異世界で焼肉屋を始めたら、美食家エルフと凄腕冒険者が常連になりました ~定休日にはレア食材を求めてダンジョンへ~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家

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幼い二人と錬金術師

夏祭りと移りゆく時間

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 市場は色とりどりの天幕で覆われている。
 赤や黄の布の端が風に揺れるたび、光がきらめき、通りを彩った。
 香ばしく焼かれた肉の匂いと、熟れた果実の甘さが混ざり合い、鼻を刺激する。
 干し草を積んだ荷車がきしみながら進むと、粉のように細かい屑が空に舞い、車輪が石を弾く音が喧噪の中に残った。

 足元を駆け抜ける子どもが笑い声をあげ、店主の怒鳴り声に追い立てられていく。どこかで笛が鳴り、商売用の声と混ざり合って妙な旋律をつくっていた。
 祭り前の浮き立つ空気は、人の心を自然と軽くするはずだった。

 これほどの賑わいの中にいても、俺たち三人の間の空気だけはどこかよそよそしい。
 セドとミレアは並んで野菜売りの前に立ち、トマトの色を比べ、きゅうりを持ち上げて重さを確かめている。
 兄妹らしい自然なやりとりのはずなのに、俺から見れば、その距離は遠く感じられた。

「よし、二人で決めてこい」

 口をついて出た言葉は、思っていたよりも突き放すような響きになった。
 自分が関わらなくてもいいと、そう思ったのか。
 あるいは、関わることで探られるのを恐れたのか。
 はっきりしない感情が舌に残り、苦い後味を運んできた。

 兄妹は一瞬だけ目を合わせ、それから視線を逸らした。
 俺の背に向けて小さな声を交わすのが耳に届いたが、何を話しているのかまでは分からない。
 俺が背を向けて歩き出した瞬間、背後から視線を感じた。
 振り返れば、たぶんミレアが心配そうに見ているだろう。
 しかし、俺は振り返らなかった。

 通りを抜け、果物売り場のほうへ目をやると、セドが立ち止まっているのが見えた。
 彼の視線は人混みを越えて、ある一点に釘付けになっている。

 そこにいたのは、黒い布を頭に巻いた男だった。
 背は高くないが、姿勢が妙に揺れない。
 歩くたびに肩から腰までが一本の線のように動く。
 周囲に溶けこもうとせず、それでいて浮いてもいない。
 不自然な自然さ――そう言うしかなかった。

 セドの肩がわずかに硬直した。
 懐かしさではない、もっと冷たく触れたくない記憶を呼び起こされたようなぎこちなさだった。

 黒い布の男は魚屋と短く言葉を交わし、何も買わず市場の奥へ消えた。
 セドは立ち尽くしたまま、視線を動かさない。

 ミレアが近寄り、軽く肩に触れた。

「……おにいちゃん?」

 その問いに、セドは口元をかすかに動かしたが、声にはならなかった。
 笑ったようにも見えたが、その意図は読み取れなかった。

 黒い布への反応――それがただの偶然でないことは分かっていた。
 あるいは問いただすこともできたかもしれない。
 しかし一歩踏みこめば、知らずに済ませられることまで知ってしまう気がして、その場に足を止めて、開きかけた口を閉じた。

 ただ、ひとつだけ確かなのは、あの男はセドに何かしらの影を落としたということだ。
 黒い布の兵士の一件と繋げるのは飛躍しすぎている。
 セドの反応はもっと個人的なもので、兵士の存在とは別物だろう。
 そう自分に言い聞かせながら、余計に胸の奥が重くなった。

 その日の昼過ぎ。
 俺はひとりで町外れの湖畔へ向かった。

 カルンの街は祭りの準備で浮き立っている。
 太鼓の練習の音、屋台を組み立てる掛け声。それらがまだ背後から届いてくる。
 だが、足を進めるごとに遠ざかり、耳に残るのは蝉の声と自分の足音だけになった。
 足取りは重く、胸の奥に沈んだものを引きずっているようだった。

 風通しのいい湖畔に出ると空気がひんやりしたものに変わる。
 湖面は西日を受けて白く光り、小波が寄せては返す音が足元にまとわりつく。
 葦が揺れるたび、草の青い匂いが風に乗って流れてきた。
 水面付近を遊泳する銀色の魚体はマスのように見えた。

 岸辺には旅人らしい二人組が腰を下ろし、焚き火の支度をしていた。
 ひとりは背に長い槍を負い、もうひとりは革の地図筒を抱えている。
 日焼けした顔に深いしわが刻まれ、どちらも旅慣れた者の姿だった。

 その横を通り過ぎるつもりだったが、耳に入った言葉に足が止まった。

「……西の峠道、ただの山賊じゃない。何か探してるらしい」

「探してる?」

「ああ、名簿にあるって話だ。しかも何らかの事件に関係らしい……」

 二人組の会話の内容はカルンの街に似つかわしくないものだった。
 この周辺で不穏な出来事はほとんどなく、精兵の揃うヒイラギやリリアとクリストフが駐在することで、害を及ぼす者がたむろできるような余地はなかった。

 セドが口にした黒い布の兵士の影を思い出しかけたが、首を振った。
 距離も状況もあまりに違いすぎる。
 あの市場で見た男はただの旅人か商人にすぎず、兵士の噂と結びつけるのは無理がある。
 むしろ、ここで耳にした峠道の話こそが別件で、俺が考えるべき対象だろう。

 俺は心を鎮めるために湖面に目を向けた。
 吹く風が穏やかなこともあって湖は静かだった。
 西日が水面に散り、細かな波が金色にきらめく。
 旅人たちはこちらを一瞥した後、やがて別の話題に移った。

 名簿。古い事件――。
 耳にした言葉が胸の奥に刺さったまま抜けない。
 だが、考えすぎれば深みに落ちるだけだ。
 セドもミレアはこのことを知る必要はない。
 俺一人で飲みこんでおくのがいい。

 湖面に映る夕陽を見つめる。
 金色はやがて赤に変わり、その境界は揺らめきながら沈んでいった。
 俺の中の迷いも同じように形を変えながら、揺れる水面に溶けていく。


 あとがき
 いつもありがとうございます。
 ファンタジー小説大賞にエントリーしています。
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