この度、青帝陛下の運命の番に選ばれまして

四馬㋟

文字の大きさ
15 / 64
本編

第十五話

しおりを挟む

「やあ、君とまともに話をするのは、これが初めてだね」



 てっきり、翡翠がいるのだと思っていた。

 彼に似たような気配を感じたから。



 明け方、誰かに呼ばれたような気がして、外へ出ていけば、そこにいたのは翡翠ではなく、燃えるような赤髪に金色の目をした、美しい少女だった。



「あなた、どなた?」



 いつもならいるはずの護衛の姿がない。下女たちも、珍しく朝寝坊しているようだ。

 不思議に思いながら少女に向き合うと、彼女は気の毒そうな顔で私を見ていた。



 年の頃は十四、五歳といったところ。

 下女にしては上等な……上等すぎるほどの衣服を着ている。



「もしかして上級宮女の方? 玉祥にご用かしら?」

「いいや、用事があるのは君のほう」



 男っぽい口調で言いながら、残念そうに肩を落とす。



「君、本当に僕のこと覚えていないんだね」

「……どこかで会ったかしら?」

「ああ、無理に思い出す必要はないよ。説明するの面倒だし。今言ったことは忘れて」



 歯に衣着せぬ言い方にぽかんとしてしまう。



「それにしても、また捕まっちゃうなんて可哀想にね。僕が逃がしてあげようか?」



 話の展開についていけず、眉を顰める。



「逃がすって……」

「好きでもない相手と番わされて、うんざりしてるんでしょ? この状況から逃げ出したいって思わないの?」



 その口調と、翡翠に似た気配から、彼女が只者でないことは、何となく察しがついた。

 私は慎重に口を開く。



「……この国のどこにも、逃げ場なんてないと思うけど」

「だったら国外へ逃げればいい」

「結界があって、出られないわ」

「神獣の張った結界は、同じ神獣には効かない。その番にもね。知らなかった?」



 やはりこの方は翡翠と同じ、他国の神獣の分身に違いないと、私は確信した。

 赤い髪に黄金色の目をした神獣といえば、一人しか思い浮かばない。



「#炎帝_えんてい__#陛下でいらっしゃいますね」



 玉祥から習ったばかりの、貴賓に対する礼をすると、「もうバレたか」といたずらな笑みを返される。



「君、案外鋭いんだね」

「……普段は、察しの悪いほうなのですが」

「それで、どうする? 僕の国に来る?」



 ぴたりと視線を定めて、正面から私を見る。

 私は微笑んで首を横に振った。



「参りません。そもそも、逃げる必要などありませんから」

「青龍が怖い? 僕なら、君を守ってあげられると思うけど」



 不思議に思って陛下を見返すと、



「君は覚えていないだろうけど、あいつはもう何度も君に振られているんだ。君に先立たれる度に、時間を巻き戻してやり直そうとするもんだから、空間に歪みが生じてね、異常気象が発生したり、結界に綻びが生じたり……まあ早い話、あいつのせいで色々と迷惑をこうむってるわけ」



 それは知らなかったと、私は申し訳なさのあまり、頭を下げた。



「申し訳ありません」

「君が謝ることないよ。悪いのは全部あいつだから」

「……ですが」

「だから君には、僕の国に来てもらって、あいつにこれ以上、好き勝手させないつもりだったんだけど」



 申し訳ありませんと再び頭を下げると、炎帝陛下は複雑な表情を浮かべていた。



「どうやら、いらぬ心配だったみたいだね」



「全て……私が悪いのです。神獣がどういう存在かも知らず、番の意味も理解しようとせず、自分の殻に閉じこもって、勝手に決めつけて、思い込んで……大変なご迷惑をおかけしました」



「頭で理解できても、感情の部分はどうにもならない。その辺は大丈夫なの?」



 ええ、と力強くうなずいてみせる。



「ですが、青帝陛下にはまだ信用していただけないみたいで」



 けれど、過去に何度も拒まれた経験があるのであれば、それも仕方がないことだと理解した。頑なで、思い込みの激しい自分に、本当に嫌気が差す。――それに卑屈だし。



「なら、延命の儀式を受けるつもりなんだね」

「そのつもりです。ただ……」

「ただ、何?」

「陛下は、ご自身の不死を代償にして、私の寿命を延ばすとおっしゃられていたので」

「青龍のことが心配?」



 うなずくと、炎帝陛下は困ったように眉を下げた。



「僕からしてみれば、延命というより命を分け合う、みたいな言い方のほうがしっくりくるんだけどね」

「命を分け合う?」

「番である君が死ねば、青龍も死ぬ。青龍が死ねば、君も死ぬ」



 つまりそういうことだと言われて、はっとする。

 短い沈黙のあと、



「炎帝陛下の番の方は、どういう方ですか?」



 ふと興味を覚えて訊ねれば、



「ああ、それ聞いちゃう? 僕の番はまだ見つかっていないんだ。捜すつもりもないけどね」



 そんな神獣もいるのかと、驚く私に、陛下は嫌そうに続けた。



「ただでさえ、国を任されて不自由な思いを強いられてるっていうのに、その上、番に囚われるなんてまっぴらごめんだからね。それに僕の国には可愛い女の子がいっぱいいるし? 好みのタイプは胸とお尻の大きい子だし? 自分で相手を選べないのなら、必要ないね、番なんて」



 清々しいほど、きっぱりと言い切られて、呆気にとられてしまう。

 というか、女性なのに女性がお好みなの? と別のことに気を取られていると、



「おい」



 不機嫌そうな声がした。 



「人の女にちょっかい出すなよ、朱雀」 

「あーあ、もう見つかちゃったか」



 気づけば翡翠が、私たちの間に立っていた。



「珊瑚も、俺以外の男に近づくなって、あれほど言ったろ」



 男? きょとんとして辺りを見回すと、



「こいつのことだよ」



 珍しく怖い顔をして、翡翠は炎帝陛下を指差す。



「この腹黒野郎の見た目にだまされるな」

「相変わらず失礼な奴だね、君は」



 不愉快そうに鼻を鳴らす炎帝陛下を見下ろして、翡翠は続ける。



「さっさとこの国から立ち去れ」

「やれやれ、高潔無比の神獣が、番のこととなると、どうしてこうも人格が変わるのかね」

「……おまえも番を持てばわかるさ」

「僕は絶対、そうはならないよ」



 にわかに強い風が吹いて、目を瞑る。

 目を開けた時、炎帝陛下は姿を消していた。

 美しい緋色の羽を、いくつか残して。






しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

【完結】初恋の人に嫁ぐお姫様は毎日が幸せです。

くまい
恋愛
王国の姫であるヴェロニカには忘れられない初恋の人がいた。その人は王族に使える騎士の団長で、幼少期に兄たちに剣術を教えていたのを目撃したヴェロニカはその姿に一目惚れをしてしまった。 だが一国の姫の結婚は、国の政治の道具として見知らぬ国の王子に嫁がされるのが当たり前だった。だからヴェロニカは好きな人の元に嫁ぐことは夢物語だと諦めていた。 そしてヴェロニカが成人を迎えた年、王妃である母にこの中から結婚相手を探しなさいと釣書を渡された。あぁ、ついにこの日が来たのだと覚悟を決めて相手を見定めていると、最後の釣書には初恋の人の名前が。 これは最後のチャンスかもしれない。ヴェロニカは息を大きく吸い込んで叫ぶ。 「私、ヴェロニカ・エッフェンベルガーはアーデルヘルム・シュタインベックに婚約を申し込みます!」 (小説家になろう、カクヨミでも掲載中)

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

憧れの騎士さまと、お見合いなんです

絹乃
恋愛
年の差で体格差の溺愛話。大好きな騎士、ヴィレムさまとお見合いが決まった令嬢フランカ。その前後の甘い日々のお話です。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

竜人のつがいへの執着は次元の壁を越える

たま
恋愛
次元を超えつがいに恋焦がれるストーカー竜人リュートさんと、うっかりリュートのいる異世界へ落っこちた女子高生結の絆されストーリー その後、ふとした喧嘩らか、自分達が壮大な計画の歯車の1つだったことを知る。 そして今、最後の歯車はまずは世界の幸せの為に動く!

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る

水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。 婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。 だが―― 「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」 そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。 しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。 『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』 さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。 かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。 そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。 そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。 そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。 アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。 ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。

処理中です...