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本編
第十四話
しおりを挟む考えるまでもなく、私の心は決まっていた。
けれど陛下は慎重で、嬉しい反面、もどかしさを感じる。
「こんなところで何やってんだ」
大岩の影に隠れて座り込んでいた私に、怪訝そうに声をかけてきた青年がいた。
思わず「陛下」と呼びかけて、咄嗟に言い換える。
「……翡翠」
「また連油から逃げてるのか?」
「別に。ただ一人で考え事してただけ。二年ぶりだね、翡翠」
あの頃より、さらに背丈が伸びた。
顔立ちも子どもっぽさが抜けて、より凛々しさを増している。
「俺の方は久しぶりって感じでもないけどな。おまえの顔、毎日見てたわけだし」
「陛下の目を通して?」
「そういう言い方はよせよ。あいつは俺なんだから」
陛下とは対照的な反応に、私は微笑んだ。
「陛下に嫌われてるくせに」
「嫌い嫌いも好きのうちって言うだろ」
茶化すように答えながら、当然のように私の隣に腰を下ろした。
あまりの近さに、なぜかうろたえてしまう。
せっかく、またこうして、会うことができたというのに。
落ち着かないのはどうしてだろう。
「……翡翠は、陛下のことどう思ってるの?」
「仕事人間で、やたらと上から目線の、偉そうな俺だ」
「……だったら、今ここにいる自分のことは?」
「自由に好き勝手やってる俺」
簡潔な答えに、思わず吹き出してしまう。
「で、どっちの俺も、珊瑚って女に夢中だ」
「番だから、でしょ?」
「可愛い女だからさ」
よしよしと頭を撫でられて、「子ども扱いしないで」と頬を膨らませる。
「私、延命の儀式を受けることに決めたから」
「……そうか」
「どうして喜んでくれないの? 陛下も、あなたも」
「馬鹿だな。嬉しいに決まってるだろ。けど、人間は俺たちとは違うから」
「心変わりすると思ってるの? 後悔するって?」
詰め寄ると、翡翠は困ったように笑う。
――私が人間だから、何を言っても信用できない?
そんな卑屈な考えが脳裏をよぎり、自分で自分のことが嫌になってしまう。
「焦る必要はないから」
そう言って、立ち上がりかけた翡翠に、私は体当たりするみたいに抱きついた。彼をこの場に引き止めたくて、少しでも長く一緒にいたくて、力の限り、無言でしがみつく。
「……すげぇ力」
「信じてくれるまで離さないから」
わがままを言うと、呆れたようにため息をつかれてしまう。
「ガキみたいなことすんな」
「するもん。ガキでいい」
珊瑚、と困ったように呼ばれて、背中をぽんぽんと叩かれる。
「離れろ」
「いや」
「後悔するぞ」
「しない」
「……襲われてもいいのか」
「とっくに襲われてるし」
そういえばそうだったと笑い出す翡翠に、「笑い事じゃないでしょ」と睨みつける。
「私はただ、翡翠と一緒にいたいだけなのに……」
「俺だって珊瑚といたい」
真面目な顔で言われて、思わず腕から力が抜けてしまった。
けれど翡翠は逃げず、私を抱えあげるように抱き返してくれる。
「だったら……」
「おまえの気持ちは分かったから。好きにしろよ」
あやすように背中を撫ぜられて、ほっとした。
翡翠の肩に顔をうずめて、うんとうなずく。
***
「番様、お初にお目にかかります。玉祥と申します」
私に宮廷作法を教えるために、後宮から派遣されてやって来たのは、年かさの上級宮女だった。年の頃は二十三で、華奢な身体をした美しい女性だ。陛下の信頼厚い臣下の一人に、まもなく下賜される予定らしく、現在は後宮を出る準備をしているとのこと。そのため、番の教育係として適任だと楊様に判断されたようだ。
「短い期間ですが、どうぞよろしくお願いいたします」
こちらこそ、と頭を下げようとすると、「いけません」といきなりお小言を食らった。
「番様が頭を下げられるお相手は、陛下か、他国の神獣様、もしくはその番様だけです。自国の者には、決して頭をお下げになりませんよう。我が国の品位に関わりますので」
口調は柔らかく、優しげだが、目が笑っていない。
連油がお茶を出すなり、早々に逃げ出してしまった理由がよくわかった。
「わかりました、玉祥様」
するとまたもや「番様」とやんわり注意されてしまう。
「わたくしのことはただの玉祥とお呼び下さい。でなければ他の者にしめしがつきません」
再びお小言が始まり、私も会って早々、逃げ出したくなった。けれど、こんなところで逃げていたら、陛下にも翡翠にも、私の気持ちは伝わらないと、ぐっと堪える。
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