異世界で焼肉屋を始めたら、美食家エルフと凄腕冒険者が常連になりました ~定休日にはレア食材を求めてダンジョンへ~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家

文字の大きさ
524 / 555
幼い二人と錬金術師

感謝と別れの言葉

しおりを挟む
 夜のカルンは昼の喧騒をそのまま灯に変えたように明るかった。
 広場には太鼓の音が響き、笛の旋律が人のざわめきに溶けていく。
 露店の灯りは星々と競い合うように煌々と照っている。
 子どもたちの笑い声が通りの奥からこだました。

 俺は宿の窓から、その光景をただじっと眺めていた。
 できるだけ考えないように指定が、胸のどこかが熱を帯びている。
 苦い感覚を振り払おうと考えたものの、心の奥底に沈んでいる重石が取り除かれることはなかった。

 ――帰郷。その二文字が頭から離れない。
 ガルディスから聞いた故郷バラムの話は、ただの思い出を現実へと引き戻した。
 道は整備され、交易は盛んになり、人々はそれぞれの暮らしを営んでいる――それらは懐かしさと同時に、戻れる場所が確かにそこにあるのだという実感を与えてくれた。

 そして同時に、この胸に忍び寄ったのは「別れ」の気配だった。
 セドとミレアと過ごした時間は、かけがえのないものだ。
 笑い合った記憶も喧嘩じみた口論も、俺に新しい意識をもたらしてくれた。
 だが、その全てに「終わり」を見据えることになるのかもしれない。

 祭りの音楽に耳を預けながら、俺は机の引き出しから荷物を引き寄せた。
 衣服と最低限の道具、旅に必要な水袋。
 揃えた荷は予想よりも軽く、背負えばすぐにでも歩き出せるだろう。

 アンソワーレの仲間たちには「祭りが明けたらカルンを離れる」と伝えてある。
 すでにメルナにも話を通してある。
 こちらの事情を伝えたら驚いたように眉を上げたが、やがてうなずき、静かに言った。

「セドとミレアのためなら、仕方ないわね」

 その声には責める響きはなく、むしろ理解がにじんでいた。
 俺の選択を見通した上で二人の未来を思ってくれたのだろう。

 荷をまとめ終え、深呼吸をひとつ。
 あとは部屋を出て、祭りの喧噪に紛れて街を離れるだけだった。

 宿の扉を押し開けた瞬間、空気の温度が変わった。
 夜気は涼しいが、通りを流れる熱気が肌にまとわりつく。
 焼き菓子の甘い匂い、香辛料の刺激、酒場の歌声――どれも今夜だけのものだ。
 足元では酔っ払いが笑い転げ、若者たちが腕を組んで踊り、少女が色鮮やかな布を振り回して駆けていく。
 生命の鼓動そのものが街を揺らしているようだった。

 にぎやかな光景を目にしても、俺の足は躊躇なく門のほうへ向かっていた。
 
 ――と、その時だった。

「……どこ行くの、マルク」

 背後から声がかかった。
 聞き慣れた声音に胸の奥が跳ねる。
 振り返れば灯りに照らされた二人の顔があった。
 セドとミレア。

 思わず言葉を失った。
 どうやって気づいたのか、理由を問うまでもない。
 出立の気配を隠し通せるほど器用ではなかったのだろう。

 セドが一歩近づいてきた。
 祭りの熱気に混じって、彼の息遣いが妙に澄んで聞こえた。

「ぼくら、ちゃんと分かってた。マルクがいつか帰るってこと」

 その言葉に、胸の奥がぐらりと揺れた。
 子どもじみた泣き顔や、拗ねた表情ばかり思い浮かぶはずなのに、今はまっすぐな瞳で俺を見据えている。

「……だから、言わせてよ。ありがとう」

 後ろからミレアの声が重なった。
 彼女もまた、泣き顔ではなかった。
 少しだけ口を尖らせて、それでも笑っていた。

「料理を手伝ってくれたのも、訓練で励ましてくれたのも、全部……ぜんぶ感謝してるから」

 言葉が胸に沁みる。
 別れを惜しむ涙ではなく、未来を見据えた笑みと感謝。
 その強さに、逆に俺のほうが言葉を失いそうになった。

「おや、こんなところに集まって」

 声をかけてきたのはメルナだった。
 彼女は人混みを抜け、静かにこちらへ歩み寄る。
 衣の裾が夜風に揺れて祭りの灯りを背にした姿は、まるでこの場に導かれるようだった。

 メルナは迷わず二人のそばに立ち、セドとミレアの肩に手を置く。

「二人とも、ちゃんと自分の想いを伝えられるようになったわね」

 その言葉に、セドは驚いたように瞬きをし、ミレアは小さく口元を綻ばせた。
 メルナはさらに言葉を続ける。

「セドくん。あんたはもう、ただの逃げた子どもじゃない」

 その一言に、セドの瞳が大きく揺れた。

 逃げた子ども――かつての彼を正しく言い当てる言葉だった。
 過去を恐れ、目を逸らしていた彼にとって、それは痛烈な烙印だったはずだ。
 だが今、その言葉は別の意味を帯びていた。
 逃げてきた過去を越えて、いま自分の意思で立とうとしている。
 それをメルナが認めてくれたのだ。

 セドは拳を握りしめ、小さく頷いた。
 その姿を見て、ミレアは安心したように小さく笑った。

「……おにいちゃん、よかったね」

 ミレアの声は震えていたが、涙は浮かんでいなかった。

「あたしもね、強くなるよ。もう、誰かに守られるだけじゃなくて、自分でえらんで、自分であるいていく」

 その言葉にセドは妹を見つめ、照れくさそうに笑う。

「……ミレアに先を越されるわけにはいかないな」

 二人のやり取りに、メルナは目を細めた。

「これでやっと、兄妹揃って未来を見られるのね」

 短い沈黙が流れる。
 祭りの喧噪が遠のき、まるでこの場だけが静謐に包まれたようだった。

 気づけば俺は笑っていた。
 寂しさと同時に、安堵の笑みがこぼれていた。
 彼らはもう大丈夫だ――そう確信できていた。

「……二人とも、こっちこそありがとう」

 それだけを伝えるのが精いっぱいだった。
 本当はもっと多くを語りたかった。
 楽しかった日々も、別れの惜しさも、未来への願いも。
 だが胸に去来する言葉は渦を巻くだけで、口からはその一言しか出てこなかった。

 ミレアが一歩前に出て、俺を見上げる。

「……また会えるよね」

 その声音は子どものように素直で、それでいてしっかりとした強さを帯びていた。

 セドも肩を並べて言った。

「ぼくたちはここで待ってる。……だから、また会おう」

 胸の奥が熱くなる。
 彼らに見送られて歩き出せるなら、俺はきっと何度でも立ち上がれる。

 祭りの灯りが背後で揺れている。
 遠くから笑い声と太鼓の音が響く。
 その喧噪を背にしたまま、俺は荷を背負い直して街道へと歩き出した。

 振り返れば、きっと心が揺れる。
 だから振り返らなかった。

 街の門を抜けたところで、ふと夜風が頬を撫でた。
 背後には仲間たちの気配があった。
 セドとミレアの視線もメルナの静かな眼差しも感じられた。
 それらを背中に受けながら歩き出す足取りは軽やかだった。

 兄妹二人の新しい日々は必ずこの街で始まる。
 そして俺の道もまた、ここから続いていく。

 夜の街道は静かだった。
 祭りの灯りが届かない闇の中で、星々が頭上に瞬いている。
 俺はその光を道しるべに歩き出した。
しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

辺境貴族ののんびり三男は魔道具作って自由に暮らします

雪月夜狐
ファンタジー
書籍化決定しました! (書籍化にあわせて、タイトルが変更になりました。旧題は『辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~』です) 壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身、動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物や魔法、獣人等が当たり前に存在する異世界に転移させられる。 彼が送るのは、時に命がけの戦いもあり、時に仲間との穏やかな日常もある、そんな『冒険者』ならではのスローライフ。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練とは如何なるものか。 ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

異世界へ誤召喚されちゃいました 女神の加護でほのぼのスローライフ送ります

モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎ 飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。 保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。 そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。 召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。 強制的に放り込まれた異世界。 知らない土地、知らない人、知らない世界。 不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。 そんなほのぼのとした物語。

【完結】テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

土属性を極めて辺境を開拓します~愛する嫁と超速スローライフ~

にゃーにゃ
ファンタジー
「土属性だから追放だ!」理不尽な理由で追放されるも「はいはい。おっけー」主人公は特にパーティーに恨みも、未練もなく、世界が危機的な状況、というわけでもなかったので、ササッと王都を去り、辺境の地にたどり着く。 「助けなきゃ!」そんな感じで、世界樹の少女を襲っていた四天王の一人を瞬殺。 少女にほれられて、即座に結婚する。「ここを開拓してスローライフでもしてみようか」 主人公は土属性パワーで一瞬で辺境を開拓。ついでに魔王を超える存在を土属性で作ったゴーレムの物量で圧殺。 主人公は、世界樹の少女が生成したタネを、育てたり、のんびりしながら辺境で平和にすごす。そんな主人公のもとに、ドワーフ、魚人、雪女、魔王四天王、魔王、といった亜人のなかでも一際キワモノの種族が次から次へと集まり、彼らがもたらす特産品によってドンドン村は発展し豊かに、にぎやかになっていく。

35年ローンと共に異世界転生! スキル『マイホーム』で快適5LDK引きこもり生活 ~数学教師、合気道と三節根で異世界を論破する~

月神世一
ファンタジー
紹介文 「結婚しよう。白い壁の素敵なお家が欲しいな♡」 そう言われて35年ローンで新築一戸建て(5LDK)を買った直後、俺、加藤真守(25歳)は婚約者に捨てられた。 失意の中、猫を助けてトラックに轢かれ、気づけばジャージ姿の女神ルチアナに異世界へと放り出されていた。 ​「あげるのは『言語理解』と『マイホーム』でーす」 ​手に入れたのは、ローン残高ごと召喚できる最強の現代住宅。 電気・ガス・水道完備。お風呂は全自動、リビングは床暖房。 さらには貯めたポイントで、地球の「赤マル」から「最新家電」までお取り寄せ!? ​森で拾った純情な狩人の美少女に胃袋を掴まれ、 罠にかかったポンコツ天使(自称聖騎士)が居候し、 競馬好きの魔族公爵がビールを飲みにやってくる。 ​これは、借金まみれの数学教師が、三節根と計算能力を武器に、快適なマイホームを守り抜く物語。 ……頼むから、家の壁で爪を研ぐのはやめてくれ!

処理中です...