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4章 妻としての実感
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タイストは王都に来ても忙しい日々のでようで屋敷に滞在する時間は短かった。とはいえ出来る限り朝食は共に取ってくれ、同じベッドで夜を過ごす事もあった。タイストが不在の間はカティヤに刺繍を習い、馬丁のダグラスが乗馬を教えてくれた。辺境伯の妻たるもの乗馬くらい出来なくてはとタイストに頼んだ所、渋々ながらも敷地内でならと許可をくれたのだった。
心地よい風に吹かれながら蹄の音を聞きながら散歩していると少し遠くにある屋敷が目に入る。今でもこうして一人でいると、不意にタイストと結婚した事が夢だったのではないかと思えてしまう時があった。
「そろそろ旦那様が戻られる頃だと思いますよ。このままお屋敷に向かいましょうか」
ダグラスは四十代前半の兵士のような見た目で、日に焼けた体が格好良いと王都の貴族の屋敷に務める女性使用人達に人気なのだと侍女達がそっと教えてくれた。本人はあまり噂されるのが好きではないらしく、そのせいで完全にいき遅れているとカティヤが嘆いていた。でも何があっても守ってくれそうな男らしい姿が人気なのは頷けると首を動かした瞬間少し足に力は入ってしまった時だった。進む合図だと勘違いをした馬が小走りになり始める。ゆっくりとした乗馬しかした事がなかったイレネはとっさに鬣にしがみついてしまった。
「どうどう!」
ダグラスが手綱を引き馬を落ち着かせるとすぐに走る速度は収まっていく。しかし馬が止まっても呆然としたまま鬣にしがみついていた。
「奥様大丈夫ですか!?」
すぐに抱っこされるように馬上から降ろされた瞬間、地面にへたり込んでしまった。
「まさかどこかお怪我でも? すぐにお屋敷に向かいますよ! ちょいと失礼して……」
すると腕の下と膝の下に手を入れられ、抱き抱えられてしまった。
「緊急事態ゆえご勘弁下さい!」
「だ、大丈夫よ! 大丈夫だから降ろしてちょうだい! ダグラスったら!」
不安そうな顔をしながら地面に降ろされた瞬間、馬がぐいっと背中を押してきた。
「ッと、こら! 奥様が心配だからって押したら駄目だぞ!」
「心配?」
馬は再び鼻で腕を押してくる。その力は弱いものだったが、人間にしてみればしっかりと押されているくらいの感覚はあった。
「そうですよ、こいつは奥様が心配なんです。比較的大人しいし滅多な事では怒ったりしませんし不機嫌にもなりません。それに奥様の事を気に入っている様子ですしね。きっとお人柄を感じ取っているのかもしれません」
「馬に人柄なんて分かるの?」
「馬鹿にしちゃいけませんよ! この子らはとても利口なんですから」
嬉しそうにそう言いながら首の後ろ辺りをガシガシを撫でてやっている。すると馬も嬉しそうに目を細めていた。
「私も撫でたいわ」
するとダグラスは自分の撫でていた場所へ手を持って誘導してくれると、それと入れ替わるように自分の手を離していく。馬は撫でる手が変わった瞬間だけイレネを見たが、相変わらず目を細めて気持ちよさそうにしていた。愛らしさが増してきてイレネは撫でる手に力を込めた。
「良かったなお前。奥様に撫でられるなんて最高だろ!」
冗談ぽくいうダグラスと笑い合いながらゆっくり屋敷へと戻っていった。
「ありゃ、見ちゃって良かった感じ? もしかして魅惑の奥様かもしれないね。ダグラスってもっと硬派な男だと思っていたけれど、奥様の前ではあんなにだらしない顔をするんだぁ」
「茶化すなハララム」
タイストと友人のハララムは屋敷に着いた馬車の中から二人の一部始終を見ていた。玄関に入ろうとしたタイストを止めたのは他でもないハララムだった。
「やっぱり友人としてはどんな奥方が気になる訳なんだよ。結婚式の時はほとんど顔は見えなかったしね。いやまあ面白い姿は見れたけど、ちゃんと話してみたいわけ」
「分かったら裾を引っ張るな。そのうち席を設けるからそれまでは大人しくしてくれよ。送ってくれて助かった」
「はいはい楽しみにしていますよ。それじゃあせいぜい良い夫を演じろよなぁ!」
遠ざかっていく馬車を見送ってから、こちらに気がついたイレネに手を挙げて応えた。
心地よい風に吹かれながら蹄の音を聞きながら散歩していると少し遠くにある屋敷が目に入る。今でもこうして一人でいると、不意にタイストと結婚した事が夢だったのではないかと思えてしまう時があった。
「そろそろ旦那様が戻られる頃だと思いますよ。このままお屋敷に向かいましょうか」
ダグラスは四十代前半の兵士のような見た目で、日に焼けた体が格好良いと王都の貴族の屋敷に務める女性使用人達に人気なのだと侍女達がそっと教えてくれた。本人はあまり噂されるのが好きではないらしく、そのせいで完全にいき遅れているとカティヤが嘆いていた。でも何があっても守ってくれそうな男らしい姿が人気なのは頷けると首を動かした瞬間少し足に力は入ってしまった時だった。進む合図だと勘違いをした馬が小走りになり始める。ゆっくりとした乗馬しかした事がなかったイレネはとっさに鬣にしがみついてしまった。
「どうどう!」
ダグラスが手綱を引き馬を落ち着かせるとすぐに走る速度は収まっていく。しかし馬が止まっても呆然としたまま鬣にしがみついていた。
「奥様大丈夫ですか!?」
すぐに抱っこされるように馬上から降ろされた瞬間、地面にへたり込んでしまった。
「まさかどこかお怪我でも? すぐにお屋敷に向かいますよ! ちょいと失礼して……」
すると腕の下と膝の下に手を入れられ、抱き抱えられてしまった。
「緊急事態ゆえご勘弁下さい!」
「だ、大丈夫よ! 大丈夫だから降ろしてちょうだい! ダグラスったら!」
不安そうな顔をしながら地面に降ろされた瞬間、馬がぐいっと背中を押してきた。
「ッと、こら! 奥様が心配だからって押したら駄目だぞ!」
「心配?」
馬は再び鼻で腕を押してくる。その力は弱いものだったが、人間にしてみればしっかりと押されているくらいの感覚はあった。
「そうですよ、こいつは奥様が心配なんです。比較的大人しいし滅多な事では怒ったりしませんし不機嫌にもなりません。それに奥様の事を気に入っている様子ですしね。きっとお人柄を感じ取っているのかもしれません」
「馬に人柄なんて分かるの?」
「馬鹿にしちゃいけませんよ! この子らはとても利口なんですから」
嬉しそうにそう言いながら首の後ろ辺りをガシガシを撫でてやっている。すると馬も嬉しそうに目を細めていた。
「私も撫でたいわ」
するとダグラスは自分の撫でていた場所へ手を持って誘導してくれると、それと入れ替わるように自分の手を離していく。馬は撫でる手が変わった瞬間だけイレネを見たが、相変わらず目を細めて気持ちよさそうにしていた。愛らしさが増してきてイレネは撫でる手に力を込めた。
「良かったなお前。奥様に撫でられるなんて最高だろ!」
冗談ぽくいうダグラスと笑い合いながらゆっくり屋敷へと戻っていった。
「ありゃ、見ちゃって良かった感じ? もしかして魅惑の奥様かもしれないね。ダグラスってもっと硬派な男だと思っていたけれど、奥様の前ではあんなにだらしない顔をするんだぁ」
「茶化すなハララム」
タイストと友人のハララムは屋敷に着いた馬車の中から二人の一部始終を見ていた。玄関に入ろうとしたタイストを止めたのは他でもないハララムだった。
「やっぱり友人としてはどんな奥方が気になる訳なんだよ。結婚式の時はほとんど顔は見えなかったしね。いやまあ面白い姿は見れたけど、ちゃんと話してみたいわけ」
「分かったら裾を引っ張るな。そのうち席を設けるからそれまでは大人しくしてくれよ。送ってくれて助かった」
「はいはい楽しみにしていますよ。それじゃあせいぜい良い夫を演じろよなぁ!」
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