここからが大事なの!手のひらで指の先を研ぐようにごしごしと洗って。指と爪の間も綺麗にできるのよ。最後は手首をつかむようにしてクルクル洗ってね」
「随分、念入りに洗うんだな。神官学校でもそんなこと習わなかったぞ」
「それは、キース様は診療前後に魔法で手を殺菌されているからですわ」
「なるほど……。確かに入学して最初にあの魔法を習った」
いわゆるアルコール除菌のような魔法を医者達は使うことができる。道具も必要なく短い呪文を唱えると一瞬にして衛生的な状態になり非常に便利だが、そんな魔法が使えるのはごく一部の人間だけだ。
「これでいいの?」
泡を洗い流し、若干本来の肌の色を取り戻した彼らの手を見て私は、にっこりと微笑む。
「あと三回繰り返してね」
勿論、彼らから抗議の声と悲鳴が上がったのは言うまでもない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【参考文献】
SARAYA:せいけつ手洗い(最終閲覧日:2019年5月10日)
https://family.saraya.com/tearai/index.html
【御礼】
多数のお気に入り登録、ありがとうございます。大変励みになっております。
52
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
【完結】公爵家の秘密の愛娘
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。
過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。
そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。
「パパ……私はあなたの娘です」
名乗り出るアンジェラ。
◇
アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。
この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。
初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。
母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞
🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞
🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇♀️
私生児聖女は二束三文で売られた敵国で幸せになります!
近藤アリス
恋愛
私生児聖女のコルネリアは、敵国に二束三文で売られて嫁ぐことに。
「悪名高い国王のヴァルター様は私好みだし、みんな優しいし、ご飯美味しいし。あれ?この国最高ですわ!」
声を失った儚げ見た目のコルネリアが、勘違いされたり、幸せになったりする話。
※ざまぁはほんのり。安心のハッピーエンド設定です!
※「カクヨム」にも掲載しています。
【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
【完結】仕事のための結婚だと聞きましたが?~貧乏令嬢は次期宰相候補に求められる
仙桜可律
恋愛
「もったいないわね……」それがフローラ・ホトレイク伯爵令嬢の口癖だった。社交界では皆が華やかさを競うなかで、彼女の考え方は異端だった。嘲笑されることも多い。
清貧、質素、堅実なんていうのはまだ良いほうで、陰では貧乏くさい、地味だと言われていることもある。
でも、違う見方をすれば合理的で革新的。
彼女の経済観念に興味を示したのは次期宰相候補として名高いラルフ・バリーヤ侯爵令息。王太子の側近でもある。
「まるで雷に打たれたような」と彼は後に語る。
「フローラ嬢と話すとグラッ(価値観)ときてビーン!ときて(閃き)ゾクゾク湧くんです(政策が)」
「当代随一の頭脳を誇るラルフ様、どうなさったのですか(語彙力どうされたのかしら)もったいない……」
仕事のことしか頭にない冷徹眼鏡と無駄使いをすると体調が悪くなる病気(メイド談)にかかった令嬢の話。
婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!
みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。
幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、
いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。
そして――年末の舞踏会の夜。
「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」
エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、
王国の均衡は揺らぎ始める。
誇りを捨てず、誠実を貫く娘。
政の闇に挑む父。
陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。
そして――再び立ち上がる若き王女。
――沈黙は逃げではなく、力の証。
公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。
――荘厳で静謐な政略ロマンス。
(本作品は小説家になろうにも掲載中です)
虐げられた人生に疲れたので本物の悪女に私はなります
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
伯爵家である私の家には両親を亡くして一緒に暮らす同い年の従妹のカサンドラがいる。当主である父はカサンドラばかりを溺愛し、何故か実の娘である私を虐げる。その為に母も、使用人も、屋敷に出入りする人達までもが皆私を馬鹿にし、時には罠を這って陥れ、その度に私は叱責される。どんなに自分の仕業では無いと訴えても、謝罪しても許されないなら、いっそ本当の悪女になることにした。その矢先に私の婚約者候補を名乗る人物が現れて、話は思わぬ方向へ・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから――
※ 他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる