異世界で焼肉屋を始めたら、美食家エルフと凄腕冒険者が常連になりました ~定休日にはレア食材を求めてダンジョンへ~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家

文字の大きさ
523 / 555
幼い二人と錬金術師

別れを意識する日

しおりを挟む
 湖を離れて戻る道すがら夕暮れの空を仰いだ。
 赤と紫が滲むその色合いは穏やかに見えるのに、胸の内は妙にざわついていた。
 名簿や事件などの言葉が耳の奥に残るような感覚があった。
 
 これらについて、必要以上に考えれば足を取られてしまう。
 言うまでもなくセドやミレアを巻きこむべきではない。
 そう自分に言い聞かせて街へ戻った。

 翌朝、カルンの市場はさらに騒がしかった。
 祭りの準備が佳境を迎え、人々の声と物音が渦のように広がっている。
 天幕の色は昨日よりも増えていた。
 緋色や青の布が重なり、風に翻るたび光の粒が散る。
 焼き菓子の甘い匂いが鼻をかすめ、塩漬け肉を並べる商人の声が響き渡る。

「マルク、こっち!」

 振り返るとミレアが籠を抱えながら呼んでいた。
 セドはその横で魚屋の桶をじっと覗きこんでいる。
 銀色の鱗が跳ねるたび、少年の目は子どものように輝いた。

「そんなに見てると、買わされるぞ」

「えっ、そうなの?」とセドが素直に顔を上げた。
 魚屋の親父は大声で笑い、「兄ちゃん、分かってるじゃねえか!」と俺に片目をつぶった。

 兄妹のやりとりに口を挟むことはせず、俺は少し離れて周囲を眺めた。
 すると、人混みの向こうに懐かしい背中を見つけた。
 日に焼けた肌、腰がわずかに曲がった大柄の男。
 肩に古びた荷袋を背負い、ゆっくりと歩いていた。

「……あれ?」

 思わず声が漏れた。
 あの歩き方を知っている。

 数年前の旅路で出会い、幾度も助けられた旅人――ガルディスだ。
 砂嵐に襲われた夜、火を絶やさずにいてくれたこと。
 峠で倒れそうな時、黙って背を貸してくれたこと。
 それらの情景が一瞬で脳裏に甦った。

「ガルディス!」

 俺が呼ぶとガルディスは驚いたように振り返り、目を細めた。
 しばし見定めるようにこちらを眺めて、それから深く頷いた。

「……マルクじゃないか!」

 分厚い声が喧噪を越えて届く。
 次の瞬間には力強い腕で肩を叩かれた。

「生きてたか、良かった! いやあ、てっきりもうどこかで……」

「おいおい、勝手に殺すんじゃない」

 思わず笑みが漏れた。
 懐かしさが胸を温める。
 だが同時に、なぜか胸の奥がきゅっと締まるようでもあった。

 ガルディスはこちらをひとしきり眺めたあと、目尻に深いしわを寄せて笑った。

「変わったな。少し貫禄がでてきた。だが目はあの頃のままだ」

「そっちこそ、まだまだ現役みたいだな」

 言葉を交わすと、互いの距離が一気に縮まった気がした。
 ミレアとセドも近づいてきて、軽く挨拶をする。
 だが彼らはすぐ別の店に向かった。
 俺がこの人と話すべきだと察したのだろう。

 ガルディスは屋台の端に腰を下ろし、荷袋を置いた。
 こうして隣に並ぶのは久しぶりだと思いながら座った。
 ざわめきが絶えず流れこむが、不思議とそこだけ切り取られた空間のように落ち着いていた。

「さて、どこから話すべきか……。そうだ、バラムのことを聞きたいんじゃないか?」

 その名を口にされた瞬間、心臓が一拍遅れて脈打った。
 俺は平静を装いながらも、しっかりとうなずいた。

「どうだ、変わりはないか」

「いや、随分変わったぞ。街道は広げられて今まで以上に馬車が行き交うようになった。前はあんなにがたついた道だったのにな」

 ガルディスの声は朗らかだった。
 バラムを揶揄しているようで、愛着の感じられる言い回し。
 今の俺にはその言葉の一つ一つが心の奥を揺さぶられる。

「市場も盛況なもんだ。南からは香辛料が入り、北からは布が運ばれてくる。子どもたちは相変わらず走り回っているがな。お前が世話になった冒険者の親父も健在だ。今は弟子を何人か抱えている」

 懐かしい名前が次々と出てくる。
 彼らの顔が浮かび、声が聞こえるようだ。
 遠い思い出だったはずの光景が、鮮明に手の届く場所に戻ってくる。

「……そうか」

 自分でも驚くほど掠れた声が出た。
 胸の奥に溜まっていた何かがじわりとにじみ出す。
 俺はそういった気持ちを遠ざけていたはずだ。
 それでも、故郷はまだそこにある。
 人々は生き、暮らしを営んでいる……俺がいなくても世界は回っている。

 ガルディスはふと真顔になり、俺を見据えた。

「マルク。帰る気はないのか?」

 ふいに核心を突かれて、言葉が出なかった。
 俺は視線を市場の喧噪に逃がした。
 子どもが綿菓子を持って走り回り、商人が声を張り上げる。
 だがしかし、その賑やかさすら遠く聞こえた。

「……まだ、分からない」

 ようやく絞り出した答えに、ガルディスは深く頷いた。
 追及も否定もせず、ただ受け止めるように。

「そうか。それならそれでいい。道は逃げない。お前が選ぶ時が来れば、それが正しい時だ」

 その言葉は温かいはずだった。
 だが今の俺の胸には重たさが感じられた。 
 
 やがてガルディスは立ち上がり、荷袋を背負った。
 
「祭りを楽しめよ。カルンの酒はうまいらしいぞ」

 そう言って笑い、雑踏に消えていった。
 大きな背中が人混みに埋もれるのを見送ると、取り残されたような感覚が広がっていた。

 合流したセドとミレアは、俺の表情を覗き込んだ。

「誰だったの?」とミレアが問う。

「昔の知り合いだ」
 
 それ以上は言えなかった。
 言ってしまえば、心の揺らぎまで晒してしまいそうで。

 買い物を終えて工房に戻る道中、セドが不意に口を開いた。

「マルク、少し顔が怖いよ」

 俺は苦笑してごまかした。「ただの疲れだ」

 だが、セドの無邪気な指摘は胸を突いた。
 
 兄妹と過ごす日々は確かに楽しい。
 訓練で失敗して転ぶセドを見て笑ったこと。
 台所でミレアと些細なことで言い合ったこと。
 その一つ一つが支えになってきた。
 それでも――帰郷の二文字が現実味を帯びた瞬間、別れの影が忍び寄ってきたのだ。

 その日の夜。
 宿の窓から祭りの灯りがちらちらと見えた。
 笛の音と人の笑い声が風に乗って届く。
 俺は机に肘をつき、ぼんやりとその光景を眺めていた。

 胸の奥で、二つの道がせめぎ合っている。
 兄妹と歩む未来。故郷に戻る道。
 どちらを選べばいいのか、答えは出ない。だが一つだけ確かなことがあった――。

 俺は初めて「別れ」を意識した。
 まだ形のないそれが重く、確かに息づいていた。
しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

辺境貴族ののんびり三男は魔道具作って自由に暮らします

雪月夜狐
ファンタジー
書籍化決定しました! (書籍化にあわせて、タイトルが変更になりました。旧題は『辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~』です) 壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

異世界へ誤召喚されちゃいました 女神の加護でほのぼのスローライフ送ります

モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎ 飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。 保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。 そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。 召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。 強制的に放り込まれた異世界。 知らない土地、知らない人、知らない世界。 不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。 そんなほのぼのとした物語。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身、動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物や魔法、獣人等が当たり前に存在する異世界に転移させられる。 彼が送るのは、時に命がけの戦いもあり、時に仲間との穏やかな日常もある、そんな『冒険者』ならではのスローライフ。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練とは如何なるものか。 ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

35年ローンと共に異世界転生! スキル『マイホーム』で快適5LDK引きこもり生活 ~数学教師、合気道と三節根で異世界を論破する~

月神世一
ファンタジー
紹介文 「結婚しよう。白い壁の素敵なお家が欲しいな♡」 そう言われて35年ローンで新築一戸建て(5LDK)を買った直後、俺、加藤真守(25歳)は婚約者に捨てられた。 失意の中、猫を助けてトラックに轢かれ、気づけばジャージ姿の女神ルチアナに異世界へと放り出されていた。 ​「あげるのは『言語理解』と『マイホーム』でーす」 ​手に入れたのは、ローン残高ごと召喚できる最強の現代住宅。 電気・ガス・水道完備。お風呂は全自動、リビングは床暖房。 さらには貯めたポイントで、地球の「赤マル」から「最新家電」までお取り寄せ!? ​森で拾った純情な狩人の美少女に胃袋を掴まれ、 罠にかかったポンコツ天使(自称聖騎士)が居候し、 競馬好きの魔族公爵がビールを飲みにやってくる。 ​これは、借金まみれの数学教師が、三節根と計算能力を武器に、快適なマイホームを守り抜く物語。 ……頼むから、家の壁で爪を研ぐのはやめてくれ!

転生したみたいなので異世界生活を楽しみます

さっちさん
ファンタジー
又々、題名変更しました。 内容がどんどんかけ離れていくので… 沢山のコメントありがとうございます。対応出来なくてすいません。 誤字脱字申し訳ございません。気がついたら直していきます。 感傷的表現は無しでお願いしたいと思います😢 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ありきたりな転生ものの予定です。 主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。 一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。 まっ、なんとかなるっしょ。

【完結】テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

処理中です...