悪役令嬢、追放先の貧乏診療所をおばあちゃんの知恵で立て直したら大聖女にジョブチェン?! 〜『医者の嫁』ライフ満喫計画がまったく進捗しない件〜

華梨ふらわー

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トラブル到来~家出娘は成長したようです~

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「これが“梅干し”か……」

 梅肉エキスに興味を持ったディランに、梅干しのことを話すとさっそく「食べてみたい」という要望があったので、診療所の奥で保管してある梅干し壺を披露することにした。本来はパントリーとして活用される場所のようだが、この貧乏診療所には保管すべき食材も医薬品もないので梅干し置き場として使わせてもらっている。

「しかし凄い量だな」

「皆様に食べていただこうと思ったのですが……あまり評判がよくなくて」

 種を抜いた梅干しを渡すと、触ったり臭いをかいだりしながら、やはり興味深そうに梅干しをチェックする。

「どれどれ―――あぁ……これは強烈な味だな」

 涙目になりながらディランは梅干しを何とか飲み込む。ほとんど味わっていないのではないだろうか。

「これもさっきの梅肉エキスと同じような効能があるのか?」

「えぇ、そうなんです」

「それなら梅肉エキスと並べて売ればいい。値段は半値以下にして簡単に購入できるようにすれば、代替品として購入する奴もいるだろう」

「売れますかしら?」

「売れるだろ。俺なら買うし、売る」

 患者以外の人からお金を得ることで病院の立て直しを図る……悪くない案かもしれない。そんなことを考えていると、診療所の方から男の怒鳴り声と悲鳴のような声が聞こえてきた。

 午前の診療の受付はだいぶ前に打ち切ったはずだが、時々「まだ診察しているなら受け付けてくれ」という輩が現れる。その類だろう……と思って診療所に出ると異様な光景がそこに広がっていた。

 ナイフを持つ若い男。(誰あんた)
 それに怯えるエマ。(なぜ降りてきた)
 それをかばうキースさん。(背中もイケメン!)

「それは俺の女だ!!!返せ!!!」

 男はそう言って、キースさんにナイフを向ける。その動きに合わせるように後ろに隠れていたエマが「ひぃぃ」と悲鳴をあげた。

「エマ……悪かった。俺だ。頼むから一緒に帰ろう」

 などと男は寝ぼけたことをつぶやきながら、エマに手を差し出している。勿論、彼女はキースさんの背中に隠れて、男を視界に入れようとすらしない。

「あぁ……。お前か……」

 私の後ろから現れたディランが呆れたように男に向かってため息をつく。そういえばエマの元恋人は下働きの男だったような気もする。つまり同じ商会で働くディランとも顔見知りなのだろう。

「よくかぎつけたな」

 ディランはこの状況にも関わらず呆れた様子で、男に話しかける。

「ディラン様!!!エマと俺は愛し合っているんです。それなのにこの医者が横恋慕しやがって」

 何か色々勘違いしていそうだが、実家に戻ったエマが再び金づるになると分かって近づいたに違いない。

「な、エマ、愛しているんだ。戻ってきてくれ」

「愛しているのに、身ごもっているお嬢様を捨てて逃げだしたのはどこのどいつだ」

「怖かったんです。父親になる実感もなくて……。まだ俺、二十ですよ?父親になんてなれませんよ」

 この世界の結婚適齢期は十八歳前後だから、決して早すぎる結婚でも妊娠出産でもなさそうだが、男はそう弱音を吐いた。分からなくもない精神構造だが、それに振り回されるエマの気持ちにもなってもらいたい。

「娘なんだろ?な?見せてくれよ」

 半泣きになっている男の申し出に、エマは頑なに首を横に振って断る。よほど貧民街での生活がこたえたのだろう。学園時代の彼女だったならばおそらく周囲が止めてもあの手を取っていたに違いない。

「お嬢様はお前となんか行きたくないのだとよ。ほら、診察の邪魔になるから、帰れ」

 ディランが引導を渡すようにそう言うと、先ほどまでキースに向けられていたナイフの切っ先がこちらへ向けられた。

「偉そうにしやがって!!!」

 男はナイフを持ったまま、私達の間にある数メートルの距離を走って縮める。

『刺される』

 と思った瞬間、世界が反転した。


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